第9話 ノエル様に「変な、奴」と呼ばれた日
ノエル様とお友達になってから。
(私だけが勝手にそう思っているのかもしれないけれど、ほっといて)
ノエル様は私とよく、お話をしてくれる。
紅茶を一緒に飲んでくれる。
絵本も読んでくれる。
私が来ると寝室の扉の方をじっと見て、待っている。
これはお友達、ってことだよね?
けど。
ノエル様はまだ、一度も、「お友達」って、言ってくれていない。
聞いてみようかな。
◇◇◇
その日、薬草茶をぜんぶ飲み終わったノエル様に私はおずおずと切り出した。
「ノエル様」
「なんだ」
「あのね、私とノエル様って、お友達、だよね?」
と。
ノエル様の青い瞳がぴたっ、と止まった。
「……」
「ノエル様?」
「お前を友達と思ったことはない」
え。
……!
ノエル様、お友達じゃ、ないの?
私のことお友達と思ってないの?
胸の奥がしゅーん、としぼんだ。
「嘘」
「嘘じゃ、ない」
「じゃあ、私、ノエル様にとって、なに?」
ぐすん。
毎日、毎日、薬草を運んで紅茶を一緒に飲んで絵本を読んでもらって。
なのにお友達じゃ、ないの?
◇◇◇
ノエル様はしばらく、黙っていた。
青い瞳が宙を見つめて。
口はぎゅっと結ばれて。
なんだか、ノエル様も考えこんでいる、みたい。
そして、ぼそっと消えそうな声で。
「……変な、奴」
え。
「変な、奴?」
「お前は変、わっている」
ぶは。
変な、奴?
それだけ?
「ノエル様、ひどい」
「本当のことだ」
「私、おかしくないもん」
「いや、おかしい」
「どこが」
「お前はぼくに毎日、薬草を運んでくる」
「うん」
「誰にも頼まれて、いないのに」
「うん」
「見返りも要らないのに」
「うん」
「……こんな、変な奴、初めて、見た」
あ。
そういう、意味の、「変な、奴」。
私はぱちんと理解した。
ノエル様は私みたいな子を見たことがなかったんだ。
ただ楽しいから毎日、遊びに来る、子。
ノエル様に会いたいから来る、子。
ノエル様の世界にはそういう子はいなかったんだ。
だから、「変な、奴」。
◇◇◇
「……けれど」
「うん?」
「変な、奴でけっこう、面白い」
……!
面白い。
ノエル様、私のこと、「面白い」って、言ってくれた。
「うふふ、ノエル様、ありがとう」
「礼を言われる、ことか」
「うん、嬉しいから」
「……嬉しい、のか」
「うん。お友達じゃ、ないって、ちょっと悲しかったけど」
「……」
「『面白い、変な、奴』って、なんだか、もっと嬉しい」
「……」
ノエル様は目をぎゅっと閉じて、何も言わなかった。
頬はいつものようにピンク色に染まっていた。
耳まで真っ赤、だった。
ふふ。
お友達じゃ、ないけれど、「面白い、変な、奴」。
私にとってのノエル様もお友達というよりもっと特別な、なにか。
その「なにか」がまだ、私にはわからない。
けれど、なんだか、それでいい気がした。
◇◇◇
セバスチャンが新しい紅茶を運んできてくれた。
ノエル様の頬のピンク色を見て、ふっと目を細める。
そして、お盆の影でぼそっと呟いた。
「坊ちゃまのお顔がまた、お元気でようございますな」
ふふ。
セバスチャン、なんでも見透かしてる。
◇◇◇
帰り際。
私はいつものようにノエル様の前に座って、にっこり笑ってみせた。
「ノエル様、また、明日ね」
「ふん」
「あ、それから私、明日も変な、奴で来るね」
「……」
ノエル様はふいっ、と顔を背けた。
けれど。
その口の端がほんの少しだけ、上がっていた、ような、気がした。
ふふ。
ノエル様の「面白い、変な、奴」、いつまでも続けたい。
◇◇◇
帰り道。
夕焼けが空を燃えるような橙色に染めていた。
私は空の籠をぶんぶん、と振りながら、歩いた。
ノエル様、私をお友達じゃないって、言った。
しょんぼり、しちゃった、けど。
「変な、奴」「面白い」って、言ってくれた。
なんだか、お友達よりももっと特別な、響きがあった。
ノエル様にとって、私は何、なんだろう。
お友達じゃ、ないけれど。
「面白い、変な、奴」。
それはもしかしたら、お友達よりもずっとずっと近い、何か、なのかもしれない。
ふふふ。
まだ、私にはわからないけれど。
いつか、その「なにか」がちゃんとわかる日がくる気がする。
ふと振り返ると離宮の寝室の窓に小さな影が見えた。
ふふ。
ノエル様、また、見送ってくれてる。
明日も絶対、来る。
私の、「面白い、変な、奴」をノエル様に届けに。
リリィ・ホーニング、六歳の春。
呪われた男の子に薬草を運ぶ日々の二週間と五日目。
ノエル様に、「変な、奴」と呼ばれた日。
その「変な、奴」の本当の意味を私がちゃんと知るのはずっとずっと先のことだった。




