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森で見つけた呪われ少年を看病していただけなのに、王太子殿下に溺愛されています  作者: 葉月晴子
第二部 太陽を、迎えに

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第41話 快復

翌朝。


私はクラリッサ様のお部屋に呼ばれていた。


「リリィ様。今日はわたくしがご支度をお手伝いいたします」


クラリッサ様の手には白いふっくらとした絹のドレスがあった。


胸元には銀色の小さな十字。


裾にはちっちゃな雪の結晶のような刺繍。


聖女候補の正式なドレス。


「クラリッサ様、こんなに美しいお衣装、ーー、私に?」


「リリィ様のために、ご用意したお衣装でございます」


クラリッサ様はおだやかに微笑んだ。


「リリィ様にはもう、これがよくお似合いになられるのです」


◇◇◇



白いドレスに袖を通して、白いベールを頭から薄くかぶった。


クラリッサ様が私の髪をそっと整えてくださった。


蜂蜜色の髪を青いリボンでふんわりと結んでくださった。


お母さんがいつも結んでくれていた、青いリボン(ホーニング村で買った、ノエルとお揃いのリボン)。


王宮に上がるその朝も、ノエルとお揃い。


胸の奥が、ぐっと、温かくなった。


◇◇◇



「リリィ様。これより、謁見の間にご案内いたします」


クラリッサ様の白いベールの下のお声が深かった。


「陛下が、お待ちでございます」


「はい、クラリッサ様」


胸の奥が、ぐっと締まった。


ーー、陛下に、はじめて、お目にかかる。


胸の奥が、ぐっと深くなった。


◇◇◇



王宮の長い、白い大理石の廊下。


私の足音が、こつこつと響いた。


クラリッサ様の白いベールが、私の前を、ふんわりと歩いていく。


◇◇◇



謁見の間の前。


衛兵が両側に立って、深い藍色の正装に、銀の胸甲、長い槍。


大きな扉が、ふっと内側から開いた。


◇◇◇



謁見の間。


天井ははるか高く、白い大理石の柱が左右にしんと並んでいた。


柱と柱のあいだには、銀の燭台と、深い藍色の旗が、垂れている。


白い大理石の床の中央に、深い深い紫の絨毯が、玉座へまっすぐに伸びていた。


玉座は、白い大理石の高い段の上。


その玉座の周りには、藍色の正装に銀の胸甲をつけた近衛が、左右に三人ずつ、剣に手を添えて直立していた。


ーー、王宮の中心の、ぴりっと張りつめた広間。


私の胸が、どきんと鳴った。


◇◇◇



私はクラリッサ様の後ろをついて、紫の絨毯の上をゆっくり歩いた。


ハインリッヒ先生も、後ろから控えていらっしゃった。


玉座の段の前で、ぴたりと止まる。


私はクラリッサ様にお教えいただいた通り、深く、深くお辞儀をしてお待ちした。


ーー、お辞儀の姿勢で、お待ちする。


しばらくのあと、ーー、奥の扉が、そっと開いた。


◇◇◇



奥の扉から入ってこられたのは、黒髪に整えられた短い藍色のお髭の、ご威厳のあるお方。


陛下。


濃い藍色のお召し物に、銀の刺繍。


胸元には、金色に輝くライオンの王家の紋章。


肩から長く流れる、深い紫のマント。


ゆったりとした足取りで、玉座にお座りになられた。


陛下の深い青いお目が、じっと私を見つめた。


「リリィ・ホーニングであるな」


「はい。リリィ・ホーニングでございます」


「ーー、面を、上げよ」


陛下のお声は深く、けれど温かかった。


私はゆっくり顔を上げた。


陛下のお目に涙が揺れていた。


「わが息子を、余のたった一人の息子を、救うてくれて、何と礼を申せばよいか、わからぬ」


「陛下」


「リリィ嬢、礼を、申すぞ」


陛下のご威厳のあるお声が震えた。


王宮のいちばんご偉いお方が、私に礼を述べてくださっている。


私の頬を涙がぼろりと流れた。


◇◇◇



「リリィ嬢」


陛下のご威厳のあるお声が続いた。


「はい、陛下」


「本日は、そなたに、頼みたきことが、二つある」


「二つ、でございますか」


陛下が深く頷かれた。


「ーー、ひとつめ」


