1945年7月30日 広島へ帰還
この作品はフィクションです、実在の人物や団体などとは関係ありません
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【ゲーム内で関わった人数:約123,500人(カロリー補給による餓死回避や広域配水による間接救命を含む)】
◇◇◇
逆方向の通信
◇◇◇
1945年7月30日、午後3時00分。
宮原浄水場の巨大な貯水槽から、澄み切った水が呉の街へと勢いよく流れ出したのを見届けた金沢中将、藤堂中将、黒田少将の一行は、熱気の立ち込める鎮守府の司令長官室へと戻っていた。
一息ついたところで、藤堂中将が金沢中将の正面に立ち、静かに告げた。
「金沢、私と黒田はこれ以上ここに留まる必要はない。広島の総軍司令部へ帰還させてもらうよ」
金沢長官は軍服の襟を正し、組んだ両手の隙間から鋭い眼光を藤堂に向けた。
「その帰還は……例の『海軍艦艇図鑑』に記されていた、あの『終戦』という未来と関係があるのだな?」
藤堂中将は一瞬、言葉を詰まらせた。呉のインフラ運営を共に尽力し、命の水を分かち合った金沢を、今や完全に同志として全容を共有すべきだという思いは強かった。しかし、残念ながら金沢を納得させるための決定的な証拠――『広島原爆の日』の写真集も、未来の映像を映し出す『小型映写機(ポータブルDVDプレイヤー)』も、すべて広島の畑元帥の手元に置いてきてしまっていた。
藤堂は申し訳なさそうな視線を黒田少将へと送った。その意図を瞬時に察した黒田は、躊躇うことなく自身の懐から手帳を取り出した。
最後のページを開き、今朝方、監視者浩平から指定されたばかりの「逆方向の通信手順」を万年筆で素早く走らせる。
『1945年7月30日 15:05 BLAK>FTKH 例の新型爆弾の写真の本と、藤堂中将が言った「小型映写機」を金沢に見せてもらえないでしょうか?』
インクが乾く間もなく、黒田は手帳を金沢の執務デスクの真ん中へと開いたまま置いた。
その数分後の午後3時05分。現代の浩平の自室。
「――ピー、ピー、ピー、ピー!」
ベッドに倒れ込んでいた浩平の耳に、突如として高音の電子アラート音が響き渡った。
「うおっ!? ……なんだ、エラーか? キーボードの上に何か物が落ちて押しっぱなしにでもなったか?」
一瞬寝ぼけていた浩平だったが、すぐに自分が仕掛けた監視プログラムの常駐スクリプトが作動したのだと気づき、飛び起きるようにモニターへ張り付いた。画面のログウィンドウには、黒田少将の手書き文字を読み取った鮮烈なテキストが流れていた。
『1945年7月30日 15:05 黒田少将から連絡を受信。本文:例の新型爆弾の写真の本と、藤堂中将が言った「小型映写機」を金沢に見せてもらえないでしょうか?』
「黒田か! なるほど、金沢を完全にこちら側の味方に引き入れるつもりだな」
浩平はすぐさま視点を呉鎮守府の長官室へと切り替え、三人の将官が机を囲んで息を潜めている状況を確認した。
「よし、交渉の材料だな。ならば出し惜しみはしない」
浩平は即座に画面上のショップを操作し、必要となる物資を買い揃えていった。
写真集『広島原爆の日』:2,000ゼニ
9.5インチ液晶付きポータブルDVDプレイヤー(単三電池駆動):6,000ゼニ
単三アルカリ乾電池8本パック × 3セット(4回の電池交換用):450ゼニ
DVD『終戦特集:太平洋戦争の終わり』:800ゼニ
前回、広島の畑元帥に渡した時はあらかじめ再生状態にして転送したが、あまりに過保護にしすぎるのは現地の人間が未来の機械を扱う知恵を奪うことになり、逆に毒だと浩平は考えていた。
そのため、今回は現代の派手な外装パッケージだけをインベントリ内で綺麗に外し、買ったばかりの本、剥き出しのプレイヤー本体、つるつるした紙の説明書、乾電池の束、そしてプラスチック製のDVDジャケットという「未セットの状態」でそのまま転送座標を指定した。
