1945年7月31日 オヤジ救出作戦 その2
この作品はフィクションです、実在の人物や団体などとは関係ありません
【現在のクレジット残額:790,618,980ゼニ】
【ゲーム内で関わった人数:約123,500人】
◇◇◇
焦土の帝都と市ヶ谷台
◇◇◇
1945年7月31日、午後1時00分。
監禁された畑のオヤジを救い出すため、浩平はパソコンの前で息を詰め、新しく解放された『特定検索機能』の入力欄に「阿南惟幾」の四文字を打ち込んだ。
瞬時に画面の地図が猛烈な勢いでスクロールし、東京の立体図へと切り替わる。赤くロックされたのは、新宿区市谷にそびえ立つ、陸軍省参謀本部・市ヶ谷台庁舎の第1号館。その最上階にある角部屋だった。
「よし、まずは現地の偵察だ!」
浩平はマウスを操作し、FPVカメラを市ヶ谷の上空へと急行させた。
レンズが捉えた東京の光景に、浩平は思わず息を呑んだ。画面に広がっていたのは、4月と5月の山の手大空襲によって、四谷から新宿周辺の八割以上が完全に焼き尽くされた「灰色の荒野」だった。
空襲から二ヶ月が経過した今なお、焼け焦げた瓦礫や建物の残骸は除去されぬまま果てしなく散乱し、真夏の太陽に炙られて陽炎を揺らしている。緑に包まれた市ヶ谷台の庁舎だけが、その地獄のような焦土の中に不気味にそびえ立っていた。
「東京大空襲の爪痕って、歴史の本で見るより遥かに悲惨だな……。だが、今は感傷に浸っている時間はない。大臣の部屋へ入るぞ」
浩平は視点を慎重に降下させ、第1号館最上階の窓を透過して、角部屋の大臣執務室へと滑り込ませた。
室内は、陸軍トップの部屋としては驚くほど質素だった。重厚な木製のデスク、背後に掲げられた日の丸の国旗。そして机に向かい、険しい表情で山積みの書類に万年筆を走らせている小柄で頑強な体躯の男――彼こそが、陸軍大臣・阿南惟幾その人であった。
「せっかく本人が目の前にいるんだ。すぐにでも畑オヤジの危機を教えたい。だけど、問題は通信手段だな……。こっちの正体も知らない相手に、いつものように手紙を落としても、最初は『反乱軍の悪質な悪戯か偽情報』だと怪しまれて握り潰されるのがオチだ。黒田さんの時は少しずつ信頼を勝ち取れたが、今は一刻を争う。失敗は許されない。……そうだ、文字じゃなく、直接『声』を届ける無線通信を使おう!」
広島と東京の直線距離は、およそ700キロメートル。通常の軍用無線では到底届かない距離だが、これだけの長距離を繋ぐことができるのが「短波(HF)無線」だった。
短波の電波は、地上から遥か上空にある「電離層」という目に見えない分子の層と、地表との間を、巨大な鏡のように何度も反射しながら進む特性を持っている。そのため、地球の丸みを飛び越えて、数百キロから数千キロ離れた異国の地へも直接、音声を届けることができるのだ。
浩平はすぐにブラウザの別タブを開き、高出力の現代の無線機を検索し始めた。アマチュア無線の資格こそ持っていないが、高専時代は電子通信を専攻していたため、電波を飛ばすための基礎知識は頭に入っている。
「この機種(IC-7300MK2)なら性能は申し分ない。ボタンや液晶のダイヤルが多くて素人には操作が難しそうだが、100ワットの出力が出せる現代のコンパクト機ならこれが定番だ。当時の環境で動かすなら、アンテナや電源も一式揃えないとな」
浩平はショップの画面から、必要なインフラ機材を次々とカートへ放り込んだ。
HF/50MHzトランシーバー「IC-7300MK2」:169,000ゼニ
自動アンテナチューナー「AH-730」:55,000ゼニ
