第21話 ノエルが、星座を教えてくれた夜
その日、私はいつもより遅い時間まで、ローゼンタール離宮にいた。
お母さんが、夜に効く薬草を、調合してくれたから。
「寝る前に飲ませると、よく眠れるわよ」って。
ノエル、最近、夜眠れないって、セバスチャンが教えてくれた。
だから、夕方に届けに来たんだ。
◇◇◇
「ノエル、お母さんが、夜眠れる薬草を、作ってくれたよ」
「ふん」
「飲んでみて」
ノエルは、いつもの竹の水筒を、両手で包み込んだ。
そっと、口元に運ぶ。
こく、こく、と、小さな喉が、上下した。
「リリィ」
「うん?」
「もう、暗いぞ」
ノエルの指が、窓の外を、指さした。
──あ、本当だ。
空が、もう、紺色に染まっていた。
窓の向こうに、星が、ぽつ、ぽつ、と、瞬き始めていた。
「お父さん、お母さん、心配するかな」
「セバスチャンに、伝言を出してもらう」
「うん、ありがとう」
◇◇◇
セバスチャンが、村に伝言を届けに行っている間。
私とノエルは、寝室の大きな窓の前に、並んで立っていた。
夜空。
数え切れない星。
村でも、星は見えるけれど、こちらの空は、なぜか、もっと深く見えた。
「ノエル、星、綺麗だね」
「ふん」
「夜空、よくご覧になるの?」
「外には、出られないから」
──、ああ。
──ノエル、いつも、お一人で、窓越しに夜空を見てるんだ。
胸の奥が、ぎゅっ、と、なった。
「けれど」
ノエルが、ぼそっと、続けた。
「星座は、ぼく、覚えた」
「えっ、星座?」
「本で、勉強した」
──、!
──ノエル、星座、ご存知なんだ。
ノエルの細い指が、窓ガラスに、線を描いた。
「あれが、北斗七星」
「うん」
「ひしゃくの形を、している」
「あ、ほんとだ、ひしゃく」
私の声に、ノエルの口元が、ほんの少しだけ、緩んだ。
「それから」
ノエルの指が、また、空を辿る。
「夏の大三角形」
「織姫と、彦星」
「白鳥座。はくちょう、と読む」
──、わぁ。
──ノエル、いっぱい、ご存知。
「ノエル、すごい」
「別に」
──ふふ。
──出た、別に。
でも、ノエルの、ガラスに映った横顔が、いつもよりずっと、嬉しそうだった。
──ノエル、ほんとは、私に教えたかったんだ。
──たくさん覚えた、星座のこと。
◇◇◇
「リリィ」
「うん」
「ぼくの、いちばん好きな星座が、ある」
「えっ、どれ?」
「あれ」
ノエルの指が、低い空の、二つ並んだ明るい星を、指さした。
「双子座」
──、ふたござ。
「ぼくは、双子じゃ、ないけれど」
「うん」
「ぼくと、リリィが、ーー、双子のように、いつも、一緒に、いられたら、いいな、って」
──、!
胸の奥が、きゅん、と、しめつけられた。
頬が、じわり、と、温かくなる。
──ノエル、私と双子のように、いつも一緒に?
「ノエル、私たち、双子じゃないけれど」
「ーー」
「いつも、一緒に、いられるよ」
「ーー」
「私が、毎日、こちらにお邪魔するもん」
「ーー、約束だ」
「うん、約束」
私は、ノエルの小指に、自分の小指を、絡めた。
──指切り。
「ゆーびきり、げーんまん」
「お前、いつも、これをする」
「うふふ、約束の時の儀式、なの」
「ふん」
ノエルの頬が、ほんのり、ピンク色に染まっていた。
◇◇◇
セバスチャンが、戻っていらした。
「リリィ様、ご両親様に、お伝えして参りました」
「ありがとう、セバスチャン」
「お父様より、本日は、ローゼンタール離宮に、お泊まりください、と」
──、え。
──お泊まり?
──ノエルのお家に?
胸の奥で、何かが、ぱたぱたと、はばたいた。
ノエルも、ぼそりと、つぶやいた。
「リリィ、いるのか」
「うん、いるよ」
「ーー」
ノエルの頬が、もう、真っ赤になっていた。
──ふふ。
──可愛い、ノエル。
◇◇◇
その夜。
私は、ノエルの寝室のお隣の客室に、寝かせてもらった。
ふかふかの白いシーツ。
枕もお布団も、ふんわりと、雲みたい。
──、けれど。
──なかなか、眠れなかった。
星空が、窓の外で、きらきらと、瞬いていて。
ノエルの声が、頭の中で、ぐるぐると、回っていて。
──双子座。
──いつも、一緒に。
──ふふ。
──ノエル、私と、いつまでも一緒に、いたいんだ。
──私も、同じ気持ち。
ノエルのお寝室のドアの向こうから、すうすう、と、寝息が聞こえる。
お母さんの薬草、ちゃんと、効いたみたい。
──よかった。
──おやすみ、ノエル。
──また、明日ね。
リリィ・ホーニング、六歳の春の終わり。
呪われた男の子に、薬草を運ぶ日々、約一ヶ月半。
ノエルが、私に、星座を教えてくださった、特別な夜。




