63羽 「生きているよ」①
「これは、あなたの進退に関わるぞ。よく考えてほしい。本当に知らないか?」
ルムスはダンさんをじっと見る。ダンさんもルムスをじっと見る。ルムスがひたすら戸惑いながらも記憶をさらっているのがわかる。きっとこれまで会ったことがあるか考えているんだろう。
しばらくの後、ためらいがちにルムスは「申し訳ないですが、どなたかわかりません」と言った。僕は心の中でガッツポーズをした。マレベさんが「なるほど」とつぶやいた。
「審議官殿へ申し上げる。ルムス・ハルカ氏は私を知らないと述べた。私の名を聞き、姿を見てなお、私の素性を知らないと証言した。これは記されるべき事実だ」
「はい。記録されます」
「これの意味するところは言うまでもなく、ルムス・ハルカ氏がヴェルク=ライナに通じていなかったということ」
「待ってください、意味がわからないです。あなたはだれですか」
ルムスは遮るように言った。僕は肩の力が抜けた。ダンさんはルムスを見て「俺こそがヴェルク=ライナの人間だ。俺を知らない時点で、君はヴェルク=シーヴィの地方に住む若者なんだよ」と言う。
「ハゴン・アジェンデ。2年前まで現ヴェルク=ライナ王ネルマ・フフェスの近衛であった」
ルムスの目がめっちゃでっかく見開かれた。そりゃびっくりするよね。なんでこんなとこにいるのってなるよ。
「俺の名で出された布告も多い。ヴェルク=シーヴィに住み、ヴェルク=シーヴィの人間として生きている人間には無用の知識だが」
「……ど忘れしただけですよ」
「そうかもしれない。審議官殿、ルムス・ハルカ氏の認識票について申し上げても?」
「はい、お願いいたします」
書記さんたちがめっちゃ仕事をしている。めっちゃガリガリしている。ルムスはダンさんから視線を外してそっぽを向いた。ダンさんは、僕がお願いした通りに言ってくれた。
「彼の持つ認識票の数字は4978027だ。この数字の意味については、先に提出した意見書がある」
「はい、拝読しております」
「審議官殿へ申し上げる。この数字の認識票は、あり得ない。ヴェルク=ライナにおいて存在しないものだ」
ダンさんのよく通る低い声が、部屋の中に響き渡った。ダンさんと話していたときに、この結論が導き出されて、僕は本当に……ヴェルク=ライナ王を憎んだ。
「あり得ない、存在しないということは、持っていてもヴェルク=ライナの民としての権利も地位もないということだ」
「——え?」
ルムスがなにを言われたのかわからないといった顔でダンさんを見た。
僕は……ルムスの心の傷が、少しでも浅く済みますようにと祈る気持ちで。
「彼の認識票は、認識票としての効力を持っていない。形だけのものだ。彼は、ヴェルク=ライナの民として認められてはいない」
ルムスは、硬直してダンさんを見ている。
タルクが、膝の上の拳を固く握った。
「以上のことから、ルムス・ハルカ氏がヴェルク=ライナとの間になんら関わりのないことを証言します」
「うそだ!」
ルムスは首を振って声を上げた。たちくらみしたのかふらついて、椅子の背もたれに手をつく。ルムスは顔を上げて、そして早口で言った。
「——これさえあれば、生活できると。13のときに。だから……」
言葉は続かなかった。ダンさんは、噛んで含めるように、けれど苦い事実を隠さずに、言う。
「持っていても、使えない。ただの飾りだ。ヴェルク=シーヴィで生活しているあなたには、それがわからなかったのだ。……賤当民に、認識票が発行されることはないんだよ」
「うそだ……」
泣きそうになる。でも、泣いていいのはルムスだけだ。ヴェルク=ライナ王に、言ってやりたいことはたくさんある。なんなら一発くらい殴りたい。けどそれも、権利があるのは、踏みにじられたルムスたちだ。
「ヴェルク=シーヴィに派遣されていた他のヴェルク=ライナの者たちも、多くの場合似た番号の認識票を持っていた。それぞれルムス・ハルカ氏と似た境遇の者たちで、自分たちの持つ認識票が無価値であると知らなかった」
みんな、怒ったり、笑ったり、泣いたりした。公翼のドルツさんが「ぜんぜん本領発揮しなくてもよかったよ。残念だなあ」と言うくらいには、自分の状況に絶望して、ヴェルク=シーヴィへの帰属を願った。キャラヤはいい手駒が増えてほくほくしていたし、ルムスだって、生きることを願ってくれさえすれば、同じようにできるんだ。
ルムスは、聞いたことの意味を考えているのか、考えたくないのか、どこか遠くを見やっていた。
僕は、立ち上がって「ルムス」と声をかけた。ゆっくりと、ルムスはこちらを向いた。
「キャラヤがね、元々ヴェルク=ライナに忍ばせていた密偵を使ってくれた。それに、ルムスと同じ立場で、ヴェルク=ライナの横暴を知ってヴェルク=シーヴィに着いてくれた人たちも、何人か今、ヴェルク=ライナに行ってる。そしていろいろ探してくれた」
ルムスは迷子みたいな顔をしていた。タルクも、その顔を見ていた。
「無事だよ。みつけてくれた。……ルムスの妹ちゃん、生きているよ」






