1945年7月30日 都市インフラ運営は想像以上難しい その2
この作品はフィクションです、実在の人物や団体などとは関係ありません
このエピソードは物語の需要でプログラムのコードも掲載されていますが、読まなくでも物語への理解は妨げないので、興味のない方は飛ばしてOKです
【現在のクレジット残額:26,124,530ゼニ(※自動運用ORSコスト含む)】
【ゲーム内で関わった人数:約41,500人】
◇◇◇
民から取り、民のために用いる
◇◇◇
1945年7月30日、午前8時00分。呉鎮守府・司令長官室。
浩平は「今後の都市運営への本格的な介入には、呉のトップである金沢長官との直接交渉が不可避である」という現実を念頭に置き、パソコンの画面上でFPVカメラを長官室へと回した。
すでに朝食の塩むすびを食べ終えた金沢中将、そして昨日から鎮守府に詰め詰めている藤堂中将と黒田少将の三人が、険しい表情で机を囲んでいる。
(藤堂閣下も黒田少将も、ここにじっと待機しているだけじゃ宝の持ち腐れだな。あの二人にはやはり、現場の指揮官として広島の街で実動部隊を動かしてもらう方が賢明だ)
カメラの倍率を上げると、金沢の執務デスクの上に一冊の手帳が開かれているのが見えた。そこには、金沢が万年筆で書いたと思われる、端正な文字の箇条書きがあった。
『監視者殿へ
昨日から本日の朝にわたり、我が海軍のみならず呉の全市民への多大なる救助活動、誠に感謝に堪えん。
今後の呉鎮守府の運営、ならびに呉市民の飢餓救済のため、以下数点の物資援助を乞う。
其の1:
呉鎮守府および呉市の運営に必要な1日分の物資
・清潔な水:1日 200,000リットル
・精米:1日 500俵(30,000kg)
・小麦粉:1日 25kg袋 1,000袋
・砂糖:1日 20kg袋 250袋
・食用油:1日 2,000リットル
・呉海軍病院への継続的な医療支援
其の2:
貴殿への緊急時の連絡手段をご教示されたし』
画面越しにそのリストを凝視した浩平は、思わず絶句した。
「おいおい……これじゃ、俺一人で呉市と呉鎮守府の海軍全体を丸ごと養えって言ってるのと変わらないじゃないか。水は現時点でシステム上無料(注水機能)だとしても、他の食糧をバルク購入で計算したら……」
浩平はキーボードを叩き、頭の中で概算を走らせた。
精米(業務用20kg袋)/ 1,500袋 = 7,500,000ゼニ
業務用小麦粉(25kg袋)/ 1,000袋 = 2,500,000ゼニ
業務用上白糖(20kg袋)/ 250袋 = 1,500,000ゼニ
業務用キャノーラ油(一斗缶16.5kg)/ 121缶 = 605,000ゼニ
【総額:12,105,000ゼニ/日】
「軽く1日1,200万ゼニ超えか。……待てよ」
浩平はバックグラウンドで走っている救助ログ(dignity_for_life_ver_kure_global.py)の進捗ステータスを確認した。現在時点で、ゲーム内の関与人数は確実に4万人を突破している。
ということは、明日の8月1日午前0時を迎えた瞬間、デイリーボーナスの還元によって、1日に最低でも4,000万ゼニの予算が自動的に手元に転がり込んでくる計算になる。
「元を正せば、今手元にある2,600万ゼニだって、呉の遭難者を救助して得られたリターンだ。呉の民を救って得た予算を、そのまま呉の民のために還元するのは、設計思想としても筋が通っているな」
浩平は腹を括った。金沢のこの「特大の要求」を、全面的に呑むことを決意した。
「問題は、向こうの人間からの『逆方向の通信手段』だよな……。これは金沢に限らず、現場の橘中尉たちとの連携でも致命的なボトルネックになっていた。以前、すずさん家の卓ぶ台のメモを監視した時のように、手帳の内容をOCR(画像識別)機能で常時モニタリングする監視プログラムを組めば、向こうからのテキスト入力をこちらで検知できるはずだ」
しかし、何を媒介にすればいいか。無線機や未来の通信端末を渡しても、向こうの軍人に操作方法を教育するコストと時間がかかりすぎる。
