第23話 ノエル様の艶やかな黒髪に、初めてリボンを試した日
ある日、私は、お母さんからもらったお小遣いを握りしめて、村の雑貨屋さんに走った。
──、貯めていた、お小遣い。
──今日、ぜんぶ、使う。
雑貨屋のおばさんが、にっこり笑って、迎えてくれた。
「あら、リリィちゃん、いらっしゃい。今日は、何を買いに来たの?」
「あのね、青いリボン、二本ほしいの」
「二本?」
「うん、おそろい」
──、えへへ。
──おそろい、って言うの、なんだか、すっごく、嬉しい。
おばさんは、棚から、青いリボンの束を、取り出してくれた。
色とりどりの、青。
空色、水色、藍色、群青──。
──どれが、いいかな。
──ノエルの、青い瞳と、同じ色。
──星屑の散ったような、深い青。
私は、いちばん深い青のリボンを、二本、選んだ。
「おばさん、これ、ふたつ、ください」
「ふふ、お友達と、おそろいかしら?」
「うん、おともだち」
──ふふ。
──ノエル、お友達じゃないって、言ってたけど。
──今日のは、お友達じゃなくて、もっと、特別な、おそろい、なんだもん。
おばさんが、二本のリボンを、白い紙で、くるくる、と包んでくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、おばさん」
私は、ちっちゃな包みを、胸に抱えて、ローゼンタール離宮へ向かった。
◇◇◇
ローゼンタール離宮で、ノエルの髪を梳く時間。
最近は、すっかり毎日の習慣に、なった。
「ノエル、見て見て、これ」
「何だ」
「青いリボン、買ってきたの。私のお小遣いで」
──ふふ。
──自慢気に、ちょっとだけ、胸を張る。
ノエルの青い瞳が、リボンを、じっと、見つめた。
「ーー」
「ノエルの髪に、合うかなって」
「男に、リボンをつける奴があるか」
──ふふ。
──出た、男の子っぽい、プライド。
「えへへ、後ろの髪を束ねるだけなら、いい?」
「ーー」
ノエルは、しばらく、黙って、ぼそりと、つぶやいた。
「リリィが、つけたいと言うなら」
──、!
──ノエル、自分から、許可をくれた。
「うん、ありがとう。それからね、もうひとつ、あるの」
私は、包みから、もう一本の青いリボンを、取り出した。
「これは、私の。おそろい、なの」
ノエルの青い瞳が、ぱちっ、と、見開かれた。
「ーー、おそろい?」
「うん。ノエルの、青い瞳の色を、選んだの。だから、二本」
ノエル、黙ったまま、リボンを見つめている。
青い瞳が、ふっ、と揺れた、気がした。
「ーー、変な、奴」
──ふふ。
──出た、ノエルの、いちばん優しい、褒め言葉。
◇◇◇
私はいつものように、ノエルの後ろに座って、髪を梳いた。
しゅるり、しゅるり。
艶やかな黒髪が、絹のように、滑る。
そして、後ろの髪をちょっとだけ束ねて、青いリボンで、結んだ。
──わぁ。
──ノエルの黒髪に、青いリボン、ぴったり。
──星屑の散ったような、青い瞳と、同じ色。
「ノエル、似合うよ」
「見てみる」
ノエルは、ベッドの脇の鏡を、ちらっと、見た。
頬が、ピンク色に、染まった。
「悪くない」
──、!
──悪くない、って。
──これは、絶対、気に入った、ってこと。
ふふ。
そして、私も、自分の髪を、ちょこんと、もう一本のリボンで、束ねた。
「ノエル、見て見て、私も」
ノエルが、ちらっ、と、私を見た。
青い瞳が、ふっ、と、細められた。
「ーー、似合っている」
──、!
──ノエル、私のこと、似合うって、言ってくれた。
──ふふ、ふふ、ふふ。
「えへへ、おそろい、嬉しい」
「ーー」
ノエルは、ぷいっ、と、顔を背けた。
けれど、耳がまた、真っ赤になっていた。
「ノエル、今日はこれで、お庭、行こう」
「わかった」
──ふふ。
──ノエル、可愛い。
◇◇◇
お庭で、薔薇の前に立つ、ノエル。
艶やかな黒髪に、青いリボン。
初夏の陽射しで、髪が、輝いていた。
私の蜂蜜色の髪にも、同じ青いリボン。
そこへ、セバスチャンが、お庭に出てきた。
ノエルの姿を見て、ぴたり、と、足を止めた。
「坊ちゃま、ーー」
セバスチャンが、口を開けたまま、固まった。
──また、泣くの?
──いや、今回は、感動の別バージョン?
「坊ちゃま、こんなにお美しいお姿、初めて、拝見いたします」
セバスチャンの目から、ぼろぼろ、と、涙がこぼれた。
「それから、リリィ様も、おそろいの青いリボン。なんと、可愛らしい」
──やっぱり、泣いた。
──セバスチャン、泣きすぎ。
「セバスチャン、うるさい」
ノエルが、ぷいっ、と、顔を背けた。
けれど、耳がまた、真っ赤になっていた。
──ふふ。
──ノエル、嬉しいんだろうな。
──自分がお美しい、って、初めて聞いたのかも。
ノエル、ずっと寝室にいたから、自分がこんなに、絶世の美貌だって、知らないのかもしれない。
◇◇◇
帰り際。
ノエルが、私の手に、何か小さなものを、握らせた。
「えっ、ノエル、何?」
「別に」
ノエルは、ぷいっ、と、顔を背けた。
私は、手を開いた。
小さな銀色の、髪留め。
青い宝石が、星のように、輝いていた。
「ノエル、これ」
「ぼくの、母上が贈ってくれたもの」
「えっ」
「リリィに、つけて、欲しい」
──、!
──ノエル、お母様の贈り物を、私に?
──それは、すごい、大事なものでは。
「ノエル、こんな大事なもの、ーー」
「お前が、つけてくれたら、嬉しい」
──ノエル。
私は、髪留めを、両手で、ぎゅっ、と、握った。
「うん、絶対、つける。毎日、つける」
「毎日は、要らない」
「えへへ、つけるもん」
「ーー」
ふふ。
ノエルの頬が、また、真っ赤になっていた。
──青いリボンに、青い宝石の髪留め。
──もう、お揃いどころか、二倍の、おそろい。
◇◇◇
帰り道。
私は、銀色の髪留めを、青いリボンの隣に、ちょこん、と、つけた。
青い宝石が、夕焼けの中で、輝いた。
──ノエルと、お揃い。
──青いリボン、青い宝石。
──ふふ。
振り返ると、二階の窓に、ノエルの影が、見えた。
ノエルの髪に、青いリボンが、まだ、結ばれていた。
リリィ・ホーニング、六歳の初夏。
呪われた男の子に、薬草を運ぶ日々、二ヶ月と数日。
ノエルの黒髪に、初めて、リボンを試した、特別な日。




