第3話 神聖な筋トレを邪魔された
俺がダンジョンで筋トレを始めてから、半年ほどが経過した。
あの日、通っていたジムが突然ダンジョンに変わってしまったときは、人生の終わりかと思ったものだ。
だが、今ではすっかり慣れてしまった。
自宅からダンベルを持ち込み、ダンジョンの中にあるお気に入りの部屋で筋トレをする。これが俺の日課になっている。
もちろん、筋トレ以外にもアルバイトはしている。
食事も睡眠も大切だ。筋肉はトレーニング中ではなく、休息中に成長するのだから。
ただ、筋トレを生きがいにしている俺でも、最近は嫌でもダンジョン関連の情報が耳に入ってくるようになった。
テレビをつければ、ダンジョンのニュース。ネットを開けば、ダンジョンのニュース。コンビニに行っても、雑誌や店員の会話にダンジョンの話題が出てくる。
どうやら日本各地に出現した謎の建造物は、ダンジョンと呼ばれるようになったらしい。
内部にはモンスターが生息していて、倒すと素材や魔石と呼ばれるものが手に入る。魔石には特殊なエネルギーが秘められているらしく、国もその価値を調査しているそうだ。
そして、今日のニュースで新たな情報が報じられていた。
『政府は本日、ダンジョンへの立ち入りと探索を一般人にも許可すると発表しました。これまで危険性を考慮して立ち入りが禁止されていましたが、内部で採取できる魔石やモンスター素材の有用性が確認されたことなどを受け、探索を認める方針へと転換したものです。
政府は、探索者に対して十分な安全対策を講じるよう呼びかけるとともに、ダンジョン内で得られた魔石やモンスター素材の買い取りも行うとしています』
俺はテレビを見ながら、思わず声を上げた。
「よかったー、ばれなくて」
いや、本当に危なかった。ニュースの後半《《ニュースの後半》》は聞き逃してしまったが、どうやらダンジョンに入るには許可が必要だったらしい。
俺は半年もの間、勝手にダンジョンへ入り続けていたのだ。
もちろん、誰かに見つかって怒られたことはない。俺が筋トレをしている部屋は、通路の脇にある目立たない場所の奥にある。そもそも、あんな場所に人が来るとは思っていなかった。
だが、政府が探索を許可したということは、これからはダンジョンに入る人間が増えるのだろう。
少し面倒だな。
せっかく見つけた秘密の筋トレルームなのに、誰かに見つかったら落ち着いてトレーニングできなくなるかもしれない。
……まあ、今から心配しても仕方がないか。
俺はテレビを消し、いつものトレーニングの準備を始めた。
◇
ダンジョンの入口をくぐり、見慣れた石造りの通路を進む。
半年も通っていれば、もう道順を間違えることもない。
俺は人目につきにくい脇道へ入り、その奥にある部屋へとたどり着いた。
「よし。今日もやるか」
床にダンベルを置き、準備運動を始める。
筋肉を傷めないためにも、いきなり高重量を扱うのは禁物だ。まずは軽い負荷で身体を温め、関節を動かしていく。
そして、トレーニング開始。
ダンベルを握り、狙った筋肉に意識を集中させる。
上腕二頭筋、三頭筋、大胸筋。フォームを崩さず、反動に頼らず、丁寧に負荷をかけていく。
この時間がたまらない。
余計なことを考えず、ただ筋肉と向き合う。
筋肉が収縮する感覚、負荷がかかったときの張り、そして限界に近づくにつれて増していく熱。すべてが心地よい。
今日も最高のトレーニングになりそうだ。
――そのときだった。
「キィィィィィッ!」
「な、なんだお前!」
甲高い鳴き声とともに、黒い影が部屋へ飛び込んできた。
蝙蝠に似た姿をしたモンスターだ。大きさは普通の蝙蝠よりもずっと大きく人間ほどもあり、鋭い牙をむき出しにしている。
そいつは羽ばたきながら室内を旋回すると、そのまま俺に向かって急降下してきた。
「おいおい、今は筋トレ中だぞ!」
話が通じる相手ではなさそうだ。
モンスターは翼を広げ、俺の顔を狙って襲いかかってくる。
俺はとっさに身体をひねり、両腕に力を込めた。
そして――。
――――サイドチェスト――――
大胸筋を強く収縮させ、上腕と胸の厚みを際立たせるポージングだ。
「キィッ!?」
蝙蝠型モンスターの動きが、ぴたりと止まった。
その隙を逃さず、俺はさらに身体に力を込める。