「やっぱり、アナログで電池切れの心配もない『手帳』をそのまま通信インターフェースにするのが一番手堅いか。よし、簡単な監視スクリプトを組んで試してみよう」
浩平はゲーム内の開発環境を開き、手帳等特定オブジェクトを10秒間隔で常時スキャンするような単純なコード(notifier_sample.py)を構築した。
```
# 監視コード:notifier_sample.py
import time
from datetime import datetime
while True:
now = datetime.now()
# ターゲット(長官室のデスク上にあるカレンダー型オブジェクト)を取得
target = Environment.get_objects("呉市.鎮守府.長官室.執務デスク.表.カレンダー")
if target:
# 指定された日付テキストがカレンダーの1ページ目に書き込まれているかを判定
if '月' in target.page[0].text and '30' in target.page[0].text:
# 特定のフラグ(キーワード)が検出されたら、1秒間隔で10回PCからビープ音を鳴らす
for i in range(10):
print("\a")
time.sleep(1)
# 管理ログに出力
log(f"{now.strftime('%Y-%m-%d %H:%M:%S')} : キーワード検出成功。内容:{target.page[0].text}")
time.sleep(600) # 重複検知防止のためのディレイ(10分)
time.sleep(10) # 10秒間隔で対象をスキャン
```
【コードの解説:このプログラムは、金沢長官のデスク上にあるカレンダーや手帳の文字列を10秒ごとに自動で読み取り、特定の『日付』や『暗号』が手書きで書き込まれた瞬間に、浩平の現実世界のパソコンからアラート音(ビープ音)を鳴らして通知する仕組みである】
浩平がこのスクリプトをゲーム内コンソールで走らせた瞬間、ゲーム内時間はちょうど1945年7月30日の「月曜日」であったため、条件が即座に一致し、浩平の部屋に「ピッ、ピッ、ピッ……」と小気味よい電子アラート音が10回響き渡った。
「よし、テストOKだ。これでいける。手帳の最後のページに特別な暗号と日付を書いてもらえば、それをプログラムが自動検知して俺に知らせてくれる。……まあ、俺がパソコンの前にいてゲームが起動していることが大前提だけどな。外出時の対策はまた後で考えるか」
◇◇◇
世界の狭間に出現したプリンター
◇◇◇
「さて、返答を待たせている金沢中将に、こちらの条件を提示してやるか」
これまでゲーム内の人間にメッセージを届けるには、ショップで小さな買い物をし、その梱包に添えた140文字の制限付きの印字された紙片しかなかった。しかし今回は、供給計画や複数の人間への通信手順といった長い要件を説明する必要がある。
そこで浩平は、レベル2で解放された機能の応用を試みることにした。
ゲーム内のショップ画面から、Canonの最も安価な家庭用カラーレーザープリンター『Satera LBP621C(16,000ゼニ)』と『A4コピー用紙500枚(200ゼニ)』を購入。
インベントリ画面上でマウスを操作してプリンターを開封し、ゲーム内の電源供給機能アイコンをクリックすると、空間の床から突如として100Vのコンセント(Aタイプ)が出現し、プラグが吸い込まれるようにカチリと接続された。プリンターに初期トナーはセット済みなのですぐに起動シーケンスに入る。
「しかし、このプリンターをどうやって現実の俺のパソコンと接続すればいいんだ?」
浩平が画面中のプリンターのネットワーク設定をいじっていると、プリンターはインベントリ内の仮想的な無線アクセスポイント『hiroshima』をすんなりと検知し、自動的に接続された。割り当てられたIPアドレスは192.168.11.3。浩平のゲーム内の開発環境(コンソール:192.168.11.2)のすぐ隣のIPだ。
