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森で見つけた呪われ少年を看病していただけなのに、王太子殿下に溺愛されています  作者: 葉月晴子
第二部 太陽を、迎えに

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第40話 覚醒

お抱えのお医者様たちが、深く頭を下げてが、ひとりまたひとりと、しずかにお部屋を退いていった。


長い廊下を、白衣の方々の足音ががしずかにしずかに、遠ざかっていく。


そしてがぱたんと、いちばん奥の扉が閉まる音。


ノエルのお部屋に残ったのは、私と、セバスチャンと、ハインリッヒ先生だけだった。


王宮の大きな窓の向こうで、雪がしんしんと、降り続いていた。


しんしんと、しんしんと、夜の闇を、白く埋めていく雪。


冷たい青の窓ガラスが、ランプの光をしずかに映していた。


長い夜は、まだ始まったばかりだった。


◇◇◇



ベッドの上のノエルはぜぇぜぇと苦しい呼吸を繰り返している。


青白い頬にはもう、いつもの熱の赤みすら戻らない。


ーー、紙のような白さ。


私はノエルの脇に椅子を寄せてその冷たい手を両手でしっかり握り直した。


ーー、ノエル。


ーー、絶対に離れない。


ーー、絶対にもう、ひとりにはしない。


胸の奥でお父さんの声がもう一度響いた。


ーー、こうと決めたら、絶対に弱音を吐くな。


ーー、苦しんでいるその人をお救いできるよう、力を尽くす。


ーー、薬師や癒し手というのはそういう役割なんだ。


私はゆっくり目を閉じて深く息を吸い込んだ。


ーー、神様。


ーー、神様の力をお貸しください。


◇◇◇



長い夜が始まった。


部屋の隅で、暖炉の薪ががぱちんぱちんと、しずかに弾ぜていた。


その音だけが、部屋に響いていた。


セバスチャンは部屋の隅の椅子で、両手を組んで、深く、頭を垂れていた。


白い髭が暗がりの中でも、ふるえているのが見えた。


セバスチャンは五年間、ローゼンタール離宮で坊ちゃまをお守りしてきた。


そして、いま、坊ちゃまのお命が、しずかに、いちばん深いところで、揺れている。


セバスチャンの祈りの深さが、暗がりの中でも、しずかに伝わってきた。


ハインリッヒ先生はベッドの反対側に立って、ノエルの脈を一刻ごとに確かめていた。


その白い指先が、ノエルの細い手首の上で、しずかに、おだやかに、止まっていた。


「リリィ様。お続けくださいませ」


ハインリッヒ先生の深い目がしずかに私を見つめた。


「はい」


私は深く頷いてノエルの手を強く握り直した。


ーー、温かくなれ。


ーー、ノエルの手をもう一度、温かく。


両手の中にふっとちっちゃな温もりが灯った気がした。


それは村で十歳のハンスお爺さんの足を包んだ時のあの感覚。


トーマス坊やの熱を一晩中、ささやかに引かせていったあの感覚。


ーー、それを何倍にも何十倍にも強く。


私の祈りの根をふだんよりずっと深いところまで降ろしていった。


◇◇◇



夜が深くなるにつれて。


ノエルのぜぇぜぇという苦しい呼吸がいよいよ激しくなっていった。


ベッドの上の身体がふっと震えはじめた。


「ノエル? ノエル!」


ノエルの蒼白な顔からすうっと生気が引いていく。


長いまつげももう震えなくなった。


「ハインリッヒ先生、ノエルがノエルが!」


ハインリッヒ先生がノエルの手首にしずかに指を当てた。


そして深い目をしずかに伏せた。


「リリィ様、お脈が消えかかっておられます」


「!」


私の胸の奥がぎゅっと一気に絞られた。


ーー、ノエル。


ーー、ノエル、いや。


ーー、いやよ、ノエル!


