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第15話 盗まれた設計図

第15話 盗まれた設計図


 朝の研究所には、焼いた林檎と煤けた紙の匂いが混じっていた。夜勤を終えた技師たちは、食堂から持ってきた固いパンを机の端へ置き、眠気を追い払うために濃い茶を飲んでいる。エルザも紺色の作業服の袖を肘までまくり、砂糖をかけた焼き林檎を木匙ですくいながら、前夜に測定した結界石の数値を帳面へ書き写していた。窓辺には洗った布巾が三枚干されていたが、雨が近いせいでなかなか乾かず、部屋には湿った布の匂いまで残っている。


「エルザ先生、また朝食を研究室へ持ち込んだのですか」


 助手のノアが呆れたように言い、散らかった机から空の茶碗を取り上げた。エルザは焼き林檎をもう一口食べ、帳面を汚さないよう木匙を皿へ戻す。食堂で食べればよいのは分かっているが、昨夜の試験で見つかった魔力逆流の原因を忘れないうちに記録しておきたかった。


「林檎は汁が少ないので安全です」


「昨日は蜂蜜をこぼして、第二中継塔の計算書を貼り合わせたでしょう」


「あれは蜂蜜の粘着力を確認する実験です」


「食堂のおばさんに同じ説明をしてみてください」


 ノアが皿を持ち上げたとき、廊下から硬い靴音が聞こえた。王城警備隊の制服を着た兵士が二人、研究室の扉を開けて入ってくる。その後ろには、白い上着の襟を乱した主任技師が立っており、顔から血の気を失っていた。エルザは木匙を置き、開いたままの帳面へ布をかけた。


「何がありました」


「第三保管庫の錠が壊されています」


「盗まれたものは?」


「試験用の設計図が一組です。番号は七十二。中央制御核と七つの中継塔を接続する図面です」


 研究所の空気が一度に変わった。茶を飲んでいた技師は杯を机へ置き、魔石を磨いていた者も布を動かす手を止める。窓の外では、雨の前触れを知らせる風が庭の木を揺らし、まだ湿っている布巾が窓枠へ何度も当たっていた。設計図に触れられるのは、エルザと十二人の技師だけだった。


「今朝、研究所を出た者はいますか」


「交代勤務を終えた四人が帰宅しました。すでに追跡させています」


「保管庫の周囲は封鎖してください。床の泥も、落ちている紙くずも片づけないように」


「承知しました」


 エルザが第三保管庫へ向かうと、廊下には十人の技師が集められていた。夜勤明けの者は目の下に隈を作り、朝から出勤した者は外套を脱ぐ暇もなく、雨の匂いをまとっている。普段なら誰かが昨日の夕食や子どもの寝相について話している時間だったが、その朝は咳払いさえ大きく響いた。十二人のうち、レイモンドと年長の技師ベルトランだけが姿を見せていなかった。


「ベルトランはどこです」


「腰を痛めて三日前から休んでいます。奥さんが迎えに来たとき、立つだけでも大変そうでした」


「では、レイモンドは?」


「夜勤を終えて、一時間ほど前に帰りました。今日は妹さんの誕生日だから、砂糖菓子を買って帰ると言っていました」


 若い技師が答えた直後、階下から怒鳴り声が聞こえた。警備兵に両腕をつかまれたレイモンドが、階段を上がってくる。灰色の上着は雨で濡れ、片方の靴底には泥が厚く付いていた。胸元からは小さな紙袋が落ち、中に入っていた花の形の砂糖菓子が床へ散らばった。


「離してください。妹に届けるものなんです」


「黙れ。盗まれた設計図が、おまえの鞄から見つかった」


「違います。まだ、渡してはいません」


「渡す相手がいると認めるのだな」


 兵士がレイモンドを床へ膝立ちにさせると、濡れた上着から冷たい雨水が落ちた。床に散った砂糖菓子の一つが兵士の靴に踏まれ、白い粉になって石の溝へ入っていく。レイモンドはそれを見つめたまま唇を噛み、何も言わなくなった。エルザは拾い上げられた設計図の束を受け取り、表紙の番号を確かめた。