さらに、このゲームのシステム自体がVPNの踏み台サーバーを兼ねていたため、浩平が現実のPC側から自分のゲームIDとパスワードで認証を通すと、驚くほどあっさりと「インベントリ空間のネットワーク」へのルーティングが開通した。
「ここまで繋がれば、あとはいつものシステム構築と同じだ」
浩平が現実のPC側で「プリンターの追加」を選択し、ゲーム内のIPアドレスを指定すると、Windowsの画面に『Canon LBP621C』のドライバーが綺麗にインストールされた。
「現実のパソコンから、ゲーム内のインベントリにあるプリンターへデータを送って印刷する。我ながら、ゲーム仕様の裏を突いた面白い発想だな」
浩平は苦笑しながら、現実のテキストエディタで金沢たちへの返答文書を作成し、印刷ボタンを押した。
『金沢中将へ
其の1:
呉市および鎮守府への毎日の食料品提供の件、了解した。当面の間は提案のあった通りの数量をこちらから供給する。ただし、これはあくまで緊急の措置に過ぎん。一日も早くインフラを立て直し、自力で生活できるように努めよ。
本日の配給分は、この通知の後にそちらの倉庫へ全量一括で引き渡す。後ほど倉庫へ案内してもらい、今日のうちに必ず全市民へ平等に分配せよ。
其の2:
水配給の問題は今後の最重要課題であるため、早急に信頼できる呉市水道局、ならびに宮原浄水場の責任者をこちらに取次していただきたい。
其の3:
私への連絡手段は以下の通りとする。
連絡したい当日の日付と、少し先の時刻(例:十分後)を手帳の最後のページに大きく手書きで記入し、続けて以下の【識別コード】と内容を書き込め。
記入例:1945年7月30日、午前9時00分 K@NA>FTKH 〇〇の物資が不足、至急求む。
藤堂中将、黒田少将へ
閣下たちが私に個別通信を試みる場合も、金沢中将と同様の手順を踏まれたし。手帳の最終頁に日付と時刻を記入し、以下の専用コードを冠して内容を記述せよ。
藤堂中将専用:FUJI>FTKH
黒田少将専用:BLAK>FTKH
コードの書き込みを検知した際、私の環境へ自動的に音が鳴る仕組みを構築した。
以上である。
――監視者』
現実のPCから送信された印刷データは、ゲーム内のインベントリ画面の中で、ウィーンという小気味よい駆動音と共にゲーム内のA4コピー用紙へと定着され、排紙トレイに滑り出してきた。浩平がモニター越しに確認すると、フォントの潰れもなく完璧に印字されている。
「これなら、この紙単体を転送するだけで済むな。余計な買い物をしなくていいのは助かるけど、少し味気ない気もするが……まあいいか」
浩平は画面上のマウス操作で印字されたA4用紙を選択し、長官室のデスクの上、金沢たちの目の前へと直接転送した。
◇◇◇
三人の将官と謎の記号
◇◇◇
フッ。
金沢、藤堂、黒田の三人が深刻な顔で話し合っていた長官室のデスクの真ん中に、突如として、寸分の歪みもない真っ白な「紙」が一枚、音もなく出現した。
「……ッ! 監視者殿か!」
金沢中将が鋭く手を伸ばし、その紙片を取り上げた。手触りは、今の日本で流通しているザラザラとした粗悪な更紙とは根本から異なる、指が滑るほどに滑らかな純白の高質紙。そしてそこに並ぶ文字は、人間が筆で書いたものでも、タイプライターで打ったものでもない、一文字のブレもない極めて綺麗な「印字」であった。
「……藤堂、黒田。監視者殿から直々の指示だ。物資の件、全面承諾されたぞ」
金沢の言葉に、藤堂中将がホッと胸を撫でおろし、黒田少将の眼鏡の奥の目が鋭く光った。金沢は書面を机の上に広げ、三人でその内容を貪るように読み進めた。しかし、後半の「連絡手段」の項目に差し掛かったところで、三人の動きがピタリと止まった。
「……おい、藤堂。この、連絡のための『暗号』とやらは、一体どういう意味だ?」
金沢が眉をひそめ、紙面の一角を指差した。
