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森で見つけた呪われ少年を看病していただけなのに、王太子殿下に溺愛されています  作者: 葉月晴子
第一章 呪われ少年と、ちっちゃな看病係

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第33話 ノエルの十一歳のお誕生日に、私が手作りクッキーを贈った日

それは、五日前のローゼンタール離宮で何気なく聞いたひと言から始まった。


十二月、十七日。


寒さがずいぶん厳しくなって、私はお母さんに編んでもらった赤い毛糸のマフラーを巻いて、毎日離宮に通っていた。


その日、薬を運んでノエルの寝室を出たあと廊下でセバスチャンが暖炉に薪をくべていた。


「セバスチャン、寒くなったね」


「ふふ、リリィ様、お足元、お気をつけて」


「うん」


ぱちぱちと弾ぜる薪を何気なく見ていた、その時。


──ふと思った。


──もうすぐ、年の暮れ。


──お母さんがいつも年末にご馳走を作ってくれる。


──ノエルのお誕生日って、いつなんだろう。


「ねえ、セバスチャン」


「はい」


「ーー、ノエルのお誕生日って、いつ?」


何気なく、聞いたつもりだった。


けれど、セバスチャンはぴたっ、と薪をくべる手を止めた。


ゆっくりと私の方を振り返る。


白い眉がふっと悲しそうに下がった。


「リリィ様。坊ちゃまのお誕生日は五日後、十二月、二十二日でございます」


──!


「五日後!もうすぐじゃない」


「はい」


「ーー、ノエル、おいくつになるの?」


なんとなく、私と同じ六歳の男の子だ、と思っていた。


けれど、改めて、聞いたことはなかった。


セバスチャンはしばらく、口をつぐんでから深く、息を吐いた。


「坊ちゃまは十一歳におなりになります」


──……。


──じゅう、いっ、さい?