5バンド短縮V型ダイポールアンテナ「HFV-5」:35,000ゼニ
高音質スタンドマイク「SM-50」:16,000ゼニ
2000Wh級 特大ポータブル電源:100,000ゼニ
【総額:375,000ゼニ(1セット辺り)】
「安くはない。だけど、畑オヤジの命には代えられない!」
浩平は迷うことなく、この超豪華な無線通信セットを「2セット」即決で購入した。
◇◇◇
仮想空間の配線作業
◇◇◇
購入したはいいものの、本当の試練はここからだった。ゲーム内のインベントリ画面で、これらの精密機械を正しく結線し、起動させなければならない。
浩平はメーカーの公式サイトから説明書のPDFファイルをダウンロードし、手元のAIに接続手順を確認しながら、画面上のマウス操作で同軸ケーブルや電源線を無線機へとドラッグしていった。
ポータブル電源の残量はゼロだったが、画面に表示されている「雷マーク」の給電アイコンをクリックすると、メーターが一瞬で100%の満充電状態へと跳ね上がった。
「よし、主電源よし。同軸コネクタの締め付けもよし!周波数を28MHz※に固定、VOX機能ON※良し」
周波数28MHz:
太陽活動が活発な時期や夏季の日中に、非常に遠い地域(地球の裏側など)と交信できる
VOX機能:
マイクに向かって話す声に反応して、自動的に「送信」と「受信」を切り替える機能です。この機能をONに設定すれば、両手がふさがっている状態でもマイクに向かって話すだけで、ボタン操作なしでハンズフリー通話が可能です
素人特有の試行錯誤を経て、ようやく1セットの無線システムを組み上げた浩平は、この配置状態を『組み合わせレシピ』としてシステムに保存した。これで、2セット目以降はクリック一つで、現在の完璧な配線状態のまま自動的に組み上がる。
「だけど、説明書を読む限り、短波通信はアンテナの設置場所と角度が全てだ。インベントリという実験場の中に閉じ込めたままじゃ、電波は飛ばない。……よし、まずは広島と呉の間で、藤堂さんと金沢中将に手伝ってもらって通信テストをしよう!」
浩平は、組み上がった重厚な無線機、特大のポータブル電源、そしてV字型の大きな金属アンテナの一式と説明書を、広島の藤堂中将と、呉の金沢中将のデスクの上へと同時に転送させた。あまりの大掛かりな機材の出現に、二人の執務デスクは一瞬で丸ごと占有されることとなった。
機材の横には、いつものようにA4の指示書を添えておく。
『藤堂さん、金沢さん
これは広島と呉、そして東京までをも繋ぐことができる未来の音声無線機だ。まずはそちらの二人の間で通信テストを行いたい。これが成功すれば、東京の陸軍省にも同様の機材を配置し、直接会話を繋ぐ。無線機本体の設定は私がこちらから固定したため操作は不要だ。ただし、アンテナだけは窓を大きく開け、窓際から外へ突き出して、角度を調整しながら互いの声が聞こえるかを試してほしい。頼む ――監視者』
「……なんという、見たこともない精巧な機械だ」
広島の司令部で、藤堂中将は無線機の鮮やかなカラー液晶画面と、無数に並ぶつまみに驚きを隠せなかった。しかし、そこは百戦錬磨の軍人である。彼らは若い頃、過酷な軍用無線の設営訓練を叩き込まれており、電波を扱うための最低限の勘は備わっていた。
「金沢、聞こえるか! こちらは広島の藤堂である!」
藤堂はマイクを握りしめ、指示通りに窓を開けて、金属製のV字アンテナを外へと突き出した。
