1945年7月29日 デジャヴ
この作品はフィクションです、実在の人物や団体などとは関係ありません
ゲーム内クレジット残額:2,324,310ゼニ
ゲーム内で関わった人数:21人(すずと周辺家族) + 5人(呉市避難家族) + 5人(黒田の謀略関係) + 5人(及川院長関係) + 631(陸軍病院治療患者) + ????人(呉の負傷者治療) = 667 + ????人
◇◇◇
事後報告
◇◇◇
1945年7月29日、午前9時30分。
橘家への「即席冷蔵庫」の配送を終えた浩平は、ようやくカメラを広島陸軍病院へと戻した。
浩平はまず、病院全体のステータス画面を開いた。画面上には「陸軍病院(全体)」という項目があり、そこに備蓄米、薬の在庫、患者の状態などが詳細に表示されている。昨日までは各部屋や患者を一人ずつクリックして確認していたが、この一括確認機能は非常にありがたかった。
「……やっぱり、ここは本当に『シミュレーションされた過去の世界』なんじゃないか?」
浩平は少しずつ、この不可解な現象をシステムとして受け入れつつあった。
だが、ステータス画面を見て浩平は首を傾げた。
「あれ? 今朝支給したばかりなのに、備蓄米が5袋(25kg)減ってる? 小麦粉も25kg袋が1つ足りないし、ワセリンも減ってる。まだ昼飯前なのに、どこに消えたんだ?」
浩平が眠っていた間に起きた、藤堂中将の決断による『呉の海軍への物資供与』。浩平はまだその事実を知らなかった。
浩平は状況を確認するため、カメラを黒田少将の特別病室へと移した。
病室では、黒田少将がベッドの上に身を起こし、見違えるように顔色を良くしていた。来客用の椅子には藤堂中将が腰を下ろしている。
そして、黒田のベッド脇のサイドテーブルには『監視者殿へ』と書かれた分厚い封筒が置かれていた。
「え、何かあったのか? くそっ、黒田もすずさんも橘の妹も、手紙や手帳にメッセージを残すから、俺が『非同期』で確認しに行かないとダメなんだよな。チャットツールがない時代とはいえ、この即時性のなさはもどかしい」
文句を言いながらも、重要な内容だと察した浩平は、画面上の封筒をクリックして内容を確認した。
『監視者殿へ(黒田・藤堂共同署名)
今朝方、呉の海軍鎮守府より、昨日の爆撃による重傷将校3名が当病院に運び込まれました。海軍側は当病院の物資の噂を嗅ぎつけており、一触即発の事態となりました。
しかし、呉の凄惨な状況を鑑み、藤堂の独断により、監視者殿の物資(米、小麦粉、鎮痛剤等)の一部を呉の海軍へ供与いたしました。事後報告となりました無礼を深くお詫び申し上げます。
また、本件により海軍および特高警察が当病院を嗅ぎ回る可能性が高まりましたため、黒田と私(藤堂)にて、第二総軍上層部への政治工作を開始いたします。
黒田と橘中尉は本日より正式に職務復帰し、黒田は明後日退院する意向です。
呉の状況次第では、追加の物資発注をお願いするやもしれません。ご容赦のほどを。』
「……そうか。俺が寝ていた数時間の間に、そんな熱い展開があったのか」
浩平は手紙を読み終え、小さく息を吐いた。
「確かに、呉にはもっと大勢の火傷患者がいるはずだ。今まで俺の視点が及ばない制約のせいでどうにもならないと諦めていたけど……藤堂中将たちのネットワークを経由すれば、間接的に救えるんだな」
浩平はすぐさま、呉へ供与した分の「薬の在庫」を補充購入した。
ジクロフェナク錠 2000錠(12,200ゼニ)
トラマドール錠 2000錠(16,800ゼニ)
ペニシリン系抗生物質 2000カプセル(20,000ゼニ)
ゲンタマイシン軟膏 200本(40,000ゼニ)
(計89,000ゼニ)
浩平はこれを黒田の机の上に転送し、添えた二枚の紙片で返信した。
『呉への援助は了解した。よくやった。
追加発注も了解だ。その時は、及川院長に聞いて必要な薬や物資の量を知らせてくれ。
軍部への工作は藤堂と黒田に一任する。俺は必要な情報や物資の提供、場合によっては『物理的な介入』を行う。
