1945年7月31日 陛下の聖断
この作品はフィクションです、実在の人物や団体などとは関係ありません
【現在のクレジット残額:789,370,780ゼニ】
【ゲーム内で関わった人数:約123,900人】
◇◇◇
暴かれた嘘
◇◇◇
1945年7月31日、午後4時00分。
二重橋前広場に、近衛師団長・森赳中将が駐屯地へ派遣していた伝令兵が、息を切らせて戻ってきた。その報告は、古賀少佐の最後の足掻きを完全に粉砕するものだった。
「報告します! 近衛歩兵連隊の駐屯地は完全に無人! 兵舎の寝室にも、療養中の兵など一人もおりません!」
この報告により、我が配下の部隊が名実ともに陸軍省を包備・造反している事実が完全に確定した。森中将は自らの統率責任を骨の髄まで感じ、苦渋の表情で顔を歪めた。
「私の不徳の致すところだ……。これ以上の軍紀の崩壊は、師団長たる私の命に代えても止めねばならん!」
森中将は、、自らの配下部隊が立てこもる市ヶ谷台の陸軍省庁舎へと大急ぎで赴くことを決意した。
一方、東部軍管区司令官の田中静壱大将は、あくまで「皇居御所の安全第一」という絶対の防衛ラインのスタンスを崩さなかった。
「森中将、市ヶ谷の騒乱は不破大佐と貴殿に任せる。我が東部軍の本隊は、このまま宮城(皇居)の各門を死守する」
森中将からの事前通達があったため、皇居周辺での東部軍と近衛師団の無駄な衝突は完全に回避された。田中大将は自ら二重橋前から一歩も離れぬ覚悟を決め、周囲に鋭い視線を走らせていた。
◇◇◇
届かぬ説得
◇◇◇
市ヶ谷台の陸軍省庁舎前。
不破大佐の正規軍が包囲を固める中、到着した近衛師団長・森赳中将は、メガホンを手に自らの配下である造反兵や青年将校たちに向けて必死の説得を試みていた。
「近衛の将兵たちよ! 師団長の森である! お前たちは柳瀬中佐の狂言に騙されているのだ! 直ちに武器を捨てて整列せよ。今ならまだ、軍法会議の前に引き返せる!」
しかし、陣地の土嚢の陰から返ってきたのは、盲目的な狂信に染まった若い将校たちの冷酷な怒号だった。
「――我らは国を売る奸臣の命令には従わん! 畑元帥も阿南陸相も国賊の術中に落ちたのだ! 我らが従うのは、陛下の直接の『聖断(お言葉)』のみ! それ以外の命令は、たとえ師団長閣下であっても一切受け入れん!!」
実の親とも言える師団長の言葉すら、彼らの耳には届かなかった。
午後4時30分。現代の自宅。
モニターの前でその頑なな硬直状態を見ていた浩平は、キーボードを叩きながら小さく呟いた。
「やっぱり、言葉だけの平和的な解決には、昭和天皇の直接の協力が不可欠か。次は、金沢長官が提案していた宮中の木戸内大臣へのコンタクトだな……。だけどその前に、通信が断絶されたままの市ヶ谷地下壕の無線通信能力を回復させなきゃいけない。じゃないと、俺の存在を遠くにいる田中大将に信頼させるのは骨が折れるぞ」
しかし、現在浩平の手元にあるのは現代のデジタル無線機(IC-7300MK2)だ。これを、1945年当時の旧日本軍の軍用無線機と交信させるには、まず向こうが使っている「正確な周波数」を特定しなければならない。
浩平は画面を操作し、二重橋前に駐留している東部軍の本隊へとカメラを向けた。注意深く観察していると、時折、通信兵らしき男が田中大将の傍らに駆け寄り、市ヶ谷の不破大佐からの報告を伝えている。
浩平はその通信兵の動きを尾行し、広場のすぐ近く、見通しの良い道路に停車している一台の軍用トラックを発見した。
FPVカメラの視点をトラックの荷台内部へと滑り込ませると、そこには当時の東部軍が現場運用していた緑色の無骨な無線機――【九四式六号無線機】が鎮座していた。
浩平がゲーム画面上でその無線機をクリックすると、システムUIに当時の詳細なスペックが表示される。
送信出力: 0.2W
通信モード: AM音声通信
有効通信距離: 約2KM
中心周波数: 28.135MHz±2KHz
「出力わずか0.2ワットか、おもちゃ並みだな……。それに一番のネックは、この時代の通信機は水晶振動子やアナログのダイヤル(手動)で大まかに周波数を合わせている点だ。気温や真空管の熱で周波数が簡単に数キロヘルツも変動しちまう」