陛下のお声が深くなった。


「ーー、わが息子ノエルの、生涯の伴侶として、そなたを、迎えたい」


「ーー、!」


私の胸が、ぐっと深く震えた。


わが息子の、生涯の、伴侶。


ノエルとの、ご婚約。


頭の中がまっしろになった。


陛下のお目が、おだやかに私を見つめておられた。


深い、青いお目。


ノエルの蒼い瞳と、よく似た、深いお色。


「そなたの聖女の力で、わが息子の長年の呪病が、完治いたした。そなたのほかに、ノエルの隣に立つ者は、おらぬ」


「陛下」


「そなたは、まだ、十二であろう。返事は、いますぐでなくとも、よい」


陛下のお声がおだやかに続いた。


「わが息子は長く、誰のことも心に入れることができぬ子であった。けれど、そなたのことだけはちがった」


「ーー、!」


ノエル。


ノエルが、私のことを。


私の頬を涙が、ぼろりと、流れた。


「陛下」


私は深く深くお辞儀をした。


「お返事は、いますぐ、お伝え申し上げます」


陛下のお目が見開かれた。


「はい、陛下。ノエル様の生涯の伴侶として、謹んで、お引き受けいたします」


ノエルのそばに、ずっと、いられる。


それだけで、うれしい。


「リリィ嬢」


陛下のお目から涙がひと粒、伝った。


「礼を、申すぞ」


「それから、そなたに」


陛下のご威厳のあるお声が続いた。


「はい、陛下」


「もうひとつ、頼みたきことがある」


「はい」


陛下のお目が悲しみに揺れた。


「長年の病で、ご快復の力を必要としておる者が、もうひとり、おる」


「ーー、!」


「そなたの聖女の力で、救うてはくれぬか」


「はい、陛下。謹んで、お引き受けいたします」


私は深く深くお辞儀をした。


「リリィ嬢」


陛下のお目からまた涙がひと粒、伝った。


「礼を、申すぞ」


◇◇◇



「ハインリッヒ」


「はい、陛下」


「リリィ嬢を、そのお方のお部屋まで、案内せよ」


「はい、陛下」


「何かわかり次第、執務室に報告せよ」


「はい、陛下」


ハインリッヒ先生が深くお辞儀をなさった。


陛下は玉座をしずかに、お立ちになった。


そして、奥の扉から、おだやかな足取りで、お出になった。


◇◇◇



謁見の間を退出し、ハインリッヒ先生のご案内で、私は王宮の長い白い廊下を歩いた。


もうひとり、それはどなただろう。


王宮の奥の、深い、深いお部屋におられる方。


◇◇◇



王宮のいちばん奥の、また別のおだやかな離れ。


その奥のいちばん深いお部屋。


「リリィ様。こちらが、皇后陛下のご静養のお部屋でございます」


ハインリッヒ先生のお声が深かった。


皇后陛下。


ハインリッヒ先生が扉を、そっと押し開けてくださった。


◇◇◇



お部屋の中は、他の王宮のお部屋とはちがって、ご静養のための、質素な作り。


広い白いお部屋の中央に、白いシーツのかかった、天蓋付きのベッド。


ベッドの脇に、お薬とお水の置かれた、小さな木のテーブル。


窓辺には、お食事のできるちっちゃな丸テーブルと、二つの椅子。


壁際には、白いリネンを重ねた質素な棚。


長くご静養のお身体のための、必要最低限のお部屋。


何か、空気がふだんと違う。


ふっと頭がぼんやりとする、ような、ふしぎな空気。


お部屋に、何か、ふしぎなお力が満ちている。


ベッドの上に皇后陛下が、青白い顔でお眠りになっていた。


長く、長く、お眠りになったままのお姿。


「皇后陛下は、もう何年も、一日の大半をお眠りになってお過ごしです」


ハインリッヒ先生のお声が、けれど深かった。


「ーー、!」


皇后陛下のまつげは、ぴくりとも動かない。


深く、深く、お眠りになっている、皇后陛下。


私はベッドの脇にひざまずいた。


皇后陛下のお手を両手で包んだ。


冷たい。


皇后陛下のお力が、すうっと、削られている。


◇◇◇



私は目を閉じて、ノエルの呪いを解いたときと同じように、神様から授かる神聖力を皇后陛下のお身体に取り次いだ。


ノエルの呪いとはぜんぜんちがう。


ノエルの呪いは王家に古くから巣食うような、ふるい、ふるい影だった。


けれど、皇后陛下の中のこれは。


