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1945年7月30日 都市規模配給と宮原浄水場

この作品はフィクションです、実在の人物や団体などとは関係ありません

◇◇◇

二十万人のライフライン

◇◇◇


午前10時00分。


海軍呉鎮守府が保有する5台の大型トラックに、昨日広島から物資を輸送してきた陸軍のトラック8台が合流し、計13台の鉄の巨獣が需品庫前の広場に並んだ。その中には、軍の垣根を越えた随行員として、眠気と戦いながら軍帽を正す橘中尉の姿もあった。


さらに、鎮守府の憲兵隊は今朝早くから呉の市中へ展開し、民間からあらゆる「大八車」や荷車を一時的に一斉徴収していた。

1,000名強の海軍兵士、そして陸軍の運転兵や随行員たちが、班ごとに呉市全域の担当セクターを割り振られ、空前絶後の配給任務へと一斉に突き進んでいった。


13台の大型トラックは、その圧倒的な積載能力をすべて「水の運搬」という最優先インフラに投入された。

市の中心部から少し離れた、爆撃の被害が特に激しい住宅区画などを各車の担当エリアに指定。運転兵を除く1台のトラックには、現代の500L業務用特大タンク8基と、10名ほどの頑強な海軍兵が乗り込んだ。

車上の構成は、タンクから水を注ぐ「水詰係」2名と、沿道の家々へ走る「配り係」8名という徹底した効率重視の分業体制である。


500Lタンクの蛇口が捻られるたび、結露した5度の純水が、真夏の熱気の中に澄み切った音を立てて流れ落ちる。

現代の丈夫な透明ポリ袋のちょうど半分まで水を満たすと、物理的な体積は概ねに「1リットル」になる。現場でいちいちはかりで測るという時間的ロスを完全にカットするための、現場の合理的な手順だった。


「ほら、水の配給だ! 泥の混じっとらん本物の水だぞ! 急いで受け取れ!」


「一人に1リットルだ! 今日の一日分だ、一気に飲むなよ!」


トラックが砂煙を上げて瓦礫の道を微速前進する傍ら、兵士たちがポリ袋の口を素早く結び、沿道に並ぶ家族の手へと次々と手渡していく。

ガラスのように澄んだポリ袋を受け取った市民たちは、手のひらから伝わる信じられないほどの「冷たさ」に、一様に息を呑んだ。


「お父ちゃん、水が……水が冷たいよ……!」


「ああ……泥の匂いが全くせん。なんて綺麗な水だ……」


その場で袋に噛み付き、命の水を喉へと流し込む子供たちの姿が、街のあちこちで点となって弾けていく。

13台のトラックが一度に出動すれば、500Lタンク100基分。それを今日中に4往復させることで、計算上、計画通り200,000リットル(200トン)の水を呉の隅々まで配給する。この計算され尽くしたピストン輸送が、乾ききった呉の街を急速に潤していった。


◇◇◇

涙の銀シャリ

◇◇◇


トラックが現地でタンクを全て空にするたび、荷台は再び鎮守府の需品庫へと戻ってきた。

兵士たちが空タンクをトラックから下ろし、倉庫の一角へ並べていく。


パソコンモニターの前に座る浩平は、ブラウザを睨みながら、おおむね10分間隔で需品庫の巡回を繰り返していた。空の特大タンクが床に一定数溜まったことを検知し次第、新機能である『購入品の回収機能』を一括実行。

ゲームUIのインベントリ内で一瞬にして無料の冷水を充填し、元の赤レンガの床へと音もなく再び転送する。


世界を揺るがす歴史改変の裏側で、浩平はマウスをひたすらクリックし続ける、極めて地味で孤独な保守メンテナンス作業を、何時間も、黙々と回し続けていた。


一方、市街地の中心部では、掻き集められた200台強の大八車が、残り800人強の海軍兵士たちによって運用されていた。大八車1台につき4人という体制。こちらは二号棟から搬出した500台の「上皿はかり」とロール式ポリ袋を積み込み、米や小麦粉、キャノーラ油、砂糖を、一家の構成人数に合わせて正確に測りながら分配していく、緻密な作業である。


水の配給に比べてポリ袋の消耗量は少ない。大半の家庭は、配給の気配を察して自前の鍋や茶碗、一升瓶などの容器を抱えて列に並んでいたからだ。

ただし、風で粉塵が舞い上がってロスが発生しやすい「小麦粉」だけは、兵士たちの手によって、あらかじめ4人家族用の「500g」などの規定量にポリ袋へ小分けされた状態で、テキパキと手渡されていった。


