表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森で見つけた呪われ少年を看病していただけなのに、王太子殿下に溺愛されています  作者: 葉月晴子
第一章 呪われ少年と、ちっちゃな看病係

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/47

第3話 ノエル様の呪いが暴れた夜、私は本気で神様にお祈りしました

それから、何日か。


私は、毎日、ローゼンタール離宮へ通った。


雨の日も、風の日も、晴れの日も。


カゴに薬草を入れて、毛布を入れて、お母さんが焼いてくれた、ちっちゃな焼き菓子を入れて。


ノエル様は、相変わらず、ツンツンしていた。


「また、お前か」


「うん、また、私」


「本当に、毎日来るな」


「ふふ、来るよ」


──けれど。


私がほんの少し遅れて寝室に着いた日、扉を開けた途端、ノエル様と目が合うようになった。


最初の頃はぷいっと背を向けていたあの人が、いまでは、扉の方をじっと見つめて、待っている。


もちろん気づかれると、慌てて窓の方を向き直して、「たまたまだ」とか、「窓の外を、見ていただけだ」とか、ありもしない言い訳を、いそいそと並べる。


「あ、ノエル様、こっち見てた」


「見てない」


「ふふ」


「笑うな」


──ノエル様。


わかりやすい人だなぁ、と、私は心の中でこっそり思った。


◇◇◇



ある日、薬草を枕元に並べていたら、ノエル様が、ぼそりと言った。


「リリィ」


「うん?」


「これ」


差し出されたのは、ちっちゃな紙の包みだった。


「えっ、なに」


「別に、お前にやるわけじゃ、ない」


「いま、差し出したじゃない」


「お前が、勝手に受け取ったんだ」


「まだ、受け取ってない」


「いいから、受け取れ」


「ふふ」


包みを、そっと開いた。


中には、小さな押し花が、入っていた。


青い、忘れな草。


「わぁ、綺麗」


「庭に、咲いていた」


「お庭、出たの?」


「窓から、見えた、だけだ」


「セバスチャンに、摘んでもらったの?」


「自分で、摘んだ」


──後で、セバスチャンに、こっそり、聞いた。


ノエル様は、窓から身を乗り出して、自分で摘んだのだという。危ない、と止めたセバスチャンに、こう言ったのだそうだ。


『リリィに、渡すんだ。ぼくの、手で、摘まないと、意味が、ない』


──頬を、真っ赤にしながら。


その話を聞いたときの私の顔は、たぶん、忘れな草の青よりも、ずっと、別の色をしていたと思う。


◇◇◇



ノエル様は、たくさんの絵本を、知っていた。

(離宮の書庫に、こっそり読みに行っていたらしい)


私は、たくさんの花の名前を、知っていた。

(お母さんに、教えてもらった)


「ノエル様、絵本、読んで」


「誰が、読んでやるか」


「読んで読んで」


「……しょうがない奴だな」


そう、口では言いながら、ノエル様は、毎回、絵本を読んでくれた。


声は、ぼそぼそしていたし、聞き取りにくいところもあった。


それでも、ノエル様の声で聞くお話は、不思議な安心感があった。寝室の壁紙の模様が、その声と一緒に、ぼんやりと滲んでいく。お話の世界と、私たちのいる場所の境目が、なくなっていく。