「私のコードが『K@NA』……金沢(KANAZAWA)の頭文字というのは分かる。だが、なぜ二文字目の『A』の記号が、この、渦を巻いたような奇妙な文字(@)になっておるのだ? 海軍の暗号表にもこのような文字は存在せんぞ」
藤堂中将もまた、自分のコード『FUJI』を見つめながら首を傾げた。
「私のは藤堂の『藤(FUJI)』ですな……。これについては特に不満はありませんが……黒田、お前さんのコードは随分と毛色が違うな」
黒田少将は、提示された『BLAK』というアルファベットを凝視し、端整な顔を露骨に歪めていた。
「……何故、私だけが英語の『黒(BLACK)』を模したコード(BLAK)なのですか。しかも、綴りから『C』が抜けている。監視者殿ほどの存在が、単なる誤字を放置するとは思えん。何らかの意図があるのか、あるいは、私の腹黒さを見透かしての皮肉でしょうか……」
黒田は少々不満げにブツブツと呟いたが、それ以上に三人にとって最大の謎だったのは、すべての暗号の末尾に共通して記述されている『>FTKH』という文字列だった。
「この『>FTKH』とは一体何の略称だ? 陸軍の隠語か? それとも、未来の言語か?」
金沢が問うたが、陸軍の中枢にいた藤堂すら、全く見当がつかないというように首を振る。
彼らには知る由もなかった。
それが、遥か未来の地平からこの地獄をハッキングしている一人のプログラマーへの直通回線――『To Future Kouhei(未来の浩平へ)』という意味を込めて組まれた、ただの識別タグに過ぎないということを。
「まあよい。意味は分からずとも、この通りに手帳に記せば、天の監視者の耳に我が声が届くのだな。これ以上の合理的な通信手段はあるまい」
金沢長官はすぐに表情を切り替えると、机の上のベルを激しく鳴らし、外に控えていた副官を部屋へと怒鳴り込んだ。
「副官! 今すぐ軍需部の需品庫の鍵を開けさせろ! 今から私と藤堂閣下、黒田少将が直接現地へ赴く。それから、鎮守府に残っている全海軍兵士、ならびに動員学徒に至るまで、動ける者を今すぐ需品庫前の広場へ非常召集しろ! 呉の全市民へ向けた、鎮守府開設以来最大規模の『大配給』をこれより開始する!!」
「は、ハッ! 直ちに!!」
長官室の扉が勢いよく開き、呉鎮守府が、その巨大な組織の歯車を「天から降る兵站」という濁流によって、猛烈な勢いで回転させ始めた。
モニターの前で、慌ただしく駆け出す軍人たちのバイタルログを見届けながら、浩平はマウスをクリックした。
「仕様書は渡した。さあ、呉の需品庫の倉庫を、物資の山をぶち込んでくるか」
【現在のクレジット残額:26,108,330ゼニ】
【ゲーム内で関わった人数:約41,500人】
◇◇◇
海軍呉鎮守府軍需部需品庫(現:海上自衛隊呉補給所被服倉庫)
◇◇◇
1945年7月30日、午前9時00分。
呉鎮守府の敷地内に佇む赤レンガ倉庫。後世の2027年においては海上自衛隊の呉補給所として3棟が現存している重要文化財だが、今、浩平のモニターに映し出されているのは、前日の大空襲の爪痕が生々しい「1945年7月」の緊迫したリアルな光景であった。
本来は4棟並んでいるはずの美しい赤レンガ建築のうち、3号棟の隣にあった4号棟が、米軍の爆撃によって完全に爆砕・焼失し、未だに黒く燻った瓦礫が無残な姿を晒している。
(呉の市民のための大切な倉庫を、これ以上空爆なんてさせてたまるか……)
画面越しに見る戦災の痛ましさに、浩平は奥歯を噛み締めながら、手元のコンソールで倉庫の空間座標をお気に入り場所に登録ロした。
カメラの先では、金沢中将を先頭に、藤堂中将、黒田少将、そして副官や鍵束を持った倉庫管理人の一行が、重厚な鉄扉の前に到着していた。
「……ご覧の通り、これまでの空爆による火災延焼を防ぐため、需品庫内の軍服や外套、各種機械類は数日前にすべて別の防空壕へと搬出を終えております。現在、三棟の内部は完全に空っぽの状態にございます」