頭の中がぐらり、と揺れた。


「セバスチャン、十一歳?」


「はい」


「嘘」


「嘘ではございません」


「けど、ノエル、私と同じくらいの大きさだよ?」


セバスチャンの目にじわ、と涙がふくらんだ。


「坊ちゃまは呪いのせいでふつうのお子様よりずっとゆっくり、しか、お身体がお育ちにならないのでございます」


──、ああ。


胸の奥がぎゅっと痛んだ。


ふつうの子よりずっとゆっくり、しか、伸びていかない。


──十一年間。


──ノエルは自分の身体がなかなか、年相応に大きく、ならないのをずっと見ていた。


──お風呂で自分のちっちゃな手を見るたびに。


──お着替えで年相応の服がいつもぶかぶか、なのを確かめるたびに。


──毎日、ご自分が呪われていることを思い知らされていた。


私の知らない、十一年間。


「セバスチャン、私、知らなかった」


「それでいいのでございます」


「ーー」


「リリィ様が坊ちゃまを同じくらいのお友達と思って、近づいてくださったこと。それが坊ちゃまには何よりの薬でございました」


──そう言われて、私はようやく、合点がいった。


ノエルの青い瞳がたまにすごく大人びて見える瞬間があったこと。


絵本の難しい言葉もノエルはいつも当たり前に知っていたこと。


星座の話を何時間でも語ってくれたこと。


ぜんぶ、十一歳のノエル、だったから。


身体はちっちゃくても心はずっとお兄ちゃん、だった。


◇◇◇



「セバスチャン、ノエルのお誕生日、いつもどうしてるの?」


「坊ちゃまのお誕生日は王家でも内密でございます」


「ーー」


「呪われた皇子の誕生はめでたくない、と」


「王宮の方々は誰もお祝いにいらっしゃいません」


「私がささやかに紅茶と料理人が焼いた菓子をお出ししております」


「ーー、それだけ?」


「はい」


──それだけ。


十一年間、ノエルのお誕生日はずっとそれだけ。


私はぐっと拳を握った。


「セバスチャン、私、二十二日にお誕生日プレゼント、持ってくる」


「リリィ様?」


「お年は関係ない」


「ーー」


「年下でも年上でもノエルはノエル、なんだもん」


セバスチャンの頬をつーっ、と涙がこぼれた。


「リリィ様は坊ちゃまの太陽でございます」


「けど、セバスチャン、ノエルにはナイショ、だよ」


「もちろん、でございます」


「ぜったい、ぜったい、ナイショ」


「はい、リリィ様」


──五日間。


──五日間でノエルの人生でいちばん温かい、お誕生日プレゼントを作る。


◇◇◇



「お母さん、お母さん」


家に駆け込んで私は息を切らして、お母さんに抱きついた。


「あら、リリィ。どうしたの」


「お母さん、ノエル、五日後がお誕生日、なんだって」


「まあ」


「しかもお母さん、聞いて。ノエル、本当は私より四つも年上だったの」


お母さんはふっと目を伏せた。


まるで知っていた、みたいに。


「お母さん、知ってたの?」


「ふふ、お母さんは薬師の妻、よ」


「坊ちゃまのお年がお身体に合っていないことくらい、最初にリリィの話を聞いた時からわかっていたわ」


──、!


「お母さん、なんで教えてくれなかったの」


「リリィが何も知らずに坊ちゃまをただの男の子として、見てあげる方が坊ちゃまにはいちばん優しい、と思ったから」


──、ああ。


お母さん、いつもいろんなことをぜんぶ、わかってる。


「お母さん、私、ノエルにお誕生日プレゼント、作ってあげたい」


「ふふ、リリィ、何が作りたいの?」


「ーー、わからない」


しょぼん。


勢いで戻ってきたけれど、何にも考えていなかった。


お母さんはふふ、と笑った。


「お母さんがよく焼くクッキー、好き?」


「うん、大好き」


「口の中でほろっとほどける、あれ」


「うん」


「ノエル様にもリリィの心がほどけたみたいに優しい味、届けてあげましょうか」


──、!


