009 可愛さ♡と悲しさ♡で駆け抜けた六年と駆け抜けられない現状
霧夢さんのご厚意で、ブッコロのスマホの本体代と、今までの使用料金は支払わなくて良い事となった。
「別にアタシ支払いのままでもかまわないのよ?」
「ダッテサ?」
「だってさ、じゃねえ! お前、金がからむ事は俺以外にあんま甘えんじゃねえぞ!?」
「エ? それってもしかして、キョーシロー……嫉妬?」
「お前ぶっ飛ばされてえの!?」
ただ、霧夢さんが契約していたのが、水深10000メートルまで通信可能なダンジョンアタッカーしか契約しないクソ強回線だったので、そこは普通の一般人が使う回線に戻して再契約させてもらった。
ついでに、仕方ないのでほぼ死にかけだったバッテリー交換も済ませてやった。
「豚骨スープは、生き物だったんじゃよ!」
「ナ、ナナナナナ、ナンダッテー!?」
「……理屈はともかく、その結論はアホくさいっすね」
六月初週、土曜日。
ラーメン修行初日。
ブッコロは生放送を望んだが、修行内容をそのまま垂れ流したらアーカイブが長くなりすぎるらしく、動画撮影で済ませる事となった。
修行会場は、ラーメンを食う動画を撮影したブッコロのダンジョン。
司会進行役が居ない以外は、スタッフも狼会長のボディーガードも面子は変わらず、ただ霧夢さんとギヴが新規加入しただけ。
カメラは今、ホワイトボードの前に立ち教鞭を振るっている狼会長と、学校用の机についているブッコロとギヴを捉えている。
俺と竜崎さんと霧夢さんは、そこから少し離れた所でパイプ椅子に腰掛けて、撮影の様子を見守っている。
「――日本における豚骨ラーメンの起源は二つあり、そのうちの一つに、火加減を間違えて強火でスープを煮込んだら白濁してしまったというのがあってじゃな?」
今日作るのは、ブッコロの希望で豚骨ラーメンとなった。
前回の撮影以降、豚骨ラーメンが忘れられなくて堪らないらしい。
「…………スヤァ」
「こりゃブッコロ! 寝るでない!」
「ハヴァワワワワワ! こーりゃウッカリウッカリ!」
「ボス、真面目に修行する気あるんすか?」
「アルアル! でも朝早かったからウッカリ八兵衛!」
「ネタが古すぎやせんか!?」
竜崎さんが「減点ねえ」と呟いたのはともかく、朝六時集合だったから眠たくなるのは分かる。
なんでそんな早い時間だったかというと、今やってる座学の前に、ラーメンを作るための最初の下準備をする必要があったからだ。
その下準備とは、ゲンコツ(豚骨の大腿骨など)を三時間くらい水に浸けて解凍&血抜きする事。
浸けてる間に、こうして座学している訳だ。
最低限の準備だけでも三時間かかる上、初心者二人に教えるのにどれだけ時間がかかるかハッキリとは分からない。
おまけに、ブッコロがなにやらかすか予測不可能なので、念のため尺を長くとっておきたい。
だからこそ朝六時集合だった訳だ。
「あと少しで三時間じゃな。では座学は一旦ここまでして、そろそろブッコロ希望の豚骨ラーメン作りの詳しい説明に入る」
「フワオウッ! キタコレ!」
「……寝ないで下さいよ?」
「初めてのラーメン作りじゃし、保護者参観の元だからの。あんまり時間をかけるのもなんじゃろう。よって今回は、時短豚骨ラーメンを拵える。プリントにある通り、材料は水、ゲンコツ、豚皮――おいこりゃブッコロ!」
「……んア? 寝てない寝てナイ。聞いてたから聞いてたカラ」
「嘘吐くでないわ!」
「ボス。流石にここは謝っておいた方が良いすよ?」
「ソウ? じゃあ、…………我が可愛すぎてゴーメーンッ♡」
「張っ倒されたいんかお主は!?」
両手で作ったハートを押し出してるのがよりムカつきますよね、狼会長。
「何ィ!? ホーコとカスミを一撃で悩殺した究極アルティメット超スーパー謝罪が効かないダト!?」
効くわけねえだろボケカスが。
「可愛くて無罪にしたいけど、ごめんなさいこれも仕事なの。……減点。圧倒的減点」
キュンキュン身悶えしながら査定メモを取る竜崎さん。
感情を優先しない仕事に真面目なその姿勢、実に助かります。
「嗚呼、ブッコロちゃんの可愛さが罪深過ぎぃ……」
鼻血出てますよ霧夢さん。大丈夫ですか? ……ああはい、これティッシュです。どうぞどうぞ。
「……なあハゲシファー。我、腹減ったんだが、眠気覚ましにあれ食ってイイ?」
そう言いつつブッコロが指差したのは、遠目のテーブルの上に人数分だけ重ねて置かれてあるロケ弁。