倉庫管理人が鍵を開けながら、藤堂と黒田に向けて緊張した面持ちで現状を説明する。扉が開かれると、ひんやりとした埃っぽい広大なコンクリートの空間が、虚しく広がっていた。その倉庫前の広場には、金沢の緊急非常召集に応じた海軍兵士や下士官、動員学徒たちが、ざっと1000名ほど息を呑んで整列しつつあった。
◇◇◇
一号棟、三十トンの銀シャリ
◇◇◇
浩平はPCの画面を操作し、今しがたカメラでキャプチャした「一号棟の内観スクリーンショット画像」をペイントソフトへ展開した。床のコンクリート部分に、物資の配置エリアを示す鮮やかな「黄色い外枠線」を几帳面に引き、その下にテキストを入力する。
『この一号棟は米の備蓄倉庫とする。置き場の位置に不都合があるなら即座に知らせよ。精米総量、30,000kg(30トン)』
ゲームのインベントリ内のプリンターが静かに動き、A4用紙を出力。浩平はそれをすぐさま、長官室から移動してきた藤堂中将の手元へと転送した。
ストン。
「――っ、また来たか!」
藤堂の手の中に現れた真っ白なA4紙を、金沢中将が横から覗き込み、すぐさま倉庫管理人に突きつけた。
「管理人、これを見ろ。この位置への積み上げで問題ないか?」
管理人は紙を受け取った瞬間、その表面に「今、自分が開け放ったばかりの倉庫の内観」が寸分の狂いもなく写真として複写され、その上に奇妙な黄色い線が引かれているのを見て、腰を抜かさんばかりに驚愕した。
「な、長官! これは一体……!? 誰がこんな巧妙な内観図を、これほど一瞬で描き出したのですか!? 窓の破損の形まで、今現在のままでありますぞ!」
取り乱す管理人の胸ぐらを、金沢中将が鋭い眼光で掴み、声を潜めて脅しをかけた。
「バカ者が、大声を出すな。これからの出来事は、たとえ家族であっても絶対に口外無用、完全なる国家機密とせよ。さもなくば……憲兵を待つまでもなく、この私が貴様を戦時反逆罪で即刻叩き斬る。良いな?」
「ハ、ハイッ……! 決して、決して誰にも申しません!」
管理人は顔を真っ白にしながら、必死に顎を引いて同意した。
「よし、配置に問題なし。監視者殿、いつでも結構です!」
藤堂中将が虚空を見上げて叫ぶ。
モニターの前に座る浩平は、ショップ画面の「精米(業務用20kg袋)/単価5,000ゼニ」の購入ボタンへカーソルを合わせた。
「それにしても、ワンクリック10袋が上限か。1500袋を配置するのに150回クリック……大金を動かしている割には、地味なマウスクリックゲームだな」
浩平は苦笑しながら、黄色い枠線で囲った三次元座標へ向け、指先を猛烈に動かしてマクロのようにエンターキーを連打し始めた。
フッ、フッ、フッ、フッ、フンッ!!!!
「うおおおっ……!?」
倉庫管理人が短い悲鳴を上げて床にへたり込み、藤堂中将すらもその圧倒的な「質量」に一歩後ずさりした。
何もない虚空から、突如として編み目の細かい真っ白な20kgの麻袋が、ボコボコと重力を無視するように出現し、一瞬にしてカチリとした山を形成していったのだ。10袋、50袋、100袋――。狂ったような速度で空間に「お米」が溜まっていく。
ものの数分で、一号棟の床には正確に縦横6メートル(6m×6m)の美しい正方形に組まれた、高さのある30トンの米の山が完成した。
広大な赤レンガ倉庫の中において、30トン(約35立方メートル)という体積は、意外にも空間を埋め尽くすほど大きくはない。浩平の内心としては、倉庫全体を天井まで米で満たしてやりたい衝動に駆られたが、今の財力ではこれが限界であり、何より目一杯まで高く積み上げると、今度は外の兵士たちが人力で搬出する際、荷崩れを起こして運搬の邪魔になる。
この「兵士たちが四方から囲んで、最も取り回しやすい高さと広さ」という、現場に配慮した設計こそが、エンジニアである浩平の最適解だった。
◇◇◇
二号棟、公平なる秤
◇◇◇
一行は続いて、隣の二号棟へと移動した。
内部の構造は一号棟と完全に同一だったが、浩平は兵士たちの搬出動線である通路スペースをあらかじめ逆算し、今回は空間を三つのセクターに分割して物資を配置した。
フッ、フッ、フッ――!
