62羽 「作戦だよ」②
「体調はだいじょうぶですか」
「はい」
「では、ムリのない範囲で。座ったままでもかまいません」
マレベさんの気遣いに対して、ルムスは「いえ」と言って立ち上がった。僕は、お役御免だから座った。
「では、もう一度確認いたします。先ほど審議官が読み上げた、審議の内容に不服はありますか?」
「ありません」
はっきりとした声で、ルムスは言った。タルクがルムスをじっと見ていて、なんか雨に濡れた野良犬みたいで、タオルかけてやりたくなった。
「俺は、ヴェルク=ライナと通じていました。いえ、元々ヴェルク=ライナの人間です。灰巣に勤めて、雛に関するヴェルク=シーヴィの情報を集めていました」
向かって右側の書記さんが水を得た魚って感じで筆記し始めた。タルクは震えてるんじゃないかってくらいずぶ濡れの犬っぽかった。ダンさんは腕を組みながらルムスの声を聞いている。
「では、全面的に認めるということでしょうか」
「はい」
「それは、あなたにとって不利となることを理解されていますか」
臆した様子もなく「はい」とルムスは返す。タルクはもう震えているかもしんない。僕は座ったまま「意義を申し立てます」と言い、立った。
「ルムス・ハルカ氏の発言に関して、代理応答者として申し上げます。彼は失意のあまり自暴自棄になっています。自分を罰する気持ちが強く、審議の場を用いた自傷行為を働いています」
「違う、そんなんじゃない」
ルムスはまっすぐに僕を見ている。僕も、くるくると表情が変わる猫の目みたいなルムスの瞳を見返した。すごく頬が削げたな。顔色だって青白い。
生きていてほしいな。
「事実、彼は数日前から食事をとっていません。また私との面会や手紙のやり取りも拒否しています。混乱し、憔悴しています」
「違う!」
「収監されてからのルムス・ハルカ氏の記録をご覧いただければ、おわかりいただけることと思います。彼が今述べることは、正常な判断によるものではないと」
「いったいなにがしたいんだよ、ヨータ!」
僕は「そんなの決まりきっているだろ」と言った。
「君が生きる方法を考えている。今みたいに死ぬことを指折り待つ生活じゃなくて、明日の朝、また目覚めたいって思えるようになってほしいって思っている。君がヴェルク=シーヴィの脅威になっていなかったことは記録から明らかだ。僕は君が裁かれる意味がわからない」
書記の方たちのカリカリという筆記音が部屋に響く。ルムスの瞳には僕への怒りの他に困惑があって、それは彼の心が動いた証拠だから、僕はうれしかった。マレベさんは僕たちふたりを見ていて、手元の資料をいくらかめくって見た後「それぞれの主張はわかりました」と述べた。
「ルムス・ハルカ氏の潔白の証言人をふたり連れてきました」
「事前に受け取った情報に従い、許可します」
「まずは、タルク・エルシ氏から。ルムス・ハルカ氏のヴェルミトゥラおよび灰巣での振る舞いについて」
僕はそう言って座った。ずぶ濡れタルクは立ち上がって、じっと見ているルムスに視線を返した。そして、何度も僕と練習した口上を述べた。
「ルムス・ハルカ氏は、勤勉な青年です。私はその姿をずっと見てきており、その言動に欺瞞がないことを知っております。事実、灰巣は彼を雇用するのになにも問題を見出さなかったのです。現在お調べいただいても、彼が一貫してヴェルク=シーヴィへの脅威となるような行動をとっていないことがおわかりいただけると思います」
じゃっかん棒読みだったけど問題ない。ルムスは、こればっかりは否定できないのか、なにも言わない。
たぶん、時期がよかった。ルムスが本格的にヴェルク=ライナの間諜として働き始めたのは、きっと灰巣に入ってからなんだろう。いかに国家機密が詰まった場所とはいえ、キャラヤの敏腕冷戦バランサーぶりが発揮されていた平時だ。本国へ送るような機密が、そもそもなかったんだ、灰巣に。だから、結果的に間諜としての務めを果たしていない。
いいじゃん。その、たまたまの状況を利用して弁護しちゃえば。
「しかし、ルムス・ハルカ氏はヴェルク=ライナの認識票を所持していたとのことです。また、鑑別師殿、あなたの触媒も彼の家から発見されました」
タルクがどうしていいかおろおろしていたので、服をひっぱって座らせた。僕はさくっと「触媒は私がルムス・ハルカ氏へ預けていたのです」と言って、ルムスが反論する前に「認識票については、こちらのハゴン・アジェンデ氏、現在はダン氏に証言を願いたいと思います」と言った。マレベさんは「許可します」と言う。
ダンさんは立ち上がった。ルムスはあきらかに戸惑っている。そりゃあ、どこのだれだかわからないだろうしね。
ダンさんは、打ち合わせ通りに話してくれた。
「まずは。ルムス・ハルカ氏は、私がだれだか、わかるだろうか」
まさかそんな質問が飛んでくるとは思わなかったらしい。ルムスは「……いいえ」と困惑気味につぶやいた。