「レイモンド、保管庫の鍵を壊したのはあなたですか」


「……はい」


「この設計図を持ち出すよう命じた者は誰です」


「言えません」


「家族を脅されているのですか」


「違います。全部、俺がやったことです」


 そう答えたレイモンドの右手は、濡れた上着の裾を強く握っていた。爪の間には黒い油が入り、手首には古い紐を巻きつけた跡が残っている。エルザは以前、彼が昼食の肉を布へ包み、家へ持ち帰っているのを見たことがあった。病気の母と年下の弟妹を養っているため、自分は食堂の豆の煮込みだけで済ませていた。


「借金はいくらです」


「関係ありません」


「あなたの給金では、利息だけでも払い切れなかったはずです」


「俺の問題です」


「では、どうして先月から集金人が家へ来なくなったのですか」


 レイモンドは顔を上げたものの、声を出せなかった。警備隊長が腰の剣へ手をかけ、厳しい目で青年を見下ろす。王国の防衛に関する設計図を盗めば、敵国へ渡していなくても国家反逆罪に問われる。レイモンドもそれを知っているため、床に置いた膝を動かさず、残った砂糖菓子の紙袋だけを見ていた。


「グランツ公爵です」


 廊下の奥から、アルベールの声が響いた。黒い軍装を着たアルベールは、雨粒の付いた外套を従者へ渡し、集まった技師たちの間を進んでくる。手には金貸しの帳簿と、公爵家の印が押された債権譲渡証があった。レイモンドの家族が抱えていた借金は、三日前にグランツ公爵の代理人によって全額返済されていた。


「昨夜、金貸しが王都を出ようとしたので拘束した。借金を消す代わりに、おまえへ設計図を持ち出させたそうだ」


「家族は何も知りません」


「おまえのしたことは国家への裏切りだ」


「分かっています。どんな罰でも受けます。ですが、母と弟妹には手を出さないでください」


「その願いを聞き入れられる立場だと思うのか」


 レイモンドの肩が小さく揺れた。アルベールは兵士へ地下牢に連れていくよう命じようとしたが、エルザは設計図の一枚目を開き、窓辺へ移動した。雲が厚く、室内は暗かったため、ノアが卓上灯へ火を入れる。魔法灯の青い光に透かして見ると、紙の右下に赤い点が三つ並んでいた。


「少し待ってください」


「何を待つ」


「この設計図を確認します」


「番号は七十二だと報告を受けている。盗まれた事実は変わらない」


「番号だけでは内容が分かりません。研究所では、同じ構造について複数の試験図を作ります」


 エルザは机へ戻り、朝食の皿を端へ寄せた。焼き林檎から出た汁が一滴だけ設計図へ近づいていたため、ノアが慌てて布で拭き取る。こんなときにも食べ物の染みを気にする助手を見て、エルザは一度だけ息を吐き、それから図面を順番に並べた。中央制御核から七つの中継塔へ伸びる魔力線は、一見すると完成版と同じように見える。しかし、中継塔から外周結界へ魔力を逃がす経路が逆向きになっていた。


「ノア、試験記録の七十二番を持ってきてください。下から二段目の棚にあります」


「どの箱ですか」


「蓋に焦げ跡がある箱です」


「ほとんどの箱に焦げ跡があります」


「去年、私が芋を焼こうとして焦がした箱です」


「それも三箱あります」


 重苦しい空気の中で、何人かの技師が思わず顔を見合わせた。ノアはぶつぶつ言いながら記録棚を探し、焦げた革表紙の帳面を持って戻る。そこには試験図七十二番を使った小型結界の測定結果と、豚肉ほどの大きさの魔獣模型が無傷だった一方、結界内部の魔法灯がすべて砕けたことが記されていた。エルザはその頁をアルベールへ向け、赤い印の意味を指で示した。


