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1945年7月29日 絶対に諦めない

この作品はフィクションです、実在の人物や団体などとは関係ありません

ゲーム内クレジット残額:68,330ゼニ

ゲーム内で関わった人数:26人(すずと周辺家族) + 31人(黒田藤堂の謀略関係) + 10人(及川院長関係) + 631(陸軍病院治療患者) + 4人(巡洋艦救出人員) + 4750人(海軍病院救助患者) + 667(浩平一時救助患者) = 6119人


◇◇◇

命を守るためにある力

◇◇◇


1945年7月29日、午後8時30分。

海軍病院が未来の光と薬によって一時の安堵を迎えた頃、浩平は一人、PCの画面の前で次なる救護へと意識を切り替えていた。


彼がカメラを回したのは、午後一番に胃の内部への転送ハッキングを敢行した、あの民間人主体の臨時収容所である。

呉市街地は未だに完全な停電の闇に包まれており、学校の講堂や倉庫を急造した避難所には、当り前ながら病院のような設備は一切ない。闇夜を辛うじて穿つのは、警防団の男たちが囲む灯油ランプや、頼りない蝋燭の微弱な光の輪だけだった。


(陸軍と海軍の合同医療班は、病院の方で大仕事を一つ終えたばかりだ。完全に疲弊しきった彼らに、休みも与えず今すぐここへ来いというのは無理な話。……とりあえず、本当の人間の手が届くまでは、俺だけで持ちこたえさせるしかない)


まともな看護も治療もできない劣悪な環境。だが、FPVカメラと転送UIしか持たない「無力な幽霊」である浩平にとっては、この完全な暗黒と人間の監視の薄さこそが、水面下でゲームのシステムUIを用いた介入の唯一の好都合でもあった。


浩平はゲームUIから収容所全体をまとめて選択し、被災者たちのステータス一覧を一人ずつ確認していく。


(……よし。最初の一斉確認の時より、死者は増えていない)


ホッとしたのも束の間、詳細情報を開いた浩平の顔が再び険しくなる。

不衛生な泥床、飛び交うハエ。重度熱傷を負った遭難者たちの傷口には容赦なく卵が産み付けられ、ウジ虫が湧いていた。これが組織を腐らせ、細菌を血管へと送り込む。タイムリミットが来れば、確実に全身性の感染症、つまり敗血症を引き起こして死に至る最悪の事態だ。


昼間に一度、ペニシリンを全員の胃の中へ直接テレポート投与していたものの、すでに手遅れに近いレベルで40度を超える高熱を出している患者が複数名、画面で「感染症」の文字が赤く表示していた。


(チッ、ペニシリン単体じゃカバーしきれないか。仕方ない、細菌の増殖を直接阻害するニューキノロン系抗生物質のジェネリックを投入する。それと、高熱を物理的に下げるための解熱鎮痛剤(NSAIDs)だ。俺には外側から軟膏を塗ってやる手がない。なら、体内から二重の防壁を張って、敗血症だけはどうしても阻止する!)


浩平はキーボードを叩き、現代の強力なジェネリック医薬品をバルクで購入していった。


・新規:ニューキノロン系抗生物質 100シート(1000錠)/ 25,000ゼニ

・新規:ジクロフェナク錠(25mg)500錠 / 3,050ゼニ

・追加:ペニシリン 500錠 / 5,000ゼニ(在庫は833錠へ回復)

【総額:33,050ゼニ】


【現在のクレジット残額:35,280ゼニ】


浩平は即座に、午後書き上げた救命スクリプトのゲーム内のコードエディタを開いた。実行時に対象の薬品を動的に切り替えられるよう、数行のコードを修正リファクタリングする。


『python dignity_for_life.py --antibiotics=penicillin,newquinolone --nsaids=diclofenac』


プログラムを起動し、収容所の全員の胃組織へ2種類の抗生物質を投与する。さらに、バイタルデータから高熱を検知した患者に対してのみ、強力な解熱鎮痛剤であるジクロフェナクが1錠、100mlの調合ORSの水分とともに無音で直接胃の中へ転送されていった。