なお、薬の減った分は机の上に補充した。ただし、米や小麦粉など体積を取るものは急に出現させると疑われるため、午後に藤堂中将のトラックが来た際に幌の中に転送する。
——監視者より』
トンッ。
目の前で突如として薬の山が出現し、添えた紙片に文字が書かれていたのを見て、黒田と藤堂は息を呑んで立ち上がった。
「おお……監視者殿、見ておられたか!」
藤堂は薬の山を見て、ホッと安堵の表情を浮かべた。
「呉への独断専行を咎められるかと思ったが……『よくやった』とのお褒めの言葉。ありがたき幸せにございます!」
◇◇◇
将官の家の食糧事情
◇◇◇
その時、コンコンと控えめなノックの音が響き、病室のドアが開いた。
「あなた、少しよろしいですか?」
現れたのは、黒田の妻・けいこだった。手に風呂敷包みを持っている。
「……では黒田、私はこれで。午後にまた来る」
藤堂は空気を読み、足早に病室を後にした。
「けいこか。どうした?」
黒田が尋ねると、けいこは周囲を気にしながら、消え入るような声で懇願した。
「あなた……その、監視者様に、お願いして食べ物を分けてもらえないかしら?」
「なに……?」
「申し訳ありません。でも、配給はもうずっと止まっていて……庭の芋の蔓も食べ尽くしました。闇市で買おうにも、法外な値段で……。国を救うためのお役目とはいえ、子供たちのお腹を空かせておくのは、親として……」
黒田家は陸軍少将の家系であり、本来であれば一般市民よりは恵まれた立場にある。しかし、1945年7月末の日本においては、もはや金や階級があっても「市場に食べ物自体が存在しない」という絶対的な飢餓に直面していた。将官の家族ですら、栄養失調一歩手前の飢えに苦しんでいたのだ。
しかし、黒田は顔をしかめ、一蹴した。
「馬鹿なことを言うな! 監視者殿は、我が国を滅亡から救うために動いてくださっているのだ! そんな我が家の私欲や些細なことで、監視者殿の手を煩わせるなど言語道断! 飢えなど、大和魂で耐え忍べ!」
浩平はモニターの前で、頭を抱えてツッコミを入れた。
「いやいやいや! そこは甘えてくださいよ黒田さん! あんたが栄養失調で倒れたら、俺の計画(広島の救済)が根底から崩れるんだよ!」
残高200万ゼニ超えの浩平にとって、黒田一家を食わせるなど誤差の範囲である。
浩平は急いでネットスーパーを開き、『上白糖 1kg(300ゼニ)』を購入した。
そして、けいこの目の前にその純白の砂糖の袋を転送し、添え状として一枚の紙片を出現させた。
コトッ。
「ひぃっ!?」
虚空から突如現れた砂糖の袋に、けいこは悲鳴を上げて後ずさった。黒田もギョッとして目を丸くしている。
添え状にはこう書かれていた。
『けいこ夫人へ。
ご家庭の事情は分かりました。遠慮は無用です。しかし、ご家庭用の食べ物を一気にこの病室に出すと目立つため、夫人が帰宅後、以下の【注文表】から希望を紙に書いて、夕方のダイニングテーブルに置いてください。
【注文表】
肉(豚・牛、合挽、保存肉)、魚(塩鮭・タラなど)、野菜果物、缶詰(果物、肉、魚)、調味料・油等全般、白米、小麦粉、うどんや麺類など。その他は希望に応じて手配します。
——監視者より』
「ち、注文表……? 牛肉に、リンゴに、バナナ……?」
けいこは震える手でその紙を手に取り、信じられないものを見る目で文字を追った。それは戦時下の日本人からすれば、竜宮城の宴のメニューに等しかった。
「監視者殿……。なんと、我が家の台所事情にまで……!」
黒田はベッドの上で居住まいを正し、砂糖の袋に向かって深々と頭を下げた。
「かたじけない……。監視者殿の底知れぬ慈悲、黒田、命に代えてもこの国を救うことで報いてみせます……!」
けいこもまた、畳に崩れ落ちるようにして両手を合わせ、大粒の涙を流して感謝の祈りを捧げていた。
「ありがとうございます、ありがとうございます……! これで、あの子たちにひもじい思いをさせずに済みます……!」
浩平はモニターの前で、「よしよし、これで黒田のモチベーションはカンストしたな」と満足げに頷き、午後の藤堂のトラックへの積み込みに向けて準備を進めた。
