第68話 救済
オリヴィア様の裁判は、ノエルが王都へ戻って、ひと月の後に、開かれた。
妃に毒を盛り、その命を奪おうとした罪。それは、本来なら、弁解の余地もない、大逆の罪だった。罰は、極刑。誰もが、そう、思っていた。
謁見の間に、オリヴィア様は、引き出されてきた。
すっかり痩せて、けれど、もう、目の焦点は、しっかりと、合っていた。操りは、解けている。だからこそ、この人は、自分の犯したことの重さを、まっすぐに、受け止めていた。逃げも、隠れもせず、青ざめた顔で、ただ、裁きを、待っている。
玉座の隣に、ノエルが座り、その傍らに、私は立っていた。
裁きを下すのは、ノエル。けれど、その前に、私は、ひとつだけ、申し出ていた。
被害者である、私自身に、言葉を、述べさせてほしい、と。
◇◇◇
私は、一歩、進み出た。
謁見の間の、居並ぶ貴族たちの視線が、いっせいに、私に集まる。二年前なら、足がすくんでいただろう。けれど、いまの私は、もう、震えなかった。
「皆さま」
声が、思いのほか、まっすぐに、響いた。
「私は、この方に、毒を盛られ、十日、生死の境を、さまよいました。憎んでいいはずです。罰してほしいと、願っていいはずです」
オリヴィア様の肩が、びくりと、震えた。
「けれど、私は、この方を、罰してほしいとは、思いません」
ざわめきが、広がった。
「この方は、剣を取って、私を狙ったのではありません。心の、いちばん弱く、寂しいところに、つけ込まれたのです。本当に剣を握っていたのは、この方の手を借りた、ノースランドの呪術師。私たちが、本当に、裁き、戦うべき相手は……この国の、外に、います」
私は、玉座の、ノエルを見た。ノエルの蒼い瞳が、静かに、私を、肯っていた。
「考えてみてください。心に隙のある者は、この国に、この方ひとりでしょうか。寂しさを抱えた者、行き場を失った者は、どこにでも、います。その誰もが、明日、操られる側に、なるかもしれない」
私は、オリヴィア様に、向き直った。
「だから、私は、この方を、見せしめに罰するのではなく、救いたいのです。操られた者を、罰で終わらせるのではなく、もう一度、立ち上がれるのだと、示したい。それが、これ以上、ノースランドに、人の心を、奪わせないための、いちばんの、盾になると、信じています」
しんと、静まりかえった謁見の間に、私の声だけが、残った。
オリヴィア様の目から、涙が、こぼれ落ちていた。
◇◇◇
ノエルが、立ち上がった。
「妃の言葉のとおりである」
低く、よく通る声が、広間に、響いた。
「オリヴィア・フォン・シュタイン。そなたの罪は、重い。だが、そなたを操った者の罪は、それより、なお重い。よって、極刑は、減ずる」
オリヴィア様が、はっと、顔を上げた。
「そなたには、北方の、新しい開拓地の差配を、命ずる。痩せた土地を、人の住める里に、変えよ。汗を流し、人を生かすことで、その罪を、贖え。……それが、そなたの、生きる道だ」
死ではなく、生きて償う道を。
オリヴィア様は、その場に、くずおれた。床に手をつき、声をあげて、泣きながら、何度も、何度も、頭を下げた。
「……ありがとう、ございます……! このご恩は……生涯をかけて……!」
◇◇◇
裁きのあと、私は、ノエルに、もうひとつ、お願いをした。
オリヴィア様が向かう開拓地に、医師を、つけてほしい、と。
痩せた土地での開拓は、過酷だ。病人も、怪我人も、出るだろう。腕のいい医師が、要る。
そして、その医師に、私は、ひとりの名を、挙げた。
エリック・ホーニング。私の、兄。
ノエルは、私の顔を見て、それから、ふっと、口の端を上げた。たぶん、私の魂胆など、とうに、お見通しだったのだろう。
兄に、その話を持っていくと、いつも穏やかな兄が、めずらしく、耳まで、赤くした。
「……リリィ。お前、ぜんぶ、わかっていて、言ってるな」
「ふふ。だって、お兄ちゃん。毎朝、医務の間に行く足が、すごく、急いでたもの」
兄は、なにも言い返せずに、ただ、髪を、くしゃくしゃと、かいていた。
オリヴィア様は、家の決めた政略結婚に、縛られていた人だった。けれど、その縛りも、罪とともに、ほどけた。これからは、自分の心で、隣に立つ人を、選んでいい。
兄と、オリヴィア様は、開拓地へと、共に発つことになった。
罪を償う土地で、二人は、新しい暮らしを、築いていく。看病した者と、看病された者。それは、どこか、森の春の、私とノエルに、似ていた。
◇◇◇
二人が旅立つ朝。
私は、オリヴィア様に、ひと包みの薬草の種を、渡した。
「これ、ホーニング村の薬草の種なの。痩せた土地でも、よく育つのよ」
オリヴィア様は、その包みを、両手で、押しいただいた。
「妃殿下。……わたくし、あの土地を、きっと、豊かな里に、いたします。あなたが、この国に、してみせたように」
その目は、もう、あの、暗く沈んだ令嬢のものでは、なかった。
馬車が、北へ向けて、走り出す。兄と、オリヴィア様を乗せて。私は、母さんと父さんと並んで、それを、見送った。
エルフの精霊師が、そっと、私の隣に来て、言った。
「あの土地には、加護を、送っておきました。お嬢さまの種と、精霊の祝福があれば……あの里は、いずれ、五穀のみのる、豊かな土地に、なりましょう」
そう。きっと、なる。
◇◇◇
けれど。
その夜、ノエルの執務室で、私は、北の地図を、見つめていた。
オリヴィア様の向かった開拓地は、地図の上では、北の国境に、ずいぶんと、近かった。
「ノエル」
「……ああ。わかっている」
ノエルは、地図の、その一点を、指で、押さえた。
「あの地が、豊かになればなるほど……北の連中は、それを、欲しがる」
私たちが、人を救い、土地を富ませる。その営みのすぐ隣で、奪う力が、静かに、牙を研いでいる。
ノースランドの呪術師は、まだ、捕まっていない。北の壁は、まだ、途中。
二年と言った別れは、半ばで、ひとつに重なった。けれど、ふたつの太陽が、本当に、安らかに、同じ空を照らせる日は、まだ、来ていなかった。
私は、ノエルの手に、自分の手を、重ねた。
次に来るものが、何であれ。もう、私は、ただ守られるだけの娘では、ない。
森で死にかけていた、ひとりの男の子を、助けたいと願った、あの祈りから。
私の、本当の戦いは、ここから、始まるのだった。




