010 フォーエバー伸び代ダンジョンボス(上)
「ギヴ君をテイムしたのって、社会人になるちょっと前に、最初で最後の記念にダンジョンアタックした時だったのよね。時期的にもギヴ君のお世話がちょーっと大変だったわねえ」
ブッコロはいま弁当三箱食って、残りは昼に食おうと決めて早弁している最中だ(一箱は10秒チャージ済み)。
霧夢さんはその間の雑談にと、ギヴと出会った頃の事を教えてくれた。
「ギヴの世話というと、言葉とか常識とかですか?」
「そうねえ、主に言葉かしらね。ブッコロちゃんにも教えてあげたかったんだけど、仕事を覚えるのとギヴ君の相手でアタシもいっぱいいっぱいだったのよ。だから、ためしに言語交換アプリをお勧めしてみたの」
「なるほど、そういう流れだったんですか」
細かい部分を脳内で補足しておこう。
テイムの首輪で繋がってるマスターとモンスターは、ある程度の意思疎通が可能となる。
その機能を使い、霧夢さんが言ってる事をなんとなーくギヴがブッコロに伝えて、言語交換アプリを使う様になった、という感じみたいだ。
「でも、よくギヴをテイムしましたね。時期的にも、忙しくなる事なんて分かり切ってたじゃないですか?」
「一緒に居た友達全員を即座に昏倒させて、テイムの首輪差し出しながらこれオレに付けろってジェスチャーしてきたのよ? 怖すぎて断れる訳ないじゃない?」
「アイツ本当最悪だな! いやブッコロが原因なんだろうけど!」
「そう、出会いはとんでもなく最悪だったけど――ギヴ君ったらマジめっちゃ可愛くてね? 最初はお箸もちゃんと使えなかったから、あーんして食べさせてあげて…………じゅるっ」
なんか恍惚とした表情で涎たらしはじめたんだけどこの人!?
「長身痩躯のイケメンに、アタシの手でご飯食べさせたりお風呂入れさせたり着がえさせたり寝させたりするのが、あんまりにもめっちゃ凄く新鮮で面白くて楽しくて楽しくて楽しくて可愛くてえ!」
頬を紅潮させて息を荒くしている霧夢さんが怖い怖い怖い怖い!
いっそ、もう黙ってくれませんか!?って突っ込みたいけど失礼になるだろうからそんな事言えねえ!どうしよう!
なんて悩んでたら、狼会長の助けになる言葉が飛んできた。
「そろそろ撮影再開するでな! 皆さまお静かに頼みますぞ!」
あらあらまあまあと、霧夢さんは残念そうな瞳で俺に笑いかけてくれた。
「仕方ないわね! この話はまた後でしてあげるから!」
「ええ、機会があれば是非」
昼食時はこの人から出来るだけ離れようと決意しつつ、ラーメン修行の見守りを再開。
座学時とは場面が変わり、料理器具が置かれた長テーブルの前にブッコロ達が立っており、その奥にホワイトボードがあるといった形だ。
狼会長はボードに書きながら、口頭でも手順の説明をしてくれている。
「今回は宣言通り、超絶時短豚骨ラーメンを作るでな。よって圧力釜に、下茹でしたゲンコツと豚皮――おいブッコロ!」
「ごめんモグハゲシファーモグ! そこにあったチャーシュー食べちゃっタモグ!」
お前さあ、前回も似たような事してなかったっけ!?
どんだけ堪え性ないの!?
「謝るなら食うのをやめんか!」
「眠気覚ましの魔法使ってたら妙に腹減っちゃっテ! ……アワワワワワワ! ドシヨ!? 手が止まらないヤメラレナイイイイイイイイ! クソオオオオオ! 我が右手よ、鎮まり給エエエエエエエエ!」
「叫びながら爆速で食うでないわ!」
言ってる事とやってる事が真逆過ぎる!
「これ、どうするんすか? 肉無しでいくんすか?」
「……まあいいじゃろ。どうせ別枠でチャーシュー作りはする予定じゃったしな」
「じゃあ食べきって良かったノ!? フワオウッ! セーフ! 超絶セーフッッ!」
「完全アウトじゃわ!」
気を取り直して、狼会長は再度説明を入れてくれた。
下茹でしたゲンコツと豚皮、その他諸々の材料を圧力釜に放り込み、一時間したら火を止めて、ハンドブレンダーでスープを無理矢理乳化するらしい。
その一時間の間で、新しいチャーシューの用意をするとの事。
「チャーシューは、外モモ肉とバラ肉で作る。まずは濃口醤油、ショウガ、ニンニク、リンゴで作ったタレで生肉を炊いていくでな……おいブッコロ。何故リンゴを見ておる?」
「イヤ、何でもナイ! 我、お腹空いても絶対つまみ食いシナイ! ここに宣言ス!」
「……一個ならリンゴ食ってもええぞ?」
「…………二個は駄目?」
「交渉しようとするでないわ!」
「うちのボスがマジすんませんっす」
ガチで狼会長が苛ついてきてる感じがする。
もうあんまり会長を刺激するなよブッコロ?
