第28話 夏の夜、ノエルと二人で星を見た日
初夏がいつのまにか、本格的な夏になっていた。
暑い、日射し。
蝉の声。
夕方の夕焼けが長く、続く。
◇◇◇
その日も私はローゼンタール離宮でノエルと過ごしていた。
いつもと違うのは夕方、お父さんが迎えに来なかったこと。
──、と思ったら、セバスチャンが嬉しそうに入ってきた。
「リリィ様、お父様から本日はこちらで星をお見せしたい、と」
「えっ、星?」
「坊ちゃまのご希望でして、お庭で夏の星をご覧になりたい、と」
──、!
──ノエル、お庭で星を見たい、って。
──初夏に見た、双子座、覚えてる。
──ふふ。
◇◇◇
お庭のベンチ。
ノエルと私は並んで座った。
夏の夜空。
星が初夏よりもっとたくさん。
「夏の星空はすごい」
「うん、夏の方が星がいっぱい見える」
「天の川、見えるか」
「うん、あれ」
私が空の白い、ぼんやりした川を指さした。
「本当に川みたい、だ」
「うん、織姫と彦星、見える?」
「ベガとアルタイル、だな」
「ベガ?アルタイル?」
「星の本当の名前」
「ふんふん、ノエル、いろいろ、知ってる」
「本ばかり、読んでいたから」
──ふふ。
──ノエル、十年間、本ばかり、読んでいた。
──外に出られないから。
──けれど、その知識が今、私と共有できる。
──嬉しい。
◇◇◇
──と。
ノエルがぼそりと呟いた。
「リリィ」
「うん?」
「毎晩、こうやって、星、見たい」
──、!
──ノエル、毎晩、私と星を見たい?
「えへへ毎晩は難しい、かも」
「わかっている」
「うん」
「でもぼくは毎晩、リリィのことを考える」
──、!!
──ノエル、毎晩、私のこと考えてくれる?
胸の奥が跳ねた。
「リリィ、ぼくは、ーー」
ノエルはまた、何か、言いかけて、やめた。
──また、忘れろ、って、言うの?
──いいよ、ノエル。
──私、待ってる。
けれど、今回はノエル、続けてくれた。
「ぼくはリリィ、特別だ」
──、!!
ノエルの青い瞳が星の光の中でまっすぐに私を見つめた。
「お前はぼくの特別な人」
──胸が爆発、しそう。
──ノエル、特別な人、って、何それ。
──私、嬉しすぎて、息、できない。
「ノエル、私もノエル、特別、です」
「ーー」
ノエルの頬がピンク色に染まった。
──とノエルが私の手を握った。
星空の下、ノエルの温かい手。
──ふふ。
──世界で一番、幸せな夜。
◇◇◇
夜風が優しく、二人を撫でた。
薔薇の香りがふわり、と漂った。
私たちはしばらく、無言で星空を見上げていた。
──とノエルがぼそりと呟いた。
「リリィ、夏の星座はいっぱい、ある」
「うん」
「明日も見たい」
「えへへ明日もお庭でお泊まり?」
「別にお泊まりしろ、と言ってない」
──ふふ。
──出た、別に。
──ノエル、また、本心、隠してる。
──けれど、私はもう、わかる。
──ノエル、私と毎晩、星を見たい。
──ふふ。
──と空にピカッ、と流れ星が走った。
「あっ、ノエル、流れ星」
「本当だ」
「願い事、する」
私はぎゅっと目を閉じた。
──ノエルの呪いが消えて、ノエルがずっとお元気でいられますように。
──私とずっとずっと一緒にいられますように。
目を開けたら、ノエルも目を閉じていた。
「ノエル、何、お願いしたの?」
「内緒だ」
「えっ、教えてー」
「内緒、と言った」
──ふふ。
──ノエル、何、お願いしたんだろう。
──いつか、教えてくれるかな。
──それまで待ってる。
リリィ・ホーニング、六歳の夏。
呪われた男の子に薬草を運ぶ日々、約三ヶ月。
ノエルと夏の星空を二人で見た、特別な夜。