クッキー。


私のいちばん好きな、おやつ。


ノエルにも好きになってもらいたい、おやつ。


「うん、お母さん、教えて」


「ふふ。五日間あるのなら、何度か、練習しましょうね」


「練習?」


「ノエル様のお誕生日、当日にいちばん上手でいちばん美味しいクッキーを届けたいでしょう?」


──、そうだ。


ノエルのお誕生日には私のいちばん、いちばん、を届けたい。


◇◇◇



十二月、十八日。一回目の練習。

小麦粉をぼうるに入れるとき、テーブルにぼふっとこぼしてしまった。

お母さんがにこにこ、と片付けてくれた。


十二月、十九日。二回目の練習。

生地をこねるコツがわかってきた。

味見してくれたお父さんが、「リリィのクッキー、お父さん、好きだぞ」と笑った。


十二月、二十日。三回目の練習。

ナイフでいろんな形に切ってみた。

ノエル、お星さま、好きだって言ってたからいびつなお星さまをいっぱい焼いた。


十二月、二十一日。四回目の練習。

お母さんが戸棚から白いレースの布と青い絹のリボンを出してくれた。

「青いリボン、ノエル様の瞳の色、よね」

──お母さん、ちゃんと聞いていてくれてた。


◇◇◇



十二月、二十二日。冬至。ノエルのお誕生日。


朝、目を覚ますと空は灰色で雲が低く垂れこめていた。


お母さんは台所でもうエプロンをつけていた。


「リリィ、おはよう」


「お母さん、おはよう」


「本番、よ」


「うん」


小麦粉、バター、お砂糖。


ぼうるの中でぐるぐる、ぐるぐる。


「リリィ、ふんわりするまで根気よく、ね」


ちっちゃな腕はすぐに疲れてしまった。


「お母さん、腕、痛いよう」


「ふふ、ノエル様のためにもう、ちょっと頑張って」


──ノエルのために。


その言葉に腕がまた、勝手に動き出した。


──ぐるぐる。


──心を込めて、ゆっくり。


生地をぺたんこにのばして、ちっちゃなナイフでお星さまの形に切り抜いた。


四日間練習した、お星さま。


今日、いちばん上手にできた。


それでも私の抜いた、お星さまはやっぱり、ちょっといびつだった。


「お母さん、いびつ、だね」


「いいのよ、リリィ」


お母さんは私の頭をそっと撫でた。


「心がこもっていれば、それがいちばん、美味しいスパイス、なの」


──心のスパイス。


──じゃあ、私のクッキーはすごく、すごく、美味しい。


──ノエルのお誕生日へのお祝いの気持ち、ぎゅうぎゅう、につめたもん。


◇◇◇



焼きあがった、いびつなお星さまを白いレースの布でそっと包んで青いリボンできゅっ、と結んだ。


──ちっちゃな、お星さまの包み。


──まだ、ほんのり、あったかい。


──ノエルのお手にもぬくぬくのまま、届きますように。


家を出ると空からふわふわ、と白い結晶が舞い降りてきた。


「あ」


雪。


今年、初めての雪。


──ノエルの十一歳のお誕生日に初雪。


──世界がお祝いしてくれている、みたい。


◇◇◇



離宮の玄関でセバスチャンが待っていてくれた。


「リリィ様、お戻りに」


「うん、できたの」


「まあ、なんと可愛らしい、お包み」


「ふふ、ノエルのお部屋まで案内してくれる?」


「もちろんでございます」


セバスチャンの目尻にまた、涙がにじんでいた。


──おじいちゃん、いつもすぐ、泣く。


──けれど、その涙が私の胸もぽかぽかさせた。


◇◇◇



寝室の扉をノックした。


「リリィ」


ノエルの声。


扉を開けるとノエルはベッドの中で本を読んでいた。


私を見ると本をそっと閉じた。


「今日は遅かった、な」


その声を聞いた瞬間、私はふとノエルの顔をまじまじと見つめてしまった。


青い、深い瞳。


長い、まつげ。


すっと通った鼻筋。


──確かに。


見れば見るほど、私の知っている、六歳の男の子の顔じゃ、ない。


お兄ちゃんの十二歳の頃の写真の方がずっと子供っぽい顔だった。


ノエルの顔はもっと繊細でもっと深い。


──十一歳の顔。


「ーー、何を見ている」


「ノエル」


「何だ」


「ーー、今日、お誕生日、なんでしょ」


ノエルの肩がぴくっ、と震えた。


青い瞳が信じられないものを見るように私を見た。


「お前、なんで」


「セバスチャンが教えてくれたの」


「セバスチャン、口が軽い」


ノエルの声は低くなった。


けれど、その青い瞳はわずかに揺れていた。


「ノエル」


「何だ」


「ーー、十一歳、おめでとう、ございます」


──……。


ノエルの青い瞳がぱっ、と見開かれた。


それからゆっくりと伏せられた。


「ーー、聞いた、のか」


「うん」


「ーー、お前は知らないままでよかったのに」


ノエルの声がぐっと低くなった。


「お前はぼくのことを同じくらいの年の男の子、と思って、近づいてくれていたんだろう」


「知ったら、もう、近づいてくれなくなる、と思っていた」


ノエルの長いまつげが震えていた。


──ノエル、私が知ったら、もう、来なくなる、と思ってたんだ。


胸がぎゅっと痛んだ。


「ノエル」


「何だ」


「年なんて、関係、ない、よ」


ノエルが目を上げた。


「私、ノエルが十一歳でも二十歳でも五十歳でもぜんぜん、関係ない」


「ノエルはノエル、だもん」


「ーー」


「ノエルに会いに来るのを私は絶対、絶対、やめないよ」


ノエルの青い瞳がゆらり、と潤んだ。


長いまつげが震えた。


それからぼそり、と呟いた。


「ーー、変な、奴」


──ふふ。


ノエルの「変な奴」は私のいちばん好きな、ノエルの言葉。


◇◇◇



「ノエル、これ」


私は両手でお包みをぎゅっと差し出した。


「ーー、お誕生日プレゼント、なの」


ノエルの目がぱっ、と見開かれた。


「ーー、お前が?」


「うん、お母さんに教えてもらって、自分の手で初めて、焼いたクッキー」


「ーー、クッキー」


ノエルの青い瞳がまた、ちらっ、と揺れた。


「お星さまの形にしたの。ノエル、お星さま、好きでしょ?」


ノエルの目がもう一度、見開かれた。


──覚えていてくれた、と思っていなかったんだ。


いつか、ぽつりと教えてくれた、「夜が長くて、寂しいからお星さまを見るのが好き」、という、ちっちゃな本音。


私、ちゃんと覚えてたよ。


「リリィ」


ノエルの声がぐっと詰まった。


「ノエル、開けて、いい?」


「好きにしろ」


青いリボンをしゅっ、と解いて、白いレースをふわっ、と開いた。


いびつなお星さまたちがぬくぬくと現れた。


ノエルの青い瞳がじっとそのいびつなお星さまを見つめた。


それから──、両手で顔を覆ってしまった。


「ノ、ノエル?」


「ーー」


「どうしたの?」


「ーー、なんでもない」


両手の隙間からぽろり、と何か、光るものがこぼれた。


──ノエル、泣いてる?


