第26話 ノエル様に「お父さん、お母さんに会いたい」と言ったら抱きしめてくださった日
ある日。
私がローゼンタール離宮に向かう途中、ふと寂しくなった。
最近、毎日、朝から夕方までノエルのところに通っている。
前は日中、お母さんと一緒に薬草を摘んだり、お薬を作ったり、していた。
それが最近はお母さんがひとりでやっている。
──私、ノエルにばかり夢中でお母さんのお手伝い、できてない。
──お母さん、ひとりで大変じゃないかな。
ちょっと胸がちくっ、と痛んだ。
◇◇◇
ローゼンタール離宮でノエルといつもの絵本タイム。
けれど、私の心は家族のことを考えていて、絵本に集中できなかった。
「リリィ」
「うん?」
「聞いてないだろう」
──、!
──ノエル、気付いた。
「ごめんね、ちょっとぼんやりしてた」
「何か、あったのか」
──ノエル、私の心配、してくれてる。
──私、嬉しい、けど、これ、言っていいのかな。
──ノエル、ご家族となかなか会えないんだもの。
──家族の話、するの悪いかも。
「なんでもない」
「嘘だな」
──、!
──ノエル、見抜かれた。
「リリィ」
「うん」
「ぼくに話してくれ」
──ノエル。
ノエルの青い瞳が私をまっすぐ、見つめた。
心配と優しさがにじんでいた。
私はぼそりと呟いた。
「最近、お母さんのお手伝い、できてなくて」
「ーー」
「前は日中、お母さんと一緒に薬草を摘んでたの」
「ーー」
「でも毎日、ここに来てるからお母さん、ひとりでお仕事してて」
「お母さん、寂しい思い、させてないかなって」
私はぽろっ、と涙がこぼれた。
「変なこと言って、ごめんね」
──ノエル。
──ご家族に会えないノエルの前でこんなこと言うなんて。
──私、最低、だ。
──と。
ノエルがベッドから立ち上がった。
そして、私をぎゅっと抱きしめてくれた。
──、!
ノエルの腕の中。
温かい。
優しい。
安心する。
「リリィ」
「うん」
「お前は家族を大切にするのは当たり前だ」
「けれど」
「毎日、ぼくに会いに来てくれるのも嬉しい」
「ーー」
「リリィ、ぼくのために家族を置いていく、必要はない」
──ノエル。
「ぼくのところにはたまにでいい」
──、!
──ノエル、こんなに優しいこと言ってくれるなんて。
──ノエル、自分の孤独より私の家族を優先してくれる。
涙が止まらなく、流れた。
「ノエル、ありがとう」
「別に」
──出た、別に。
けれど、ノエルの腕は私をぎゅっと強く、抱きしめ続けた。
──温かい。
──ノエル、優しい。
──私、ノエル、本当に大好き。
◇◇◇
しばらく、抱きしめたあと。
ノエルがぼそりと付け加えた。
「けれど」
「うん?」
「たまにでいい、と言ったけれど」
「うん」
「本当は毎日、来てほしい」
──ふふ。
──出た、ノエルの本心。
「えへへ毎日、来るもん」
「それなら、いい」
──ふふふ。
──ノエル、可愛い。
◇◇◇
私はノエルの腕の中からそっと離れた。
「ノエル、今日は早く、家に帰る」
「ーー」
「お父さん、お母さんに会いたい」
「わかった」
「今度のお休みの日にお父さんとお母さんと一緒に来てもいい?」
「ーー」
ノエルはしばらく、考えた。
「ーー」
「別にいい」
──、!
──ノエル、私のご両親に会ってくれる?
ノエル、十年間、自分のご両親にも会えなかったのに。
──私のご両親には会ってくれる。
──ノエル、私の家族を受け入れてくれる。
──嬉しい。
──本当に嬉しい。
◇◇◇
帰り道、私の足取りは軽かった。
ノエルの腕の温もりがまだ、残っていた。
──ノエル、私を抱きしめてくれた。
──初めて、自分から抱きしめてくれた。
──ふふ。
──思い出すたび、頬がゆるんじゃう。
家に戻るとお父さんとお母さんがいつもの笑顔で迎えてくれた。
「リリィ、お帰り」
「ただいま」
私は二人をぎゅっと抱きしめた。
「リリィ?」
「お父さん、お母さん、いつもありがとう」
「あら、リリィ、どうしたの」
「ノエルに家族を大切にしなさいって、言われた」
お母さんとお父さんが顔を見合わせた。
そして、ふっと優しく、微笑んだ。
「ノエル様、優しい、子ね」
「うん」
「ぜひ、今度のお休みの日にお父さんとご一緒にノエル様へご挨拶させてね」
「うん、お母さん」
──ふふ。
──お休みの日にノエルとお母さん、お父さん、お会いする。
──楽しみ。
リリィ・ホーニング、六歳の初夏。
呪われた男の子に薬草を運ぶ日々、約二ヶ月半。
ノエルが初めて、自分から私を抱きしめてくれた、特別な日。