水分補給の仕様も調整した。昼の段階で一人あたり1400mlものORSを直接胃へ送り込んでいたため、最悪の脱水状態は改善されている。浩平はループの間隔を書き換え、1時間ごとに100mlを定期的に自動投与するモードへ移行させた。

なお、ORSの調合材料(ウォータータンク、砂糖、塩、コップの使い回し)として、呉市内5ヶ所の収容所で追加の5,350ゼニが引き落とされる。


【現在のクレジット残額:29,930ゼニ】


モニターの中では、意識を失ったまま苦しそうに呼吸していた子供たちが、胃の中に送り込まれた解熱剤と水分の効果によって、じわじわと状態を回復させていく。

だが、浩平の表情は晴れない。


(いくら薬で中から細菌を抑え込もうとしても、外の泥環境からどんどん新しい菌が侵入してくる。これじゃキリがない。頼む、本当の人間(医療班)は早く来てくれ……!)


◇◇◇

限界と、祈り

◇◇◇


夜9時00分。

ステータス画面の一角で、危険領域を示す「41度」の致命的な高熱を出したまま、脳が焼き切れそうになっている重症の青年がいた。ジクロフェナクの最大量を投与しても、物理的な熱の放散が追いついていない。


「外部からの冷却が必要か……。よし、アイテムの組み合わせ機能だ」


浩平はショップから資材を素早く買い揃えた。

・1kgのロックアイス × 3袋(300ゼニ)

・2L用ポリ袋 100枚(100ゼニ)

・輪ゴム 100本(50ゼニ)

・ハンドタオル 20枚組(1,000ゼニ)


【現在のクレジット残額:28,480ゼニ】


購入品組み合わせ画面を開き、時間が停止した空間のなかで作業を始める。ロックアイスの氷をポリ袋に詰め、輪ゴムで口を厳重に縛って「即席の氷嚢」を作成。それをさらに、現代の柔らかいハンドタオルで包み込む。


浩平はFPVカメラの視界を青年の枕元、数センチの至近距離へと肉薄させた。


(位置ズレによる衝突判定だけは絶対に避ける。青年の頭部に衝撃を与えないよう、おでこの生皮からわずか1センチ上の空間に座標を指定して……転送!)


ストン。


虚空から現れた冷たい氷嚢が、青年の熱く焼けたおでこにそっと載せられた。


(よし、成功だ。寝返りを打たれて落ちる可能性はあるが、そこはもう仕方ない。溶けた氷水は後で綺麗な飲料水として使えるし、タオルも警防団が回収すれば絶対に役に立つ。無駄な出費にはならないはずだ)


実は、浩平はプログラミングによるもう一つの自動化を試みていた。

熱傷を負った肌に直接「ゲンタマイシン軟膏」を塗布する方法である。

手順としては、UI上で軟膏を一度ポリ袋の表面に均等に塗り広げ、そしたら『包装解除機能』でポリ袋だけを消去しその状態で転送。

現地に送り込んだ瞬間に、残された軟膏の膜を重力によって患者の患部にペタッと落下させるという、仕様の裏を突く技だ。


しかし、手動で一回試してみたものの、患者の体勢や火傷の立体の凹凸が一人一人異なりすぎて、思う通りに軟膏が患部に付着してくれない。また、位置をや向きを決める時は三次元の衝突判定が頻発し、少しでも計算が狂えば、軟膏が皮膚組織の内部に埋め込まれるか、あるいは何もない床の泥の上に虚しくベチャリと落ちてしまう。


「クソッ、人間の手による『優しく塗り広げる』っていうアナログな動作、プログラムによる静的な座標指定じゃどうしても自動実行オートメーションが組めない……!俺がもっとOpenGLと言った3D系のプログラミングスキルがあれば、もっとうまくできるかもしれないのに…」


15年のエンジニア人生で、これほど自分のコードの限界に歯痒さを覚えたことはなかった。物理的な人間の手、医師や看護婦という現場の人間の存在がいかに尊いか、浩平は身を以て痛感していた。