◇◇◇



私はノエルの両手を自分の両手でぎゅっとぎゅっと握り直した。


「ノエル」


「ノエル、私を見て。お願い、私を見て!」


ノエルの瞳は閉ざされたまま。


「ノエル、置いていかないで!」


「ノエル、絶対に絶対に死なないで!」


「二人で呪いを治すって言ったじゃない!」


「ノエル、しっかりしてノエル!」


私の頬を涙がぼろぼろと流れた。


ベッドの上にぽたぽたと私の涙が降りはじめた。


ーー、ノエル。


ーー、ノエルの体は本当はもっとずっと生きられるはず。


ーー、本当だったら、ノエルが、元気にお庭を、駆け回って。


ーー、空を見上げて、お友達と笑って。


ーー、十年経ったら、誰かと結婚して、お子様も授かって、しあわせなご家庭を築けるはず。


ーー、誰かって、誰?


ーー、ちくんと、一瞬、胸が痛んだ。


ーー、ノエルのお子様、男の子と女の子、きっと、絵に描いたように可愛いんだろうな。


ーー、そんなしあわせな、長い、長い生涯が、ノエルを待っているはず。


ーー、神様。


ーー、ノエルを、お救いください。


ーー、呪いがノエルからぜんぶ消えてしまえばいいのに。


ーー、雲散霧消しますように。


ーー、ノエルの中の呪い、ぜんぶ、消えてしまえ。


「ノエル、もっと生きたいって願って!」


「ノエル! ノエル!」


◇◇◇



ーー、その瞬間。


私の中の、いちばん深いところにがしずかにしずかに、何かが灯った。


それは、温もりを超えた、もうひとつの、深い、深いお力だった。


ぱっと、私の両手から、温かい白い光がふくらんだ。


両手の中に、温もりを超えた、しずかな炎のような光。


その光は、ふだんの祈りの光とは、ぜんぜん、ぜんぜん、違っていた。


ーー、夜明けのような、白い、しずかな、光。


ーー、けれど、奥の奥に、燃えるような、熱いものを、しずかに、含んでいた。


その光がベッドの上のノエルの身体をがしずかにしずかに、包み込んだ。


「リリィ様、これは」


ハインリッヒ先生が息をのんだ。


セバスチャンも両手で口を覆って目を見開いていた。


ーー、私はもう、何も考えていなかった。


ーー、ただ、ノエル。


ーー、ノエル、ノエル、ノエル。


その名前だけが私の心のいちばん奥から湧き上がってきた。


白い光がふっとぐぐっと明るくなった。


ーー、王宮のいちばん奥の暗い部屋の中で。


ーー、私の両手から夜明けのような白い光がしずかにしずかに満ちていった。


その光がノエルの身体をぜんぶ覆って。


ーー、すうっとノエルの中から暗く黒い影のようなものがしずかに抜け出ていった。



ーー、これは。


ーー、呪い。


ーー、ノエルの中の呪いがしずかに空気の中に雲散霧消していく。


「リリィ様の聖女のお力が覚醒しておられます」


ハインリッヒ先生の声が震えていた。


「ーー、奇跡でございます。ーー、奇跡でございます」


私の頬から涙がぼろぼろと流れた。


◇◇◇



光がふっとすこしずつおだやかにおさまっていった。


ノエルの長いまつげがふっと震えた。



ノエルの胸がふっと深く、ゆっくり上下した。


ぜぇぜぇという苦しい音がもう消えていた。


代わりにしずかな、しずかな、健やかな寝息がノエルの口元から聞こえてきた。


「ノエル」


「ノエル、生きてる」


私はノエルの胸にふっと額をつけた。


しずかな、規則正しい鼓動が私の額に伝わってきた。


ーー、生きている。


ーー、ノエルが生きている。


ーー、間に合った。



私はノエルの胸に額をつけたまま、ぼろぼろと声を出して泣いた。


