1945年7月29日 救出作戦
この作品はフィクションです、実在の人物や団体などとは関係ありません
午後2時40分。
広島陸軍病院の正門に、凄まじいエンジン音を響かせて大型トラック8台の車列が滑り込んできた。
車を降りた藤堂中将は、連絡を受けて建物前で待機していた黒田少将、そして橘中尉と力強く視線を交わす。
「黒田、体調は万全だな。橘中尉、すぐに着席し。これより呉へ向かう!」
「ハッ!」
病み上がりとは思えない鋭い動きで黒田が助手席に乗り込み、総勢25名ほどの救援隊を乗せた車列は、土埃を上げて地獄の呉へと出発した。広島から呉までは、空襲で荒れた路面を考慮すると、どれほど急いでも1時間半から2時間はかかる強行軍となる。
(よし、陸の事は藤堂さんたちに任せた。俺は俺の戦場へいくぞ)
パソコンの前でマウスを握り直した浩平は、出発する藤堂へ向けて、最後の小さな買い物をした。現代のFFP2マスク 50枚入り』の箱詰めだ(1800ゼニ)。
これを藤堂のトラックのダッシュボードへ転送し、端正な印字メッセージを添える。
『現地は煙と埃、そして最悪の衛生状態だ。医師と看護婦にこの白いマスクを必ず着用させろ。……俺はこれから、呉の港の沈没艦にいる残留生存者を救ってくる。陸のことは任せた。 ――監視者』
「……感謝する、監視者殿。御武運を」
バックミラー越しに届いたマスクの箱を確認し、藤堂が低く呟いた。
午後2時45分。
浩平はゲームUIを操作し、カメラ視点を再び呉の軍港へとジャンプさせた。
モニターに映し出されたのは、1時間前に見た時と変わらず、黒煙を上げて横転着底している一隻の巡洋艦だ。浩平はすぐさま船体をクリックし、内部の生体ステータスを確認した。
【生存者:4名(変わらず)】
「よかった、まだ生きてる……! 待ってろ、今出してやるからな」
浩平は最初、深夜に手に入れた『初期状態指定機能LV2』の速度付与を使い、大口業務通販窓口で「トンネル掘削用のシールドマシン用カッター刃」や「超硬合金の巨大鋼板」を買い、船体を外側から丸ごと一刀両断にする豪快なレスキュー作戦を思い描いていた。
しかし、実行に移す前に、浩平は手元のスマートフォンで現代の生成AIにプロンプトを打ち込み、この作戦の物理的な妥当性を相談してみた。
『半分水中に沈没したの軍艦に、閉鎖区画に4名の要救助者がいて。厚さ数センチの軍艦の装甲板に対し、水中で質量のある鋼板を時速200キロで衝突させて切断することは可能か?』
AIからの回答は、冷酷なまでに否定的だった。
『非現実的です。水中では莫大な水圧抵抗が発生するため、射出した鋼板は一瞬で減速します。また、軍艦の強固な圧延装甲に無理な運動エネルギーを与えて外側から破壊しようとした場合、その凄まじい衝撃波や水流の圧力変化が船体内部の閉鎖区画に直撃し、救出対象である内部人員の鼓膜や内臓を破裂させ、即死させる危険性が極めて高いです』
「しまった……! 衝撃波の計算を忘れてた!」
浩平は冷や汗を流した。外側から力任せにぶち破れば、その瞬間に4人はショック死する。おまけに、そんな超硬合金の特殊資材は数十万ゼニを超えており、現在の残り19万7,410ゼニの財布では最初から購入不可能だったのだ。
安価で、衝撃波を人命に影響のない範囲に抑え、なおかつ確実に脱出路を開く方法。
目の前の巡洋艦をクリックして、ステータス画面の3D透過図をグリグリと回転させながら、浩平のエンジニアとしての脳細胞が火花を散らす。
「待てよ……外側の装甲が硬いなら、中から外へぶち抜けばいいんじゃないか?」
カメラのレンズをさらにズームし、4人が閉じ込められている空気溜まりの区画にピントを合わせる。彼らを閉じ込めているのは、強固な外壁ではない。隣の浸水区画とを隔てている、スチール製の薄い「防水扉」や「防水隔壁」だ。