「せめて、一回切りの発動ではなく、こっちから継続的に干渉できるロボットアームがあれば…」


画面の向こうでは、おでこを冷やされた青年が、かすかに「冷たい……」と呟くように唇を動かし、荒かった息を少しだけ落ち着かせていた。最期の痛みを和らげ、人間としての尊厳を保たせる。その静かな救済の瞬間もまた、ゲームシステムには確かな関与データとして蓄積されていく。


【現在のクレジット残額:28,480ゼニ】


「……俺ができるのは、本当にここまでだ」


深夜の静かな自室で、浩平はキーボードから指を離し、ぽつりと呟いた。

残されたクレジットは、ついに3万ゼニを切った。夜12時の更新が来るまでは、これ以上の大規模な物資の投入は不可能。


画面の向こうの暗黒の呉市街、頼りない蝋燭の灯りを見つめながら、浩平は祈るように呟いた。


「あとは病院の医療班が、一刻も早くこの地獄へ増援に来てくれるのを……祈るしかない」


自動化された救命の処理が静かに回り続ける中、1945年7月29日の長い夜が、ゆっくりと更けていく。


◇◇◇

諦めない者たち

◇◇◇


1945年7月29日、夜9時30分。

海軍病院のロビーの一角で、床に座り込んで食パンを噛み締めていた陸軍合同医療班の班長が、不意に力強く立ち上がった。


彼は衣服に付着したパンの粉を無造作に払うと、周囲の医療従事者たちを見回して声を張り上げた。


「みんな、もう飯は食うたんか? なら、うちらには、まだ残っとる仕事があるけぇな!」


彼が煤けた手で掲げたのは、夕方、藤堂中将から直々に手渡された手帳の一ページであった。そこには青い防水布ビニールシートの利用方法や、経口補水液の正確な調合比率が克明に書き写されている。

そしてその最上段には、天の監視者(浩平)が最初に書き残した、痛切な一言がそのまま残されていた。


『臨時収容所の様子は悪い、より多く人力が必要』


「……行こう。ここで休んどる間にも、街の救護所じゃ同胞が死んどる」


班長の言葉に、疲労困憊のはずだった陸軍の医師や看護婦たちが、一人、また一人と無言で、しかし確固たる意志を宿した目で次々と立ち上がった。


その様子を見ていた海軍の軍医中佐が、慌てて彼らを宥めるように手を広げた。


「陸軍の先生方、待たれよ! 気持ちは分かるが、今日はもう遅い。外は完全な暗闇で、街の救護所には電灯一つないのだぞ。今行っても何もできん。十分な休息を取ってから、明日の朝に民間人たちの救護所へ向かうのが賢明だ」


しかし、陸軍の班長は海軍中佐を真っ直ぐに見据え、一蹴した。


「先生、うちらが朝まで待てるんは分かっとる。じゃがな、今この瞬間も消えかけてゆく命は、明日の朝まで待ってくれるんですか?」


「それは……」


海軍中佐が二の句を継げずに絶句する。


この陸軍医療班の、泥にまみれた圧倒的な救命への執念は、その場にいた海軍の心をも激しく揺さぶった。


「……救護所へ行かれるのなら、私達もお連れください!」


「海軍の兵だけを救って、民を見捨てるなど、我が海軍の恥です!」


合同治療を通じて陸軍の背中を見ていた海軍の看護婦12名、そして数名の若い軍医たちが、次々と声を上げて立ち上がったのだ。

組織の壁は、現場の命の灯火の前で完全に瓦解した。30分もしないうちに、陸海軍混成の『緊急呉市内救護隊』が結成された。総勢、医師10名(陸軍5・海軍5)、看護婦20名(陸軍8・海軍12)。彼らは海軍病院に残された貴重な未来の物資を、再びトラックの荷台へと積み上げ始めた。


午後10時00分。

夜の帳を切り裂いて、5台の大型トラックが、それぞれの臨時収容所や救護所に向けて一斉に出発しようとした。

荷台には、海軍病院に配備された20台のうち、15台の『LED防水投光器』が、一ヶ所あたり3台という計算で積み込まれていた。さらし、ガーゼ、特効薬、解熱剤、そして調合済みの液や防水布も、各収容所の人数を想定した限界ギリギリの量が積み出された。