仕様を把握した浩平は、すぐさまゲーム内のインベントリに回収してあった現代の100W無線機「IC-7300MK2」の仮想コンソールを開き、猛烈な勢いで設定を書き換えた。
周波数: 28.135MHz
モード: AMモード(当時の軍用に合致)
オートスキャン機能: ON(範囲 ±3KHz。向こうのアナログな周波数のズレを自動追尾するため)
VOX機能(音声自動送信): ON(マイクに向かって喋るだけで自動で電波が飛ぶ設定)
「よし、受信側の設定は完璧だ。だけど問題はアンテナだな……。いくら100ワットの大出力でも、完全に密閉されたコンクリートの地下壕の中からじゃ電波は外に飛ばない。アンテナだけは地上へ露出させないと」
元々この無線機セットは、屋上アンテナから長い同軸ケーブルを垂らして陸相執務室へ引く立体パズルだった。浩平はこれを、現在の畑元帥たちがいる「地下壕」の構造に当てはめ、ベストな初期配置座標をマウスで探り始めた。
画面上で無線機と電源のポリゴンを地下壕の作戦机の上に置き、そこから50メートルの長い同軸ケーブルを上方の地上へと伸ばしてみる。すると、ケーブルの軌道が地下壕の分厚いコンクリート壁や土砂のレイヤーを文字通り「貫通」し、先端のV字アンテナが、地上にある一本の頑丈な木の上にひっかかる絶妙な配置ポイント(座標)が見つかった。
「オブジェクト同士の衝突判定はどうなる? ケーブルがコンクリートにめり込むなんてやったことはないけど、物理エンジンのエラーが起きないことを祈って……とりあえずやってみるしかない!」
浩平は意を決して、「配置」ボタンをクリックして現代無線機セットを転送した。
◇◇◇
強引な通話開通
◇◇◇
フッ。
市ヶ谷地下壕の薄暗い作戦室。
突如として、赤黒い非常灯に照らされた作戦机の上に、先ほど執務室にあったはずの、あの鮮やかなカラー液晶を持つ現代の無線機と、特大のポータブル電源が重量感を伴って出現した。
「なっ……またしても、あの未来の通信機が!」
周囲の将校たちが驚愕の声を上げる中、浩平はすぐさまカメラの視点を目視で切り替え、壁の中に埋まったケーブルのステータスを確認した。
驚いたことに、システムの空間配置機能により、同軸ケーブルが通り抜けたコンクリートや土砂の空間が、わずか数ミリの単位で「強引にこじ開けられ」ていた。まるで最初からそこへ埋設されていたかのように、完全に壁の構造と一体化して同軸ケーブルが地上の木の上まで綺麗に通されていた。配線の断線もショートもない。完璧な物理ハックだった。
「よし、理論上これで東部軍のトラックと繋がるはずだ。……防空壕の中は暗いままだから、紙を落とすより、自発光するタブレットにメッセージを書いた方が読みやすいな」
浩平は、先ほど畑元帥の前にデプロイしてあった11インチのタブレット端末のオブジェクトを、一度画面上からインベントリへと回収。テキストエディタのアプリを立ち上げ、キーボードから素早く文字を入力した。
『未来の通信機を、二重橋前にいる東部軍の本隊と交信可能な状態に設定した。
地上の造反部隊は、陛下の聖断(直接の命令)がない限り絶対に撤退しないと言い張っている。
畑元帥、阿南陸相。一刻も早く木戸内大臣と連絡を取るため、まずは私の存在を含めて、田中大将へ今の事情を説明して味方につけてくれ。 ――監視者』
文字を保存した浩平は、その画面を表示させたまま、再びタブレットを地下壕の畑元帥の手元へと転送した。
画面が突如として手元で白く輝き、畑元帥はフッと笑みを浮かべた。
「相変わらず、至れり尽くせりだな、天の監視者殿は……」
一方の阿南陸相は、目の前で通信機が物質化し、さらに手元のガラス板の文字が書き換わるという物理法則の崩壊を前に、言葉を失って絶句していた。
「阿南、驚いている場合ではないぞ」
畑元帥は手短に、広島や呉での奇跡、そして自らを陰から支える「天の監視者」という未来の存在を阿南陸相へと伝えた。