しかし、これほどの規模の大配給であっても、浩平が算出した1人あたりのカロリーは1200kcal未満。当時の成人男性の日常活動に必要なエネルギーの半分という、極めて厳しい現実が厳然として目の前に横たわっていた。既存の細々とした配給と合わせて、ようやく今日、明日をギリギリ生き延びられるというレベルの糧に過ぎない。


それでも、浩平がデプロイした物資の「品質クオリティ」は、当時の日本において完全に規格外だった。

混じり気のない真っ白な米、濁りのない黄金色のキャノーラ油、雪のように清らかな上白糖。


「こんな真っ白なお米、何年ぶりでしょう……」


「ありがてぇ……ありがてぇ……これで、婆さんを死なせずに済む……っ」


配給を受け取った家庭の多くは、器に盛られた純白の結晶を震える手で抱きしめ、泥にまみれた顔をくしゃくしゃにして涙を流し、海軍兵たちに何度も何度も頭を下げていた。


「……とは言え、今日の一人当たりの配給分は1200kcal未満だ。正直、満足なインフラ運営とは言えないな」


浩平は、カメラの広角モードを切り替えながら、呉の路上で泣き崩れる市民たちの姿を静かに見つめ、思わず独り言を呟いていた。


「だけど、これが今の俺の財布クレジットの精一杯だ。……耐えてくれ。明日からは、予算とシステムをさらに拡張して、絶対に全員を満腹まで食わせてやるからな」


無自覚な「誓い」が、タイピングする指先を、少しだけ熱くさせていた。


◇◇◇

金沢長官への無理難題

◇◇◇


午前10時20分。

配給部隊のすべてが呉の街へと出発したのを見届けた後、金沢中将、藤堂中将、黒田少将の三人は、一度作戦行動の指揮を執るために鎮守府の司令長官室へと帰還していた。

金沢長官は軍帽をデスクに置くや否や、水道インフラの根本的な復旧を試みるため、受話器を取り上げて呉市水道局への回線を開かせた。


その様子を画面でリアルタイムに見ていた浩平は、


「よし、ここが宮原浄水場を自動給水拠点にするための、最初の役所への交渉だ」


と判断し、すぐさま印刷したA4用紙を金沢のデスクの上へと転送した。


金沢が受話器を耳に当てた瞬間、目の前に現れた紙片を、黒田少将が素早く拾い上げて金沢の前に広げる。そこには、浩平からの明確な要求が印字されていた。


『金沢中将へ

水道局および宮原浄水場の件、私の権能を使えば、現代の清潔な水を浄水場の「配水池(貯水槽)」へ直接、無限に放り込むことが可能である。宮原浄水場は標高90メートルの高台に位置しているため、そこに水さえ満たせば、電力を喰う大型ポンプを一切駆動させずとも、重力だけで市内中心部の全家屋の蛇口へと自動的に水圧がかかり、水が流れ出す仕様になっている。

ただし、何もない貯水槽から水が溢れ出すという超常現象を、水道局の技術者や役人にどう説明し、余計な詮索をさせずに協力体制を組ませるかについては、金沢閣下、お前さんの統率力にすべて一任する。 ――監視者』


その内容を薄い目で一読した金沢中将は、受話器を握ったまま、顔の引きつった笑いを浮かべて低く愚痴った。


「……監視者殿は、また何とも凄まじい無理難題を、このわたしに吹っかけてくださる。役所の頑固な技術屋どもに向かって、海軍の中将たるこの私が『これからは魔法を信じろ』とでも言えというのか?」


「しかし、長官。市内全域に水道が通るとなれば、これ以上の勝利はございません」


黒田少将が眼鏡の位置を直しながら、冷徹にそのメリットを具申する


「分かっておる。やるしかあるまい。……お、繋がったか。水道局長を出せ、金沢だ!」


金沢はゴホンと一つ咳払いをすると、受話器の向こうの役人に向けて、海軍鎮守府トップとしての圧倒的な威圧を発動させた。


「ああ、局長か。戦災の中、大苦労であるな。……何? 本庄水源地からの送水管が数十箇所で爆砕され、修復には数ヶ月かかるだと? 分かっておる、そんな言い訳を聞くために電話したのではない!」


