第27話 ノエルが、私の薬草籠を運んでくれた日
その日、ノエルが私のご両親に初めて、会う日だった。
ちょうどお兄ちゃんも隣町の学校から帰ってきていて、「ノエルの経過を診たい」と一緒に来てくれることになった。
私はいつもよりちょっと緊張していた。
「お父さん、お母さん、ノエル、ちゃんと優しい子だからね」
「ふふ、リリィ、わかってるわよ」
「ノエル様のお話、毎日、聞いてるからな」
「ぼくは前に一度、診ているけどね」
お兄ちゃんがふっと笑った。
──そうだった。お兄ちゃんは前にノエルを診てくれている。
──お父さんとお母さんは今日が初めまして。
──ふふ。
◇◇◇
ローゼンタール離宮の門の前。
セバスチャンが私たち家族を優しく、迎えてくれた。
「ホーニング家の皆様、ようこそ、お越しくださいました。エリック様もその節は」
「ご無沙汰しております」
お兄ちゃんが丁寧に頭を下げた。
「お世話になっております」
お父さんも続けて、頭を下げた。
「いえ、こちらこそ、リリィ様のお力で坊ちゃまは本当にお元気になられました」
セバスチャンの目がいつものように潤んでいた。
──お母さんもそれを見て、ちょっと感動していた。
「ノエル様、お会いするのが楽しみ、です」
◇◇◇
ノエルの寝室。
ノエルはベッドの上でぴしっ、と姿勢を正していた。
艶やかな黒髪に青いリボン。
お外用のちょっとおしゃれな、シャツ。
──ノエル、おしゃれしてくれてる。
──ふふ、緊張、してるんだろうな。
「ノエル、お父さんとお母さん、来てくれたよ。お兄ちゃんも」
「初めまして。……兄は久しぶり、だな」
ノエルがベッドから降りて、お父さんとお母さんに丁寧にお辞儀した。それからお兄ちゃんにもちょこんと頭を下げる。
──、!
──ノエル、お辞儀、できるんだ。
──当たり前なんだけれど、ちょっと感動。
「ノエル様、初めまして。リリィの母です」
「リリィの父、ジョン、です」
「ノエル、です」
ノエルは苗字を言わなかった。
──ノエル、自分の苗字、教えてくれないんだろうな。
──王家の秘密、だから。
──いいよ、ノエル。
──いつか、教えて。
それからノエルはお兄ちゃんにちらりと目をやった。
「兄もまた、来たのか」
「ふふ。ノエル様の経過が気になりまして」
◇◇◇
お父さんとお母さんはノエルと優しく、お話した。
お母さんが薬草の調合について、教えてくれた。
お父さんは薬草採集について、教えてくれた。
ノエルは目を輝かせて、聞いていた。
その間にお兄ちゃんがノエルの脈をそっと診た。
「前に診たときよりずっとお元気です。リリィの薬と毎日のおかげですね」
「……別に」
そう言いながら、ノエルの耳はほんのり、赤かった。
「お父さんとお母さんは薬草の専門家、なのですね」
「ふふ、専門家、と言うほどではないけれど」
「リリィのお父さんとお母さんは優しい、ご両親です」
ノエルがぼそりと付け加えた。
──、!
──ノエル、私のご両親のこと褒めてくれた。
──嬉しい。
──ノエル、いっぱい、頑張ってる。
◇◇◇
お別れの時間。
私たち家族が玄関でノエルとお別れしていた、その時。
ノエルがぼそりと呟いた。
「リリィ」
「うん?」
「お前の薬草籠、貸せ」
「えっ、薬草籠?」
「ぼくが運ぶ」
──、!
──ノエル、私の薬草籠を運んでくれる?
「館の門まで」
「うん、お願いします」
ノエルは私のちょっと重い薬草籠を両手でぎゅっと抱えた。
──ノエル、まだ、体力が完全に戻ってないのに。
──頑張ってくれてる。
ノエルは私の薬草籠を抱えて、ゆっくりと門まで歩いてくれた。
お父さんもお母さんもお兄ちゃんもノエルを優しく、見守っていた。
「ノエル様、本当に紳士、ですね」
お母さんがぼそりと囁いた。
「リリィ、いい子とお友達になれたな」
お父さんが私の頭を優しく、撫でた。
──ふふ。
──お父さん、お母さん、ノエル、気に入ってくれたみたい。
──嬉しい。
◇◇◇
門の前でノエルが私に薬草籠を返した。
「明日も来るのか」
「うん、来るよ」
「薬草籠、重いから軽くしてこい」
ふふ。
──ノエル、私の心配、してくれてる。
──けれど、運んでくれたノエル、可愛い。
「うふふ、軽くはできないけど、明日も頑張る」
「ぼくがまた、運ぶ」
「えへへありがとう」
──ふふ。
──ノエル、私のヒーロー。
──本当に可愛いヒーロー。
◇◇◇
帰り道、お母さんがぽつりと呟いた。
「ノエル様、リリィのことをすごく、大切に思ってるのね」
「えっ、そう?」
「ふふ、見ていれば、分かるわよ」
「リリィ、ノエル様のいちばんのお友達、ね」
お父さんがふっと笑った。
──ふふ。
──お父さん、お母さん、嬉しそう。
「うん、私、ノエルのいちばんのお友達」
「けれど、ノエル様、相当、リリィを頼りにしてるぞ」
──ふふ。
──お父さん、見抜いてる?
──いや、まあ、嬉しい、けど。
──ノエル、これからもいっぱい、元気になれるといいな。
──ノエルといつまでもお友達でいたい。
私の心にちっちゃな夢が芽生えた。
リリィ・ホーニング、六歳の初夏。
呪われた男の子に薬草を運ぶ日々、約二ヶ月と二週間半。
ノエルが私の薬草籠を運んでくれた、特別な日。