私はお返しに、お母さんが歌ってくれる子守唄を、聞かせてあげた。


「リリィの、お母さん、すごい、ね」


「うふふ、自慢のお母さんだもん」


「ぼくにも、母上は、いる、けど」


「会えないの?」


「うん」


ノエル様は、目を伏せた。


「母上は、ずっと、お身体が、弱くて」


その声は、いつもよりずっと、子供らしい、寂しさを、含んでいた。


私は、何も言わずに、ノエル様の手を、握った。


最初の頃は氷みたいに冷たかった手は、いまでは、ほんのり温かい。


「触るな」


「やだ」


「お前は、本当に、強情だな」


「ふふ」


そう言いながらも、ノエル様の指は、私の指を、ぎゅっと、握り返していた。


◇◇◇



そんな日々が続いた、ある朝のこと。


離宮の門に着いた私は、すぐに、なにか様子がおかしいことに気づいた。


普段はしんとしている館の中から、慌ただしい足音と、誰かの呼ぶ声と、何かをひっくり返すような音が、絶え間なく漏れてくる。


「リリィ様」


セバスチャンが、玄関から、転がるように出てきた。


その顔が、私を見て、青ざめた。


「ど、どうしたの?」


「坊ちゃまが──」


セバスチャンの声が、震えていた。


「明け方から、お加減が、急に」


「具合が、悪いの?」


「お薬も、効きません。医師の方も、なすすべがないと」


──ぎゅっ、と、心臓が、痛んだ。


「ノエル様に、会わせて」


「リリィ様、坊ちゃまは今、お苦しみで──」


「だから、会わせて!」


私は、セバスチャンの手を振り解いて、走った。


廊下を曲がって、階段を駆け上がって、ノエル様の寝室の扉を、思いっきり、開けた。


◇◇◇



そこに、いた。


ベッドの上で、苦しそうに、もがいているノエル様。


最初に森で会った日よりも、もっと、青白い顔。


額にびっしりと張りついた、汗。


胸を押さえて、ひゅう、ひゅう、と呼吸を吐く、痩せた体。


「ノエル様!」


私は、転がるようにベッドに駆け寄った。


ノエル様の体は、燃えるように熱かった。


その青い瞳が、ふらり、と、私を見つけた。


その瞬間、その表情が、変わった。


「離れろ」


「ノエル様」


「聞こえないのか、離れろ、と、言っている」


ノエル様は、震える腕で、私を押し返そうとした。


けれど、その腕には、もう、力が入らなかった。


「リリィ……離れろ、ぼくに、近づくな」


「やだ」


「頼む、から」


「やだ」


「ぼくの、せいで、お前まで」


ノエル様の声は、ーー、いつものツンツンとは、まったく別の声だった。


本当に、心の底から、私を心配して、震えていた。


──ノエル様。


──こんなときまで。


──こんなに苦しい、ときでも、ーー、私の心配を、するの?