確かあれは全部、焼肉弁当だった筈だ。
「眠気覚ましどころか眠気を呼び込むじゃろどう考えても!」
それはそう。
正解も正解大正解です狼会長。
「睡眠不足故の腹減りナノー! 我いますぐ食べたい食べたい食べたいノー!」
「会長。眠くなっても魔法で眠らない様にさせる事もできるすよ?」
「……それなら、まあええか」
絶対良くないですけどね。
「ヒャッホイ! 弁当ベントー! 焼肉ヤキニクー!」
ルンルン気分で両手を腰にあててスキップしながら焼肉弁当に向かっていくブッコロ。
まだ九時になって間もないのに飯にするなら、……まあ、こうしてやるしかねえか。
「おいブッコロ。俺は弁当いらねえから、昼になったらもう一個食っちまえ」
「フワオウッ! キョーシローったら太っ腹ア!」
両手をあげてクルクル回転しながら喜びを表現するブッコロは、近くのテーブルにつき焼肉弁当を喰らいはじめた。
「…………アレ? キョーシローが焼いた肉の方が美味くネ?」
そりゃな、普段はお前の舌に合わせて高い肉を買ってきてやってるし、おまけに低温で時間かけて焼いて、タレもお前が好きだっつったヤツをかけてるからな。
そんな事してるってわざわざ言うのも恥ずかしいから黙ってるけどよ。
「それはね? 狂四郎君が、ブッコロちゃんの為だけに、わざわざ美味しいお肉を、肉汁を漏らさない様にじっくり弱火で何度もひっくり返しながら焼いて、とどめにブッコロちゃん好みのタレをからませてくれてるからよ?」
「なに勝手にバラしてんですか!?」
「ヤダ、キョーシローってばマジでツンデレジャン!?」
「別にてめえの為にやってんじゃねえんだからな!って感じかしら?」
「どうにかして竜崎さんに減点入れられねえかなあ!?」
監視役がブッコロを増長させようとしないでくれませんかねえ!
「……ンー、味の問題カ? 弁当一個じゃ物足りないカモ?」
マシマシラーメンを替え玉するレベルの大食漢だしなお前。
「普段から三人前はペロリだもんね? なら私の分も食べちゃえ食べちゃえ」
「そういう事なら、アタシのも食べていいからね?」
「ウチらスタッフのも別にいいすよ?」
竜崎さん、霧夢さん、動画の配線と撮影役の人ら合計四名に弁当を貰ったブッコロは、瞳を潤ませた。
「ハフゥ。日本人は今も昔も相変わらず優しいヤツばっかダナ。ヒデキ感激我感激」
今日はクソ古ネタで攻める気かお前?
「……ボスが思う、一番優しい日本人は誰すか?」
「キョーシローダガ?」
即答すんじゃねえよ恥ずかしい!
あとなに余計なこと聞いてくれてんだこのギヴ野郎!
「そう思う理由とかあるの?」
竜崎さんも変に突っ込んで聞こうとしないでくれません!?
「フム。……キョーシロー以外にも、言語交換アプリで日本語教えてくれようとしたヤツがいたんダガナ? 短くて三日、長くても一週間やそこいらで、忙しいからと何かと理由をつけて我から離れて行っタ。でもキョーシローだけは六年もずっと我に付き合ってくれタ。キョーシローは、我が知る限りでは、一番ド根性のある優しさマシマシジャパニーズ」
お前そういや最初はコンニチハくらいしか喋れなかったもんな。
しかも使えると思ってたAI翻訳が一切機能しなかったし。
そりゃ誰だって付き合いたくねえよ。
なんなら俺もそうだったよ。
「あのさ、そりゃちょっと思い出が美化され過ぎてねえか? 俺だってお前から離れようとしただろ? そろそろ忙しくなりそうだから会えなくなるって話切り出した事あったじゃねえか」
「でもこの我の――キュルルンッ♡ 悲しそうな瞳に引っかかったのはキョーシローだけなのデシタ」
「おまっ、それ意図的だったのかよ!?」
「途中からはワザとやってたカモ?」
「畜生! そんな目されたら誰だって考え直すだろうが!」
「キュルルンッ♡」
「この野郎もう二度と騙されねえからな!」
「無意識でやられたらどうせコロっといく癖に?」
「竜崎さんちょっと黙っててくれませんかねえ!?」
というかまさか、先日のスマホの時も意識的にその目をしたんじゃねえだろうな!?
「……おーい。はよ食わせてやってくれんか? とっとと撮影を続けたいんじゃがのー?」
「すんません急いで食わせます!」
「ッシャ! マッハ3で食うワ!!」
「いくらなんでも焼肉弁当を10秒チャージすんじゃねえ!」
これ以降、ブッコロは眠らない為の魔法を己にかけながら修行を受け続けた。
それがいけなかった。