「あの御方が、東部軍と回線を繋いでくださった。柳瀬の暴発を止めるには、田中大将の協力が必要だ。……阿南、お前が喋れ」
事情を完全に理解した阿南陸相は、ゴクリと唾を飲み込むと、覚悟を決めて現代のマイク(SM-50)を大きな手で握りしめた。VOX機能(音声感知)により、阿南の声が響いた瞬間に100Wの強力な電波が地上のアンテナから二重橋へと向けて放たれた。
「――田中大将! 田中静壱大将! 聞こえるか、阿南である! 応答せよ!」
千代田区・皇居二重橋前。
東部軍司令部が手配した軍用トラックの荷台で、ヘッドホンを耳に当てていた通信兵が、突如としてノイズを切り裂いて響いてきた爆音のような音声に「うわあっ!?」と悲鳴を上げてヘッドホンを投げ出した。
「ど、どうした!」
トラックの傍らにいた田中大将が鋭く咎める。
「た、大将閣下! 無線機から、あり得ないほどの超大音量で音声が入ってきました! 振幅変調(AM)方式で……しかもこの声は、市ヶ谷の地下壕にいるはずの、阿南陸軍大臣閣下の御声にございます!!」
「何だとッ!?」
田中大将は即座にトラックの荷台へと駆け上がり、通信兵から受話器をひったくった。出力わずか0.2Wの旧式機に、浩平の100Wの現代電波がオートスキャンで完璧に同調していた。
「阿南か! 田中である! 市ヶ谷の通信はすべて遮断されたはず、いかにしてこの電波を飛ばしている!」
『田中大将、驚かないで聞いてほしい』
受話器から流れる阿南の音声は、すぐ隣にいるかのように明瞭だった。
『今、我が地下壕には畑俊六元帥閣下が共におられる。元帥閣下は、敵国の新型爆弾の脅威から皇国を救うため、陛下への直接の直訴を求めて上京されたのだ。だが、軍務局の柳瀬らがそれを国賊と誤認し、近衛の兵を騙して市ヶ谷を包囲した。奴らの狂信を解くには、宮中の木戸内大臣を通じて、陛下からの直接の聖断を仰ぐ他ない。田中大将、畑元帥の参内の手助けをしていただきたい!』
田中大将は、受話器を握る手に強烈な力を込めた。陸軍大臣と元帥が、完全に孤立した地下壕から、自分だけの専用周波数へピンポイントで声を届けてきている。この不可解極まる現象そのものが、阿南の言う「未来の監視者」の存在を何よりも雄弁に物語っていた。
受話器の向こうから、今度は畑元帥の重々しい声が響く。
『田中大将。これからお前の身の回りや、宮中において、人間の常識では到底測れない不可解な奇跡が次々と起きるはずだ。だが、何が起きようとも決して驚かず、わし達の言葉を信じて動かしてくれ。すべては、この国と、陛下の御身をお守りするためだ』
田中大将は二重橋の向こうに広がる、深く静かな皇居の森を見つめた。
「……畑閣下、阿南。了解いたしました。この田中、どのような怪異が起きようとも、決して動じぬことをお約束します。これより我が東部軍は、畑元帥閣下の宮殿への秘密裏なる参内を全面的に擁護いたします。……いつでも、次のお指図を!」
1945年と現代のテクノロジーが融和した通信ラインがここに完成した。モニターの前の浩平は、満足げに笑い、いよいよ木戸内大臣の目の前へ「魔法の板」を送り込むための、非同期ビデオ通話の実行コードへと指を滑らせた。
◇◇◇
第202章:60秒の往復書簡
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1945年7月31日、午後5時00分。
宮城(皇居)の二重橋前広場。古賀少佐による内応の企てを完全に粉砕した東部軍管区司令官・田中静壱大将と、九死に一生を得た近衛師団長・森赳中将の二人は、並んで皇居の奥へと歩を進めていた。
緊迫した面持ちの田中大将の手には、先ほど突如として虚空から出現した、薄型で黒い未知のガラス板――11インチの「未来の端末」がしっかりと握りしめられていた。
この不可思議な板を用いた通信には、現代のエンジニアである浩平が、ゲームシステムのルールを駆使して構築した、極めて単純な「非同期の入れ替え映像通信」が組み込まれていた。
