第23話 ノエルと、おそろいの青いリボンを結んだ日
星を見たあの夜から、ずっと考えていたことがあった。
ノエルの瞳の、あの星空みたいな青。
あの色を、ノエルにあげたい。
私はお母さんからもらったお小遣いを握りしめて、村の雑貨屋さんに走った。
貯めていた、お小遣い。
今日、ぜんぶ、使う。
雑貨屋のおばさんがにっこり笑って、迎えてくれた。
「あら、リリィちゃん、いらっしゃい。今日は何を買いに来たの?」
「あのね、青いリボン、二本ほしいの」
「二本?」
「うん、おそろい」
えへへ。
おそろい、って言うのなんだか、すっごく、嬉しい。
おばさんは棚から青いリボンの束を取り出してくれた。
色とりどりの青。
空色、水色、藍色、群青──。
どれがいいかな。
ノエルの青い瞳と同じ色。
星屑の散ったような、深い青。
私はいちばん深い青のリボンを二本、選んだ。
「おばさん、これ、ふたつ、ください」
「ふふ、お友達とおそろいかしら?」
「うん、おともだち」
ふふ。
ノエル、お友達じゃないって、言ってたけど。
今日のはお友達じゃなくて、もっと特別な、おそろい、なんだもん。
おばさんが二本のリボンを白い紙でくるくる、と包んでくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、おばさん」
私はちっちゃな包みを胸に抱えて、ローゼンタール離宮へ向かった。
◇◇◇
ローゼンタール離宮でノエルの髪を梳く時間。
最近はすっかり毎日の習慣になった。
「ノエル、見て見て、これ」
「何だ」
「綺麗な青いリボン、見つけたの。ノエルに似合うと思って」
ふふ。
自慢気にちょっとだけ、胸を張る。
ノエルの青い瞳がリボンをじっと見つめた。
「……」
「ノエルの髪に合うかなって」
「男にリボンをつける奴があるか」
ふふ。
出た、男の子っぽい、プライド。
「えへへ後ろの髪を束ねるだけなら、いい?」
「……」
ノエルはしばらく、黙って、ぼそりとつぶやいた。
「リリィがつけたいと言うなら」
……!
ノエル、自分から許可をくれた。
「うん、ありがとう。それからね、もうひとつ、あるの」
私は包みからもう一本の青いリボンを取り出した。
「これは私の。おそろい、なの」
ノエルの青い瞳がぱちっ、と見開かれた。
「……おそろい?」
「うん。ノエルの青い瞳の色を選んだの。だから二本」
ノエル、黙ったまま、リボンを見つめている。
青い瞳がふっと揺れた、気がした。
「……変な、奴」
ふふ。
出た、ノエルのいちばん優しい、褒め言葉。
◇◇◇
私はいつものようにノエルの後ろに座って、髪を梳いた。
しゅるり、しゅるり。
艶やかな黒髪が絹のように滑る。
そして、後ろの髪をちょっとだけ束ねて、青いリボンで結んだ。
わぁ。
ノエルの黒髪に青いリボン、ぴったり。
星屑の散ったような、青い瞳と同じ色。
「ノエル、似合うよ」
「見てみる」
ノエルはベッドの脇の鏡をちらっと見た。
頬がピンク色に染まった。
「悪くない」
……!
悪くない、って。
これは絶対、気に入った、ってこと。
ふふ。
そして、私も自分の髪をちょこんともう一本のリボンで束ねた。
「ノエル、見て見て、私も」
ノエルがちらっ、と私を見た。
青い瞳がふっと細められた。
「……似合っている」
……!
ノエル、私のこと似合うって、言ってくれた。
ふふ、ふふ、ふふ。
「えへへおそろい、嬉しい」
「……」
ノエルはぷいっ、と顔を背けた。
けれど、耳がまた、真っ赤になっていた。
「ノエル、今日はこれでお庭、行こう」
「わかった」
ふふ。
ノエル、可愛い。
◇◇◇
お庭で薔薇の前に立つ、ノエル。
艶やかな黒髪に青いリボン。
初夏の陽射しで髪が輝いていた。
私の蜂蜜色の髪にも同じ青いリボン。
そこへセバスチャンがお庭に出てきた。
ノエルの姿を見て、ぴたり、と足を止めた。
「坊ちゃま、ーー」
セバスチャンが口を開けたまま、固まった。
また、泣くの?
いや、今回は感動の別バージョン?
「坊ちゃま、こんなにお美しいお姿、初めて、拝見いたします」
セバスチャンの目からぼろぼろ、と涙がこぼれた。
「それからリリィ様もおそろいの青いリボン。なんと可愛らしい」
やっぱり、泣いた。
セバスチャン、泣きすぎ。
「セバスチャン、うるさい」
ノエルがぷいっ、と顔を背けた。
けれど、耳がまた、真っ赤になっていた。
ふふ。
ノエル、嬉しいんだろうな。
自分がお美しい、って、初めて聞いたのかも。
ノエル、ずっと寝室にいたから自分がこんなに絶世の美貌だって、知らないのかもしれない。
◇◇◇
帰り道。
私は髪に結んだ青いリボンをそっと撫でた。
夕焼けの中で、青がやさしく揺れた。
ノエルとお揃いの、青いリボン。
ふふ。
振り返ると二階の窓にノエルの影が見えた。
ノエルの髪に青いリボンがまだ、結ばれていた。
リリィ・ホーニング、六歳の初夏。
呪われた男の子に薬草を運ぶ日々、二ヶ月と数日。
ノエルの黒髪に初めて、リボンを試した、特別な日。