もっと外から入り込んだ、別のお力。


ふしぎな、人の手でこしらえられた、別のお力。


胸の奥が、すうっと、冷たくなった。


何かが、皇后陛下のお身体を、しんしんと削っている。


人の手で仕掛けられた、ふしぎな何かが、皇后陛下のお力を、すうっと、奪っている。


胸の奥がぎゅっと絞られた。


◇◇◇



私は皇后陛下のお手を握ったまま、その「何か」の出所を辿っていった。


ふっ、と私の指先が皇后陛下の枕の向こう側を感じ取った。


ここから禍々しい凶力が、しんしんと皇后陛下のお身体に流れ込んでいる。


「ハインリッヒ先生」


私は囁いた。


「はい、リリィ様」


「皇后陛下の枕の、向こう側」


「何か禍々しいものが入っているような、気がいたします」


ハインリッヒ先生のお目が見開かれた。


ハインリッヒ先生がそっと皇后陛下の枕の下を確かめてくださった。


けれど、枕の下からは何も出てこない。


私はもう一度、集中して確かめた。


枕の向こう側。


ベッドの背と壁の隙間の、ずっと奥に何かがある。


「ハインリッヒ先生。ベッドを、すこし、引いていただけますか」


ハインリッヒ先生は深く頷いて衛兵をお呼びになった。


ベッドが、そっと皇后陛下のお身体を載せたまま、すこしだけ、壁から離された。


◇◇◇



壁とベッドの隙間。


そのいちばん奥に。


ふっと目立たない、小さな、銀色のお皿のようなものがそっと置かれていた。


その上に、ふしぎな模様の刻まれた、藍色のちっちゃな石。


人の手でしつらえられた、魔道具。


ハインリッヒ先生が息をのんだ。


「リリィ様、これは、見たことのない、お品でございます」


「私もはじめて見るお品です。これが皇后陛下のお力をすうっと削っていたのです」


私はその藍色の石にそっと手を伸ばした。


温度はない。ひんやりした物体。


けれど、奥に凶々しい破壊的な力が、しんしんと脈打っている。


「これを、皇后陛下のお部屋からお遠ざけしないと、皇后陛下のお身体が、もちません」


◇◇◇



ハインリッヒ先生はすぐに銀色のお皿と藍色の石を白いハンカチに包まれた。


衛兵たちがベッドを、そっと元の位置に戻した。


壁との隙間が元通り閉ざされ、お部屋の様子は何ごともなかったかのよう。


ハインリッヒ先生は白いハンカチに包まれたものを、皇后陛下のお部屋の外にお持ち出しになった。


私は皇后陛下の脇にもう一度ひざまずいた。


皇后陛下のお手を両手で包んで、神様から授かる神聖力をふだんよりずっと深く、皇后陛下のお身体に取り次いだ。


冷たかった皇后陛下のお手が、すこしずつ、温かくなっていく。


私の両手の中で、皇后陛下の指先に、ふんわりと、ぬくもりがもどってくる。


皇后陛下の中のふしぎな影が、すうっと、薄れていく。


皇后陛下の青白い頬に、ふっとちっちゃな桃色がさしはじめた。


お眠りになったままの皇后陛下の眉間が、おだやかにほどけた。


お目元から、ひと粒、おだやかに、涙が伝った。


皇后陛下。


お苦しみが、薄れていく。


まだ、お目を覚まされるには、時間がかかるかもしれないけれど、もう大丈夫。


これから、すこしずつ、お力をお取り戻しになっていかれる。


私の頬を、涙がぼろりと流れた。


皇后陛下も、ノエルと同じように、長年お苦しみでいらっしゃった。


◇◇◇



ハインリッヒ先生の深いお目が、おだやかに私を見つめた。


「リリィ様。すぐに、陛下にお報せしなければなりません」


「はい、ハインリッヒ先生」


私とハインリッヒ先生は、皇后陛下のお部屋を出て、急ぎ、陛下のご執務室へ向かった。


◇◇◇



陛下のご執務室。


陛下が、お机の前で公務をなさっておられた。


「リリィ嬢、ハインリッヒ、戻ったか」


「はい、陛下」


ハインリッヒ先生が深くお辞儀をなさった。


「陛下。まずは、ご報告申し上げます」


「うむ」


「ーー、皇后陛下のお身体は、まもなくご快復に向かわれます」


「ーー、!」


陛下のお目が、ふっと深く、深く、見開かれた。


「リリィ嬢の聖女のお力により、皇后陛下のお身体は、ポカポカと温まりはじめておられます」


陛下のお目から、しずかに、涙がひと粒、伝った。