この物資の急な持ち出しに対し、病院側に残る一部の陸軍関係者から「病院の予備がなくなる」と、困惑と抗議の声が上がった。


「待ってくれ! これだけの物資を持ち出されては、病院内の今後の治療に支障が出る!」


だが、その抗議の声を厳しく退けたのは、他でもない、この病院の長、海軍病院院長であった。


院長は騒ぐ陸軍関係者の前に進み出ると、夜闇に毅然と佇む5台のトラック、そしてそこに乗り込む陸海軍混成の救護隊の面々を見つめ、力強く声を掛けた。


「物資など、使わねばただの塵だ。……呉のすべてを救ってこい。この病院の留守は、我々が責任を持って守る!」


海軍トップの一人である院長自らの、大局を見据えたその一言に、抗議していた者たちは完全に口を償んだ。


「院長閣下……感謝いたします!」


陸軍の班長が深く一礼し、トラックの運転席のドアを叩いた。


「出発じゃ! 一人も見落とすな!」


五対のヘッドライトが、暗黒の呉市街へと眩しく突き進んでいった。


◇◇◇

生への執念

◇◇◇


午後10時20分。

パソコンのモニター前。浩平は暗視ナイトビジョンモードを有効にしたFPVカメラの緑色の視界で、あの民間人ばかりの臨時収容所を静かに注視していた。

手元のクレジットは2万8,480ゼニ。更新まではあと1時間半強。これ以上の介入はできない。ただ自動化された抗生物質の投与コードが回るのを見守るだけの、孤独な時間だった。


その時だった。


カッ!!!!


暗視モードでモノクロに染まっていた浩平の液晶画面が、一瞬にして猛烈な白飛びを起こした。


「うおっ!?」


浩平が目を細めて画面を凝視する。暗闇の向こうから、大型トラックのヘッドライトが、学校の講堂の泥壁を外から照らし出したのだ。


バババンッ! と激しいドアの開放音が響き、暗黒の避難所に、複数の足音となじみ深い白衣の群れが飛び込んできた。


「陸海軍合同救護隊だ! 医療班が入るぞ! ライトを設置しろ!」


パッ、パッ、パッ! と、浩平が病院にデプロイしたのと同じ、あのLED防水投光器が講堂のはりや柱に固定され、瞬く間に地獄の底を昼間のような純白の光で満たしていく。


モニター越しにその光景を、トラックの泥除けに書かれた陸軍の文字を、そして必死の形相で患者へ駆け寄る医師たちの姿を見た瞬間、

浩平の目から、堰を切ったように熱い涙が溢れ出た。


自室の静寂の中で、浩平はキーボードの上に涙をボタボタと落としながら、声にならない声で激しく号泣した。


「ありがとう……。みんな、ありがとう……! 彼らの命を……見捨てないで、諦めないでくれて……本当に、本当にありがとう……っ!」


幽霊である自分がどれだけコードを叩いても、彼らの手を握ることも、身体を拭いてやることもできなかった。その超えられない物理の壁を、1945年の人間たちが、その足で、その意志で踏み越えてやってきてくれたのだ。


「すぐに経口補水液のバケツを持ってこい! シートを敷くんだ!」


救護隊の医師や看護婦たちは、すぐさま猛烈な勢いで処置を開始した。だが、患者の身体に触れた医師たちは、一様に奇妙な表情を浮かべて驚愕することになる。


「……待て。おかしいぞ」


陸軍の医師が、ぐったりとした少年の脈を取り、唇に触れて目を見張った。


「激しい熱傷を負っているのに……皮膚が乾ききっていない。脱水症状が、この劣悪な環境にしては驚くほど軽いぞ!」


「先生、こちらの一帯の重症者もです! 唇が瑞々しい……。まるで、ついさっきまで絶え間なく水分を補給されていたかのように、脈が保たれています!」


海軍の看護婦たちも、あり得ない生存データに驚きの声を上げる。彼らは知らない。浩平の組んだPythonコードが、1時間ごとに100mlのORSを彼らの胃袋へダイレクトに送り込み続けていた事実を。