空間に、重量感のある異なる物資の山が、整然と物質化していく。
業務用小麦粉(25kg袋)/ 1,000袋(総額2,500,000ゼニ / 計25,000kg)
業務用上白糖(20kg袋)/ 250袋(総額1,500,000ゼニ / 計5,000kg)
業務用キャノーラ油(一斗缶16.5kg)/ 121缶(総額605,000ゼニ / 計2,000L)
白、黄、銀色の一斗缶が、通路の幅をきれいに残した状態で、見事なブロックのように積み上がった。
(待てよ。これだけの物資を一般市民へ公平に配給するとなれば、現場には『秤』が絶対に必要だな。じゃないと、手の感覚だけで分けた分配量は必ず不均等になって、後々市民の間内で不満という問題が出る)
浩平はすぐさまショップの検索バーを叩いた。2kgまで厳密に測定できる、現代の頑丈なアナログの『上皿はかり(単価1,100ゼニ)』がヒットする。これを一気に500セット購入。
さらに、ゲーム内のパッケージ解除機能を用いて、現代の派手な段ボール包装をあらかじめインベントリ内で全て消去。剥き出しになった緑色の金属製の上皿はかり500台を、二号棟の開いたコンクリートの床へと、縦横25台ずつの美しい「25×20のマトリクス(行列)」のように隙間なく並べた。
さらに、市民たちが物資を持ち帰るための容器がない状況を想定し、現代の頑丈な『ロール式ポリ袋(1巻3000枚 / 1,500ゼニ)』も500巻購入し、秤のすぐ隣へと整然に配置した。
「……素晴らしい。物資の量だけでなく、それを分配するための『手順』まで、一瞬でこれほど細やかに用意されるとは。天の監視者殿は、真の意味で兵站というものを理解しておいでだ」
並べられた500台の美しい秤を見た金沢中将は、深く感銘を受けたように声を震わせた。
しかし、二号棟はこれらの資材でスペース的にこれ以上の余裕がなくなったため、一行は最後の三号棟へと足を運んだ。
◇◇◇
三号棟、四百基の青い貯水槽
◇◇◇
「最後は、呉全域の市民を潤すための水か……。注水機能は無料だけど、容器は有料なのが地味に痛いな。だけど、宮原浄水場を再起動させるまでのつなぎだ。この際、割り切るしかない」
浩平はショップから、災害時などに使われる『業務用500L特大ウォータータンク(単価12,000ゼニ)』を400セット購入した。
「食糧以外のインフラ機材としては、こいつが今回の最大の初期投資だな。我慢するしかない」
【タンク購入総額:4,800,000ゼニ】
インベントリ内に格納された400基の巨大な青い樹脂製タンクに対し、浩平はレベル2の権能である「注水」アイコンを一つずつクリック。5度まで冷やされた現代の純水、計20万リットル(200トン)を、一瞬でタンク内へ充填した。
これを、三号棟の広大なスペースへ、あえて積み重ねずに床へ直接並べていく。500リットルタンクは満タンにすると500kgを超えるため、当時のクレーンもない海軍兵士たちが人力でそのまま動かすには、平積みに配備してフォークの隙間やロープをかけるスペースを空けておかないと、現場の運用が完全にスタックするからだ。
ズラリと並んだ400基の青い特大タンクの波は、三号棟の凡そ3分の2のスペースを圧倒的な存在感で占有した。
本日の呉市一日分の物資、そして秤やポリ袋、特大タンクといった初期アセットの購入を含め、今回の総支出は【18,205,000ゼニ】に達した。
【現在のクレジット残額:7,903,330ゼニ】
ボーナスで得た潤沢な予算は、一瞬にして残り1/3を切り、明日の0時になるまでは自動運用の維持費を含めて安易に浪費できない危険水域へと突入した。
浩平は、これで一通りのデプロイを終えたと判断し、一枚のA4用紙を印字して金沢の手元へ落とした。