1945年のこの世界には、現代の移動体通信網も、庁舎を結ぶ無線回線(Wi-Fi)も存在しない。そこで浩平は、音声の自動感知といった不確実な仕組みに頼るのを止め、時間が正確に同期された二台の端末を物理的に「回収・再配置」する力技を選択したのだ。
その規則は、秒単位で厳密に制御されていた。
[最初の60秒]:甲(市ヶ谷地下壕の畑元帥)が端末Aに向けて喋り、同時に乙(二重橋前の田中大将)が端末Bに向けて喋る。画面には『録画中:お話しください』の文字とカウントダウンが表示される。
[60秒~120秒]:浩平のゲームシステムコードが走り、両者の手元から端末を瞬時に回収。空間を交差させて入れ替え再配置する。甲の手元には乙の喋った映像が、乙の手元には甲の喋った映像が自動的に再生される。
[120秒~180秒]:再生が終了すると、再び両者は手元の端末(入れ替わった状態)に向けて次のメッセージを録画する。
「お互いに六十秒ずつ喋り、次の六十秒で相手の映像を受け取る。……なるほど、未来の往復書簡というわけか」
市ヶ谷の地下壕で、阿南陸相と共に数回の交信練習を行った畑元帥は、画面に表示される残り秒数の数字を見つめながら、その奇妙な規則性を完全に把握していた。時空を越えて交互に届く互いのカラー映像と明瞭な音声に、田中大将もまた、背筋に走る戦慄を抑えながら「これなれば、確実に意思が通じる」と確信を得ていた。
使い方を理解した田中大将は、すぐさま隣を歩く森中将へとその画面を差し出した。
「森中将、これを見るが良い。市ヶ谷の地下壕におられる、畑元帥閣下からの直接の映像だ」
「な……何だこれは!? 板の中に、畑閣下が映って動いている……!?」
森中将は我が目を疑い、腰を抜かさんばかりに驚愕した。当時の技術では絶対に不可能な、生々しい色彩で語りかけてくる老将の姿。画面の中の畑元帥は、驚く森中将を真っ直ぐに見据え、力強い声で語りかけた。
『――森中将か。無事で何よりだ。今、市ヶ谷の我が陸軍省は、柳瀬らの造反によって完全に孤立している。奴らの狂信を解くには、宮中の木戸内大臣を動かし、陛下の御言葉をいただく他ない。不躾ながら、田中大将をすぐさま木戸内大臣の元へ案内してくれ。この光る板に映るわしの姿こそが、あの慎重な内大臣を納得させるための唯一の拠り所(切り札)なのだ』
画面の向こうから、今まさに市ヶ谷で起きている危機のディテールが飛び出してくる。
森中将は未だにその仕組みを理解できず激しく混乱していたが、「一刻も早く我が配下の造反を収めねばならぬ。だが、何の手土産もなしに陛下をお騒がせするわけにはいかない」という強い責任感に突き動かされ、意を決して頷いた。
「分かった、田中大将。内大臣府へ案内する。ついて来られたし!」
二人の将官は、夕暮れに染まり始めた宮中の中庭を、内大臣の執務室に向けて急ぎ足で駆け抜けていった。
◇◇◇
侍従武官長の記憶
◇◇◇
当時の宮中において、内大臣・木戸幸一という政治家は、極めて慎重かつ冷徹な現実主義者であった。
陸軍の和平派からいかに「過激派が暴発した」「元帥が危機にある」という悲痛な軍用無線の音声が届けられようとも、彼はそれを全面的に信用することは決してなかった。
なぜなら、この激動の戦時下において、陸軍の主戦派による「偽の命令」や「和平派をおびき出して一網打尽にするための謀略」は日常茶飯事だったからだ。短波無線特有の激しい雑音や音声の歪み、さらには声色の偽装の可能性を考慮すれば、一国の命運を左右する内大臣が、不確実な「音声」だけで動かないのは、政治家として当然の防衛心理であった。
午後5時15分。宮内省庁舎、内大臣執務室。
「木戸内大臣閣下! 緊急の用件にございます!」
森中将の案内により、田中大将はついに木戸内大臣との緊密な面会へと漕ぎ着けた。
応接用の椅子に座る木戸内大臣は、入ってきた二人の将官の尋常ならざる気配に眉をひそめた。森中将は顔色を激しく複雑に変えながらも、市ヶ谷台の陸軍省庁舎が柳瀬中佐率いる数百人の近衛部隊によって完全に包囲・占領されたという最悪の顛末を説明した。
「木戸閣下。事態は一刻を争います」