「ーー、皇后が、ーー、ご快復に」


「はい、陛下」


◇◇◇



ハインリッヒ先生が、白いハンカチに包まれた銀色のお皿と藍色の石を、陛下の前にお運びした。


「ーー、陛下、ーー、これが、皇后陛下のお部屋の壁の奥から、出てまいりました」


陛下のお目が、深く、深く、見開かれた。


「ーー、これは、何ぞ」


「ーー、人の手でしつらえられた、魔道具にございます」


「皇后陛下の生命力を、徐々に削いでいく、深い呪いの込められたお品でございます」


「ただし、長年皇后陛下を蝕んでいた呪いの力は、もう、微弱でございました」


陛下のお目の奥に、深い、深い怒りが灯った。


「皇后を、長年苦しめていたのは、これだったか」


陛下のお目から、ひと粒、涙が伝った。


◇◇◇



「ハインリッヒ」


「はい、陛下」


「皇后の部屋の警備を、即刻、強化せよ」


「はい」


「ふだんから皇后の部屋に出入りできる者ぜんぶの、身辺を、調べあげよ」


「はい」


「メイド、侍女、医師、衛兵、ぜんぶで、ある」


「はい」


ハインリッヒ先生の深いお目が、おだやかに私を見つめた。


「リリィ様」


「はい」


「これほど皇后陛下のお側に魔道具を置ける者は、皇后陛下のお部屋にふだんから出入りできる、内部の者しかおりません」


「ーー、!」


「王宮の内側に、王家に害をなす者が、潜んでいる、ということでございます」


ぞくり、と背筋が冷えた。


王宮の中に。


皇后陛下を弱らせていた、誰か。


その誰かは、まだ王宮の中にいるのかもしれない。


◇◇◇



「リリィ様」


ハインリッヒ先生のお声がさらに深くなった。


「はい」


「皇后陛下がご回復になられたと知られれば、犯人はすぐに気づくでしょう」


「ーー、!」


「犯人は警戒を強めるかもしれません。もしくは、別の手段で、皇后陛下、陛下、ノエル様のお命を、お狙いになるかもしれません」


私の胸が、どきんと冷えた。


「リリィ様の存在も、その方々にとっては、邪魔者で、ございます」


私の胸がもう一度、どきんと冷えた。


◇◇◇



陛下のお目が、おだやかに私を見つめた。


「リリィ嬢」


「はい、陛下」


「そなたは、ノエルと皇后を、救うた者である」


「これより、犯人にとり、いちばんの邪魔者となろう」


「リリィ嬢の脇にも、信頼のおける衛兵を、付けよ」


「必ず、お守りいたします」


陛下のお声が、深く響いた。


陛下がお振り向きになられた。


「それから、ハインリッヒ」


「はい」


「この魔道具のこと、王宮の外には、決して漏らすな」


「はい」


「内通者が、王宮の中、外、どこに潜んでおるか、わからぬ」


「はい」


「そなたの側付きのクラリッサにも、まだ、伝えるでない」


「はい、陛下」


私は深くお辞儀をした。


◇◇◇



「陛下」


私はもう一度お辞儀をして、深く息を吸い込んだ。


「うむ、リリィ嬢」


「ひとつ、ご提案がございます」


陛下のお目が、おだやかに私を見つめた。


「私の父と母なら、きっと、これが何かわかると思うのです」


「ーー、!」


陛下のご威厳のあるお目が深くなった。


「そなたの両親、ホーニング村の薬師どのか」


「はい、陛下」


「父も母も、長く、薬草と古い知識に親しんでまいりました。このようなふしぎなお力のお品も、見覚えがあるやもしれません」


陛下が深く頷かれた。


「よかろう。そなたの言葉を、信じよう」


「フェルディナンドを、すぐに、ホーニング村へ、遣わす」


「そなたの家族を、王宮へ、招こう」


「ありがとうございます、陛下」


私は深く深くお辞儀をした。


お父さん、お母さん、お兄ちゃん。


ようやく、王宮で、もう一度、お会いできる。


胸の奥がぐっと温かくなった。


◇◇◇


ノエルの呪いは解けた。


皇后陛下のお苦しみも、これから、薄れていく。


けれど、王宮の中から災いが完全に取り除かれたのかはまだわからない。


私はノエルと皇后陛下、王家をお守りする。


胸の奥がぐっとふくらんだ。

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