セバスチャンもハインリッヒ先生ももう、しずかに目を覆って泣いていた。


王宮のいちばん奥の深い、深い夜の中で。


ーー、聖女がしずかに覚醒した、その瞬間だった。


◇◇◇



真夜中。


部屋の蝋燭がぱちんと弾ぜた。


ノエルの長いまつげがふっと震えた。


私の心臓がぐっと跳ねた。


「ノエル?」


ノエルの蒼い瞳がしずかにしずかに開いた。


ーー、けれど。


その瞳はふだんのノエルの瞳とすこし違って見えた。


ーー、深い。


ーー、ふだんよりもずっと深い。


「リリィ」


ノエルの声が低く、けれどしっかりと私の名前を呼んだ。


「うん、ノエル。私、ここにいるよ」


「ーー、お前、まだ、いたのか」


ふっとノエルの唇の端がちっちゃく上がった。


ーー、ノエル、ちっちゃく笑っている。


私の胸の奥がふっとぽっと温かくなった。


「うん、ノエル。私、ずっとここにいるよ」


「ーー、勝手にしろ」


ノエルはそれだけ言ってもう一度、まつげを閉じた。


ーー、けれど、その寝顔は。


ーー、もう、苦しんでいる顔じゃなかった。


ーー、しずかにしずかに休んでいる、おだやかな顔。


ーー、生きている、顔。


私の頬を涙がぼろぼろと流れた。


ノエルのしずかな寝息を、ちゃんと、ちゃんと、聞き届けて。


私の中から、ふっと、ぜんぶの力が、抜けていった。


まぶたが、しずかに、しずかに、重くなる。


ーー、ノエル、よく頑張ったね。


ーー、生きていてくれて、ありがとう。


そう、心の中で囁いて。


私はノエルの手を握ったまま、椅子の背に、深く、もたれかかった。


私の意識も、しずかに、しずかに、まどろみの底へ、沈んでいった。


◇◇◇



夜明け前。


雪の窓の向こうがふっと、青く、明るくなりはじめた頃。


椅子に座ったまま、ノエルの手を握って、深く眠り込んでしまった十二歳の私を、ハインリッヒ先生がしずかに見守ってくださっていた。


ーー、リリィ様は、本当にお疲れになられて。


ーー、いまは、しずかに、お眠りいただこう。


ハインリッヒ先生はノエルの脈をもう一度しずかに診て、深く、深く、頷かれた。


ベッドの脇にしゃがんだセバスチャンの白い髭は、坊ちゃまの寝顔を見守りながら、もう、涙でぐっしょりと濡れていた。


「坊ちゃま、坊ちゃま」


セバスチャンの声は、しずかに、しずかに、絞り出されていた。


雪が、王宮の大きな窓の向こうで、しんしんと、降り続いていた。


けれどその雪の色がふっと、夜明けの青に染まりはじめていた。


◇◇◇



ノエルはその夜明け前、ふだんよりずっと深く、おだやかに、眠っていた。


蒼白だった頬には、ふんわり、ほんのり、桃色がさしはじめていた。


私の中の火が、まどろみの底でも、しずかに灯ったまま、おだやかに、揺らいでいた。


ーー、ノエルの中の呪いは今夜、ぜんぶ、雲散霧消した。


ーー、けれど。


ノエルの長い、長い呪いの影響で、ノエルのお身体は、ふつうの十六歳のお方より、ずっと、ずっと成長が抑えられていた。


実年齢は十六歳のお方なのに、毛布の下のお身体は、ようやく、十二歳の私と、すこしだけ違うほどの大きさ。


四歳の頃から、ずっと、ずっと止まっていた成長。


呪いが解けたいまは、ノエルの中の生命の流れが、ようやく、ふだんのお方と同じ速さで流れはじめている。


ーー、これから、すこしずつ、すこしずつ、本来のノエルの身体を取り戻していくのだろう。


その日、雪の朝の王宮のいちばん奥の部屋にようやく、ささやかな希望の光がしずかに射しはじめていた。


◇◇◇


夜明けの朝。