「これだ。区画の『内部』のデッドスペースに、安価な建設用鋼板を出現させ、ドアに向けて内側から外へ射出する。これなら水中抵抗もないし、衝撃波は外の海へ抜ける!」
予算はわずか数万ゼニで済む。
計算は成立した。浩平はマウスを握り締め、命を繋ぐための精密な救出作戦へと移行した。
◇◇◇
精密狙撃
◇◇◇
「残高、19万7,410ゼニ……」
モニターを見つめる浩平の額に、じっとりとした汗が伝う。
クレジットカードで課金限度額まで使い切った今、夜12時の更新が来るまでは、1ゼニたりとも無駄遣いはできない。
当初、浩平の頭には「トンネル掘削用のシールドマシン用カッター刃」のような超硬合金の資材を買い、船体そのものを外からゴリゴリと切り裂く豪快な作戦が浮かんでいた。しかし、大口業務通販窓口の価格表をスクロールして絶望する。そんな特殊な重工業資材は、優に数十万ゼニを超えており、今の底を突いた財布では逆立ちしても買えなかった。
「……何も強固な軍艦の『外板(装甲)』を外から無理やりぶち破る必要はないんだ」
浩平は冷静に思考を切り替えた。エンジニアの基本は、最も抵抗の少ない脆弱な脆弱性を突くことだ。
4人の海軍兵が閉じ込められている区画は、頑丈な外壁に囲まれているが、隣の浸水区画との間を隔てているのは、船体外板に比べれば遥かに薄い「区画封鎖の防水隔壁(鋼鉄の壁)」や「スチール製の防水扉」だった。
「外からダメなら、内側からだ。区画の『内部』から『外(浸水区画)』に向けて、質量のある安価なものを速度付きでぶち当てて、ドアや壁を吹き飛ばす!」
これなら、大口窓口で1枚数千ゼニで買える、ごく普通の「建設用圧延鋼板(厚さ数センチの鉄板)」で十分に用が足る。
浸水区画さえぶち抜いてしまえば、そこから海中へ泳ぎ出せるルートが繋がるはずだ。
浩平はすぐさま作戦のシミュレーションを開始した。
(よし、これなら予算1万ゼニ以内で完全に収まる。いくぞ!)
4人の生命状態や体力を回復させるため、浩平はまず、通常ショップから1本500ゼニの「酸素スプレー」を4本購入。システムUIの『購入品組み合わせ機能』を開き、現代の強力な布ガムテープ(300ゼニ)でスプレーのスパウトボタンを限界まで押し込んだ状態(常時噴射状態)に固定した。
これを、4人が震えている空気溜まりの区画内へ、1本ずつ時間差で転送していく。
(総額:2300ゼニ)
シュウウウウウ……! という激しい噴射音と共に、閉鎖区画内の酸素濃度が上昇し、同時に気圧がじわじわと高まっていく。
ステータス画面の【区画内気圧】が、外の水深と同じ「約2気圧」を示して完全に平衡状態されたのを確認。これで、壁を破壊した瞬間に海水が鉄砲水となって牙をむく危険は防げる。
真っ暗闇の底、互いの肩を寄せ合って死を待っていた4人の海軍兵は、突如として耳元で鳴り響いた奇妙な高音に身をすくませた。
「……おい、何の音だ?」
「分からん、しかし……待て。息が、急に楽に……」
喘ぐようだった呼吸が、見る見るうちに深く通るようになっていく。胸を圧迫していた重苦しい二酸化炭素の塊が薄まり、冷涼な澄んだ空気が肺を満たしていくのを、4人は驚愕のなかで肌で感じていた。
「次だ。暗黒でパニックにならないように、スイッチを『ON』にした状態のLED防水投光器、そして最初からLEDライトを点灯させレギュレーターから空気が供給されているダイビング器材(簡易ボンベ付き)を4人分、彼らの目の前に!」
浩平は購入品組み合わせ機能のUI画面で、購入したばかりの簡易ダイビングセットを10分かけて何とか直ぐに使える状態に整備した
LED防水ハンディ投光器(電池付属)1,500ゼニ
スイッチ「ON」の状態で転送。暗黒の区画を一瞬で照らす光源。
簡易ダイビングセット(ミニ酸素ボンベ0.5L、LEDライト、レギュレーター、マスク、フィン)12,000ゼニ x 4セット
(総額:49,500ゼニ)
コトッ、ピカァァァ!
