第50話 戴冠
冬至。
ノエル十八歳の、誕生日。
王宮の大広間。
天井のはるか高いところから、銀の鎖でつながれた、いくつもの水晶のシャンデリア。
その光が、白い大理石の床を、しんしんと照らしていた。
大広間には、全大陸の外交使節、王宮の大臣、貴族の方々。
そして、アーデルハイト王国民の代表たちが、ぎっしりと、立ち並んでいた。
ノエル、立太子の儀。
長い、ノエルの旅路の、ひとつの結び。
◇◇◇
私は、聖女のドレスに、銀の紋章のついた藍色のショールを羽織って、玉座の右脇に立っていた。
胸元には、聖女の銀の十字。
長い髪は、お母さんが結んでくれた青いリボンで、しっかりと結ばれていた。
そして、新しく授けられた、婚約者の銀の紋章。
ノエルとお揃いの、藍色。
私はノエルの、生涯の伴侶。
玉座の前に、ノエル。
王太子の正装。
濃い藍色のお召し物に、銀の刺繍。
肩から流れる、深い藍色のマント。
腰には、ノースランド戦の時代から伝わる、王家の剣。
長身が、まっすぐに、玉座の前に立っていた。
◇◇◇
玉座に、陛下。
濃い藍色のお召し物に、銀の刺繍。
胸元には、金色に輝くライオンの王家の紋章。
肩から長く流れる、紫のマント。
その隣の白い椅子に、皇后陛下。
白いショールで、ふっくらと膨らんだお腹を、優しく包んでおられた。
ご懐妊。
けれど、まだ、外には知られていない。
今日、この立太子の儀のあとに、お国に公表される。
ーー、もう、隠さなくていい。双子の王子の誕生を、お国じゅうが、祝ってくれる。
◇◇◇
陛下が、玉座を立たれた。
陛下の威厳ある声が、大広間に響き渡った。
「ノエル・アレクシス・アーデルハイト」
「はい、父上」
ノエルの低い声が、響いた。
「これより、我が王家の王太子として、我が国を守れ」
陛下が、銀の冠を、ノエルの頭にお乗せになった。
歴代の王太子の頭を飾ってきた、金と銀の細工の、軽やかな冠。
ノエルが、まっすぐに、頭を上げた。
「はい、父上」
ノエルが、腰の剣を抜いて、両手で、陛下に捧げた。
歴代の王太子の伝統。
陛下が、ノエルの剣を、両手で受けて、ふたたびノエルの腰におさめてくださった。
「わが息子よ、アーデルハイト王国を、その剣で、守れ」
「はい、父上」
陛下の蒼い瞳と、ノエルの蒼い瞳が、まっすぐに、見つめ合った。
◇◇◇
フェルディナンド宰相が、紫の絹に乗せた、金色のライオンの紋章を、玉座の前にお運びになった。
陛下の胸元と、同じ、金色のライオン。
「ノエル、これより、王家の紋章を、授ける」
陛下のお声が、大広間に響いた。
そして陛下が、その金色のライオンを、ノエルの胸元に、しっかりとお付けくださった。
ーー、!
ホーニング村の離宮に届いていた、お手紙の封蝋と、同じライオン。
ノエルをお迎えの黒塗りの馬車の扉と、同じライオン。
陛下の胸元と、同じライオン。
いまノエルの胸元にも、輝いている。
ノエルの長い旅路の、結びの日。
私の頬を、涙がぼろりと流れた。
◇◇◇
私は聖女として、ノエルの隣に進み出た。
両手を組んで、頭を垂れた。
ーー、神様。
ノエルに、お力をお与えくださいませ。
お国の繁栄と、平安を、お守りくださいませ。
私の中の聖女のお力が、ふんわりと、ノエルの胸元の金色のライオンに、流れていった。
ノエルの蒼い瞳が、私の方を、見つめた。
その目に、涙がにじんでいた。
私たちは、お互いに、こくり、と頷きあった。
◇◇◇
陛下が、ふたたび、大広間にお立ちになった。
「わが国民、わが大臣たち、わが外交使節たち」
陛下の声が、大広間に、響き渡った。
「もうひとつ、お知らせしたきことが、ある」
大広間が、しんと、静まりかえった。
陛下の蒼い瞳が、皇后陛下のほうを、向いた。
「皇后エレオノーラが、第二子と第三子を、ご懐妊である」
「ーー、双子で、ある」
「ーー、!」
大広間が、どよめいた。
外交使節の方々、大臣の方々、貴族の方々。
ぜんぶの目が、皇后陛下のお腹に、注がれた。
皇后陛下が、ショールを、ふんわりと開けて、ご自分のお腹を、お見せになった。
ふっくらと丸い、双子のお腹。
ーー、!