さらに、最奥の病床へ走った看護婦が、驚きの悲鳴を上げた。


「先生! 先生、来てください! これを……!」


医師たちが駆けつけると、そこには41度の高熱で脳が焼き切れかけていたはずの青年の姿があった。彼の枕元には、現代の滑らかな繊維で作られた見たこともないハンドタオルに包まれた、冷たい『氷の嚢』が、おでこの上に正確に載せられていたのだ。


「氷だと……!? この真夏の呉のどこに、こんな氷があるというのだ! しかもこの布地は……」


医師は即座に、それが海軍病院で見た「未来の物資」と同じ系譜のものであると察知した。


「……そうか。監視者殿だ」


陸軍の班長が、感動に声を震わせながら氷嚢を見つめた。


「あのお方は、うちらが来るのを信じて、たった一人でこの暗闇の中、この人らの命を守り続けとってくださったんだ……!」


その言葉に、救護隊の全員の目に、熱い、決意の光が灯った。

天にいる偉大な存在が、ここまで命を繋ぎ止めておいてくれたのだ。ならば、人間にできないはずがない。


「弱音を吐くな! 監視者殿の御心に応えるんだ! 傷口のウジ虫をエタノールで洗い流せ! 滅菌ガーゼを貼れ! 意識のない者には、このガーゼに液を浸して口に含ませるんだ! 一人も死なせるな!!」


「はい!!」


純白のLEDライトが照らす講堂の中で、陸海軍の看護婦たちが泥の上に青いシートを敷き詰め、未来の軟膏と薬を、被災者たちへと投与していく。

人間の手による、最も優しく、最も確実な「命の救済」が、呉の街の暗闇を完全に塗り替えていく。


モニターの向こうで繰り広げられるその美しい光景を、浩平は涙を拭うのも忘れて、ただひたすらに、誇らしげに見つめ続けていた。


◇◇◇

違う未来へのカウントダウン

◇◇◇


945年7月29日、午後11時30分。


呉市内の五つの臨時収容所の状況は、陸海軍の垣根を越えて結成された『緊急呉市内救護隊』の凄まじい奮闘により、急速に改善されつつあった。

戦時下の厳格な軍規も、平時の几帳面な法の手続きも、圧倒的な命の危機の前には意味をなさない。講堂や倉庫に詰めていた民間の警備団の男たちも、白衣を泥に染めた看護婦たちから熱心に手ほどきを受け、患者の包帯を替え、継続して手当てを行う手順を必死に身体に叩き込んでいた。


(最初は、ただの歴史シミュレーション箱庭ゲームだと思って気楽に課金していたのに……。目の前で泥を這い、決して生きることを諦めず、泥臭くもがいている人たちの姿を見ていたら、これがとても『ゲーム』だなんて思えなくなっていた)


パソコンのモニターを見つめる浩平の目は、完全に変わっていた。

浩平は5分ごとに異なる収容所へとカメラの視点を切り替え、施設の全体リストから患者のステータスログを絶え間なくモニタリングし続ける。救護隊が現地に到着して以降、未だ一人の死者も、脱落者も出していない。


そんな中、ある収容所のカメラが、一人の警備団の男が陸軍の医師にすがりつく姿を捉えた。


「先生方、大変な時に厚かましいのは百も承知ですが……もし、もし綺麗な水があるなら、少し分けてはもらえないでしょうか。ここには収容しきれなかった、民家に潜んでいる人たちの中にも、激しい脱水で干からびかけている者が大勢おるんです……!」


それに対し、陸軍の医師は疲弊した顔を上げ、厳しい声音で答えた。


「気持ちは痛いほど分かる。だが、この水は明日の分まで必要な量を厳密に計算して持ってきているのだ。……全患者の命が繋ぎ止められ、水が残ったら分けてやる。それまでは堪えてくれ」


この押し問答を画面越しに見ていた浩平は、ハッと胸を突かれた。


(そうか、水が足りないのは救護所の中だけじゃない。呉全域の、すべての家々の問題なんだ……。もう現地の人にとって俺が超常的な存在なんて、藤堂さんにも金沢中将にも分かってもらい、医師達にもバレバレだ。今更カモフラージュなんて要らないな)


