第6話 みなぎる感覚
結局、麗華は用意したメニューを最後までやり切った。
決して激しいトレーニングではない。それでも、普段運動していない彼女にとっては、十分に大変だったはずだ。
最後の動作を終えた麗華は、ダンベルを床に置くと、深く息を吐いた。
「はあーっ……。終わった……」
「お疲れ。初めてにしては、よく頑張ったな」
「ありがとうございます、大樹さん」
麗華は額の汗を拭いながら、ふっと笑った。その表情は、ここに来たときよりもずっと柔らかかった。
「なんだか、不思議です」
「何が?」
「身体を動かしていただけなのに、少し気分がすっきりしました。それに……なんだか、身体の奥から力が湧いてくるような感じがするんです」
「おっ! それ、わかるのか!」
思わず声が大きくなった。
「そうなんです! 疲れているはずなのに、なんだか元気になったような……。身体が軽くなったというか、もっと動けそうな気がするんです!」
「そう、それだよ! 俺もそうなんだ!」
俺は勢いよくうなずいた。
このダンジョンで筋トレをすると、不思議と身体の奥から力がみなぎってくる。最初にそれを感じたときは、気のせいかと思った。
だが、何度トレーニングをしても同じ感覚がある。
筋肉を使い、汗を流すたびに、身体の内側から活力が湧き上がってくるのだ。
そして今、その感覚を麗華も味わっている。
「やっぱりそうだよな! 筋トレって最高だろ!」
「はい! 最初は慣れない動きばかりで大変でしたけど、終わってみると、身体から何か力が湧いてくるような感じです!」
「わかる! 俺も最初はそんな感じだった!」
「大樹さんもですか?」
「もちろん! 筋トレをして、身体に力がみなぎってくるあの感覚! あれがたまらないんだよ!」
「ふふっ、なんだか楽しそうですね」
「楽しいに決まってるだろ!」
気がつけば、俺たちはすっかり盛り上がっていた。
筋トレをしているときの感覚。それを誰かと共有できるというのは、思った以上に嬉しいものだ。
普段なら、筋トレの話をしても、ここまで話が弾むことはない。
それなのに、麗華とは自然と言葉が続いた。
「でも、こんなに気分がすっきりするとは思いませんでした。さっきまで、いろいろなことが頭から離れなかったのに……」
麗華は自分の手を開いたり閉じたりしながら、しみじみとつぶやいた。
「身体を動かしている間は、目の前のことに集中できるんですね。余計なことを考えずに済むというか……」
「そうそう! 目の前の一回に集中する。それを積み重ねていくんだ」
「一回ずつ、ですか……」
「そう。背伸びをしなくていいんだ。昨日より一回でも多く回数が増えればいい」
俺はそう言ってから、ふと思った。
……ん?
今の、なんだか人生相談みたいじゃないか?
まあ、筋トレの話をしていただけなのだが。
麗華はしばらく黙っていたが、やがて自分の手を見つめながら口を開いた。
「……私、ずっと見栄を張っていたのかもしれません」
「見栄?」
「はい。実家が裕福だった頃と同じ生活を続けていれば、何も変わっていないような気がして……。本当は、もう以前と同じではないのに」
彼女は小さく息を吐いた。
「今の自分にできることを考えるより、今までの生活を守ることばかり考えていました」
その言葉には、どこか吹っ切れたような響きがあった。
俺は口を挟まず、続きを待った。
麗華は顔を上げ、まっすぐ俺を見た。
「私、もっと家賃の安い部屋に引っ越します」
それは、彼女が初めて自分の現実を受け入れた瞬間だった。
今までの生活を守るために、無理をして危険なダンジョンへ飛び込む。
その前に、今の自分にできることから始める。
当たり前のことなのかもしれない。
けれど、麗華にとっては大きな一歩だったのだろう。
「そうか。それがいいと思うぞ」
「はい。大学を続けるためにも、生活を見直してみます」
麗華は、今度こそ晴れやかな笑顔を見せた。
その表情を見て、俺も少し嬉しくなった。
筋トレを勧めてよかった。
……いや、別に人生相談をするつもりだったわけではないのだが。
身体を動かすことが、彼女にとって何かのきっかけになったのなら、それで十分だ。
◇
その後、俺たちは一緒にダンジョンを出た。
麗華はまだ少し疲れているようだったが、入ってきたときよりも足取りは軽い。
「今日は、本当にありがとうございました」
「いや、たいしたことはしていないよ」
「そんなことありません。何をすればいいのかもわからなかったので……。大樹さんに会えてよかったです」
「そうか。それならよかった」
俺はいつもの調子で答えた。
そのとき、目の前に半透明の画面が浮かび上がった。
――ピコン♪
弾むような電子音とともに、画面が明るく点滅する。どうやら、やけに嬉しそうだ。
俺は気にせず、表示された数値に目を向けた。
【ステータス】
・ベンチプレス:220kg
・スクワット:320kg
・デッドリフト:280kg
【スキル】
・サイドチェスト
「……うん。今日も順調に上がっているな」
――ピコン♪ ピコン!
画面がさらに嬉しそうに明滅した。
「いや、だから、数値はあてにならないんだって」
――ピ……。
今度は、少ししょんぼりしたような音が鳴った。
「そんなに落ち込むなよ。筋トレがうまくいっているのは、俺も実感しているんだからさ」
――ピコン!
画面はすぐに明るさを取り戻した。
ずいぶん感情豊かな画面だな。
まあ、いいか。
数値が正しいかどうかはともかく、今日もいいトレーニングができた。
それに、麗華にも筋トレのよさを知ってもらえた。
今日はなかなか充実した一日だったと思う。
俺は満足してステータス画面を閉じ、麗華と並んで帰路についた。
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ダンジョンでレッツ筋トレ!
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