「これは完成版ではありません。致命的な欠陥を調べるため、あえて不完全に作った試験図です」


「欠陥とは何だ」


「魔力を識別する方向が逆になっています。これをそのまま起動すれば、結界は外敵ではなく内部の魔力を攻撃します」


「内部というと、王都にいる魔法使いや魔導具か」


「それだけではありません。治療院の回復装置、井戸の浄化石、街灯、厨房の加熱石まで攻撃の対象になります。強い魔力を持つ人間が結界内にいれば、命にも関わります」


 廊下にいた技師たちがざわめいた。厨房の加熱石が壊れれば食事を作れず、井戸の浄化石が止まれば水も飲めなくなる。研究所の隅では、昼食用の豆を煮ていた小さな魔導鍋がことこと音を立てていたが、その程度の道具さえ敵と判定される設計だった。レイモンドは自分が持ち出した紙を見つめ、口を開いたまま動けなくなった。


「俺は、完成した設計図だと聞かされました」


「グランツ公爵は、図面の内容を確認できる技師を持っているのか」


「分かりません。俺は保管庫の七十二番を持ち出せとだけ命じられました」


「公爵は、この番号をどこで知った」


「先月の評議会で、試作結界が完成したと報告された夜です。公爵の使いが家へ来ました」


 アルベールは債権譲渡証を握りしめ、すぐに警備隊長を振り返った。公爵邸を捜索すれば、盗品だけでなく、研究所へ人を送り込んだ証拠も見つかるかもしれない。アルベールの軍靴が床の砂糖菓子を踏みそうになり、レイモンドが反射的に手を伸ばした。妹への土産を守ろうとするその手を見て、アルベールは足を止めた。


「公爵邸を封鎖する。設計図を受け取る者が来る前に、使用人も馬車も外へ出すな」


「待ってください」


「また待てと言うのか。盗まれた設計図があり、借金を肩代わりした証書もある。十分な証拠だ」


「この証書で立証できるのは、公爵家がレイモンドの借金を払ったことだけです。公爵は慈善のためだったと言い張れます」


「金貸しが証言している」


「代理人を通じた取引なら、公爵本人は知らなかったと言うでしょう。今ここで動けば、設計図を受け取る役目の者を切り捨て、ほかの資料を国外へ隠します」


「では、危険な設計図を持たせたままにするのか」


「いいえ。公爵が何をしようとしているのか、最後まで見届けます」


 エルザは試験図を束ね直し、レイモンドの前へしゃがんだ。濡れた上着から雨と汗の匂いが漂い、青年の唇は紫色になっている。ノアが食堂から温かい茶を持ってきたが、レイモンドは両手を後ろで縛られているため受け取れない。エルザは警備兵に縄を緩めさせ、茶の杯を青年の手へ持たせた。


「飲んでください。震えたままでは話ができません」


「どうして、俺に茶を……」


「床へこぼすと、あとで掃除をする人が困るからです」


「俺はあなたの設計図を盗みました」


「知っています」


「それなのに、どうして普通に話せるんですか」


「怒鳴っても設計図の欠陥は直りません。それに、いま必要なのは、あなたが何をしたかだけではなく、これから何をするかです」


 茶には生姜が入っており、湯気と一緒に辛い匂いが立った。レイモンドは杯を両手で包み、少しずつ飲んだ。食堂の女主人が気を利かせて蜂蜜も入れたらしく、飲み終えた青年の唇には薄い甘さが残っている。床では踏まれなかった砂糖菓子が二つ、雨水を吸って柔らかくなっていた。


「罪をなかったことにはできません。研究所の信頼を裏切り、王国の防衛を危険にさらした責任は取ってもらいます」


「死罪ですか」


「それを決めるのは裁判所です。私には決められません」


「なら、もう同じことです」


「同じではありません。あなたの家族を人質にした者を止める機会はあります」


 レイモンドは杯から顔を上げた。エルザは完成版の設計図を持ってくるようノアへ頼み、試験図と並べて違いを説明した。完成版には魔力の方向を監視する安全回路と、異常を検知した中継塔だけを切り離す独立停止機構が追加されている。しかし図面を読めない者には、数本の細い線と小さな記号が増えただけに見える。