◇◇◇
回避地「武田山」
◇◇◇
1945年7月29日、午前11時。
広島陸軍司令部、藤堂中将の執務室。
藤堂中将は陸軍病院から戻るなり、机に厖大な地図と書類を広げ、数日後に迫る「大規模避難(防空演習という名目)」の計画立案に没頭していた。
避難経路、誘導用と管制用の人員配置、仮設の炊き出し所の設置、そして何より浩平から送られてくるであろう「莫大な支援物資」を秘匿しつつ保管する場所の選定。
さらに、黒田から預かった『広島原爆の日』の写真集を開き、被害の及ぶ範囲を睨みつけていた。
「爆心地たる産業奨励館(原爆ドーム)周辺の熱線と爆風……。最低でも5キロは離れねば致命傷になりかねん」
藤堂が弾き出した避難先の最適解は、広島市北部に位置する「銀山城跡」や「武田山」の一帯だった。爆心地から直線距離で約7キロ離れており、小高い山々が自然の防壁となって爆風を遮る。徒歩での大移動にも耐えうる距離であり、軍の展開や補給ルートの確保もしやすい。未来の知識と軍人の経験が導き出した、完璧な布陣であった。
その時、執務室のドアが荒々しくノックされた。
「入れ」
入室してきた伝令兵は、緊張で顔を強張らせながら直立不動で敬礼した。
「ハッ! 畑元帥閣下よりの呼び出しであります! 藤堂中将閣下は速やかに、元帥の執務室へ出頭するようにとのこと。以上であります!」
伝令兵が退室した後、藤堂はゆっくりと立ち上がった。
「……とうとう、来たか」
その呟きには、焦りよりも「ついにこの時が来た」という静かな覚悟と緊迫感が滲んでいた。
◇◇◇
既視感の銃口
◇◇◇
現実世界のモニター越しに、FPVカメラでその一部始終を見ていた浩平は、思わず舌打ちをした。
「まずい。呉の件が早々にバレたか? 丸腰で行かせたら、藤堂が反逆か隠蔽の容疑で逮捕されかねない!」
浩平は急いでネットスーパーの画面を開き、適当な文房具のカテゴリから『高級金属製ボールペン(1000ゼニ)』を購入した。そして、ゲームUIでテキスト入力し、藤堂のデスクの上へ即座に転送した。
コトッ。
藤堂が視線を落とすと、そこには見慣れぬ滑らかな金属の筒と、一枚の紙片があった。
『計画を進めるには、畑元帥を仲間に入れることが必要だ。俺も臨機応変に何かを(空から)出すかもしれない。畑元帥が驚きすぎないように、上手く取り計らってくれ。 ——監視者より』
藤堂は見えない空の向こうに向かって、力強く頷いた。
「承知した」
藤堂は黒田から預かっていた『4000ゼニのクオーツ腕時計(カレンダー・曜日窓付き)』と、あの未来の写真集を軍服の懐に忍ばせ、畑元帥の執務室へと足を踏み出した。
◇◇◇
「失礼いたします。藤堂中将、出頭いたしました」
藤堂が入室するなり、執務室の空気は氷のように張り詰めていた。
机の向こう側に座る畑俊六元帥は、すべてを見透かすような厳しい眼光で藤堂を射抜いた。
「藤堂。ずいぶんと派手な真似をやってくれたようだな……。呉の避難民への独断の救助、病院での大規模な炊き出し、そして得体の知れない特効薬。軍部の査問委員会や特高警察が、今どれほどお前の周辺を嗅ぎ回っているか、知らぬわけではあるまい」
藤堂が口を開く前に、畑元帥はさらに声を荒げた。
「情報によれば、黒田少将もすっかり回復したそうだな。末期の結核から数日で回復した人間など、わしは見たことがない! 藤堂! お前はどこからその特効薬を手に入れた! どこから表の帳簿に存在しない米や物資を引っ張ってきた! 言え!!」
ガチャリ、と冷たい金属音が響いた。
畑元帥は引き出しから南部大型拳銃を取り出すと、その銃口を真っ直ぐに藤堂の眉間へと突きつけたのだ。
モニターの前でその光景を見ていた浩平は、思わず盛大に顔を引きつらせた。
(……なんか、すっごくデジャヴな展開だな。陸軍の連中って、なんで事あるごとにすぐ拳銃を持ち出したがるんだよ!? 少しでも想定外のことが起きると「銃を向けて吐かせる」って、問題解決のアルゴリズムがバグってるとしか思えないぞ!)