「やだ、ノエル様、やだやだ」


私は、思わず、ノエル様の上に、覆いかぶさった。


お母さんが、私が熱を出したときに、してくれたみたいに。


抱きしめて、抱きしめて、抱きしめて。


「大丈夫だよ、ノエル様、大丈夫」


「リリィ」


「私が、いるから」


「ばか、ーー、ばか、本当に、ばか」


ノエル様の、掠れた声が、私の名前を、何度も呼んだ。


「なんで、逃げない、んだ」


「だって、ノエル様が、苦しそうだもん」


「ぼくが、苦しいのは、お前に、関係、ない」


「あるよ」


「ない」


「あるよ!」


「ない、と、言って、いる」


──けれど。


ノエル様の指は、私の服の袖を、強く、強く、握り込んでいた。


もう、放さないで、と、言わんばかりに。


──ノエル様。


──本当の、本当に、いじっぱり。


私は、ノエル様の体を、もっと強く、抱きしめた。


──絶対に、離さない。


──絶対に、独りに、しない。


──だって、私が、約束したもの。


頬を、涙が、伝っていた。


「神様、お願い」


私は、生まれて初めて、本気で、神様に祈った。


「ノエル様を、助けて」


「お願い、お願い、お願い」


──その瞬間、だった。


体の奥の、もっと奥から、なにか、温かいものが、流れ出ていく感覚があった。


それは、光のような、水のような、よくわからない、不思議な感覚だった。


ーーでも、その時の私には、それが何なのか、考える余裕は、なかった。


私はただ、ノエル様を、ぎゅっと、抱きしめたまま、祈り続けた。


◇◇◇



どれくらい、時間が、経ったかは、わからない。


気がつくと、ノエル様の呼吸が、穏やかになっていた。


額に張りついていた汗が、引きはじめている。


震えも、収まっていた。


「リリィ……」


ノエル様が、ゆっくりと、目を開けた。


その青い瞳が、信じられない、というように、私を見つめた。


「ノエル様」


私は、もう一度、ぎゅっと、抱きしめた。


「よかった、よかった、本当に、よかった」


涙が、止まらなかった。


──そのときだった。


ノエル様の手が、ゆっくりと、私の背中に、回された。


初めて。


ノエル様から、抱きしめ返してくれた。


「リリィ」


「うん」


「ばか」


「うん」


「本当に、ばか」


声が、震えていた。


顔は、見えなかったけれど。


ーー、ノエル様、たぶん、泣いている。


「リリィ」


「うん?」


「ぼく、お前に、いて、ほしい」


「うん」


「けれど、ぼくの、近くに、いては、いけない」


「いいよ、私は、ここに、いる」


「ばか」


「うん、私、ばかだから」


ノエル様は、しばらく、何も言わなかった。


ただ、私の腕の中で、私の鼓動を聞いているように、じっと、していた。


そして、ぽつりと、呟いた。


「リリィ……君は」


「うん?」


「君は、まさか……」


声が、震えていた。


その目には、ーー、なにか、確信のようなものが、宿っていた。


「いや、なんでもない」


そう言って、ノエル様は、目を伏せた。


──私は、その時、何かが、おかしい、と思った。


ノエル様が、何かを、私について、気づいた──そんな、気がした。


でも、ノエル様は、それを、口にはしなかった。


代わりに、私の手を、握って、こう、言った。


「リリィ」


「うん?」


「ーー、ありがとう」


──え。


「いま、ノエル様、ありがとう、って言った?」


「言ってない」


「言った、絶対、言った」


「空耳だ」


「言ったってば」


「セバスチャンに告げ口したら、お前を、もう館に入れない」


「ひどい」


「もう、何も、言うな」


──けれど。


ノエル様の頬は、もう、青白くは、なかった。


ほんの少しだけ、ピンク色に、染まっていた。


「……君のお陰で、ぼくは、生きてる」


「ふふ、薬草のお陰、でしょ?」


「いや」


ノエル様の青い瞳が、私を、まっすぐ、見つめた。


「君自身の、お陰だ」


「えっ」


「忘れろ、今のは」


「やだ、覚えとく」


「忘れろ、と、言っている」


「絶対、覚えとくもん」


「ばか」


──、ふふ。


その言葉の意味は、まだ、わからなかった。


けれど、ノエル様の瞳には、私には到底わからない、なにか深いものが、揺れていた。


その日から、ノエル様が私を見る目が、少しだけ、変わったような気がした。


◇◇◇



寝室を出たところで、セバスチャンが、深く、頭を下げた。


「リリィ様、本当に、ありがとうございます」


「ううん、私、ノエル様に元気になってほしいって、祈っただけだよ」


「いいえ」


セバスチャンは、ゆっくり、首を振った。


「あの祈りは、ーー、普通では、ございません」


その目が、なにかを、悟ったように、揺れていた。


──でも、その意味も、私には、まだ、わからなかった。


◇◇◇



帰り際。


ノエル様が、ぼそりと、呟いた。


「リリィ」


「うん?」


「明日も、来るんだろう?」


──あれ。


いつもは「来るな」って、言うのに。


今日は──、ーー、「来るんだろう?」


「うん、来るよ」


「ふん」


「ノエル様?」


「別に」


「本当に、なんでもない?」


「別に」


──、ふふ。


ノエル様の耳は、また、ほんのり、赤くなっていた。


明日も、絶対、来よう。


絶対、絶対、絶対、来よう。



リリィ・ホーニング、六歳。


呪われた男の子に、毎日、薬草を運び続けて、一週間。


その日、私は、何も知らないまま、ノエル様の呪いを、ほんの少し、和らげていた。


それを知るのは、まだ、ずっとずっと、先のことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