最初は「ザザザーッ、ブーーン」という激しい大気ノイズがスピーカーから鳴り響くだけで、一向に声は繋がらなかった。しかし、広島と呉の距離はわずか数十キロメートル。距離が近すぎる短波通信では、電波が電離層を突き抜けてしまうか、鋭角に反射して飛び越えてしまう「スキップ現象」が起きやすい。
「……待てよ。近距離なら、むしろ電波を真上に打ち上げて、真下に落とすイメージか?」
訓練の記憶を頼りに、藤堂中将がアンテナの角度を呉の方向へ傾けつつ、やや上方へと立ち上げた、その瞬間だった。
『――っ、藤堂閣下か!? こちらは呉の金沢である! 音声、極めて明瞭に聞こえております!!』
呉の金沢のデスクに置かれたスピーカーから、ノイズを切り裂くようにして、藤堂のハリのある生々しい声が飛び出してきた。金沢もまた、大慌てでアンテナの角度を微調整し、互いのアンテナ位置をすり合わせる。
数分間の試行錯誤の末、二人の将官は、現代のデジタル技術の恩恵を受け、かつてないほどクリアな音質で「広島⇔呉」の直通音声ラインを確立させることに成功した。
◇◇◇
仰角十五度の交信テスト
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「やった……! 通信が繋がらなかったらどうしようかと肝を冷やしたが、まずは第一段階クリアだ。少なくとも、近距離の通信は行けた」
画面越しに二人の交信成功を確認した浩平は、すぐさま『レシピ』から3セット目の無線システムを追加で購入した。
ここからが本当の本番、東京の阿南陸相へのアプローチだ。だが、市ヶ谷の執務室の窓際から直接広島へ向けて電波を飛ばすには、周囲の建物や地形という遮蔽物が多すぎる。
「説明書とAIの計算によると、東京から700キロ離れた広島へ1ホップ(一回反射)で電波を届かせるには、電離層への入射角を低く抑えなきゃならない。アンテナの仰角は、遮蔽物のない開けた場所から『15度から20度』の低い角度で西へ向けるのが最適だ。……よし、誰もいない陸軍省の屋上を使おう」
浩平は、ゲーム内のインベントリ画面でマウスカーソル使い、アンテナの向きを正確に西の広島方面へと向け、屋上の凸凹構造を利用してその角度を遠距離通信に最適な「仰角15度」へと固定したまま、市ヶ谷台庁舎第1号館の、誰も立ち入らない広大な屋上の一角へ、3セット目の無線システムを音もなく転送させた。
続いて、浩平は広島の藤堂と呉の金沢へ向けて、新たなA4用紙を送り込んだ。
『通信テストの最終段階だ。アンテナの角度を今度は低く倒し、東京の方向へと向け、マイクに向かって適当に喋り続けてみてほしい』
しかし、東京側の屋上には、マイクを握って喋ってくれる味方がまだ誰もいない。東京からの電波が広島へ届いているかを検証するため、浩平はショップから子供向けの『オウム返し(録音付き)のぬいぐるみおもちゃ(1,200ゼニ)』を急遽購入。
スイッチをオンにした状態で、屋上にあるスタンドマイクの目の前へと配置した。
広島の藤堂中将が、低く倒したアンテナの先から、見えない東の空へ向けて呼びかける。
「東海道、聞こえるか! こちらは第二総軍、藤堂である! 応答せよ!」
午後1時50分。
東京の市ヶ谷台の屋上に設置された現代の無線機が、電離層から舞い降りた藤堂の電波を完璧にキャッチした。マイクの前に置かれたオウム返しのおもちゃが、スピーカーから流れた藤堂の声を聞き取り、高音の愛らしい声で「コチラハ第二総軍、藤堂デアル! 応答セヨ!」と屋上の静寂の中に響かせる。
そのおもちゃの声を、東京の送信機が再び捉え、短波に乗せて電離層へと送り返した。
