表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森で見つけた呪われ少年を看病していただけなのに、王太子殿下に溺愛されています  作者: 葉月晴子
第三章 ふたつの太陽

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/74

第63話 毒のお茶会

枕の下の石を見つけた瞬間、うなじが、燃えるように粟立った。


これは、あのヴェールの女のまわりで感じたのと、同じ気配だった。けれど、こんなに近くで、こんなに強く感じたのは、初めてだった。


私は、その石に、素手で触れないよう、手巾でくるんで、つまみ上げた。青く澄んだ、美しい石。一見、ただの宝石にしか見えない。けれど、私の中の加護が、これに近づくな、と、はっきり叫んでいた。


護衛を呼んで、石を箱に封じさせた。


「これを、フェルディナンド宰相に。それから、精霊師さまにも、すぐ見ていただいて」


声が、うわずった。ノエルの手紙の言葉が、頭の中で響いていた。見知らぬ者を、安易に側へ入れるな。お前を狙う者がいるとすれば。


報告に向かおうと、私は、立ち上がった。


――けれど、今日は、約束が、あった。


◇◇◇



その日の午後、私は、エミリアを、お茶に招いていた。


エミリアとは、しばらく、ゆっくり会えていなかった。近衛隊長になったマクシミリアンが多忙で、その妻となったエミリアも、何かと忙しい。それでも、二人の予定がようやく合って、今日という日を、私たちは、ずっと楽しみにしていたのだ。


石のことは、お茶のあとで、すぐにフェルディナンド様へ。そう思い直して、私は、応接間へ向かった。


侍女として、給仕についたのは、オリヴィア様だった。


近ごろのオリヴィア様は、いっそう、様子がおかしかった。目の焦点が、合っていない。私や、エミリアを見ても、どこか、遠いところを見ているようだった。


それでも、そのときの私は、お茶会の支度と、エミリアと会える嬉しさに、気を取られていた。


油断、だった。


◇◇◇



「リリィ! 久しぶり!」


応接間に入ってきたエミリアは、栗色の髪を揺らして、昔のままの、闊達な笑顔だった。


「もう、妃殿下だってのに、ちっとも偉ぶらないんだから」


「エミリアこそ。隊長夫人なのに、ちっとも変わらない」


二人で、顔を見合わせて笑った。アカデミーの中庭で、サンドイッチを半分こしていた頃と、何も変わらない。


向かいあって、長椅子に座る。窓から、春の光が差し込んで、卓の上の白い花を、明るく照らしていた。


オリヴィア様が、ティーポットを持って、進み出た。


三つのカップに、琥珀色のお茶が、静かに注がれていく。湯気が、ふわりと立った。


そのとき。


うなじが、また、ちりっと、焼けた。


朝、あの石に触れたときと、同じ感覚。


私は、はっと、自分のカップを見た。


立ちのぼる湯気の匂いに、ほんのかすかに、薬草の私だからわかる、覚えのない、苦い匂いが、混じっていた。


「……っ、待って!」


私は、思わず、口をつけかけたカップを、卓に戻した。けれど、唇は、もう、ひとくちだけ、それを含んでいた。


舌の上が、しびれた。


「飲んじゃ、だめ! 二人とも!」


私は、叫んだ。


けれど。


エミリアは、笑いながら、もう、カップを傾けていた。


そして、オリヴィア様は――自分のカップを、両手で持って、ためらいもなく、ひといきに、飲み干していた。


その目は、やはり、虚ろだった。まるで、そうすれば幸せになれると、誰かに、言い聞かされたみたいに。


「……オリヴィア、さま」


私の声が、掠れた。


オリヴィア様の手から、空のカップが、滑り落ちた。床で、高い音を立てて、砕ける。


エミリアの笑顔が、こわばった。


「リリィ……? なに、これ……身体が……」


エミリアの手から、カップが落ちる。栗色の髪が、ぐらりと傾いだ。


「エミリア!」


私は、長椅子を乗り越えて、その身体を、抱きとめた。


熱い。さっきまで、あんなに元気だったのに。エミリアの身体が、私の腕の中で、見る間に、力を失っていく。


「だれか! 誰か来て! 医師を、母さんを呼んで!」


叫びながら、私は、もう一方の手で、倒れ伏したオリヴィア様にも、手を伸ばした。


操られていたのだ。この人も。きっと、何も、わかっていなかった。


私が、止められなかった。私が、もっと早く、気づいていれば。


◇◇◇



人が、駆け込んでくる足音。母さんの声。エリック兄の声。エルフの娘たちの、悲鳴。


けれど、その音が、だんだん、遠くなっていく。


一口しか、飲まなかった。それなのに、足が、立たない。視界の端から、黒いものが、にじり寄ってくる。


これは、ただの毒じゃない。私の加護が、内側で、必死に何かと、押し合っている。ノースランドの、呪術の毒。守る力と、奪う力が、私の身体の中で、せめぎ合っている。


「リリィ! しっかりしろ、リリィ!」


エリック兄が、私を抱き起こす。その顔が、ぼやけて、よく見えない。


倒れていく意識の中で、私は、左の手首を、ぎゅっと、握りしめた。


そこにある、青いリボン。


何の力もない、ただの布。あの人が、そう言って、私の手首に結んでくれた、対のリボン。


それでも、これを握っていると、あの人の声が、聞こえる気がした。無事で、いてくれ。それだけが、俺の願いだ。


ごめんなさい、ノエル。


私、約束を、守れなかったかも、しれない。


(――会いたい)


二年、胸の奥にしまい続けてきた、その四文字が、薄れていく意識の、いちばん最後に、ふっと、浮かんで。


そして、私の世界は、暗転した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