『以上が本日の呉市民へ向けた配給物資の全量である。明日の分は、明日の午前0時以降に再びこの倉庫へ補充する。これを以て、配給作戦を開始せよ』
それをおごそかに読み上げた金沢中将は、深く頷きながらも、フッと何かを思い出したように天井を見上げた。
「監視者殿。物資の提供、恐れ入る。……しかし、これほどの物量を今日中に呉の全域、何万もの家々へ一斉に配るとなれば、鎮守府に残された数台のトラックをフル稼働させねばならん。だが……我々は、そのトラックを動かすための『燃料(油)』の在庫すら、先の空襲による備蓄所の炎上で、完全に底を突かせておるのだ。大変不躾ながら……車を動かすための油を、少しばかり都合してはいただけないだろうか?」
「げ……。燃料か。盲点だったな」
浩平は急いでショップの『大口業務通販窓口』を開き、石油類の検索をかけた。しかし、ゲームの規制がかかっているのか、どれだけ探してもエンジンオイルや潤滑油のバルク缶しかヒットせず、純粋なガソリンや軽油、重油は購入リストに表示されなかった。
「チッ、やっぱり燃料系はロックがかかっているのか。提供不可って素直に伝えるしかないか……」
浩平が諦めかけたその時、検索の最下部に、ひとつの代替商品が引っかかった。
純粋な鉱物油ではない、植物油や廃食用油を精製して作られた現代の『バイオディーゼル燃料(B100)』の20L缶である。
これなら、当時の古いディーゼルエンジンのトラックであっても、仕様上何の問題もなくそのまま燃料として燃やすことができる。
「あった……! だけど、値段が高すぎるぞ」
表示された価格は、20L缶でなんと10,000ゼニ。1リットルあたり500ゼニという、現実世界のガソリンスタンドの3倍以上の猛烈な割り高設定だった。
「今の残り予算(790万ゼニ)じゃ、大規模な燃料タンクの維持は無理だ。……現時点では、最低限の移動に必要な数量しか出せないって伝えるしかない」
浩平は、当時のトラックの燃費をおよそ3〜5km/Lと想定し、今日の配給ルートを回すための最低限の量として「1,000リットル(50缶)」の購入を決定した。
【燃料購入コスト:500,000ゼニ】
【現在のクレジット残額:7,403,330ゼニ】
浩平はすぐにメッセージ入りのA4用紙を転送した。
『現時点では燃料の購入コストが高いため、少量しか供給できない。各車両の燃費を3〜5km/Lと想定し、本日分の運用分としてとりあえず1,000L(50缶)を四号棟の焼け跡の床へ供給する。無駄遣いは厳禁とする』
ドス、ドス、ドス、ドスッ!!
三号棟のすぐ隣、空襲で天井が焼け落ちた四号棟のコンクリート床の上に、現代の頑強な緑色の20L燃料缶が、正確に50缶、無音で出現した。
金沢中将は、その缶に貼られた「バイオディーゼル」の文字を万年筆の先で突きながら、震える声で笑った。
「……フフ、ハハハハ! 燃料が非常に割り高だから少量しか出せん、だと? 1,000リットルもの貴重な油を、お手を煩わせたその数秒で『少量』と言ってのけるか、天の監視者殿は……! よし、これだけあれば全車両の点火が回る! 舞台は完全に整ったぞ!」
◇◇◇
午前10時、大配給作戦の号令
◇◇◇
午前10時00分。
海軍呉鎮守府軍需部需品庫前の広場は、1000名を超える海軍兵士、下士官、そして腕章を巻いた動員学徒たちの放つ、尋常ならざる熱気で満ち満ちていた。
三棟の赤レンガ倉庫の鉄扉が、一斉に轟音を立てて全開にされる。
その中を目撃した前列の兵士たちの間から、「おおっ……!」という、地鳴りのような驚愕の声が湧きあがり、さざ波のように後方へと広がっていった。
一号棟には、天井に届かんばかりの純白の米の山。
二号棟には、小麦粉と砂糖、そして見たこともないほど精巧な「緑色の秤」が数百台。