金沢はデスクをドンッと一回、強く叩いた。


「我が海軍の特殊工兵部隊が、独自の給水経路を用い、宮原浄水場の高台区画において『極秘裏に新型の給水工事』の設置実験に成功した! 本庄からの管が死んでいようが関係ない、今すぐ宮原の貯水槽に、直接水を引く目処が立ったのだ!」


受話器の向こうで、水道局長が「バカな、あの高台に水が湧くはずが……停電もしているはずです!」と、技術的な常識から必死に抗議している局長タが、浩平のゲーム画面の中でテキストとして流れてくる。


金沢長官はそれを鼻で笑い、強引に言葉を被せた。


「黙れ! 軍事機密だと言っている! 局長、お前たち役屋の常識で我が海軍の超常的な技術を測るな!……これより、私自らが陸軍の藤堂中将、黒田少将を伴い、直接『宮原浄水場』の現地視察へと赴く。昼の12時前には現地へ入る。お前も、浄水場の技師長や管理責任者など、現場を動かすに必要な技術者を全員現地に集めて正門前で待機しておけ! 遅参は一切許さん、以上だ!!」


ガチャンッ!!!


金沢は一方的に受話器を叩きつけると、首の軍服の襟を緩め、ふぅと大きな溜息を吐いた。


「……藤堂閣下、黒田閣下。行くぞ。十二時までに、あの高台の浄水場を我が海軍の『直轄管理』下に置き、監視者殿の『無限の水』を受け入れる準備を整える」


「了解いたしました、金沢長官」


黒田少将が不敵な笑みを浮かべ、藤堂中将もまた、天の監視者が仕掛ける次なる「都市インフラ救済」の全貌を見届けるため、力強く立ち上がった。


午後11時00分。

三人の将官を乗せた海軍の黒塗りの乗用車が、砂煙を上げながら、標高90メートルの宮原浄水場へと向かって急坂を駆け上り始めた。


◇◇◇

宮原浄水場

◇◇◇


1945年7月30日、午前11時30分。


呉市街地を一望する標高90メートルの高台に位置する宮原浄水場の正門前には、異常な緊迫感と、それにそぐわない冷ややかな空気が漂っていた。

呉鎮守府トップである金沢長官からの直々の怒鳴り込みに近い招集を受け、呉市水道局の局長をはじめ、筆頭技師長、そして約10名のベテラン技師や現場責任者たちが、息を切らせて駆けつけていた。


だが、静まり返る浄水場の門前で、役人や技術者たちは一様に不満げな表情を隠そうともせず、小声で愚痴をこぼし合っていた。


「おい、金沢長官は一昨日の大空襲で、ついに正気を失われたんじゃないか?」


「送水管が数十箇所でズタズタに寸断されとる最中に、どこから水を引くというんだ。まさか軍港の海水でも引っ張ってくると言うまいな。冗談も大概にしてほしい」


技師長もまた、呆れたように深くため息をつき、懐中時計を見つめながら局長に耳打ちした。


「……まあ、終戦が近い、軍人さんたちの舞台はもうそろそろ幕が下ろされる頃合いですからな。我々役人は、街がこうなった以上、これから死ぬほど忙しくなる。長官の『視察』という我が儘に付き合って、最後のメンツを持たせてやるのも、大人の仕事ですよ」


午前11時50分。


彼らが冷笑を交わしているところへ、砂煙を巻き上げながら海軍の黒塗りの乗用車が到着した。

車から降りてきた金沢中将、そして陸軍の藤堂中将、黒田少将の三人が放つ圧倒的な威圧感に、水道局長は一瞬だけ不安の表情を浮かべたが、すぐに役人らしい営業スマイルを張り付かせて礼儀正しく一行を迎え入れた。


「金沢長官閣下、ようこそおいでくださいました。水道局長の小川にございます。早速ですが、技師長の方から現在の設備状況をご説明させていただきます」


技師長の案内により、一行は敷地内の機関室、電動ポンプ群、そして完全に干からびて底のコンクリートがひび割れている「ろ過池」や「薬品沈殿池」を順番に見回っていった。

技師長は道中、黒く焦げた配管を指差しながら、懇切丁寧に、しかし暗に『軍の要求がいかに不可能でするか』を突きつけるように説明を続けた。


「ご覧の通りです。連日の大空襲により、本庄水源地から当浄水場へ至る主送水管は完全に破壊されております。現在の宮原浄水場には、水源からの水そのものも、水をろ過・消毒するための薬品在庫も、そしてポンプを回すための電力すら届いておりません。どれほど早くとも、呉市内の給水再開には数ヶ月の期間が必要。これが技術的な現実でございます」