添えたメモには、一文字ずつ丁寧な日本語を印字しておく。
『藤堂さん、黒田さん。この再生機(ポータブルDVDプレイヤー)の使い方は、同封した説明書をよく読んで操作してくれ。特に、電池の向き(極性)だけは間違えると機器が完全に壊れる可能性がある。慎重に確認して設置してほしい。その間、例の写真集を金沢に見せるといい』
画面上で「実行」のボタンを押し下げた。
◇◇◇
未来の記録
◇◇◇
フッ。
金沢長官の執務デスクの来客用ガラステーブルの上に、一切の予兆なく、奇妙な物資の山が物質化して出現した。
見たこともない鮮烈な印刷が施された分厚い写真集。そして、鈍い黒色をしたプラスチック製の折りたたみ式の機械と、何枚もの銀色の乾電池、そして奇妙な透明な円盤が収められたプラスチックのケース。
「……おいでなすったな、天の監視者殿」
黒田少将が鋭く息を吐き、すぐさまその中から、黒田が病室でずっと見ていたものと全く同じ『広島原爆の日』の写真集を拾い上げた。
黒田はそれを金沢中将の前へと静かに差し出し、表紙に踊る文字を指差した。
「金沢長官。これが、監視者殿のいた未来の記録……我が国が迎える、最も凄まじい悲劇の姿にございます」
金沢は怪訝な表情のまま本を受け取り、最初のページをめくった。
その瞬間、海軍の中将として数々の修羅場をくぐり抜けてきた男の顔から、すべての血の気が引いた。
「な……なんだ、これは。これが、広島だと……!?」
写真に写っていたのは、見渡す限りの焦土と化した、灰色の平原だった。辛うじて建物の骨組みだけを残して崩壊している不気味なドーム状の建築物。無数に転がる、炭化して人間としての形すら失った同胞たちの死体の山。
黒田が横から、その冷徹な頭脳で整理した事実を簡潔に、しかし重々しく解説していく。
「一発の新型爆弾――『原子爆弾』と呼ばれる、物質の原子を崩壊させる未知の兵器にございます。未来の歴史では、今からわずか一週間後の8月6日、午前8時15分。米軍の爆撃機によって、この広島へ投下されることになっております。これによって、一瞬にして十数万の命が消滅します」
金沢の手が、ガタガタと目に見えて震え始めた。
「十数万……一瞬で、だと? 嘘だ、このような悪夢があるものか! 米国がこれほどの化け物じみた爆弾を実用化しているなど……!」
「嘘ではございません、金沢」
隣で藤堂中将が、現代の細かな日本語のフォントで印刷された「取扱説明書」と格闘しながら、真剣な声で言葉を挟んだ。
「私は昨日、畑元帥と共にこれと同じ本を読み、そしてこれからお前さんに見せる未来の『動く写真(映像)』を見た。すべては、これから起きる紛れもない現実なのだ」
藤堂中将は、慣れない手つきでポータブルプレイヤーの裏蓋を開け、説明書の図面を凝視しながら、銀色の単三電池を「プラスとマイナス」の向きを何度も確認して、一本ずつ慎重にプラスチックの溝へと嵌め込んでいった。監視者から『逆にすれば壊れる』と厳しく警告されていたため、その額には冷や汗が滲んでいる。
金沢が狂ったように写真集をめくり、続く8月9日の長崎の、キノコ雲の下で地獄と化した街のカットを凝視して絶望に顔を歪める中、藤堂はプラスチックのジャケットから、虹色に妖しく輝くディスクを慎重に取り出した。
プレイヤーの蓋を開け、中央の突起にカチリと音がするまでディスクをはめ込み、静かに蓋を閉じる。
「……だったら、広島の人間を今すぐ全員、この呉へ避難させれば良いではないか!」
金沢中将が叫ぶように提案した。
しかし、藤堂中将は静かに首を振った。
「いや。呉の街はすでに先の空襲で傷つき、インフラも限界だ。二十万人を収容する余力はない。それに、この爆弾の真の恐ろしさは爆風だけではない、浴びた者を内側から腐らせる『放射線』という毒の光を放つのだ。現在、広島市中心部の民を一気に遠くまで運ぶ手段は乏しい、つまり、避難先まで歩いていく必要がある……すでに広島の北方に位置する『武田山』の強固な山陰に、陸軍の全力を以て大規模な避難掩体と疎開計画を構築中だ。今、畑元帥がその陣頭指揮を執っておられる」