王宮の大きな窓の向こうで、雪はもう、ふっと、しずかに、止んでいた。


空の色は、深い夜の藍色から、ぼんやりとした青色に、しずかに移り変わっていく。


雲の合間から、ほんのり、桃色の光が、はじめての朝の挨拶のように、王宮のいちばん奥のお部屋に、ふんわりと射しはじめていた。


私はノエルの脇の椅子で、ふっと、目を覚ました。


いつのまにか椅子に座ったまま、まどろんでいたらしい。


頬が、ノエルのベッドの厚い毛布の縁に、ふんわりと押し当てられていた。


毛布の、おだやかな、お日さまの匂い。


ノエルの手を握る、私の両手。


その指先が、ぽっと、温かかった。


ーー、ノエルの体温が、戻っている。


ーー、ふだんの、ノエルの体温に。



私の指先が、ふっと、震えた。


◇◇◇



ふっと顔を上げると、ベッドの反対側に、ハインリッヒ先生がしずかに立っておられた。


夜通し、ノエルのお脈を診てくださっていたのだ。


ハインリッヒ先生の深い目がしずかに私を見つめた。


「リリィ様」


「は、はい」


「ーー、夜の間に、お熱が引いておられました」


「!」


「お呼吸も、ふだんのご自然なリズムに、戻られました」


私の目から、ふっと、涙がぼろぼろと流れた。


「ハインリッヒ先生、ノエルは、お助かりになられたのですね」


ハインリッヒ先生の白い髭の頬を、しずかに、涙がひと粒、伝った。


「ーー、はい」


ハインリッヒ先生は深く深く、私に頭を下げてくださった。


ーー、王宮のお抱えのご年長のお医者様が。


ーー、ホーニング村の薬師の娘の私に。


ーー、深く頭を下げてくださっている。


私の胸の奥がぐっとふくらんだ。


セバスチャンも、ベッドの脇でしゃがんだまま、肩を震わせていた。


「リリィ様、坊ちゃまをお救いくださって本当に、本当に、ありがとうございます」


セバスチャンの白い髭がもう、涙でぐっしょり濡れていた。


「うん、セバスチャン。一緒に頑張ってくれて、ありがとう」


私はセバスチャンの肩にしずかに手を置いた。


◇◇◇



ベッドの上を、しずかに、覗き込んだ。


ノエルの長いまつげが、ふっと、ほんのりと、震えた。


そして、まぶたが、しずかにしずかに、開いた。


蒼い瞳が、夜明けの白い光を受けて、きらりと輝いた。



ーー、その瞳の色がふだんよりずっと深い。


ーー、青い湖の底のような、深い、深い蒼。


ーー、呪いが解けたばかりの、ノエルの中の、いちばん深いところまで、お力が通った、瞳の色。


ーー、ふだんのノエルの蒼い瞳より、ずっと、ずっと、奥行きを増した、夜明けの空のような、深い色。


「リリィ」


ノエルの声が低く、けれどはっきりと私の名前を呼んだ。


「うん、ノエル」


「ーー、お前のことを、ずっと、ずっと、考えていた」


「ーー、お前のヘラヘラ顔に、ムカついてた」


「!」


ーー、ノエルが、私のことを、ずっと考えていた。


私の心臓がどくん、どくん、と早鐘を打ちはじめた。


頬がふっとぽっと真っ赤になっていく気がした。


◇◇◇



「ーー、お前が近づいてくるせいだ。どっかへ行けと言ったのに、言うことを聞かないお前のせいだ」


ノエルの声がふだんの突き放しじゃなかった。もっと深い、もっと屈折した、何か。


「聞きたいか、リリィ。俺が寝ている間、どんな最低なことを考えていたか」


「ノエル」


「リリィをどうやってメチャクチャにしてやろうかって、考えていたんだよ。お前のヘラヘラ顔を、どうやって崩してやろうか。めちゃくちゃにしてやろうか。お前を泣かしたら、どんなにスカッとするかって」