数秒後。広島の司令室でマイクを握っていた藤堂中将、そして呉の長官室で息を呑んでいた金沢中将のスピーカーから、ザーという雑音の向こう側から、紛れもない自分たちの言葉が、奇妙な高音となって跳ね返ってきた。
『――繋がった。東京と、繋がったぞ……っ!』
金沢中将が思わず拳をデスクに叩きつける。
「よし! 東京⇔広島・呉間の、誰にも傍受されない秘密の超長距離音声ライン、開通完了だ!」
真夏の自室で、浩平はガッツポーズを決め、すぐさま視点を最上階の阿南陸相の部屋へと戻した。切り札の通信網は通った。次はいよいよ、この不敵な無線機を、陸軍大臣のデスクへと直接送り込む番だった。
◇◇◇
交信開始
◇◇◇
市ヶ谷台庁舎の第1号館の屋上にアンテナを仮配置してみたものの、ここで技術的な問題が発生した。屋上に設置したV字ダイポールアンテナから、最上階にある阿南陸相の部屋まで、機材に付属している標準のケーブルでは長さがどうしても足りないのだ。
浩平はすぐにゲーム内のショップから「50メートルの高規格アンテナ同軸ケーブル 5000ゼニ」を追加で購入し、一旦すべての機材一式をゲーム画面内のインベントリへと回収した。
ここからは、実質的な立体パズルのような作業となった。
画面の仮想空間の中で、高い位置にある屋上アンテナと、そこから長く垂れ下がるケーブル、そして室内の低い位置に置かれる無線機本体と特大のポータブル電源。これら三次元の機器同士の「相対的な位置関係」を、マウスを細かく動かして初期配置の座標をで調整していく。
夏場という季節柄、陸相執務室の窓が開け放たれているのが幸いだった。
「ここだ……! この角度なら、同軸ケーブルが屋上の縁から窓の隙間を綺麗に通り抜けて、無線機だけを陸相の机の上に滑り込ませることができる!」
完璧な配線位置を特定した浩平は、呼吸を整えてコンソールを叩いた。
時計の針は、午後2時前。
浩平はすぐさま通知をA4用紙に出力し、広島の藤堂中将と呉の金沢中将へ『午後二時定刻、東京との交信を開始する』と伝達。
事前のわずかな時間の間、広島と呉の間で役割分担が決められた。相手は陸軍の大物である阿南陸相だ。まずは、かつて陸軍省で同僚として面識のあった藤堂中将が第一の交渉役として喋り、海軍の金沢中将は電波の向こうで静かに傍受に徹し、藤堂から名前を呼ばれた時だけ会話に介入する――という作戦である。
「よし、時間だ。引き金を引くぞ!」
午後2時00分定刻。
浩平が画面上の実行ボタンを押し下げた瞬間、屋上のアンテナ一式と、阿南陸相の執務デスクの上の空間が、同時に激しくねじ切れた。
◇◇◇
市ヶ谷の怪電波
◇◇◇
フッ。
セミの鳴き声が遠く響く静かな大臣執務室で、書類をめくっていた阿南惟幾陸軍大臣は、突如として目の前の空間から吹き付けた「冷たい突風」に顔を上げた。
次の瞬間、頑丈な木製デスクの、わずかに開いていた右側のスペースに、見たこともない黒い金属製の箱型機械と、不気味に輝く液晶画面、そして一本の奇妙な形状のマイクが、重々しい音を立てて出現した。
同時、窓の外から「シュルシュル」と黒い太い線が滑り込んできて、その機械の背面へと吸い込まれるように繋がっている。
「……ッ!? 何奴だ!」
阿南陸相は椅子を蹴立てて立ち上がり、腰の軍刀へ手をかけた。暗殺か、あるいは新型の爆弾か。鋭い眼光でその謎の機械を睨みつけたその時、黒い筐体のスピーカーから、激しい大気ノイズを突き破って、信じられない「人間の声」が部屋中に響き渡った。
『――阿南。阿南陸相、聞こえるか。私は第二総軍の藤堂である。応答されたし』
