第16話 お庭の薔薇を、お部屋に飾った日
ある朝。
ローゼンタール離宮の、玄関で、セバスチャン老執事が、いつもと、ちょっと、違う顔で、私を、迎えてくれた。
「リリィ様」
「セバスチャン、おはよう!」
「本日は、ご相談が、ございまして」
ーー、!
相談?
セバスチャンが、私に、相談?
私の、目が、ぱちっ、と、見開かれた。
「お庭の、薔薇園が、ちょうど、見頃を、迎えて、おりまして」
「えっ、薔薇園、あるの?」
「はい、ローゼンタール離宮は、薔薇で、有名な、お屋敷で、ございます」
ーー、!
知らなかった。
私は、いつも、ノエル様の、お部屋に、まっすぐ、向かって、いたから、お庭まで、見たこと、なかった。
「ノエル様は、ご病気で、長年、お庭に、出ることが、できませんでした」
セバスチャンの、目が、ふっ、と、優しく、なった。
「けれども、リリィ様が、来てくださってから、ノエル様は、お元気に、なられて、立ち上がれる、ように、なられました」
「まだ、お外までは、難しいですが、お部屋に、薔薇を、飾れば、ノエル様も、お喜びに、なるのでは、と」
ーー、!
いいアイデア!
私の、目が、きらっ、と、輝いた。
「うん!ノエル様、絶対、喜ぶよ!」
「リリィ様、お手数ですが、ご一緒に、お庭で、薔薇を、お選び、いただけますか」
「もちろん!」
ーー。
ーーー。
セバスチャンが、私を、お庭へ、案内してくれた。
離宮の、奥の方。
白い、石畳の、小道の、向こうに、信じられない、ぐらい、見事な、薔薇園が、広がって、いた。
ーー、!
わぁ。
わぁ、わぁ、わぁ。
薔薇、薔薇、薔薇。
赤い薔薇、白い薔薇、ピンクの薔薇、黄色の薔薇。
信じられない、色の、薔薇まで、咲き乱れて、いる。
空気が、薔薇の、甘い、香りで、いっぱい。
こんなに、綺麗な、お庭、見たこと、ない。
「セバスチャン、すごい!」
「ふふ、お喜び、いただけて、何より、で、ございます」
セバスチャンは、優しく、笑った。
「ローゼンタール離宮は、薔薇の名所、として、有名な、お屋敷で、ございます」
「私が、毎日、お手入れを、して、おります」
「セバスチャン、すごい!」
セバスチャンの、目が、ふっ、と、優しく、潤んだ。
「ノエル様の、お母様が、特に、お好きで、ございました」
ーー、!
ノエル様の、お母様。
どんな、人、だったんだろう。
ノエル様、貴族の、お家の、お子様、なんだろうな、ぐらいの、認識の、私。
きっと、優しい、お母様、だったんだろうな。
ーー。
ーーー。
「リリィ様、どの薔薇を、お選びになりますか」
「えっと、ノエル様には、どの色が、似合うかな」
私は、薔薇園を、ぐるぐる、と、見て、回った。
赤い薔薇、情熱的で、ノエル様には、ちょっと、強すぎるかな。
白い薔薇、純粋で、似合うかも。
ピンクの薔薇、可愛らしくて、ノエル様には、ちょっと、可愛すぎる。
黄色の薔薇、明るくて、ノエル様の、お部屋に、置いたら、明るく、なりそう。
と。
私の、目が、ある、薔薇に、止まった。
青みがかった、薄いラベンダー色の、薔薇。
信じられない、色。
まるで、ノエル様の、青い瞳と、同じ色。
「セバスチャン、これ!」
「ああ、青薔薇、で、ございますか」
「青薔薇?」
「はい、たいへん、珍しい、薔薇で、ございます」
「ノエル様の、お母様が、特に、お好きでした」
ーー、!
お母様の、お気に入り?