三号棟には、並々と澄み切った水が詰まった、巨大な青い水槽が整然と並んでいる。
広場の朝礼台の壇上に、呉鎮守府最高司令官、金沢正雄海軍中将が、軍刀を腰に帯びた威厳ある姿で登壇した。
その両脇には、陸軍の藤堂中将と黒田少将が、全軍の証人として毅然と並び立っている。
金沢長官はマイクの前に立つと、拡声器を通じて、呉の山々に響き渡るほどの圧倒的な怒号を全兵士に向けて叩きつけた。
「呉鎮守府、全軍に告ぐ!! 目を開けて、そこにある倉庫の中を、しかと見よッ!!」
1000名の兵士たちの視線が、金沢の腕の先、赤レンガの内部へと集中する。
「我が呉の街は、一昨日の空襲によってライフラインを寸断され、家々を焼かれ、多くの同胞が水の一滴、米の一粒すらなく、死の淵で喘いでおる! 軍が民を救わずして、何が皇国海軍か! 何が統帥の誇りかッ!!」
金沢の激しい叱咤に、兵士たちがガチガチと銃を握る手を震わせる。
「今ここに並ぶ、山のような精米、小麦、砂糖、そして二十万升におよぶ清冽なる水はすべて――天におられる我らの『監視者殿』より、我が呉の民を一人残らず救えと、直々に下賜された究極の兵站物資である!!」
監視者、という聞き慣れない単語にざわめく兵士たちを、金沢はさらに声圧でねじ伏せた。
「これより、陸海軍合同による、鎮守府開設以来最大規模の『呉市内全域大配給作戦』を発令する! 需品庫に眠るすべてのトラックに、たった今届いた燃料を注入せよ! 500台の秤と透明の袋を積み込み、動ける全兵員は、これらすべての食料と水を、今日のうちに、呉市の市民二十万人の隅々へ向けて『一粒残さず』配りきるんじゃ!! 一人も見落とすな、一人も飢えさせるな! 行けぇッ!!」
「「「うおおおおおおおおおっ!!!!」」」
地を揺るがすような1000人の男たちの咆哮が、夏の呉の空へと轟いた。
その直後、兵士たちの士気を極限まで高めるため、事前に金沢の意図を汲んで立ち回っていた有能な副官の手によって、ある「粋な計らい」が実行された。
配置された30トンの米の山から、事前に3袋分(60kg)だけが、鎮守府の厨房班へ搬出されていたのだ。
「おい! 出発する前に、これをつまんでいけ! 監視者殿からの最初の恵みだ!」
厨房の飯炊き兵たちが大急ぎで握りあげた、配給の麦や糠が1ミリも混じっていない、炊き立ての、眩しいほどに真っ白な「塩むすび」。
これから市街地という戦場へ散っていく1000名の兵士たち全員に、それが手渡された。
「……真っ白だ。本当に、真っ白なおむすびだ」
「美味い……美味すぎる……ッ!」
兵士たちや動員学徒の少年たちは、涙で目を真っ赤に腫らしながら、口いっぱいに純白の白米を噛み締めしていった。
軍も、民も、陸も、海も関係ない。
浩平が用意した、完璧に計算され尽くした「リソース」が、1000人の人間の肉体と意志を介して、今、飢餓の呉市街地へ向けて、凄まじい濁流となって一斉に流れ出し始めた。
モニターの向こうで、トラックのエンジンが次々と唸りを上げ浩平は固唾を呑んで見つめ続けていた。
【現在のクレジット残額:7,403,330ゼニ】
【ゲーム内で関わった人数:約41,500人】
お待たせしました
今回も宮原浄水場まで書ききれなかった…
特に連絡手段の説明やプリンター関係で文字数が掛かってしまった
謎の声:
「一話12000字超えなら2話に分けた方が良くね?それだったら毎日投稿できるし…」
著者:
「そうだけど、毎日投稿しないといけないのは、心理的プレッシャーは強いですよね…創作は勢いで、一気に1万字は行くですよね」
謎の声:
「だったら、今度は書き終わったら2話に分割して、1話だけ投稿すれば解決じゃん?」
著者:
「考えておきます」




