第4話 ダンジョンに没落令嬢が現れた!
数カ月前、政府が一般人にもダンジョン攻略を許可すると発表した。魔石やモンスター素材の買い取りも始まり、世間では探索者という新しい稼ぎ方が話題になっている。
もっとも、俺にとっては大して関係のない話だ。
今日も俺は、いつものダンジョン筋トレ部屋でダンベルを持ち上げていた。
「ふう……。いい感じだ」
大胸筋に意識を集中させ、ゆっくりとダンベルを下ろす。反動を使わず、筋肉に負荷をかけ続ける。この、狙った筋肉にじっくり刺激が入っていく感覚がたまらない。
そのとき、通路のほうから足音が聞こえた。
……ん? モンスターか?
また神聖な筋トレを邪魔しに来たのだろうか。
俺はダンベルを下ろし、通路の入口へと目を向けた。
すると、そこに一人の女性が立っていた。
「えっ……人?」
女性は俺を見るなり、驚いたように目を見開いた。
俺も彼女を見つめた。
……おお。
まず目を引いたのは、艶やかな黒髪だった。腰近くまで伸びた長い髪は、薄暗い石造りの通路でも美しく輝いている。整った顔立ちに、すっと通った鼻筋。長いまつ毛に縁取られた大きな瞳は、戸惑いと警戒を浮かべていた。
肌は白く、上品な雰囲気がある。身長は百六十五センチほどだろうか。すらりとした脚に、引き締まった腰。全体的にすっきりとした体つきなのに、胸元には豊かなふくらみがあった。
服越しにもわかる、柔らかそうな曲線。
さらに、俺の目は肩から胸にかけてのラインに引き寄せられた。
胸の上部には、自然な厚みがある。大胸筋の形がきれいに見える、バランスのいい姿勢だ。もちろん、筋トレで鍛え上げた筋肉というわけではないだろうが、身体のバランスがいい。
美人で、スタイルも抜群。
いやあ、いいものを見せてもらった。
「……あの、何か?」
女性が不思議そうに俺を見た。
「いや、きれいな人だなと思って」
「えっ!?」
女性の頬が赤くなった。
思ったことを口にしただけなのだが、どうやら驚かせてしまったらしい。
「あー、悪い。俺は高瀬大樹。二十三歳。君は?」
「く、九条麗華です。十九歳です」
「麗華か。よろしく」
「は、はい……」
麗華は困惑した様子で部屋の中を見回した。
石造りの壁に、むき出しの床。そして、俺が持ち込んだダンベル。
ダンジョンの奥で見るには、ずいぶんと場違いな光景だろう。
「大樹さんは、ここで何をしているんですか?」
「筋トレ」
「……筋トレ?」
「そう。見てのとおり」
俺はダンベルを持ち上げてみせた。
麗華は目をぱちぱちさせた。
「ダンジョンで、ですか?」
「うん。静かだし、人も来ないし、最高の環境だよ」
「そ、そうなんですね……」
どうにも納得していない様子だ。
まあ、普通はそうだろう。わざわざ危険なダンジョンに来て、筋トレをする人間なんて俺くらいのものかもしれない。
「ところで、麗華はどうしてここに?」
「それは……」
麗華は言葉を濁した。
さっきまでの戸惑いとは違う。何か言いにくい事情があるようだった。
「今日、初めてダンジョンに入ったんです。でも、あまり強くないモンスターがいそうなところを探していたら道に迷ってしまって……。人影も見えないので困っていたところ、こちらから物音が聞こえたんです」
「なるほど。初めてなら迷うよな」
似たような石造りの通路が延々と続いているのだから、無理もない。
「それで、何か目的があって来たんだろ?」
「はい。お金を稼ぐためです」
「お金?」
「ダンジョンで手に入る魔石やモンスター素材を、政府が買い取ってくれると聞きましたから」
ああ、ニュースでやっていたな。
俺は筋トレに夢中で詳しく調べていないが、最近はダンジョンで稼ごうとする人も増えているらしい。
「大学に通い続けるためにも、生活費と学費が必要なんです」
「大学生なのか」
「はい。今も通っています」
麗華は少しだけ視線を落とした。
「……私、これからどうすればいいのか、まだよくわからなくて」
そう言って、困ったように笑った。
「なるほどな」
俺は短くうなずいた。
すると、麗華は俺の隣に浮かぶ半透明の画面に目を留めた。
「あの……大樹さん。その画面は何ですか?」
「ああ、ステータス画面だよ。ダンジョンに入ると表示されるだろ? 付けたり消したりできる」
そういって俺はステータス画面を消す。
――ピコ!?
「はい。私にも出ました。でも……」
麗華は画面の数字を見つめた。
俺がステータス画面を呼び出すと、ピコン♪ と弾むような音が鳴った。画面はいつもより明るく点滅し、まるで嬉しそうに俺たちの前へ浮かび上がる。
【ステータス】
・ベンチプレス:200kg
・スクワット:300kg
・デッドリフト:270kg
【スキル】
・サイドチェスト
「ベンチプレスが二百キロ……? すごい数字ですね」
「いや、これ、あてにならないんだよ」
「えっ?」
「俺が実際に持ち上げられるベンチプレスの最高記録は九十五キロ。百キロを目指しているところなんだ」
俺は画面を指さした。
「だから、この数字は現実とは違う。俺は実際に持ち上げられる重量を信じている」
「で、でも、ダンジョンのステータスですよね?」
「そうらしいけど、実際に上げられない数値を信じる気にはなれないな。筋肉は地道に鍛えてこそだ」
麗華はぽかんとしていた。
その視線が、ふとステータス画面の下のほうへ移る。
「あれ? こちらの『サイドチェスト』というのは何ですか?」
「ああ、それか」
俺は得意げに胸を張った。
「ボディビルのポーズだよ。胸や腕の筋肉を強調するやつだ」
「ポーズがスキルになっているんですか?」
「そうみたいだな。たぶん、俺のサイドチェストが美しかったってことだろ」
俺がそう説明すると、画面がピコン!? と何か言いたげに点滅した。
どうやら、ステータス画面も自分の判断に満足しているらしい。
「……そういうものなんですか?」
「まあ、そういうことだろ」
俺は特に気にしなかった。
サイドチェストがスキルになった理由なんて、考えても仕方がない。それよりも大切なのは筋肉を鍛えることだ。
俺は画面を閉じ、ダンベルを拾い上げた。
「さて、話はこのくらいにして、トレーニングを再開しようかな」
「えっ、今からですか?」
「もちろん。まだメニューが残っているから」
麗華は俺とダンベルを交互に見た。
ダンジョンの奥で筋トレに没頭し、ステータス画面の数値を信じず、百キロのベンチプレスを目指している男。
彼女にとって、俺は相当に変わった人間に見えているのかもしれない。
それでも麗華は、帰ろうとはしなかった。
「あの、大樹さん……」
「ん?」
「私、ダンジョンについて何もわかっていなくて……。もしよければ、少しだけ相談に乗っていただけませんか?」
俺はダンベルを床に置き、彼女を見た。
麗華は不安を押し隠すようにしながら、まっすぐ俺を見つめていた。
どうやら、今日の筋トレは少し長引きそうだった。
閲覧頂きありがとうございます!
面白いと感じて頂けたら、評価・ブックマークをいただけると、執筆の励みになります。評価は1つからで構いません!
ダンジョンでレッツ筋トレ!
どうぞよろしくお願いします!