金沢中将は、その絶望的な報告に対して「うむ」とも「すん」とも言わず、ただ厳しい表情のまま歩き続けた。

そして一同が、浄水場の中で最も重要な拠点であり、市内への配水の心臓部である「低区配水池」を一望できる建物内へと足を踏み入れた時、金沢はようやく重い口を開いた。


「……技師長。もし、その低区配水池という場所に、何らかの超常的な手段で『綺麗な水』を直接満たすことができたとすれば、停電だの送水管の破損だのに関係なく、ポンプなしでも呉市内へ水を流すことは可能なのか?」


あまりにも荒唐無稽で、技術を無視した質問に、局長も技師長も一瞬言葉を失って絶句した。しかし、技師長はすぐに哀れむような目を金沢に向け、辛抱強く回答した。


「……長官閣下。この低区配水池は、標高約90メートルの高台にございます。もし、ここに最初から『飲料に適した水』が満ちているのであれば、確かに水源地からの供給がなくとも、位置エネルギ、つまり坂を下る重力だけで、市内中心部への配水管パイプを通じてすべての民家へ自動的に給水が可能でございます。……しかし、それはあくまで、この巨大な池に水があれば、というお伽話ですが」


「よし、水があれば可能だな。確認は取れた」


金沢中将は満足げに頷くと、突如として水道局長や技師たちを鋭く睨みつけ、長官としての絶対的命令を出した。


「これからここで起きる事は、一字一句に至るまで他言無用! 完全なる軍機密とせよ! もし一人でも外部に漏らす者がいれば、我が鎮守府の憲兵隊が即座に身柄を拘束し、戦時造反罪として厳しく処断する! 良いなッ!」


その尋常ならざる気迫に、役人たちは顔を引きつらせ、困惑しながらも慌てて「ハ、ハイ!」と同意の声を上げた。


「では、監視者殿。……我が呉の命の脈へ、注水を頼む!」


金沢中将が突然、何もない天井に向かって大声を張り上げた。

その狂気じみた様子を見た水道局長は、(ああ、金沢長官は連日の爆撃の心労で、本当に心の病を患ってしまわれたのだ……)と内心で完全に哀れみの念を抱いていた。


まさに、その瞬間だった。


手元のパソコンモニターの前で、このやり取りを完璧にキャッチアップしていた浩平は、ニヤリと笑った。


「了解だ。宮原浄水場へ、給水プロセスを開始する!」


浩平は画面上のシステムを操作し、さっき需品庫か回収したばかりの、水が満タンになった約100基の500L特大ウォータータンクをゲームUI上の仮想インベントリ空間で指定。

マウスの右クリック『包装解除機能』の選択肢を指定すると、インベントリ内のタンク本体が消去され、500リットルの綺麗な「水の塊」だけが、虚無の空間に質量として抽出された。


浩平はまず、10個分の水の塊(計5,000リットル)を、低区配水池の遥か下にある、乾ききったコンクリートの底付近の座標へと一括転送した。


ザバァアアアンッ!!!


「うわああっ!?」


突如として、何もない低区配水池の底から、猛烈な水の激突音が響き渡り、白い水飛沫が舞い上がった。

配水池の底に、一瞬にしてちょっとした水溜りが出現する。


ひっくり返りそうになりながら手すりにしがみついた一人の若い技師が、目を丸くして呟いた。


「な、何だ今の音は!? あれ、配水管の奥に残っていた水が、空気圧か何かで逆流してきたのか……!?」


しかし、モニター前の浩平の処理速度は、彼らの脳の処理速度を遥かに超えていた。


「まだまだ! ここからがエンジニアの根性見せ所だ!」


浩平はさらにマウスを連打し、9回連続で転送コマンドを実行。瞬く間に計50,000リットル(50トン)の水が虚空から滝のように降り注ぎ、底の水溜りは見る見るうちに波立つプールへと姿を変えていく。


さらに、インベントリ画面で残った100基のタンクへ水を一瞬で再充填し、再び池の上空へと放出。


『充填、転送、充填、転送……』


浩平は右手のマウスクリックをマクロのような速度で連打し続けた。人さし指の筋肉が攣りそうになるほどの、完全な作業ゲームだ。プログラミングによる自動化を組む前の、これが最初の『泥臭いシステムテスト』だった。


ドババババババババババババババババババババババッ!!!!