現代のエンジニアである浩平は、旧日本軍の極端すぎる物理的交渉術に強烈なツッコミを入れずにはいられなかった。
一方、銃口を突きつけられた藤堂中将自身もまた、全く同じことを考えていた。
(やれやれ……。まるで、昨日の私ではないか)
黒田に銃を突きつけた昨日の己の姿と目の前の元帥を重ね合わせ、藤堂は思わず口元に自嘲的な苦笑いを浮かべた。
◇◇◇
元帥へのプレゼンテーション
◇◇◇
「笑い事ではないぞ、藤堂!」
「閣下、どうかお銃をお収めください。決して、国を裏切るような真似はしておりません」
藤堂は極めて落ち着いた所作で懐に手を入れると、銃を構える畑元帥のデスクの上に、二つの物体を静かに置いた。
一つは、滑らかな流線型のステンレスで覆われた『4000ゼニのクオーツ腕時計』。
もう一つは、『広島原爆の日』と題された写真集である。
畑元帥は銃を下ろさないまま、デスクの上の腕時計を胡乱な目でちらりと一瞥した。
「……ほお。ひどく精巧な作りの腕時計だが、わしが腕時計ごときで買収される男だとでも思っているのか? 藤堂」
「いいえ。決して閣下を賄賂で丸め込もうという意図ではございません」
藤堂は静かに首を振り、元帥の目を見据えてはっきりと告げた。
「その腕時計と本は、『未来からの証』であるからこそ、閣下にお見せしたのです」
「……未来、だと?」
畑元帥の眉間が深く寄る。
「左様でございます。その時計の文字盤をご覧ください。ゼンマイを巻く必要もなく、秒針は寸分の狂いもなく時を刻み続けております。さらに、右側の小さな窓には『日付』と『曜日』が自動で表示される仕組みになっております。現在の我が国はおろか、ドイツの技術をもってしても、このような超小型のカラクリを作ることは不可能です」
藤堂はさらに、写真集を元帥の方へと押しやった。
「そしてこの書物。装丁の紙質、そして中身の『極彩色の写真(カラー印刷)』の精細さをご覧ください。これは、数十年後の未来で発行された、歴史の記録であります」
畑元帥はついに拳銃を机に置き、腕時計を手に取った。
冷たく重みのある金属の質感、滑らかに動く秒針、そして見たこともない「デジタル印字」のようなくっきりとした日付の数字。写真集を開けば、そこには手描きの絵とは到底思えない、生々しく鮮明な「焼け野原」の風景が広がっていた。
しかし、幾多の死線を潜り抜け、軍の最高峰にまで登り詰めた畑俊六という男の貫禄と見聞の広さは、そう簡単に「オカルト」を受け入れるほど柔ではなかった。
「……確かに、大した細工だ。独逸か米国の新技術かもしれん。だがな、藤堂」
畑元帥は本をバタンと閉じ、鋭く言い放った。
「これを『未来からの贈り物』などという妄言で済ませるつもりか? わしを愚弄するのも大概にしろ。お前たちが背後でどんな巨大な組織と繋がっているのか、すべて洗いざらい吐いてもらうぞ」
畑元帥の眼光は一切揺るがず、藤堂を論破しにかかる。
(やはり、言葉とこの程度の品だけでは信じてはいただけないか……)
藤堂が奥歯を噛み締めた、まさにその時に。
同時にモニター画面で現場の様子を見ていた浩平は、事前に準備した新たな「証拠」を出しました
おまたせしました
少し書くとあっという間に5000字超えっちゃいますね…
流石にグルメは畑元帥には効かないと思うので
浩平はシステムの新機能で、今まで最も「未来」を見せる物を畑元帥に見せるでしょう




