62羽 「作戦だよ」①
「まず『18年前にヴェルミトゥラでの居住を始めたという記録があり』という大前提があります。おわかりいただける通り18年前といえばルムス・ハルカ氏はまだ少年です。そもそも他国と密なやりとりをできるような年齢ではありません。この時点で疑いは晴れることと思いますが、さらに申しますと『以後その地から出た記録はなし』との情報もご確認いただいたとのことでした。考えてもみてください。彼は18年間、この地を、この境界線を一歩たりともまたいだことがないのです。記録から見るならばこの審議において初めてヴェルンシーヴァへとやって来たわけでもあります。物心ついてからの18年間、彼はヴェルミトゥラの土を踏み、その土地の水だけを飲んできた。これほどの純粋性を持った人間が、果たして『他国』という概念を、骨肉のレベルで理解し得るでしょうか? かけられている嫌疑の内容は、ヴェルク=ライナと通じているということです。それは境界線を越える者の行為です。しかし彼には、越えるべき境界線そのものが存在しない。彼にとって世界とはヴェルミトゥラであり、ヴェルミトゥラこそが全世界なのです。もしかすると審議官はルムス・ハルカ氏が『以後その地から出た記録はなし』という事実を、高度に訓練された偽装工作だと主張されるかもしれません。しかし、これは構造的な認知の歪みです。疑いゆえに明らかである事実を混同している。我々が今なすべきことは、ルムス・ハルカ氏の人生という時間を、国家の安全という大きな色眼鏡で歪めることではありません。むしろ、地域社会における孤立と定住がもたらす人間心理を、諸般の事情を総合的に、かつ多角的に勘案また検証すべきなのです。例えで申しますと、深海魚を陸に引っ張り上げて『なんでお前はハルシーピのように空を飛べないんだ、怪しい、何か隠してるだろ』って怒鳴り散らしてるのと同じくらいバカげた話なんだと言えるでしょう。したがって、ルムス・ハルカ氏が他国と通じているか否かという問い自体が、本質的に無効であることは明白ですし、ご存じの通り彼は育雛係として7年も勤め上げてきた実績がある。しかも数々の候補者がいたであろう一般公募から選出された、選びぬかれた人材であり、彼を疑うというのは彼を選んだ選考委員たちすらをも疑うということなのは言うまでもないわけです。さらに『勤務態度は極めて良好との証言あり』とおっしゃられた通り、普段から接していたであろう灰巣の他の作業員ならびに関係者たちをも疑うことになるのですから、そもそもこの審議がなされている事実そのものを疑う段階と言わざるを得ないのが明白であるのは、みなさんもおわかりいただけることと思います」
ルムスが僕をガン見していた。思いっきりこっちに顔向けてた。タルクもダンさんも、ルムスと似たような表情で僕を見ている。うん。
みんな静まり返っている。ふたりの書記さんのうち右側の方はあっけに取られていて、左側の方はすごくたくさんガリガリやっていたけどめちゃくちゃ悔しそうな顔をした。勝った。僕はめちゃくちゃ無表情を保っているつもりだけれど、なんとなくやりきった感がある。
さあ、元気にどんどん煙に巻いていこうか。
「ご理解いただけないご様子ですのでさらに詳しく申しますと」
「いえ、鑑別師殿、ひとまずそこまででお願いいたします」
マレベさんがものすごく真面目な顔で手を上げて制した。残念。まだ行けるのに。
書記の人たちの記録を確認し、向こう側に座っている審議官さんとアイコンタクトをして、マレベさんは「休憩をはさみます。審議の再開は午後のひとつめとします」と言って席を立って一礼した。僕も同じく立ったまま礼をする。
室外から護送官の方が入ってきて、ルムスに手錠をかけて連れて行った。連れて行かれるルムスの目はおもいっきり僕に呆れている目だった。まあいいんじゃないでしょうか。僕たちも部屋を移動して休憩した。
「ヨータは賢すぎて俺にはよくわからん」
「安心してほしい、俺にもわからん」
「もっと安心してほしい、わかってもらえないように話した」
タルクは大真面目に「それがわからん」と言った。僕は「作戦だよ」と返した。
「僕の思惑の大部分は達成できたから、次からはちゃんと弁護していいかな」
「なんだよ、さっきの弁護じゃなかったのか?」
「いや、弁護だよ」
僕は、プロの弁士じゃないし、だれかの弁護人になったことだってない。まして、ルムスはずっと黙ったままだった。
ダンさんが「思惑、というのは?」と聞いてこられた。僕は「ルムスに僕を見てもらうこと」と答えた。タルクは無言で僕をじっと見て、ダンさんはなぜか思いっきり顔をそらした。
「……もしかしたらなんだけどさ。もしかするかもしれないからさ。午後に期待しておこう」
そして、休憩明け。審議の部屋に戻って、マレベさんたちの到着を待っている間に、ルムスが護送官さんに連れられて入ってきた。
さっき、伸び切ってそのままにされていた髪の毛が、首の後ろあたりで縛られていた。僕はそれを見て、心底ほっとした。
「それでは、審議を再開します」
マレベさんがそう述べた後、僕が立ち上がって。
そして口を開こうとしたときに「俺が話します」と、声があがった。
ルムスから。