私の、目が、ぴかっ、と、輝いた。
「これ、これ、ノエル様の、お部屋に、飾りたい!」
「ふふ、リリィ様の、お目は、たいへん、お確かでございますな」
セバスチャンは、慎重に、青薔薇を、数本、切ってくれた。
白い、絹のリボンで、結んで、私に、渡してくれた。
「ノエル様に、お渡し、なされませ」
「うん!」
ーー。
ーーー。
私は、青薔薇の、花束を、両手で、抱えて、ノエル様の、お部屋に、向かった。
わくわく。
ノエル様、何て、言うかな。
お部屋の、扉を、こんこん、と、ノックした。
「ノエル様!」
「入れ」
ノエル様の、声。
いつもの、低い、声。
私は、ぱっ、と、扉を、開けた。
「ノエル様、見て、見て!」
ノエル様が、ベッドの上で、本を、読んで、いた。
私の、抱えた、花束を、見て、青い瞳が、ふっ、と、見開かれた。
「それは」
「青薔薇、だよ!お庭で、咲いてたの!」
ノエル様の、唇が、震えた。
「青薔薇」
ノエル様の、声が、震えて、いる。
「お母様が、お好きだった」
「うん、セバスチャンが、教えてくれた!」
ノエル様の、青い瞳が、ふっ、と、潤んだ。
長い、まつ毛が、震えた。
「お母様は、ぼくが、生まれてすぐ、長い、眠りに、ついた」
「ご病気で、ずっと、目覚めない」
「ぼくは、お母様を、知らない」
ーー、!
ノエル様の、お母様、長い眠り?
ノエル様、お母様を、知らない?
私の、心が、ぎゅっ、と、痛んだ。
私には、お母さんが、毎日、抱きしめてくれて、お料理を、作ってくれて、薬草を、教えてくれて、いるのに。
ノエル様は、お母様を、知らないまま、こんなに、大きく、なった。
私の、目に、涙が、ぽろっ、と、にじんだ。
「ノエル様」
「なんだ」
「私の、お母さんが、ノエル様の、お母さんに、なってあげる、ことは、できない、けど」
「私が、ノエル様の、ずっと、お友達で、いる、よ」
「ノエル様の、お母様の、青薔薇、ずっと、お部屋に、飾る、よ」
ノエル様の、青い瞳から、ぽろり、と、涙が、こぼれた。
ノエル様、初めて、私の前で、泣いた。
「リリィ」
ノエル様の、声が、震えて、いる。
「ありがとう」
ノエル様の、温かい手が、私の手を、ぎゅっ、と、握った。
私も、握り返した。
強く、強く。
ノエル様を、ぜったい、ぜったい、独りに、しない。
私が、お友達で、いる。
ずっと、ずっと。
ノエル様の、心が、温かく、なる、まで。
ノエル様が、自分は、独りじゃない、って、わかってくれる、まで。
ーー。
ーーー。
青薔薇は、ガラスの花瓶に、活けて、ベッドサイドの、テーブルに、飾った。
ノエル様の、お部屋に、ふわっ、と、薔薇の香りが、広がった。
ノエル様の、青い瞳が、ふっ、と、優しく、なった。
「いい、香りだ」
「うん!」
「お母様も、こんな、香りを、嗅いで、いたのかな」
ノエル様の、声に、初めて、お母様のことを、想う、響きが、混じった。
私の、心が、ぽかぽか、と、温まった。
ノエル様、いつか、お母様と、会えると、いいな。
お母様が、目を、覚まして、ノエル様を、抱きしめて、くれる日が、来ると、いいな。
私は、心の中で、神様に、お祈りした。
神様、神様、お願いします。
ノエル様の、お母様を、目覚めさせて、ください。
ノエル様が、お母様に、会える日を、くださいませ。
私は、まだ、知らなかった。
その、心からの、祈りが、いつか、本当に、神様に、届く、日が、来ることを。
ーーリリィ・ホーニング、六歳の春。
ーー呪われた男の子に、薬草を、運ぶ日々の、約三週間半。
——、お庭の薔薇を、ノエル様のお部屋に、飾った、日。