筋肉の輪郭を浮かび上がらせ、全身の力を一点に集中させるイメージだ。
大胸筋に力を込め、腕の太さと胸の厚みを最大限に強調する。これぞサイドチェスト。
モンスターは空中で痙攣するように身を震わせ、そのまま床に落下した。
動かない。
「……倒したのか?」
俺は恐る恐る近づいた。
どうやら、本当に倒してしまったらしい。
半年間ダンジョンに通っているが、モンスターがこの部屋に入ってきたのは初めてだ。
いや、そもそも俺はダンジョンの攻略なんてしていない。筋トレをしに来ているだけなのだ。
モンスターを倒したいわけでも、魔石を集めたいわけでもない。
ただ、筋肉を鍛えたい。
それだけなのに、どうしてこうなるのだろう。
「はあ……。せっかくいい感じだったのに」
俺は床に落ちていたダンベルを拾い上げた。
トレーニングを中断してしまったが、幸いにも大きな支障はなさそうだ。
問題は、モンスターの死体のそばに落ちているものだった。
小さな石のようなものと、黒い羽根。それに、何かの素材らしきものがいくつか転がっている。
魔石とモンスター素材、というやつだろうか。
ニュースで見た気がする。
ただ、今の俺にとっては、床に散らばった邪魔なものにすぎなかった。
「まったく……」
俺はそれらをまとめて拾い上げ、筋トレルームのさらに奥にある空間へ運んだ。
この部屋の奥には、少し広くなっている場所がある。普段は使っていないので、こういうものを置いておくにはちょうどいい。
魔石と素材をそこへまとめて押し込むと、俺は何事もなかったかのようにトレーニングルームへ戻った。
「神聖な筋トレを邪魔されてしまった」
まったく、困ったものだ。
次に来たときは、もう少し静かにトレーニングさせてほしい。
俺は気を取り直し、残りのメニューを再開した。
ダンベルを持ち上げ、筋肉に負荷をかける。
先ほどの騒動を頭から追い出し、狙った筋肉に意識を集中させる。途中で邪魔が入ったものの、最後まで予定していたトレーニングをやり切った。
「よし、終了!」
汗を拭き、ダンベルを片づける。
今日もいいトレーニングができた。
モンスターに邪魔されたのは不本意だが、筋トレそのものは満足のいく内容だった。
俺は帰り支度を済ませ、いつもの通路を歩いてダンジョンの入口へ向かった。
そして、これもすっかり日課になったステータス画面の確認をする。
――ピコン!
少しうれしそうな音を出して、目の前に半透明の画面が浮かび上がった。
まるで、俺が確認してくれるのを待っていたかのようだ。
そこには、見慣れた項目が表示されている。
俺は下のほうにある三つの数値に目を向けた。半年間、ダンジョンで筋トレを続けてきた成果なのか、どの数値も大きく伸びている。
【ステータス】
・ベンチプレス:180kg
・スクワット:280kg
・デッドリフト:240kg
【スキル】
・サイドチェスト
「……ん?」
見慣れない項目に、俺は首をかしげた。
サイドチェスト。胸や腕の筋肉を強調するボディビルのポーズだ。
そういえば、今日も筋トレの邪魔をしてきたコウモリみたいなモンスターに向かって、サイドチェストを決めてやった。
「なるほど。俺のサイドチェストが美しかったってことか?」
――ピコン!?
ステータス画面が、驚いたように明滅した。
「まあ、そういうこともあるか」
俺は特に気にせず、改めて三つの数値に目を向けた。
俺のベンチプレスの最高記録は、まだそんな数字には届いていない。
そもそも、現実の筋トレなら、数か月かけて少しずつ重量を伸ばしていくものだ。こんな短期間で何十キロも記録が伸びるなんて、普通に考えればあり得ない。
だから、このステータス画面は信用していない。
ただ、一つだけ気づいたことがある。
筋トレがうまくいった日は、決まってこの数値の上がり方も大きいのだ。
今日もそうだった。
「まあ、いいか」
正確な数値かどうかはともかく、今日もいいトレーニングができた。
それだけで十分だ。
俺は満足してステータス画面を閉じ、家へと帰った。
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ダンジョンでレッツ筋トレ!
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