宮原浄水場を包む真夏の青空から、目に見えない巨大な蛇口が開いたかのように、寸分の濁りもない清冽な現代の水が、凄まじい轟音を立てて絶え間なく池へと降り注ぎ、充填されていく。


「ひ……ひぃいいっ!? な、何だこれは! 水が湧いている! 空から水が降っているぞ!?」


「あり得ん! 水道管は死んでいるはずだ! 神業か、これは軍の秘密兵器なのかッ!?」


水道局長は持っていた書類の束を地面にぶちまけ、技師長は自らの眼鏡を何度も外して目を擦った。彼らのこれまでの人生の「常識」が、目の前で轟音を立てて崩壊を起こしていた。


およそ20分後。

浩平の指先が限界を迎えるのとほぼ同時に、有効貯水容量8,000立方メートル(8,000,000リットル:8,000トン)を誇る巨大な低区配水池のコンクリート壁は、限界ギリギリの満水ラインまで、眩しいほどに澄み切った水によって完全に満たし尽くされていた。


静まり返る浄水場。信じられないものを見る目で池を見つめる一同の中、一人の技師が怯えながら声を絞り出した。


「長官閣下……この水は、もしかして海軍が持っている強力な大型ポンプで、呉軍港の海水を一気に吸い上げてここに流し込んだのですか? 申し訳ありませんが、海水は飲めません! ここには塩分を蒸留する機材など……」


「馬鹿者が」


金沢長官は、驚愕で硬直している役人たちを誇らしげに見下ろし、即座に否定した。

「我が海軍はそのような不完全な物資を提供するはずがなかろう。おい、お前たちのその確かな目で、検収たしかめてみろ」


言われた技師の一人が、腰を抜かしそうになりながら配水池のすぐ傍のタラップを降り、持ってきたガラスの試験コップで、湧き出たばかりの水をそっと汲み上げた。


ランプの光に透かしても、泥一つ、塵一つ浮いていない。

技師は鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅ぎ、そして意を決して、少しだけ舌の上でその味を確かめた。


次の瞬間、技師の目が、これ以上ないほど大きく見開かれた。


「……美味い。冷たくて、驚くほど澄んでいます。川や井戸水のような泥の匂いも、不快な消毒臭すら全くありません! 局長、技師長、これは……日本中のどこの清流よりも綺麗な、完璧な真水です!!」


「何だと……!?」


金沢中将は、未だに呆然と立ち尽くしている水道局長と技師長に向き直り、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて指示を出した。


「これで、言い訳は通用せんぞ。……呉市中心部へ向けて、配水を開始できるな? 局長」


局長は、満々と湛えられた8,000トンの巨大な池を前に、ガタガタと顎を震わせながら計算を弾いた。


「は、はい……! これだけの真水が、最初から満タンであるならば……。現在、被災して市内に残っている住民が約20万人。市民一人あたり1日5リットルまで厳密に節約して使わせたとしても、1日に必要な水量は1,000トン。つまり……水源地からの供給が完全に途絶えていようとも、この池だけで、最低でも一週間(7〜8日)は、呉の全市民の命を繋ぎ止めることができます!」


モニターの前で、その試算を眺めていた浩平は、椅子に深く寄りかかって右手の指をほぐした。


「いやいや、一人5リットルなんてケチな制限はさせないよ。ただ、これを毎日手動マウスクリックでやってたら、俺の右手が先に腱鞘炎でシステムダウンしちまうな。手動でのテストは一回で十分だ。後で『毎日深夜12時に配水池を自動で満タンにする自動化スクリプト』をバックグラウンドに仕込んでおこう」


しかし、浩平はエンジニアとしての懸念事項にも気づいていた。


「問題は、呉市中心部の地中に埋まっている配水管が、空襲で破裂していた場合だな。せっかく流した水が、地中でダダ漏れになって無駄になるロスがある」


画面の向こうで、全く同じ懸念に気づいた人物がいた。陸軍の藤堂中将である。


藤堂はすぐさま技師長を呼び寄せ、市内配管の状態を確認させた。


「技師長、市内の地下配管の破損具合はどうなっている? 水を流した途端、途中で全部漏れ出すようなことはないか?」


技師長は図面を広げ、急ぎ頭の中で整理した。


「幸いにして、高台の浄水場から市内中心部へと下る主力配水管セクターは、爆撃の直撃コースから僅かに外れております! 多少の継ぎ目からの微小な水漏れは想定されますが、水圧が完全に死ぬような致命的な大破や寸断はなさそうです!」