阿南は息を呑んだ。机の上の機械から流れてきたのは、ここ東京から何百キロも離れた広島にいるはずの、かつての同僚、藤堂中将の肉声そのものだった。浩平から贈られたクオーツ腕時計を見つめ、午後二時ジャストに発声された、電離層を越えた叫びである。
「藤堂……? 藤堂中将なのか!? 馬鹿な、これは一体何の真似だ! この奇妙な機械はどこから持ち込んだ!」
阿南が警戒を解かぬままマイクに向かって怒鳴ると、すかさず藤堂の声が返ってきた。
『阿南、驚くのも無理はない。この機械は、現在我が第二総軍を陰から支えておられる「天の監視者殿」より授かった、未来の通信機だ。説明している時間は一刻もない。重大な不祥事が発生した。たった今、午前十一時、広島から東京駅に到着された畑俊六元帥閣下と同行将校達が、東京憲兵隊の手によって不当に拘束、連行された!』
「何だと……!? 畑元帥閣下が逮捕されただと?」
阿南陸相の顔が、驚愕で引きつった。
『そうだ。容疑は国家反逆、ならびに統帥権の干渉という、全くのでっち上げだ。首謀者は陸軍省軍務局の中堅過激派、柳瀬一真中佐。奴らは憲兵の幹部を抱き込み、閣下の和平への動きを封じるために、超法規的な監禁を強行したのだ。阿南陸相、陸軍の最高責任者として、直ちに元帥の釈放命令を出していただきたい!』
しかし、阿南はすぐにはその言葉を信じることができなかった。あまりにも荒唐無稽な通信、そして陸軍の重鎮である畑元帥が、一中佐の差し金で逮捕されるなど、平時の軍の組織では絶対にあり得ないことだったからだ。
「待て、藤堂! 貴様の声であることは認めるが、話の筋が見えなさすぎる。畑元帥が上京されているなど、私は一行に聞いておらん。何より、その机の上に突如現れた怪しげな機械の存在も含め、これは私を陥れるための、反乱軍かアメリカの高度な謀略ではないのか! 証拠がなければ、陸軍大臣として動くわけにはいかん!」
阿南の理性的な拒絶。電波の向こうで藤堂が「くっ、やはり対面連絡ではない分、信用させるのは難しいか……」と言葉を詰まらせた。
◇◇◇
ビジュアルエビデンス
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「そう来ると思ったよ、大臣さん。だったら、文字よりも確実な『現場』を見せてやる」
モニターの前で二人の緊迫した押し問答を見ていた浩平は、すぐさまカメラの焦点を、九段下の東京憲兵司令部・秘密地下独房へと切り替えた。
薄暗い白熱灯の下、冷たいコンクリートの床に佇む、畑元帥の憔悴しながらも毅然とした姿。
浩平はPCのスクリーンショット機能を使い、その「今、この瞬間の畑元帥の幽閉姿」を鮮明なフルカラー画像としてキャプチャした。そして、インベントリの中のプリンターを通じて、当時の最高峰の写真紙を遥かに凌駕する、現代の上質なレーザープリンター用写真用紙(L判 25枚 500ゼニ)へと一瞬で現像。
そして、阿南陸相の、無線機に占領されてわずかに空いていたデスクの隙間へ向けて、直接その写真を転送した。
ストン。
「――なっ!?」
阿南陸相は、またしても何もない虚空から、一枚の四角い紙片がヒラヒラと机の上に落ちてきたのを見て、完全に言葉を失った。
恐る恐るその紙を手に取り、表面を見た瞬間、阿南の頑強な肉体が目に見えて硬直した。
「これは……畑閣下……!」
写真に写っていたのは、紛れもない、彼が心から尊敬してやまない畑俊六元帥の姿だった。しかも、当時の白黒写真ではなく、軍服の微細な汚れや、地下室のコンクリートの不気味な灰色、元帥の顔に刻まれた深いシワの陰影に至るまでが、まるで鏡を覗き込んでいるかのような「生々しい色彩」で印刷されている。