暗黒と絶望の底にあった沈没艦の区画内に、突如として太陽のような眩い光が満ち溢れた。さらに、目の前に転送されてきた未知のゴムとプラスチックの塊。
「な、何だこれは……!? 光!? 呼吸器か!?」
混乱する海軍兵たちだが、生きる本能のままにそのマウスピースを咥え、背中にボンベを背負った。
彼らが装備を整えたのを3D画面で確認し、浩平はマウスのカーソルを『大口業務通販窓口』の建設資材セクションへと合わせた。
選んだのは、重量約500キログラムの「強靭な高張力鋼板(厚板)」を4枚。総額わずか1万2,000ゼニ。
浩平は『初期状態指定機能LV2』のウィンドウを起動し、その鉄板の3Dモデルに対し、方向と速度のパラメータを設定していく。
設置座標は、生存者たちと離れた、浸水区画へと繋がる「防水扉」の真ん前。
ベクトル(方向)は、室内からドアの真芯に向けて完全に垂直。
初期速度は、AIに任せて水中抵抗と鉄の降伏応力を計算し、生存者に金属片の跳ね返りが届かない限界の「時速80キロメートル」。
「いけっ、射出)!!」
ドォォォォォンッ!!!!
沈没艦の奥深くで、凄まじい金属の衝突音と炸裂音が響き渡った。
人間の腕力や当時の工具ではビクともしなかった防水扉が、内側から出現した500キロの鉄板の猛烈な運動エネルギーによって、固定ボルトごと一瞬で引きちぎられ、外の浸水区画へと弾き飛ばされたのだ。
「通路が開いたぞ! 泳げ!!」
光に照らされた破壊口の向こうには、海水に満ちた通路、そしてその先には米軍の爆撃によって大きく裂けた、船体の亀裂が繋がっていた。
海軍兵たちはダイビング器材のフィンを力強く動かし、現代のLEDライトが照らす脱出ルートを、濁った海水の中へと蹴り出していった。
ゴー、という自身の排気音を聞きながら、4人は夢中で光の差す方向へ、船体の亀裂から外海へと泳ぎ出た。濁った重油の海を突き抜け、ギラギラとした夏の太陽が待つ海面へと次々に顔を出す。
「ぷはっ! ……はぁ、はぁ! 助かった、助かったぞ!」
激しく咳き込みながら、4人は近くの岸壁へと這い上がった。泥と重油にまみれたコンクリートの上に大の字に寝転び、燃えるような夏空を仰ぎ見る。
だが、息を整えて視線を海へ戻した瞬間、彼らの言葉は凍りついた。
目の前に広がっていたのは、昨日まで自分たちが誇りを持って乗り組んでいた高角砲や美しい艦橋が無残に砕け、完全に横転して着底した僚艦たちの、無残な鉄の死骸の山だった。波間に漂う重油の油膜が、不気味に七色に光っている。
「……みんな、沈んじまった……」
一人が涙を流して拳を地面に叩きつける。その時、別の兵士が、今も自分たちの体に装着されている「得体の知れない装備」に目を留めた。見たこともないほど軽くて強固なゴム、錆一つない未知の金属、そして今なお眩しく足元を照らし続けているLEDの灯り。
「おい、これはいったい何なんだ……。あの暗闇の中で、突然光と一緒に現れた。こんなもの、我が海軍にも、いや米英にだって作れるはずがない……」
「分からん。だが、あの時確かに『泳げ』という、頭に直接響くような強い意志を感じたんだ。……俺たちは、人知を超えた何かに命を拾われたのかもしれん」
4人は互いの顔を見合わせ、畏怖を込めてその未知のダイビング器材をそっと撫でた。敗戦の絶望のなかで、しかし確かに自分たちは「生かされた」のだという奇妙な確信が、彼らの胸に静かに宿っていた。
午後3時。
浩平は4人が助かった様子を見て、まだ道の途中の藤堂中将らと合流せず、彼はカメラを最も悲惨な臨時収容所に移動した
「藤堂中将たちが到着しても真っ先に行くのは間違いなく海軍病院だ、ここ民間人ばかり収容された臨時収容所に回せるのはいつになるか分からない、彼らの命をつなぐため、俺の手で何とかしないといけない」
クレジット残額:145,610ゼニ
今回は短めです、ミリタリー素人の為、もし描写が間違った場合は教えてください。
なお、今回の救出作戦の想定した沈没艦艇は巡洋艦・青葉です