「よし、ならば迷うことはない。局長、止水弁をすべて解放しろ!」


金沢長官の力強い一喝が響く。


午後2時00分。


技師たちの迅速な最終安全確認の完了と共に、宮原浄水場の巨大な鋳鉄製の主配水弁が、ガガガガと重厚な音を立てて人間の手によって解放された。


標高90メートルの高台から、8,000トンの清冽な現代の水が、重力に導かれて暗い地下の配管へと一斉に流れ出し、凄まじい水圧を伴って、呉の街の隅々へと供給されていった。


◇◇◇

蘇る蛇口と市民の歓声

◇◇◇


同じ頃、呉の市街地。

空襲の硝煙と真夏の熱気に炙られ、泥水混じりの井戸にバケツを下ろしていた一人の母親が、我が家の焼け残った台所の片隅で、半ば諦め混じりの手癖で、赤錆のついた水道の蛇口をキュッと捻った。


いつもなら、乾いた空気の抜ける音が虚しく響くだけのはずだった。

しかし、その瞬間。


ゴボゴボゴボッ、プシューッ!


「え……?」


配管の空気が抜ける激しい音に続いて、蛇口の奥から、ドクドクと勢いよく「透明な液体」が噴き出してきたのだ。

母親がハッとして手元のバケツを差し出すと、そこへ流れ込んできたのは、一瞬赤錆の混じた水が流れたの後に、驚くほど冷たく、クリスタルのように澄み切った本物の『真水』だった。


「お、水だ……水が出たぁあああ!!」


母親の狂気じみた絶叫は、開け放たれた窓から路上へと響き渡った。

「嘘だろ!?」と半信半疑で近隣の住民たちが自分の家の焼け残った蛇口や、路地の共同水栓のハンドルを捻る。


シャーッ!!!!


いたるところから、勢いよく噴き出す水の心地よい音が街中に共鳴し始めた。


「本当だ! 水が出るぞ! 泥水じゃない、冷たくて、もの凄く綺麗な水だ!」


「水道が治ったんだ! 宮原の浄水場が息を吹き返したんだ!」


噂は光のような速度で呉の全域、市民の間へと駆け巡った。

人々は家々から飛び出し、バケツや鍋、洗面器を持って水栓の周りへと殺到した。冷たい水を頭から被って歓声を上げる若者、透明な水を器に汲んで「生きられる……これで生きられるねぇ」と子供を抱きしめて激しく号泣する母親たちの姿が、呉の路上を埋め尽くしていく。


パソコンの液晶画面の向こう側で、二十万人の市民たちの乾ききったバイタルデータが、一斉に「正常」のログへと書き換わり、爆発的な勢いでログが跳ね上がっていく。


【現在のクレジット残額:6,690,830ゼニ(自動運用分を含む)】

【ゲーム内で関わった人数:約123,500人(カロリー補給による餓死回避や広域配水による間接救命を含む)】


「……よし。呉市全体のライフラインの基盤は、これで完全に確立されたな」


ログ画面に表示された「12万人突破」という驚異的な関与人数を見つめながら、浩平は攣りかけた右手の指をキーボードの上に置き、静かに笑った。

この圧倒的な生存実績は、明日になれば、数十倍の規模の「軍資金」となって自分の手元へと還ってくる。


エンジニアとしての完璧な勝利の余韻に浸りながらも、浩平の目は、次なる戦いの地の「広島のカウントダウン」へと、再び鋭く切り替わっていた。


お待たせしました

今回も1万字に近いです(笑)

著者の私は、本当は戦争よりも「当時の市民の切実な困難」をチートの力で救いたい話を書きたいです

ミリタリー歴史改変物を期待しているなら、その要素はもちろん含まれますが、本作は根本的に「戦略物」ではない事をご了承ください

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― 新着の感想 ―
バイト雇えば楽なるんか?ただ現金がないのがなあ。
>マウスをひたすらクリックし続ける この作業こそシステムエンジニアの知識で改善すべきですねw 長押しを連打扱いにする方法とかないのかな?
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