残された猶予はあと30分。浩平は本日最後となる買い物のため、ショップ画面の購入ボタンを激しくクリックした。


・折りたたみウォータータンク(20L)※無料給水機能:冷水(5℃)満タン

 単価300ゼニ × 50個 = 15,000ゼニ(計1,000リットル)

・業務用 上白糖 2袋 = 8,000ゼニ(計40kg)

・食塩 5kg 1袋 = 500ゼニ

・2L用ポリ袋 1000枚 = 500ゼニ

【総計:24,000ゼニ】


【現在のクレジット残額:4,480ゼニ】


浩平はお馴染みとなったゲーム内の『購入品組み合わせ機能』を展開し、時間が静止したインベントリの中で、50個のタンクすべてに砂糖と塩を完璧な比率で溶解させ、その場でORS(経口補水液)を調合した。

そして、2L用ポリ袋の山とともに、五つの収容所の空いているスペースへ、10個ずつ均等に一括転送した。


それぞれのタンクの取っ手には、140文字の枠をフルに使ったメッセージの紙片が添えられている。

『調合済みの経口補水液だ。透明の袋に小分けして周囲の民家に分けてくれ。量はまだ足りないが、明日はもっと多く提供する』


ドン、ドン、ドン、ドン、ドンッ!!


各収容所の片隅に、突然、見慣れたあの青い樹脂製のウォータータンクが10個、うずたかく出現した。


「なっ、また出たぞ! 監視者殿からだ!」


驚いた医師が駆け寄り、取っ手から紙片をむしり取って即座に一読した。


「……民間人に分けるための『命の水』だ! だが、我々救護隊は今、目の前の重症者から手が離せん! 誰か、動ける者はいないか!」


「うちらがやります! 任せてください!」


事情を察した民間の警備団の男たちが、すぐに立ち上がった。彼らは深夜の闇に包まれた市街地へと飛び出し、まだ動ける近隣の住民や若者たちを大至急で呼び集めた。


投光器の白い光が漏れる講堂の片隅で、臨時の「給水班」が結成される。

男たちが蛇口をひねると、5度まで冷やされた未来の経口補水液が、心地よい音を立てて流れ出した。


「おい、この袋(ポリ袋)に小分けにするんだ! 欲張るな、一世帯にまずは一袋、およそ1升(約1リットル)だ!」


現代の丈夫で透明なポリ袋に、なみなみと注がれる冷たいORS。


「おい! 警防団から水の配給だ! 砂糖と塩が入った特別な薬水だぞ!」


「これを飲めば熱が引く! 早く家族に飲ませてやれ!」


警備団の男たちは、1LのORSが詰まったポリ袋を大切に両手で抱え、爆撃でめちゃくちゃになった深夜の街へと散っていった。

暗黒の民家の軒先で、怯えていた母親が、あるいは生き残った父親が、差し出されたその不思議な透明な袋を受け取る。

ランプの灯りに透けるその水は、泥の混じっていない、驚くほど澄み切った純粋な水だった。


「お母ちゃん、これ冷たい……甘くて、少ししょっぱいよ……」


「ああ、よかった……本当に、よかったねぇ……」


崩れかけの畳の上で、火傷に苦しんでいた小さな子供たちが、ポリ袋の端を少しだけ切り裂いた口から、命の水を一滴一滴、貪るように喉へと流し込んでいく。

量は決して十分ではない。しかし、その「1リットルのポリ袋」は、暗闇の中で孤立し、ただ待つだけだった何百もの家族に、「自分たちは見捨てられていない」という絶対的な希望を、見えるようになった。


そして、いよいよ1945年7月30日までのカウントダウン。


午後11時50分。

午後11時55分。

午後11時59分——。


そして、長い長い1945年7月29日が終わり、

時計の針が【00:00】を指し示した。


1945年7月30日、午前0時。

浩平はついに「都市全体」を救えるほどの資金と力が解放された

お待たせしました

今日も文字数が多いです(9000文字超え)

でも、長い長い箱庭の1945年7月29日を終えることができた

次は、呉市広域の話になりますが、ただ、広島での準備に残された時間も少ないのもまた事実

予告となりますが、次回の投稿は少し時間を開けていただきます。

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