011 フォーエバー伸び代ダンジョンボス(下)
「午前中にも言った通り、ハンドブレンダーでスープを乳化させる!」
昼休憩が終わるなり、深々と溜息を吐きながらブッコロの額をデコピンした後、次の手順を説明してくれた狼会長。
「ブレンダーを、スープに浮いた油を混ぜる様に動かしながら攪拌していく! ……ブッコロや、お主はちと危ないので、ワシが後ろからサポートしてやろうの?」
流石は年の功といった所か。
苛々マックスも甚だしいだろうに、それでも好々爺といった表情でやさしーくブッコロを助けてくれようとしている。
「力を抜いて、ワシに身を任せるんじゃブッコロ。……力を抜けな? …………だから力抜けと言っとるじゃろう!?」
「既に抜いてるガ!?」
「もっと抜くんじゃよ!」
「エ!? これ以上はブレンダー落っことしちゃいそうなんだケド!?」
「いいからとっととせんか! お主を操作できんわ!」
「わ、分かった分かっタ。可能な限りめっちゃ脱力してみ――アッ」
がつん。
ハンドブレンダーが鍋の枠に当たり、アタッチメント部分が浮いてきた。
「アヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァアアアアアアアアアアアア!?!?!?!?!?!?!?」
しゃばばばばばばばばばばばば。
それはまるで、豚骨スープのスプリンクラー。
くっせえ汁が盛大に飛び散るわ飛び散るわで大惨事も大惨事。
「ブレンダーを停止させんか! はようボタン押せ! はようはよう!」
「若干スープに手を突っ込む形になるけどイイノ!?」
「かまわんから――ええいもういいワシがやるわい!」
ハンドブレンダーが止まり、豚骨スプリンクラーも急停止。
ブッコロは、顔からなにから全身、白濁とした液体に塗れていた。
狼会長も顔いっぱい、隣に居たギヴは肩から先がべっとり白濁していた。
「……ゴメンナサイ」
流石に悪いと思ったのか、肩を落としてしゅんとしつつ謝罪したブッコロ。
そんな彼女の頭を撫でて、さっきより深いため息を吐いた会長。
「いや、今のはワシも悪かったの。……とりあえず、身体を洗ってこんとな。ダンジョンの受付にちょいと話して、シャワーとか借りられるか、聞いてくるわい」
「着替えも必要すよねこれ?」
「シャワーしてる間に服を買わせてこよう。とりあえず二人とも一旦待っておれ」
「…………待ってる間に、残ったスープ攪拌してオク?」
「そうします?」
「黙って大人しくしとれ!」
三人分の更衣室とシャワー室の使用確認、服の購入と着替え、更にダンジョンの掃除、諸々合わせてたっぷり二時間程かかった。
豚骨の匂いが思ったより強烈に身体に沁みついていたらしく、特にブッコロは全身浴びてたもんで、なかなかシャワー室から出て来なかった。
「よし、では修行を再開する! まずブッコロ、ワシの前に立て!」
「……ハァイ」
どういう訳か、気持ち元気なさそうな、というかどこか申し訳なさそうな表情のブッコロは、素直に会長の前に立った。
「まずワシがブレンダーを持つから、そこに本当に軽く手を添えてみるんじゃ。ほれ、動かすぞ? 力を抜け? ワシの動きだけを感じてみい?」
「…………ナルホド、理解理解! ボス理解!」
「じゃあ次は自分で動かしてみい? ほれ、パスじゃ」
「ッシャ! キタコレ!」
見よう見まねでハンドブレンダーを動かすブッコロ。
ちょっとだけ様になってる気がしないでもない。
「おお、上手い上手い。よう出来とる出来とる」
「我だからナ! ダンジョンボスだからナ! これくらい出来て当然だからナ!」