それを聞いた金沢長官は、呆然と天を仰いだ。
「そうか……。天の監視者殿は、すでにそこまで見越して手を打っておられたのか。わたしのような現場の者が、浅知恵で口を挟む余地など、最初からなかったのだな」
金沢がようやく写真集を机に置いたその時、藤堂中将が「よし、入ったぞ」と声を上げた。プレイヤーの横の小さなスイッチを押し下げると、ウィーンというかすかなディスクの回転音と共に、9.5インチの小さな液晶画面が、夜明けのような鮮やかな光を放って白く浮かび上がった。
◇◇◇
100分間の黙示録
◇◇◇
「……音が、出るのか」
黒田少将が驚きのあまり眼鏡を歪ませ、金沢長官もまた、机の上の小さな画面に釘付けになった。藤堂中将にとっては二回目となるが、未来の映像技術(DVD)を初めて目にする金沢と黒田にとって、それは文字通り、異世界の鏡を覗き込むような衝撃だった。
画面に映し出されたのは、重厚な音楽と、現代の洗練されたアナウンサーのナレーションだった。
最初に映し出されたのは、沖縄戦の凄まじいモノクロ映像。泥にまみれて戦火を這う兵士たちの姿に、二人は息を呑んだ。続いて画面は一転し、米軍機のキャノピー越しに撮影された、B-29の群れが夜の帝都を焼き尽くす「東京大空襲」のカラー化映像へと切り替わった。真っ赤な炎の海に包まれる東京の街並みが、鮮明な色彩で網膜に飛び込んでくる。
(カラーの映像……! これほどまでに鮮明に、戦火が記録されているというのか……)
黒田の合理的思考が、未来の圧倒的な技術力の前に激しく火花を散らした。
映像は、当時の世界情勢、欧米や中国、そして日本本土の困窮した状況を、客観的なデータと共に紹介していく。そして、物語はいよいよ核心へと至る。アメリカの砂漠で、人類初の原子爆弾の爆発実験が成功した瞬間、画面は強烈な白い閃光で塗り潰された。
ナレーションが、試験製造された二発の原子爆弾――『リトルボーイ』と『ファットマン』の構造を淡々と説明していく。候補都市として、何故広島や長崎が選ばれたのか。米国の政治的な思惑が冷徹に暴かれていく。
そして、運命の8月6日。
米軍の爆撃機視点から撮影された、広島の上空。投下された爆弾が引き起こした、巨大な、あまりにも巨大な紫と灰色のキノコ雲が、本物の色彩であるカラー映像で画面いっぱいに広がった。直後の凄惨極まりない市街地のカット、皮膚を剥がされ、水を求めて彷徨う市民たちの姿が、ナレーションの淡々とした被害統計と共に流れる。
金沢長官は、椅子の手すりを割れんばかりの力で握り締め、歯を食いしばって画面を睨みつけていた。その目からは、悔しさと恐怖の涙がボロボロと零れ落ちていた。
映像はさらに、日本の降伏決定へと進む。暗い地下壕で行われた御前会議の再現、そして、運命の8月14日、昭和天皇が国民に向けて終戦を告げた『玉音放送』の音声が、ノイズ混じりながらも長官室に響き渡った。
「……負けた、のだな。我が国は、完全に」
金沢が、枯れた声で呟いた。
しかし、ドキュメンタリーはそこでは終わらなかった。
敗戦後の東京裁判、GHQによる本土統治、マッカーサー将軍の来日、皇室や華族制度の抜本的な大改革。旧日本軍が完全に解体され、その後に『自衛隊』へと変遷していく激動の歴史。
そこからの映像の展開は、三人の軍人の魂を根底から揺さぶった。
戦後の焼け跡の混乱を乗り越えた1950年代から60年代、日本は驚異的な『高度経済成長』のフェーズへと突入していく。
画面には、青空へとそびえ立つ美しい赤白の東京タワー、時速二百キロを超える速度で銀世界を疾走する夢の『新幹線』、そして世界中から歓声が沸き起こった東京オリンピックの華やかなカラー映像が次々と映し出された。さらに、世界を席巻していくトヨタをはじめとする日本の優れた自動車メーカーの工場。