◇◇◇



「ノエル、嫌だった?お星さま、変だった?」


「違う」


ノエルは両手を顔からそっと離した。


青い瞳は潤んでいた。


けれど、口元はいつものツンとした感じじゃ、なかった。


何か、深いところから震えるような表情。


「ーー、ぼくの誕生日にこんなこと生まれて、初めて、だ」


その言葉に私の胸もぎゅっと痛んだ。


十一年間、ノエルはずっと誰にもお祝いされない誕生日を過ごしてきた。


生まれた日がめでたい日じゃない、と扱われ続けた、ノエル。


──それは絶対、間違ってる。


「ノエル」


「何だ」


「ノエルが生まれてくれて、嬉しいよ」


ノエルの青い瞳がぱっ、と見開かれた。


「ーー、何を言って、いる」


「だって、ノエルが生まれてなかったら、私、森でノエルに会えなかった」


「ーー」


「ノエルが生まれてくれたから私、こんなに楽しい毎日が過ごせてる」


「ーー」


「だからノエルが十一年前の今日、生まれてきてくれて、ありがとう」


ノエルはもう一度、両手で顔を覆ってしまった。


肩がふるふる、震えていた。


◇◇◇



「ノエル、ひとつ、食べてみて」


「ーー」


ノエルはゆっくりと手を顔から離して、おそるおそる、いちばんちっちゃいお星さまをつまんだ。


おそるおそる、ひとくち、かじった。


さく、とちっちゃな音。


ノエルの動きがぴたっ、と止まった。


青い瞳がふわっ、と見開かれた。


口の中でゆっくり、噛んでいる。


──お母さんの「心のスパイス」がノエルにも届いた、のかな。


「どう?」


「別に」


「美味しい?」


「普通だ」


──、けれど。


ノエルの手はもう、二個目に伸びていた。


そして、三個目。


四個目。


「ノエル、ぜんぶ、食べてる」


「お前が食べろと言ったんだろう」


「うん、言った。えへへ」


──とその時。


扉の隙間からぼろっ、と涙を流す、セバスチャンの姿が見えた。


──セバスチャン、また、泣いている。


──十一年分の悔しさと嬉しさがいっぺんにこぼれてしまったみたいに。


◇◇◇



「ノエル」


「なんだ」


「明日からはお日様の時間がちょっとずつ、長くなっていくの」


「ーー、知っている」


「うん、ノエル、頭、いいから」


「当たり前だ」


「だから明日からはノエルの世界もちょっとずつ、明るくなっていくよ」


ノエルは何も答えなかった。


ただ、いびつなお星さまをもうひとつ、つまんで口に運んだ。


その青い瞳の奥にあった、十一年分の暗い夜がほんの少しだけ、薄れた気がした。


◇◇◇



帰り道。


雪はもう、本格的に降り始めていた。


私は空になった布をぎゅっと握りしめて、歩いた。


ノエル、私のいびつなお星さまをぜんぶ食べてくれた。


「別に」って、「普通だ」って、言いながら。


ひとつ、残らず。


──、ふふ。


──お年なんて、関係ない。


──ノエルはノエル。


──ちっちゃくても四つ年上でもぜんぶ、私の大切な、ノエル。


来年ももっともっと上手に焼こう。


再来年もそのまた、次の年もずっとずっと。


──ノエルのお誕生日が寂しい日じゃなくなる、までずっと。


雪がふわふわ、と頭に積もる。


──ノエルの十一歳のお誕生日に初雪。


──お空もお祝いしてくれている、みたい。



リリィ・ホーニング、七歳の冬。


呪われた男の子に薬草を運ぶ日々、約九ヶ月。


私の知らなかった、ノエルの本当のお年が明かされた日。


それでも何ひとつ変わらない、私とノエルの絆を初めての誕生日プレゼントで確かめ合った日。

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