第14話 お父さんがノエル様に水筒を贈ってくれた日
ある夕食の時。
お父さんが、ふと、口を開いた。
「リリィ」
「うん?」
「ノエル様は、毎日、薬草茶を飲んでくださるんだろう」
「うん、毎日」
お父さんは、ふむ、と頷いた。
「お母さんが、心を込めて煮出してくれている、そのお茶。リリィが運んでいる籠のお鍋では、ちょっと、冷めるんじゃないか?」
──確かに。
私が運んでいる間に、お茶は、ぬるくなっていた。
いつも、ノエル様が飲む頃には、ちょうど、よい温度だけれど、本当は、もう少し、温かい方が、いいかもしれない。
お父さんは、にこっ、と笑った。
「お父さん、ちょっと、考えがあってな」
「なになに?」
「明日、リリィに、見せたいものがある」
お父さんの目が、いたずらっ子みたいに、輝いていた。
──なんだろう。
──お父さん、何か、作ってる?
──わくわく。
◇◇◇
翌朝。
私が、薬草の籠を抱えて、玄関に向かおうとしたら、お父さんが、何か持って、現れた。
「リリィ」
「うん?」
「これを、ノエル様に、お渡ししなさい」
差し出されたもの。
──、!
銀色の、綺麗な、水筒。
小さくて、丸くて、子供の両手で、ちょうど、収まるサイズ。
表面には、小さなお花の模様が、彫ってあった。
可愛い。
すっごく、可愛い。
「お父さん、これ、自分で、作ったの?」
「まあな」
お父さんが、照れたように、頬を掻いた。
お父さんは、村の鍛冶屋さんで、たまに、お手伝いをしていた。
けれど、こんなに繊細なものが、作れるなんて、知らなかった。
お母さんが、横で、ふふ、と笑った。
「リリィ、お父さんは、本当はね、すごく器用なのよ」
「お父さんが、家具とか、銀細工とか、いろいろ作ってきたお話、いつか、聞かせるわね」
お母さんの、その優しい目に、私には、わからない、何かが、混じっている気がした。
──何だろう。
──お父さんって、本当は、何者、なの?
──けれど、私はまだ、何も、わからないままだった。
◇◇◇
その日の午後。
ノエル様のお部屋で、ハチミツ入りの薬草茶を、お父さんの水筒に注いだ。
湯気が、ふわっ、と立ち上った。
温かい。
お母さんのお鍋から、銀の水筒に、移しただけなのに、湯気の勢いが、違う。
──銀って、温度を保つ力が、あるんだ。
──お父さん、すごい。
「ノエル様、見て、見て」
「なんだ」
ノエル様が、ベッドの上で、首を傾げた。
「これね、お父さんが、作ってくれた、水筒なの」
「ーー、お父さんが?」
「うん、お母さんのお茶が、温かいまま、ノエル様に届くようにって、わざわざ、作ってくれたの」
ノエル様が、ぴたっ、と動きを止めた。
青い瞳が、銀の水筒を、じっと、見つめた。
「ーー、これは」
ノエル様の声が、低く、震えた。
「ーー、銀細工、だな」
「うん、お花の模様、可愛いでしょ?」
「ーー、簡単に、作れる、ものでは、ないぞ」
──!
ノエル様、銀細工のこと、詳しい?
「特に、こんなに繊細な模様は、ーー、専門の職人でも、なかなか、出せない」
「お前の、お父さんは、ーー、本当に、ただの薬師、なのか?」
──、!
ノエル様の声に、不思議な響きが、混じっていた。
まるで、何かを、見抜いているような。
「えっと、薬師、なんだけど、ーー、お母さんが、お父さんは、すごく器用、なんだって」
「ーー、なるほど」
ノエル様は、もう、何も言わなかった。
けれど、その目には、子供とは思えない、聡明な光が、あった。
◇◇◇
私は、温かいお茶を、ノエル様のカップに、注いだ。
ノエル様が、ひとくち、飲んだ。
青い瞳が、ふっ、と、見開かれた。
「温かい」
「うん、お父さんの水筒、すごいでしょ?」
「ああ」
ノエル様が、もうひとくち、飲んだ。
目が、嬉しそうに、細められた。
──ふふ。
温かいの、嬉しいんだ、ね。
「ノエル様、温かいお茶、好き?」
「別に」
「ふふ、目が、嬉しそう、だよ?」
「見るな」
ノエル様、口はツンツン、けれど、もうひとくち、もうひとくち、と、お茶を飲み続けた。
いつもより、ずっと、たくさん、飲んでくれた。
──私の胸の中が、ぽわん、と温まった。
◇◇◇
「ノエル様。この水筒、ーー、ノエル様に、プレゼント、なの」
「プレゼント?」
「うん、お父さんが、ノエル様に、ずっと、温かいお茶が、飲めるように、って」
ノエル様が、ぴたっ、と動きを止めた。
青い瞳が、銀の水筒を、じっと、見つめた。
唇が、ふっ、と震えた。
「ーー、私に?」
「うん」
「ーー、なぜ」
「だって、ノエル様が、温かいお茶を、たくさん飲んでくれたら、もっと元気になるかもしれない、から」
「ーー」
「お父さんも、お母さんも、私も、ノエル様が、元気になってくれたら、嬉しいの」
ノエル様が、ふっ、と、目を伏せた。
長いまつげが、ふるっ、と、震えた。
青い瞳に、何か、光るものが、にじんだ気がした。
「リリィ」
「うん」
「お前の、ーー、お父さんに、ーー、ありがとう、と、伝えて、くれ」
──、!
ノエル様。
ありがとうって。
いつもツンツンのノエル様が、ちゃんと、お礼を、言ってくれた。
私の目に、涙が、ぽろっ、とにじんだ。
「うん、絶対、伝える」
「しっかり、伝えるんだぞ」
「はい、ノエル様」
私は、ぺこっ、と頭を下げた。
ノエル様が、ふっ、と、笑った。
声を出して。
優しく。
──もう、二日続けて、ノエル様の笑い声を、聞いている。
──胸の中が、ぽかぽかと、温まった。
◇◇◇
その夜、家に帰った私は、お父さんに、ぎゅっ、と抱きついた。
「お父さん、ノエル様が、すっごく、喜んでくれたよ」
「そうか」
お父さんが、私の頭を、ぽん、ぽん、と撫でた。
「ノエル様が、お父さんに、ありがとうって、伝えてって、言ってたよ」
「それは、嬉しいな」
お父さんが、ふっ、と優しく、笑った。
けれど、その目には、私にはまだわからない、深い、何かが、混じっていた。
──と。
お母さんが、ちらっ、とお父さんを見て、何かを、囁いた。
「ジョン、あの方は、もしかして」
「エマ、まだ、わからない」
「けれど、銀細工を見抜けた子供は、ーー、ただの貴族の子では、ありませんよ」
──、!
お父さんと、お母さんが、内緒の会話を、している。
私には、聞こえないくらい、小さな声で。
──何だろう。
──お父さんと、お母さん、何か、知ってる、みたい。
──けれど、私はまだ、何も、知らなかった。
何も知らないまま、私の毎日は、優しく、過ぎていく。
リリィ・ホーニング、六歳の春。
呪われた男の子に、薬草を運ぶ日々の、三週間と四日目。
お父さんが、ノエル様に、銀の水筒を、贈ってくださった日。