「……滅んで、いない」
黒田少将が、震える声で眼鏡を外した。
「我が国は……これほどの地獄を味わいながら、未来において、世界の一等国として、これほど豊かに蘇っているのか……っ!」
映像の最後、画面には、現代の今上天皇陛下と令和の皇族方が出現した。
美しく整備された現代の皇居の長和殿のベランダ。そこから、一般参賀にて日の丸の小旗を激しく振って歓声を上げる何万もの平和な国民に向けて、陛下が穏やかな笑みを浮かべ、優しく手を振られている姿だった。
そこで、およそ100分間にわたる未来の黙示録は、静かに幕を閉じた。
長官室には、しばらくの間、誰一人として声を出す者がいなかった。ただ、DVDディスクが回る未来の機械の駆動音だけが、静かに響いていた。
金沢長官は、深く、深く息を吐き出すと、立ち上がって藤堂中将の前に歩み寄り、その肩を強く掴んだ。
「藤堂、黒田。……広島を、頼む。あの地獄を、天の監視者殿と共に、絶対に阻止してくれ」
「ああ。命に代えても、歴史を書き換えてみせるよ」
藤堂中将は力強く頷き、未来のプレイヤーを大切に抱え込んだ。
◇◇◇
広島への帰路
◇◇◇
午後5時00分。
激動の呉の遭難者救助やインフラ復旧任務を終え、原爆写真集は金沢長官の手に委ねられ、ポータブルDVDプレイヤーと映像の円盤は、藤堂中将の手によって大切に鞄へと収められた。
呉鎮守府の正面玄関前には、帰還の準備を終えた8台の陸軍大型トラックが、白煙を上げてアイドリングを続けていた。
トラックの荷台には、呉海軍病院での治療を終え、広島へと引き揚げることとなった陸軍司令部付きの医師3名と看護師5名が、疲れ果てた身体を寄せ合って乗り込んでいた。(※なお、広島陸軍病院の医師2名と看護婦3名は現地に現代薬を用いた指示を出す為、居残り組として残留させてある)
「橘中尉、お前さんも乗れ。病み上がりの身体をこれ以上酷使させるわけにはいかん」
黒田少将の指示により、この二日間、軍民の架け橋として不眠不休で走り回った橘中尉も、トラックの助手席へと収まった。彼の懐には、監視者から個人支給されたカロリーメイトの空箱が、確かなお守りのように仕舞われている。
出発に際し、トラックの燃料タンクには、浩平が需品庫の隅へ転送した、ガソリンスタンド通常の3倍以上の値段もする貴重な『バイオディーゼル燃料』が、20リットル缶から1缶ずつ、命の血流のように慎重に注ぎ込まれていた。
「金沢、またな。次は……勝利の報告、いや、新しい世界の幕開けの時に会おう」
藤堂中将が車の窓から手を振る。
「フン、お前さんに言われるまでもなく、わたしはここで監視者殿から降る物資を1粒残さず民に配り続けるさ。道中、気をつけてな」
金沢長官は軍帽の庇に手を当て、凛とした海軍式の敬礼で彼らを見送った。
ゴオオオオオッ!!
エンジンの爆音が夏の夕暮れの呉の空に響き渡り、8台の大型トラックは、夕日に照らされた海岸線の急坂を、広島に向けて力強く発進していった。
その様子を、パソコン画面の向こうから静かに見届けていた浩平は、パチパチとこわばった両手の指を鳴らした。
「呉の救済処理はこれで一段落だな、後は継続的な物資供給だけだ。……さあ、ここからは本番の開発フェーズだ。黒田、藤堂。広島の未来を、俺たちの手で完全に塗り替えるぞ」
午後5時15分。
広島に迫る運命の「8月6日」へ向けて、若きプログラマーの指先が、再び夜の静寂の中で、冷徹かつ熱い打鍵音を響かせ始めた。
【現在のクレジット残額:6,281,580ゼニ(自動運用分を含む)】
【ゲーム内で関わった人数:123,500人】
おまたせしました
今日はリアル出張の為、投稿時間が遅れました
本作は書き溜めは存在しないため、基本的にリアルタイム投稿となります