田中大将が一歩前に進み出、森中将の言葉を補強するように頭を下げた。
「反乱軍の若手どもは完全に狂信しており、我ら上官の命令には一切耳を貸しません。これを流血なしに平和的に解決するには、陛下からの直接のお言葉を借りるのが、最も確実かつ唯一の道にございます!」
だが、木戸内大臣は眼鏡の奥の目を細め、冷ややかに首を振った。
「田中大将、森中将。お前たちの不穏な報告、俄かには信じがたい。陸軍内の権力闘争に、宮中を、ひいては陛下を巻き込もうというのではないか。確固たる証拠がなければ、私から陛下へ上奏することはできん」
「――ならば、これでいかがでしょうか」
田中大将は静かに、手元にあった黒い11インチのガラス板を木戸内大臣の目の前へと掲げた。
ちょうど六十秒の入れ替えサイクルが完了した瞬間だった。黒い画面が突如として鮮やかに発光し、その中に、九段下の秘密独房から釈放されて市ヶ谷の地下壕へと至った、畑俊六元帥の姿が克明に映し出された。
木戸の目の前で、画面の中の畑元帥が静かに、しかし威厳に満ちた声で喋り出す。
『木戸閣下。畑である。田中大将の言う通り、市ヶ谷の造反は紛れもない事実だ。奴らは国を憂うあまり暴走している。一刻も早く陛下のお言葉を以て、彼らを解散させねばならん。わしは日を改めて必ず参内し、陛下へすべてを直訴するつもりだ』
「な、何だこれは……!? 畑元帥閣下……なのか?」
木戸内大臣は椅子から立ち上がり、激しい衝撃に目を見開いた。しかし、稀代の政治家である彼は、即座に「これは陸軍が用意した、極めて巧妙な手品か幻灯機のような騙し絵ではないのか」と疑念を抱き、顔をこわばらせた。
画面の中の畑元帥は、木戸のその疑い深い心理を見透かしたように、ふっと穏やかな笑みを浮かべた。そして、規則に則った次の交信シークエンスにおいて、二人にしか知り得ない「私的な思い出」を口にし始めた。
『木戸閣下。疑うのも無理はない。ならば、昭和十二年の八月、わしが侍従武官長に就任したばかりの頃の、あの夜の出来事を覚えておられるか。宮中の奥座敷で、文部大臣であったあなたと二人きりで、陛下の御体調と、これからの支那の時局について内密に言葉を交わした。あの時、あなたが漏らした「軍部の独走を止めねば、いつか取り返しのつかない国難になる」という悲痛な本音を、わしは今でも一言一句忘れてはおらんぞ』
「……っ!!」
木戸内大臣の身体が、目に見えて大きく震えた。
それは、公式の記録には絶対に存在しない、宮中の闇の中で交わされた二人だけの、完全な私的な会話だった。
偽装などではない。この光る板の向こうにいるのは、紛れもない本物の畑俊六元帥であり、自分たちが預かり知らぬ「形」が、陸軍の重鎮たちと結託して動いている。
木戸内大臣は額から大粒の汗を流しながら、ついにその超常的な現実を受け入れた。
「分かった……。畑閣下の仰る通りだ。森中将、田中大将、その板をお貸し願いたい。これより、私が単独で陛下へ上奏してまいる!」
◇◇◇
御前の玉姿
◇◇◇
午後5時30分。夕食前、昭和天皇執務室。
重厚な木製の扉が静かに開かれ、木戸内大臣は単身、昭和天皇の待つ仮執務室へと足を踏み入れた。
室内は、戦時下の緊張感を反映して極めて質素に整えられていた。机の上にはわずかな書類と筆記具、そして背後には静謐な空気が漂っている。
木戸内大臣は服を汗で滲ませながら、まず市ヶ谷台の陸軍省が一部の過激派によって包囲されたという地上の騒乱を説明した。そして、震える手で11インチの光る板を差し出し、あまりにも奇天烈な「光る板を通じた、畑元帥との映像交信」の事実を、言葉を選びながら必死に天皇へと奏上した。
「陛下。この板の中に、畑元帥閣下がおられます……」
昭和天皇は、差し出された未知の端末を静かに見つめられた。
次の入れ替えの瞬間、画面の中で畑元帥が深々と頭を下げ、現在の市ヶ谷地下壕の状況と、過激派の若手将校たちが「本土決戦」の大義名分の元に暴走している生々しい現実を、言葉を尽くして説明した。
画面から流れる、かつて絶大な信頼を寄せた侍従武官長・畑俊六の声。それをじっと聞き終えられた昭和天皇の御尊顔は、深い悲しみと苦渋の色で覆われていった。
