第24話 ノエルが、お母さんの不格好クッキーで、何度も笑ってくださった日
その日、私はちょっと、変なものを持って、ローゼンタール離宮に、向かった。
お母さんが焼いてくれた、変な形のクッキー。
小さなお花の形。
小さなハートの形。
小さな星の形。
小さな、なんだろう、これは何の形?
「お母さん、これ、何?」
「ふふ、リリィが好きな薬草、なの」
「えっ、薬草?」
「カモミールのお花を、模したつもり、だったの」
お母さんは、笑いながら、認めた。
「上手くできなかったけれど、味は、美味しいわよ」
──ふふふ。
──お母さん、可愛い。
──これ、ノエル、見て、笑ってくれるかな。
◇◇◇
ローゼンタール離宮で、ノエルに、クッキーを見せた。
「ノエル、お母さんが、クッキー、焼いてくれたの」
「ふん」
「これ、可愛いでしょー」
私は、お花の形のクッキーを、見せた。
「悪くない」
「これは、ハートの形」
「ーー」
「これは、星」
「ーー」
「これは、何の形だと思う?」
私が、変な形のクッキーを、見せた。
ノエルは、じっと、見つめた。
「何だ、これは」
「えへへ、当ててみて」
「ーー」
ノエルは、しばらく、考えた。
「犬」
「ぶー」
「猫」
「ぶー」
「熊」
「ぶーぶー」
「お前の、お母さんの、手の形」
──、ぶは。
私は、思わず、噴き出した。
「ノエル、それは違うけど、その発想、ーー」
「では、何だ」
「カモミールのお花、らしい、よ」
「見えない」
「私も、思った」
──そのとき。
ノエルの唇が、ふっ、と、上がった。
──、!
──ノエル、笑った?
──笑った。
──ノエル、笑顔。
ノエルの青い瞳が、優しく、細められた。
「お前の、お母さんは、芸術家、なのか」
「うふふ、お母さん、料理は上手なのに、お菓子は、苦手なんだって」
「味は、どうだ」
「美味しいって」
「なら、いい」
ノエルの唇が、また、ふっと、上がった。
──ふふ。
──ノエル、今日、笑顔、たくさん、見せてくれる。
──世界一、嬉しい。
◇◇◇
クッキーを、二人で、食べた。
ノエルは、変な形のカモミール風クッキーを、躊躇いながら、口に入れた。
こり、こり。
「確かに、美味しい」
「うふふ、お母さん、料理は、上手なの」
「お前は、お菓子は、作るのか」
「えっ、私?私は、まだ、作ったこと、ないの」
「ーー」
「でも、ノエルのために、作って、みようかな」
「ーー」
ノエルが、ぼそりと、付け加えた。
「お前の作った、お菓子、ーー、食べて、みたい」
──、!
──ノエル、私のお菓子、食べたいって?
「うん、絶対、作る」
「不格好でも、いいぞ」
「えっ、ノエルの、優しさ?」
「お前のお母さんのクッキーが、不格好だったから、お前のも、たぶん、ーー」
──、ぶは。
私は、また、噴き出した。
「何が、おかしい」
「ノエル、それ、私への優しさ?」
「現実を、見ているだけだ」
──ふふ、ふふふ。
──ノエル、ストレートすぎ。
──けれど、嬉しい。
その時、ノエルの唇が、また、ふっと、上がった。
──ノエル、いっぱい、笑顔を、見せてくれた日。
──ふふ。
◇◇◇
帰り際、私が扉に向かおうとした、その時。
ノエルが、ぼそりと、つぶやいた。
「リリィ」
「うん?」
「また、お前のお母さんのクッキー、持って来てくれ」
「うふふ、お母さんの、変な形でも?」
「変な形が、いい」
──ふふ。
──ノエル、お母さんのクッキー、気に入った?
──いや、笑えるから、気に入ったのかな。
──可愛い、ノエル。
リリィ・ホーニング、六歳の初夏。
呪われた男の子に、薬草を運ぶ日々、二ヶ月と一週間。
ノエルが、お母さんの不格好クッキーで、何度も笑ってくれた日。