私の頬を涙がぼろりと流れた。


「ーー、俺はもう、死んだ者として扱われたのに、生き残ってしまった」


「ーー、ここにいてもろくなことはない。お前のような奴は、田舎で兄さんとのんびり暮らしてろ」


私の頬を涙がぼろぼろと流れた。


ーー、ノエル。


ーー、何で、私を傷つけようとするの。


◇◇◇



ノエルの蒼い瞳が、ふっと、真っ赤になった私の顔を、ぎらり、と見つめた。


その瞳の奥に、何か、激しいものが、しずかに、揺らいでいた。


「ーー、くそ」


ノエルの低い声が、ふっと、唸るように漏れた。


ーー、その声は、ふだんのノエルの声じゃなかった。


ーー、もっと深い、もっと大人びた、低い、深い声。


ノエルの手がふっと伸びて、私の肩を、ぐっと、つかんだ。


その指の力が、五年前の呪われた男の子の手の力とは、ぜんぜん違う。


ーー、しっかりとした、しずかな、けれど、強い、男の人の指の力。


そのまま私の身体は、ベッドの上に、しずかに、押し倒された。


「ノエル?」


私の唇に、熱い、熱い、ノエルの唇が深く深く押しつけられた。


それからノエルの唇はふっと、私の首筋へとしずかに降りていった。



首筋に熱いノエルの唇。


心臓がもう、めちゃくちゃに早鐘を打っていた。


ーー、ノエル。


ーー、ノエルだから、いい。


◇◇◇



ノエルの唇がふっと私の首筋から、もうすこし下へと降りていった。


「ーー、お前」


ノエルの声がふっと震えた。


「ーー、なんで抵抗しないんだ」


「ノエル」


「ーー、お前は馬鹿か」


「ノエル、私、ノエルになら、何されたっていいよ」


「!」


ノエルの蒼い瞳がふっとぎらりと見開かれた。


ーー、その奥に激しい何かと、深い深い自制が、せめぎ合っていた。


ノエルがぐっと唇を噛んだ。


◇◇◇



「ーー、バカなことを言うな」


ノエルの手がふっと私のはだけたドレスの襟元を、しずかに戻した。


私のリボンの結び目をふっとぎゅっと、しっかりと結び直して。


「ーー、ほらな」


「ノエル?」


「ーー、俺のそばにいると、ろくなことは、ない」


ノエルはぐっと唇を噛んで、自分の涙を堪えた。


「ーー、お前はもう、役目を果たした」


「ーー、俺はもう、大丈夫だ」


「ーー、もう、帰れ」


「ノエル」


「ーー、わかったな。もう、ここに、来るな」


◇◇◇



ーー、けれど。


私はノエルの蒼い瞳をまっすぐに見上げた。


ノエルの瞳の奥の、奥の方。


ふっと揺れている、もうひとつのちっちゃな、ちっちゃな光。


ーー、それが、私を求めている。


ーー、ノエル。


ーー、ノエルは私を傷つけたいんじゃない。


ーー、私を自分の闇から、遠ざけたいだけ。


ーー、ノエルは、自分の屈折した心を、私に見せたくないだけ。


ーー、けれど。


ーー、いま、ノエルは、その心の、いちばん奥底を、私だけに、明かしてくれた。


ーー、五年間、ずっと、ずっと、誰にも見せなかった、深い、深い闇を。


ーー、私、だけに。


ーー、それが、たまらなく、たまらなく、嬉しかった。


ーー、悲しみと、嬉しさが、私の胸の中でがしずかにしずかに、混じり合っていた。


私の涙がふっと止まった。


◇◇◇



「ノエル」


私はノエルの脇にしずかに座り直した。


ノエルの手をしずかに両手で包んだ。


「ーー、私、帰らない」


「!」


ノエルの蒼い瞳がふっと見開かれた。


「ーー、私、何を言われても、絶対に、帰らない」


「ノエル、私、信じてるから」


「!」


ノエルの長いまつげがふっと震えた。


「ノエルの中の、奥の奥のいちばん深いところに、ちゃんとノエルがいる、と知ってるから」


◇◇◇



「リリィ」


ノエルの声がふっと低く、震えた。


「ーー、お前は、変な奴だな」


「うん」


「ーー、信じられないよ」


「うん、ノエル」


ノエルの手がふっと伸びて、私の手首を、ぐっとしっかり握った。


ーー、ぎゅっと、強く、強く。


ーー、ノエルの言葉とはまるで反対の、しずかな、力。


ーー、ノエル。


ーー、わかってる。


ーー、ノエルが、私をいちばん近くに置いてくれた、と。


私の胸の奥がぐっとふくらんだ。


私はノエルの手首を握る指に、しずかに、もう一方の手を添えた。


「ノエル」


「ーー、私、絶対に、ノエルのそばを離れないよ」


ノエルは目線をしずかに窓の外の雪に移した。


ーー、けれど。その指は、私の手首を、ふっと強く、しずかに、握ったままだった。


リリィ・ホーニング、十二歳の冬。


ノエルと再会して、二週間と数日。

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