26話 『作文』
漫研代表の夕陽さんは実務のできる人で、大体向こうに任せることで勝手に話は進んでいった。船頭多くしてとも言うし、基本は丸投げしてしまおうと思うに至った。
というわけで、手続き諸々を漫研に任せ文芸部は夕方には解散し、一旦帰宅した後、僕は数日ぶりに白浪進学塾へと向かっていた。
今回は前よりも授業のコマが遅いので時間も遅い。20時からの授業で終わりは22時頃になる。
日は完全に落ちていて、街の様相も夜のそれ。この時間に出歩くことは今まであまりなかったので少し新鮮な感じがしてしまう。
しかし、小学生じゃあるまいし、夜の街に高揚感を抱くというわけでもない。特に寄り道もせずに塾へと向かった。
教室を割りを確認するとC教室が割り当てられていた。C教室に行くとそこは席が2×2に4つしか置かれていない、教室とは言い難い小部屋だった。まだ誰もいなかったため、とりあえず廊下側の後ろに座る。
教室がここである以上、受講者は最大で4人。論理の時は4人でもB教室だったが、今日はA教室とB教室ではそれぞれ高3英語と高1英語が行われるので、ここに追いやられたのも納得ではある。
「お、いたいた、久しぶりだな」
教室で単語帳を眺めながら授業開始を待っていると、廊下からツカツカと見知った先輩が闖入してきた。
「黒崎先輩、お久しぶりです」
「C教室とか、ここ授業で使うことあるのな」
普段は授業で使われない部屋らしい。まぁ、この狭さで授業は難しいか。
「黒崎先輩は英語ですよね」
「おう。ちなみに、この講座の受講者、3人で蒼井以外女子な」
3人か。まぁ、2人よりはマシ。
「わざわざ調べたんですか?」
「別にわざわざってことでもないし。学年は全員2年。英語と横並びなんだからそりゃそうなんだけど。しかも、全員一浜だって話だし、案外面識あるメンツかもな」
「1人は紺野さんでしょう?」
「ああ、紺野の妹。もう1人は知らんけど。ああ、講師の方なら知ってる。大学生の倉間って人。バイトだからな、安藤さんの方が授業は上手い」
「そうですか」
まぁ、この人数に対して正社員を使うのはコスパが悪いだろう。同じ時間にもっと重要な授業があるわけだし。
「ちなみに倉間さん、帝東大の2年生な」
授業が上手いかは別にして、勉強は得意な人なのだろう。
「つっても割と普通の人な。中肉中背でパッとしない顔の」
黒崎先輩はこちらを向いていて気付かなかったが、その後ろには倉間氏らしき人が出席簿を手にして立っていた。
「パッとしないのはお互い様だろ」
倉間氏の声は低く重く聞こえた。
「うわ、ビビった」
「後5分で授業始まるから、教室行きなさい」
「うぃー」
黒崎先輩は教室を出て行った。
「蒼井陸斗、講習生ね。パッとしない倉間です、よろしく」
倉間氏の外見的な印象は確かに『普通』という言葉がしっくりくる。量産型男子大学生というか、これといった特徴がない。
「君さ、この授業で何したい? 元々、ESみたいなのの書き方とかそういう風に聞いてたよね?」
「ええ、まぁ、そう聞いてました」
「他の生徒でさ、ストーリーの書き方を教えろって言ってきた奴がいてさ。いや、普通ならそんなの聞かないんだけど、生徒3人しかいないし、別に受験用の授業って位置付けでもないし、生徒がいいなら別にいいかなって。君も文芸部だって話だし」
講座名は『作文』なので、これがストーリー構成の授業になっても詐欺ではないだろう。そして、僕がここでしたいのは塾で学ぶという体験であり、授業内容には大したこだわりはない。
「僕はどちらでも」
「そっか。あんまこの授業に期待とかしてない感じ?」
「いえ、まぁ、そうかもですね」
この授業に期待をしていないというより、授業というものにそもそも期待していないところがある。
そんな話をしていると教室のドアが勢いよく開かれた。
「先生、紺野さんの説得できました!」
入ってきたのは2人の女生徒。一方はどこか疲れた様子の紺野さん、もう一方は昼にあった漫研部員。最初に廊下に出てきた人だ。
「やっぱりあなたでしたね、文芸部員さん! あなたも作文より創作の方がいいよね!」
この人か。名前が思い出せない。
「彼はどちらでもいいらしいよ。だから、設楽さんの要望に」
「じゃあ、じゃあ、ストーリーの作り方を教えてもらえるんですね! やった、プロから学べる!」
……プロ?
「プロじゃないから」
「文芸部員さん、この人、雑誌にマンガが掲載されたんですよ! プロです」
「だから、プロじゃないって。1作、名前も知られていないような雑誌に載っただけ。正直、ストーリーの作り方ならボクだって教えてほしいくらいだし」
この人、漫画家なのか。いや、大学生というのが正しいのだろうけど、漫画が雑誌に載った経歴があると。
「じゃ、授業始めようか。さて、何をどう教えるんだか」
講師が頭を抱えるという不安しかない場面から授業は始まった。