さらに写真の端には、九段下の憲兵司令部特有の、古びた鉄格子の刻印がはっきりと写り込んでいた。
『阿南、今、お前の手元に監視者殿からの「写し絵」が届いたはずだ』
タイミングを見計らったように、スピーカーから藤堂中将の厳かな声が流れる。
『それが、天の監視者殿の御力だ。嘘偽りではない、畑元帥は今まさに、その写真にある九段下の暗い地下一室で、過激派どもの暴発の危機に晒されている。陸相、これでもまだ、私の言葉を謀略だと疑うか』
阿南陸相は、手にしたカラー写真を指が白くなるほどの力で握り締め、大きく息を吐き出した。空中から突如として物品が出現するという超常現象への不審や恐怖は確かにあった。しかし、この信じられないほど鮮明な写真に写る元帥の姿、そして同期生である藤堂の必死の訴えが、彼の頭の中で一つの確固たる事実として結びついた。
「……分かった。藤堂、信じる」
阿南はマイクに向かって、低く地響きのような声で応じた。
「軍務局の若造どもめ、大臣たるこの私に一言の報告もなく、元帥閣下の身柄を拘束するなど……完全に軍紀を逸脱した、明白な造反行為である。これ以上の専横、陸軍大臣として断じて許さん!」
阿南陸相はすぐにデスクの呼び出しベルを激しく打ち鳴らした。
バタンと音を立てて、執務室の扉が開き、直属の陸相副官が滑り込んでくる。
「大臣、いかがなされましたか!」
阿南は机の上の無線機や写真を体で隠すように立ちふさがり、副官に向けて、これ以上ないほど冷徹で重い命令を叩きつけた。
「副官! すぐに九段下の東京憲兵司令部へ直通の電信を回せ! 憲兵隊長を呼び出し、陸軍大臣たる私の直接の命令として伝えるのだ。『東京駅で拘束した畑元帥、ならびに随行員一同を、一分の遅滞もなく即座に釈放せよ。元帥の身柄は、これより陸軍省本庁舎にて私が直接保護する』とな。もし一文でも弁明を並べるようであれば、憲兵隊長を軍法会議にかけると脅しをかけろ。急げッ!!」
「ハ、ハッ! 直ちに!!」
陸相の凄まじい気迫に圧された副官は、敬礼もそこそこに、釈放命令を打電するために廊下へと脱兎のごとく駆け出していった。
モニターの向こうで、陸軍大臣の釈放命令が正式に発動されたのを確認し、浩平は小さく胸を撫でおろした。しかし、画面の奥で冷笑を浮かべる柳瀬中佐の不穏なステータス情報は、この最高権力者の命令に対し、さらなる最悪の致命的暴発を起こそうと、裏で不気味に蠢き始めていた。
【現在のクレジット残額:789,487,280ゼニ】
【ゲーム内で関わった人数:約123,500人】
お待たせしました
今回も思い切り無線設置回ですね
著者の私は浩平と同様に、アマチュア無線免許はない、一度3アマまでは取ろうとしたけど(笑)
より都合主義的な小説描写だと、無線機の設置などは数行で済ませるが、一応高専で通信工学専攻卒(大学以降は情報工学に切り替えたけど)の私の良知は許せなかった
しかし所詮素人程度なので、実際にIC-7300MK2を触ったこともあるわけない(実際、触れない→2アマ資格要)
間違った描写があれば指摘してください
いままで読んでくれた読者もわかってくれたかかもしれないが、物語自体は現実世界ではありえないSFの話ですが
せめてそのSFの枠の中で、都合主義を最小限で、物理や科学を守りたいと考えています
なお、畑元帥は救出されるはず?だが、柳瀬はこれで諦めないだろう…
ネタバレしなくても読者のみんなが薄々気付くかもしれないが、今後の物語の発展をご期待ください