「公爵へ、完成確認の報告を届けてください」


「本物の完成図を渡すのですか」


「いいえ。この試験図が完成版であり、起動試験にも成功したと伝えるのです」


「嘘をつけと?」


「はい。今度は家族を守るためではなく、家族を人質にした者の犯罪を明らかにするために」


「公爵は俺を疑います」


「ですから、疑われないようにします。設計図を盗んだあなたは警備兵に捕まりましたが、金を渡して見逃してもらったことにしてください。腕に縄の跡もありますし、上着も泥だらけです」


 ノアはエルザの説明を聞きながら、落ちていた砂糖菓子を紙へ包み直した。砕けたものは戻せなかったが、二つだけなら形が残っている。レイモンドは妹のための小さな包みを受け取ると、濡れないよう上着の内側へ入れた。その手はまだ震えていたが、先ほどのように床へ逃げる場所を探してはいなかった。


「家族は、本当に守ってもらえますか」


「王城の保護下へ移します。今夜のうちに、あなたの母親と弟妹を別の家へ避難させます」


「母は知らない人間が来ると、怖がって戸を開けません。合言葉が必要です」


「何と伝えればよいですか」


「台所の棚に、冬まで開けるなと言われた桃の瓶詰があります。それを妹の誕生日だから開けよう、と言ってください。母なら俺が寄こした人間だと分かります」


「分かりました。桃の瓶詰ですね」


 アルベールはしばらく黙っていたが、やがて警備隊長へ家族の保護を命じた。公爵邸の捜索は見送り、代わりに屋敷へ出入りする者と馬車を監視させる。レイモンドには目立たない追跡役を付け、何かあればすぐ救出できるよう手配することになった。計画が決まるころには雨が降り始め、窓へ細かな水滴が斜めに当たっていた。


「レイモンド、この役目を果たしても罪が消えるわけではない」


「分かっています、アルベール殿下」


「公爵は、おまえの家族をもう一度利用しようとするかもしれない」


「今度は、利用させません」


「命を落とす危険もあるぞ」


「最初から、死罪になると思っていました。それなら、公爵がほかの誰かの家族を使えないようにしてから裁かれたいです」


 エルザは机から新しい羊皮紙を取り出し、偽の試験記録を書き始めた。成功率は九十八パーセント、中央制御核の安定性は良好、王都全域への展開に問題なしと記す。数字を大きく書きすぎたため最後の文字が端へ寄り、ノアから子どもの算術帳のようだと指摘された。エルザは書き直そうとしたが、レイモンドがそのままのほうが普段の報告書らしいと言い、久しぶりに技師たちの間へ小さな笑いが起きた。


「先生は、数字だけ急に大きくなる癖がありますから」


「読みやすくしているのです」


「俺たちは、残りの紙幅を考えて小さく書き直しています」


「今まで誰も教えてくれませんでした」


「言っても直さないと思っていました」


「それは否定できません」


 偽の完成報告が整うと、エルザは試験図を革筒へ入れた。封蝋には研究所の正式な印章を押し、開封された形跡が残るよう細い銀糸も巻きつける。レイモンドは濡れた上着を脱ぎ、研究所の物置にあった古い茶色の外套へ着替えた。袖が少し短く、手首の縄の跡が見えたが、捕縛から逃げてきた技師を演じるには都合がよかった。