「結構短時間で乳化できるんすね。……あれ? もう攪拌十分そうじゃないすか?」
「そうじゃの。ブッコロや、ブレンダーの出番終了じゃ」
「オッケ、分かったブレンダー要らな――ハヴァアアアアアーッ!?」
再び咲き誇る、豚骨スプリンクラー(弱)。
「馬鹿者! ブレンダーを停止させてから抜かんか!」
「あーあーあーあー! これだからボスは嫌なんすよ!」
「ゴヴェエエエエエン! マジゴヴェエエエエエエエエエエエエン!」
謝るブッコロを会長がどかせ、ちょっと飛び散っただけのスープをスタッフが掃除し(ブッコロの服も少しだけ拭いて)、次にギヴがスープを難なく攪拌させた。
「さて、昼前に作ったチャーシューも、そろそろタレがしっかり沁み込んだじゃろ…………うん?」
「……チャーシュー作った鍋、確かこれすよね? ……空っすね」
二人の視線が、自然にブッコロへ集中した。
「…………」
当の本人は、黙って土下座をぶちかましていた。
しかも、床に額を押し当ててのガチ土下座だ。
「お主というヤツはああああああああああああ!」
「二人の豚骨の匂い消しに魔法使ったらちょい腹減っちゃっテ! 正直これはガチで反省してるからアアアアアアアアアアアア! 大変申し訳ございまセエエエエエエエエエエエエン!」
涙目で言い訳するブッコロ曰く、迷惑かけた二人の豚骨臭だけはせめてすぐに消してあげたいと消臭魔法使ったら小腹が空いたので、こーれはまずいと思い、自分だけはせめてと自力でごしごし身体を洗って匂いをなんとか消したらしい。
いや、だからといってそれでせっかく作ったチャーシュー食ってたら台無しだろ。
……というか、さっきのつまみ食いしない宣言はどうしたんだよお前!
「責めるに責めれん問題児じゃのうお主は!」
「ギリギリ見捨てられない範囲で、かつ天然でやらかすのが上手いんすよねウチのボス」
「もう、もうお腹いっぱいナンデ! もうつまみ食いはしないんデ! 今度こそ大丈夫なんデ!」
「当たり前じゃたわけが!」
ほぼガチギレ状態の狼会長は、それでもブッコロらに野菜を――フライパンから盛大に溢しつつ――炒めさせ、とどめに温玉も作らせた。
それが終わったらスープを温め直し、マシマシラーメンが工場で作ってる麺を滝落としし――
「よし、チャーシュー抜き超時短豚骨醤油ラーメン一丁あがりじゃ!」
――ようやく、目的の豚骨ラーメンが出来上がった。
ちなみに、手間と会長の疲れの問題から、トッピングの量はマシマシではなく、そこらの店で食える普通のラーメンと同じ盛り付け量になっている。
「おお、自分で作ったにしちゃ美味いかもしんないすね!」
ブッコロより先にラーメンにクチをつけているギヴ。
それに対して、ブッコロは随分と大人しい。
野菜を一口食ってからずっと、まったく箸が進んでない様に見える。
「……む? ブッコロどうした? ご所望の豚骨ラーメンじゃぞ?」
「…………エ、エット、……ソノ――」
両手の人差し指を合わせて、バツが悪そうな顔で、かつ笑顔で言い切りやがった。
「――我、お腹イッパイ! 食べれナイ!」
がつんっ。
狼会長はテーブルを怒りのまま叩き、おもむろに立ち上がりつつ怒鳴った。
「破門! 破門破門破門! ブッコロ、お主は破門じゃ! 今後一切、ラーメン作りに手を出そうとするでない!」
「ホゲエエエエエエエエエエエエッ!? ナンデナンデ!? ドボジデエエエエエエエエエエエエ!?」
泣きわめくブッコロをカメラで捉えている撮影役の人が、小さくガッツポーズして興奮冷めやらぬといった表情で呟いた。
「流石ブッコロちゃんさん! 修行初日で破門は撮れ高最高ですよお!」
……楽しそうでいいですね。




