第30話 ノエルが、私のお誕生日を、お祝いしてくれた日
六月、二十二日。
その日は一年でいちばん昼が長い日――夏至だった。
そして、私の七歳の誕生日。
朝、家族がささやかにお祝いしてくれた。
お母さんは私の大好きな、ベリーのパイを焼いてくれた。お父さんは大きな手で私の頭をくしゃっと撫でた。隣町から帰ってきていたお兄ちゃんは古い薬草図鑑を、「リリィの宝物に」とくれた。
「リリィ、七歳のお誕生日、おめでとう」
「えへへありがとう」
幸せで胸がいっぱいだった。
──さあ、今日もノエルのところへ行こう。
私はいつものように薬草籠を抱えて、家を出た。
ノエルには今日が私の誕生日だなんて、言っていない。
──だって、私はノエルが元気になるのを見ているだけで毎日、じゅうぶん、幸せだもの。
◇◇◇
ローゼンタール離宮の玄関でセバスチャンがなんだか、そわそわした顔で私を迎えた。
「リリィ様。本日は応接間にお通しいたします」
「えっ、応接間?」
「ええ。坊ちゃまがお待ちでございます」
セバスチャンの目尻が嬉しそうに下がっている。
──なんだろう。
首をかしげながら、応接間の扉を開けた。
そして――、息をのんだ。
◇◇◇
応接間の白いテーブルの上に。
青みがかった、薄いラベンダー色の薔薇がいっぱい、飾られていた。
あの青薔薇。
ノエルの瞳と同じ色の。
そして、その薔薇の真ん中にノエルが自分の足で立っていた。
両手に白いレースの包みを抱えて。
「ノエル……?」
「ーー、来たか」
ノエルの頬はもう、ほんのり、染まっていた。
「今日、お前の誕生日、なんだろう」
「えっ、なんで知ってるの!?」
「お前の母上がセバスチャンに教えたそうだ」
──お母さん。
──ノエルに教えてくれたんだ。
「ーー、お前はいつもぼくにいろいろ、くれる。薬草も絵本もクッキーも笑う理由も」
ノエルの声が少し、震えていた。
「だからたまにはぼくがお前に何か、したかった」
ノエルが白いレースの包みを私に差し出した。
「ーー、開けろ」
◇◇◇
震える指でリボンをほどいた。
中から出てきたのは――、押し花のしおり。
すずらん。忘れな草。たんぽぽ。すみれ。
いつか、お花屋のお姉さんがノエルにくれた、あの押し花たちが一枚の透き通ったしおりになっていた。
「これ、お花屋のお姉さんの押し花……」
「セバスチャンに手伝ってもらった」
ノエルがぷいっ、と顔を背けた。
「お前が本を読むとき、使えば、いい」
──、!
私の目からぼろり、と涙がこぼれた。
家族以外の人が私の誕生日をお祝いしてくれたのは。
私のために何かを作ってくれたのは。
ノエルが初めて、だった。
「ありがとう……ノエル、ありがとう……」
「な、泣くな」
ノエルが慌てて、言った。
「ぼくはお前を泣かせたくて、やったんじゃ、ない」
「うれし涙、だもん」
私はしおりを両手でぎゅっと胸に抱きしめた。
ずっとずっと大切にする。
世界でいちばんの宝物。
◇◇◇
窓の外では夏至の太陽がいっぱいに輝いていた。
一年でいちばん、長く、世界を照らす光。
その光が青薔薇をきらきらと照らしている。
「ノエル」
「なんだ」
「今日が私のいちばん幸せな、誕生日」
ノエルはしばらく、黙っていた。
それから青薔薇の向こうでぼそりと呟いた。
「ーー、お前はぼくの太陽だ」
「えっ?」
「ーー、なんでもない。忘れろ」
──ふふ。
──また、忘れろ。
──でも。
ノエルの青い瞳は夏至の光よりもまっすぐに私を見ていた。
その瞳の奥に隠しきれない、何かが灯っているのを私は確かに見た。
──ノエル。
──私もノエルが私の世界を照らしてくれる、光だよ。
そう、心の中でそっと返した。
リリィ・ホーニング、七歳になった、夏至の日。
呪われた男の子に薬草を運ぶ日々、約三ヶ月半。
ノエルが初めて、私のお誕生日をお祝いしてくれた日。
──一年でいちばん昼が長いこの日がなぜ、二人にとって特別なのか。その意味を私たちはまだ、知らない。