「公爵へ会ったら、最初に何と言いますか」


「結界は完成している。起動試験にも成功した、と」


「公爵が欠陥はないのかと尋ねたら?」


「中央制御核を最大出力にしても問題はなかった、と答えます」


「外周塔を一つ止めた場合は?」


「残りの塔が自動で補うので、結界は維持される、と」


「すべて嘘ですね」


「はい。公爵が聞きたがっている嘘です」


 エルザはうなずいたものの、革筒を渡す手をすぐには離さなかった。公爵がこの試験図を何に使うつもりなのかは分からない。自分の功績として発表するだけならまだよいが、王都の結界として実際に起動すれば、市民が危険にさらされる。公爵を捕らえるためとはいえ、罠を仕掛ける以上、エルザ自身にも最後まで安全を守る責任があった。


「万が一、公爵がすぐに起動しようとした場合は、この言葉を伝えてください。七つの灯がそろうまで、聖鐘を鳴らすな」


「何の意味があるのですか」


「研究所へ危険を知らせる合図です。その言葉を聞いた者が、こちらへ報告します」


「分かりました」


「もう一つあります」


「まだ覚えることが?」


「妹さんの砂糖菓子を忘れないでください。二つしか残っていませんが、誕生日に何もないよりはよいでしょう」


 レイモンドは胸元の包みを押さえ、深く頭を下げた。正面玄関から出れば人目につくため、研究所の食料を運び込む裏口から外へ出ることになった。厨房では昼食の豆料理ができあがり、炒めた玉葱と香草の匂いが廊下まで流れている。食堂の女主人は事情を知らないまま、こんな雨の日に腹を空かせて出歩くものではないと言い、レイモンドへ豆を挟んだ丸パンを二つ持たせた。


「一つは道で食べな。もう一つは家の子に持って帰るんだよ」


「ありがとうございます」


「返事だけは立派だね。ちゃんと食べるまで見張ろうか」


「食べます。必ず食べます」


 裏口の扉が開くと、冷たい雨の匂いが研究所へ入り込んだ。レイモンドは外套の頭巾をかぶり、設計図の入った革筒を胸へ抱える。少し離れた場所では、公爵家の紋章を隠した黒い馬車が待っていた。彼が石段を下りるたび、泥水が短い袖から出た手へ跳ねた。


「レイモンド」


 エルザに呼び止められ、青年は雨の中で振り返った。十二人の技師は誰一人として彼を許したとは言わなかった。それでも窓辺には仲間たちが立ち、彼が戻るまで作業台を片づけずに待とうとしていた。エルザも扉の下で雨粒を受けながら、逃げ道を残さない言葉ではなく、帰る場所を示す言葉を選んだ。


「報告を終えたら、研究所へ戻ってきてください。裁きを受けるためにも、証言するためにも、生きて帰る必要があります」


「俺の席は、まだありますか」


「ノアがあなたの茶碗を勝手に片づけなければ」


「洗っただけです。捨てていません」


「では、温かい茶を用意して待っています」


 レイモンドは一度だけうなずき、馬車へ向かって歩き出した。エルザはその背中が扉の向こうへ消えるまで見送り、それから研究室へ戻った。机には冷めた焼き林檎が残り、雨漏りを受ける桶がぽつり、ぽつりと音を立てている。アルベールは公爵邸周辺の地図を広げ、ノアは七十二番の試験記録を抱え直した。


「グランツ公爵は、この設計図を何に使うと思う」


「自分の功績として発表するつもりでしょう。王国を守る新しい結界を、自分が完成させたことにするために」


「欠陥を知らずに起動すれば、公爵自身も危険だ」


「ですから、必ず誰かを前に立たせます。成功すれば自分の功績にし、失敗すればその者へ責任を押しつけるでしょう」


「そんな都合のよい人間がいるのか」


 エルザは窓へ流れる雨筋を見ながら、冷めた林檎を木匙ですくった。甘いはずの実には少し煤の味が移り、朝よりも苦く感じられる。グランツ公爵は貧しい青年の家族を人質にして、研究所から設計図を盗ませた。次に必要とするのは、結界を生み出したと人々へ信じ込ませるための、見栄えのよい人形だった。


「公爵なら、これから作るでしょう。人々が疑わず、失敗しても切り捨てられる人物を」


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