大広間が、わあっと、歓声に包まれた。
「聖女リリィ嬢のお力により、皇后は完全に回復し、新しい命を、二つも、腹に迎えた」
「来春には、ご誕生の予定で、ある」
陛下の声が、大広間に、満ちた。
歓声が、いっそう大きくなった。
聖女リリィのお力。
皇后陛下のご快復。
双子のご誕生の予定。
長く、ひとりっ子だったノエルに、弟か妹。
◇◇◇
と、そのとき。
私の視線の隅に、ふと、ひとつの影が、映った。
ノースランドの、外交使節。
その顔が、ふっと、青ざめていた。
気の遠くなるような、計画。
わが王家の血脈を、自然に絶やして、わが国を乗っ取る、ノースランドの陰謀。
いま、その計画が、無惨にも、砕け散った。
二人もの新しい命が、わが王家に、宿っている。
ノースランドの目論見は、ここに、終わった。
ノースランドの外交使節の目が、深く、揺れていた。
◇◇◇
大広間の鐘が、しんしんと鳴り響いた。
雪の中の王宮に、新王太子のお披露目と、双子のご懐妊の祝福の声が、こだましていった。
外の雪が、白く、白く、降り続いていた。
冬至の日。
ノエル十八歳の、誕生日。
新しい王太子の、誕生の日。
わが王家に、新しい命が宿った、お知らせの日。
長い、ノースランドの陰謀の、終わりの日。
◇◇◇
その夜。
王宮の奥の、二人だけの応接間。
暖炉で、薪が、ぱちぱちと、温かく燃えていた。
ノエルが、深い藍色のマントを脱いで、肘掛け椅子に座っていた。
胸元には、金色のライオン。
私は、ノエルの隣の椅子に、腰をおろした。
「ノエル」
「ーー、ふん」
「立太子、おめでとう」
「ーー、ふん」
ノエルが、深く、息を吐いた。
そして、目線を、私の方に向けた。
蒼い瞳の奥が、静かに、揺れていた。
「リリィ」
「うん、ノエル」
ノエルの低い声が、暖炉の前に、響いた。
「ーー、お前は、俺の太陽だ」
うれしくて、声が、出なかった。
ーー、私が、ノエルの、太陽。
ノエルの蒼い瞳が、私を、まっすぐに見つめていた。
◇◇◇
「ーー、本当はさ、リリィ」
「うん」
「リリィを王宮に迎えに行かせたのは、俺なんだ」
「ーー、!」
「聖女候補としての招請、フェルディナンド様に頼んだのは、俺だ」
「ノエル」
「俺のわがままで、お前をホーニング村から呼んでしまった」
「本当は、お前には、他の人生もあったのに」
「俺のようなやつに、捕まってさ」
「ーー、俺は、お前を、手放せなかった」
ノエルの蒼い瞳が、暗く、揺れた。
無愛想な言葉の奥にずっと隠れていた、罪の意識。
ずっと続いた、ノエルの、ひとりっ子の、寂しさ。
◇◇◇
「ううん、ノエル」
私の声が、しっかりと、響いた。
「私、ノエルを助けるためにね、薬が、作れるようになったのよ」
「ーー、!」
「ホーニング村で薬草を勉強したのも、聖女のお力に目覚めたのも、ぜんぶ、ノエルを助けるため」
「だから、ノエルがお迎えに来てくれる日を、ずっと、ずっと、待ってたの」
ノエルの目に、涙が、溢れんばかりだった。
「リリィ」
「うん、ノエル」
「ーー、太陽が、俺を迎えに、来てくれたんだな」
ノエルが、私を、深く、抱きしめた。
私の頬を、涙が、ぼろぼろと流れた。
ーー、太陽を、迎えに。
太陽が、ノエルを、迎えに来た日。
ノエルが、八年前、森で、リリィに、はじめて「迎えに来てくれ」と願ったあの瞬間から。
今夜、太陽は、ノエルのもとへ、降り立った。
◇◇◇
ノエルの腕の中で、暖炉の火が、ぱちぱちと、温かく弾けていた。
「リリィ」
「うん」
「ご婚儀は、二年後、お前が十六歳の冬至に」
「俺たち二人の成年宣言式と、同じ日に」
「うん、ノエル」
「絶対に、待っている」
「うん、ノエル。私も、絶対に、待ってる」
ノエルが、私の頭の上に、自分の額を、こつん、と当てた。ノエルの体温が、私の額に、伝わってくる。
額を合わせたまま、ノエルは、しばらく動かなかった。それから、ゆっくりと顔を傾けて、私の唇に、口づけた。
何度も交わしてきたはずのキス。それなのに今夜のは、いつもより長くて、深い。
唇が離れたあとも、ノエルは、止まらなかった。私の頬に、こめかみに、それから、首筋に、順に唇を落としていく。くすぐったくて、私は、ちいさく肩をすくめた。
「ノ、ノエル……っ」
「……じっとしてろ」
低い声が、首すじの肌に、じかに触れる。耳まで、かっと熱くなった。
最後に、ノエルは、鎖骨のくぼみに、ちょん、と唇を当てて、それから、名残惜しそうに、顔を上げた。
「ーー、続きは、婚儀の夜だ」
ぶっきらぼうに、けれど、その耳は、私よりずっと、赤い。
「お前は、まだ、十四だからな」
ーー、ノエルらしい。
私が、くすっと笑うと、ノエルは、ばつが悪そうに、もう一度、私を、腕の中に引き寄せた。
「……からかうな」
そっぽを向くノエルの胸に、そっと寄りかかる。手のひらの下で、金色のライオンの紋章が、ノエルの速い息にあわせて、かすかに上下していた。
長い、長い旅路の、ひとつの結び。
そして、新しい旅路の、はじまり。
王宮のいちばん奥の応接間に、ふたつの心臓の鼓動だけが、響いていた。
外では、雪が、しんしんと、白く、降り続いていた。
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第二部 太陽を、迎えに 完結
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