「……またしても、我が大切な兵士たちが、忠義を誤ってしまったというのか」
その時、現代の自室でモニターを食い入るように見つめていた浩平は、キーボードの上に指を走らせた。
「ここからが、俺の『直接介入』の本番だ!」
浩平は、先ほど市ヶ谷台の庁舎前で録画しておいた、造反部隊の青年将校たちの生々しい拒絶の映像――
『――我らは国を売る奸臣の命令には従わん! 畑元帥も阿南陸相も国賊の術中に落ちたのだ! 我らが従うのは、陛下の直接の『聖断(お言葉)』のみ! それ以外の命令は、たとえ師団長閣下であっても一切受け入れん!!』
この動画ファイルを、天皇の手元にある端末の画面へと、次のシーケンスで再生させた。
不気味な狂声を上げる若い兵士たちの姿が、カラー映像として天皇の御前に突きつけられる。
これを見られた昭和天皇は、その痛ましい暴走の全貌をすべて自らの責任であると感じ取られたのか、胸を深く痛められ、木戸内大臣に向けて毅然と言い放たれた。
「――木戸。私が自ら市ヶ谷の庁舎前へ赴き、彼らの前に立ち、直接兵たちを説得しよう」
「滅相もございません! 陛下、それだけは絶対に、絶対になりませぬ!」
木戸内大臣は色をなし、全力でその行幸を阻止すべく平伏した。外には銃を持った興奮状態の反乱軍がいるのだ。万が一の不敬があれば、国家の破滅を意味していた。
その押し問答の最中、交信規則によって再び画面に現れた畑元帥が、画面の向こうから静かに、しかし確信に満ちた提案を奏上した。
『陛下、木戸閣下の言う通り、御身を危険に晒すのはお止めください。……ですが、もし陛下が、その手元にある「光る板」の力を用い、その御姿を地上の兵士たちの前に直接現されるのであれば……それこそが、彼らの狂信を解くための、最も有効にして最高の一手となるのではありますまいか』
「……私の姿を、その板を通して映し出す、か」
昭和天皇はしばらくの間、深く瞑目し、思案された。
人間の常識を遥かに超越した技術。しかし、これを用いれば、宮城を出ることなく、市ヶ谷の何百人もの兵たちに直接、自分の言葉と姿を届けることができる。
天皇はゆっくりと目を開けられると、畑元帥の提案に静かに深く頷かれた。
「分かった。畑元帥の言う通りにしよう。私の言葉で、兵たちの誤ちを正さねばならぬ」
画面の向こうで「聖断」が下ったその瞬間、現代の自室にいる浩平の全神経が沸騰した。
「よし! 歴史にない『玉音放送』ならぬ、現代のテクノロジーをフル活用した世界初の【玉姿放送】の配信ライン、今から俺が構築してやる!」
一刻の猶予もない。浩平はゲーム内ショップの画面から、高画質なフロントカメラを備えたもう一台の新品の12インチタブレット端末(100,000ゼニ)を即座に追加購入。直ぐインベントリ画面で電源を入れ、録画モードをオンにし、安定した固定用の卓上スタンド(1,500ゼニ)へセットアップした。
「カメラのアスペクト比よし、フォーカスは自動追尾、集音マイクの感度最大。――転送!!」
フッ。
夕暮れの光が差し込む昭和天皇の執務デスクの上の、中央の空きスペースに、卓上スタンドに固定され、眩しい光を放ちながら「録画待機」状態に入った未知の板、音もなく縦のまま出現した。
世界の命運を握る昭和天皇の御姿と御声を、市ヶ谷を包囲する数百人の叛乱軍の脳裏へと直接流し込むための現代の配信システムが、1945年の皇居で臨戦態勢を整えた。
【現在のクレジット残額:789,245,280ゼニ】
【ゲーム内で関わった人数:約123,900人】
おまたせしました
投稿が遅れる事で申し訳ない
仕事もある中、二つの小説を同時に執筆するのはいかに大変である事を思い知らせた
きちんと物語の内容を考える時間がなによりも大事なので
別作の「地球の管理者」もきちんと書きたいので
今後の投稿が少し気まぐれになるが、どうかご了承ください
無線の話はやや不評なので、今回は極力控えめにしています
これよりも省略すると私的には都合主義に見えますので、ご理解ください