……無理だろうけど。
「ッシャ! リンゴ五個でなんとかチャーシュー作りをこなせたゾ!」
「それはよかったの……」
チャーシュー作り終了後。
ジト目で軽く睨む会長にウィンクを返したブッコロは、頭を軽く叩かれた。
「リンゴの数がギリギリ足りて本当良かったすね」
「多めに用意しておいて助かったわい」
酷く疲れた表情の狼会長を一切気にする事無く、ブッコロは壁にかけてある時計を見た。
「……そろそろお昼にシナイ?」
「お主の食欲どうなっとんじゃ?」
呆れたような、かつ諦めたような瞳をブッコロに向ける狼会長。
「まあ、ボスも疲れてるんすよ。眠気覚まし以外にも、普段から並列起動させてる魔法あるっすもんね?」
「ウム! 我は常に【体重を30キロにする魔法】【攻撃力0にする魔法】【ダンジョンボスのオーラを消滅させる魔法】とかいろいろ纏めてゴリっと同時にバッサーと使ってるからナ!」
おいそれ初耳なんだけど!?
いやでも……そうか、それくらいしないと俺たちと日常生活なんて送れないか。
後日、ちょっと気になったから本当の体重を聞いてみたんだけど、ブッコロのリアル体重は564キロらしい。
多分、魔法がなかったら家の床が抜け放題だわ。お気遣いマジありがとうなブッコロ。
……絶対その魔法途切れさせんなよ? 頼むからな?
「なるほど、なんだかんだお主も大変なんじゃの?」
「ソウダゾ? だからそんなに怒らないでくれナイ?」
「お主、逆効果って言葉の意味を知っとるか?」
こめかみに青筋が浮かび上がって来た狼会長。
「…………エ?」
「もうええわ。ワシはトイレいってくるでの。皆の者は昼休憩に入るが良いじゃろう」
「……ハッ! イットイレー!」
言うタイミングを逃さなかったのが嬉しかったのか、ニコニコ笑顔で狼会長に両手を振るブッコロ。
「包君! こやつ、一発くらいビンタしてもいいかの!?」
「いいと思いますよ?」
「良くないガ!?」
狼会長に頬をつねられたブッコロは、若干不服そうにしながらも焼肉弁当を食おうと手を伸ばした。
「……本当にスタッフの分も食べていいノ? お腹すいてなイ? 大丈夫ソ?」
「ウチらの事は気にしないで、食ってやってください!」
「フワオウッ! じゃあご厚意に甘えさせて――頂きマスッ!」
基本的に迷惑しかかけてないブッコロが、礼儀正しくスタッフに向かって頭を下げた。
その瞬間、空気が暖かくなり、ほっこり空間が生まれた――のも束の間。
狼会長が戻って来て、弁当を食べようとした時だった。
「…………ほ? ワシの分はどこじゃ?」
会長は、今実際に飯を食っているギヴとブッコロに視線をやった。
ギヴが手にしているのは、弁当一つ。
絶賛食事中のブッコロの隣には……空の弁当箱が三つ。
……今食ってる他に、三つ!?
アイツ、朝に何箱食ったっけ!?
「おいブッコロ。ワシの弁当知らんか?」
「エ? ……………………アッ!?」
ちょうど弁当を全部食いきったブッコロは、ぐるりと周囲を見回し、顔を青ざめさせた。
「ご、ごごごご、ゴメン! ハゲシファーの弁当、我、間違って食べちゃっタ!?」
「間違えた理由は一体なんじゃ!?」
「そ、それは、ソノ……居なかったカラ!」
「居なかった!? 誰が居なかったというんじゃ!?」
「司会進行役! 不在なの気が付かなかったんダヴォン!」
「スタッフが三人だと勘違いしてたんかお主!?」
そうだな、スタッフの分は全部食べていいって言われてたからな。
ブッコロならやらかしてもおかしくないと、俺が事前に察知しておくべきだったな。
「これについては我が悪いカモ! マジすまんハゲシファー!」
「かもじゃないわこのバカタレが!」
「オレも似たような苦労してきたんで、辛さは分かるす」
「よくもまあこんな者の手下をやってこれたなお主! 流石に尊敬してしまうわ!」
「でしょう?」
「二人とも酷すぎデハ!?」
「いえ、残当すよ?」
「ソウナノ!?」
あらかじめ用意していたチャーシューを全て食われ、リンゴも一個どころか五個も食われ、あげくに弁当まで食われた狼会長。
彼が抑えていた怒りは、俺の想像をはるかに超えていたのかもしれない。




