012 善悪判断<カッチョイイ
動画撮影終了後、ブッコロは狼会長に深々と頭を下げた。
「ハゲシファー、ほんとうにゴメンナサイ! どうしたら破門解いてクレル!?」
「絶対に破門は解かん! 諦めるんじゃな!」
ソンナ、ドボジデ!と膝から崩れ落ちるブッコロ。
「もっかいちゃんと謝ったらどうすか?」
「エ? そ、それじゃあ、……ゴーメーンッ♡はやったし、普通に謝るのもやったし、土下座もしたし…………アッ! 萌え萌えキュンしてナイ!」
「……は?」
何言ってんだコイツ?みたいな困惑の表情を浮かべる狼会長。
「ハゲシファー! ゴメゴメキュンッ♡」
「舐めとんのか!?」
なんでこんなフザケた謝り方をしたのか後で聞いてみた所、「可愛くてゴーメーンッ♡が謝罪になるなら、萌え萌えキュンの亜種も謝罪になると思ったカラ……」との事だった。
分かってはいたが、コイツ、あまりにもアホ過ぎるだろ。
というか、可愛くてゴメンの時点で謝罪になってねえんだわ。
「ブッコロや。破門を解く解かないの前に、お主にはちと常識というモノを教え込まんといかんの。また何かの撮影に参加してもらうにしろ、このままでは使い物にならんわい」
「分かっタ! 我、常識人にナル!」
「常識ないクセにその言葉は知っとるんじゃな!?」
狼会長と軽く話し合い、俺らは日常生活の常識を、会長は週に何度かコンプラ研修をブッコロに教える事となった。
別に今迄も教えてなかった訳じゃないけど、今後はもっと意識的にやるって話だ。
「ア! 非常識人発見! 電車で飯食ってル! いーけないんだーいけないんダー!」
三人で帰宅途中。駅のホーム。
ブッコロに、お前が覚えてる常識と非常識って何かあるか?と聞いたら「フンヌグヌグヌググヌヌヌヌゥー……」と唸りつつ激しく悩みやがった。
これは答えが出なさそうだな、と若干諦めかけたその時、ブッコロははっとした表情で、グリーン車で優雅に駅弁食ってるオッサンを指差し非難しやがった。
「グリーン車だからいいんだよ」
「マジデ!? ナシテ!?」
「通常の運賃とは別途でグリーン料金を払ってるから、かしらね」
「ナルホド、ルールは金の力でねじ曲げられるのカ」
「違うわ馬鹿野郎」
普通の車両に乗った瞬間、ブッコロが「文無し車両」とか呟いたけど無視無視。
「……アッ! アイツ、匂い的にコーヒー飲んでナイ!? グリーン車じゃないから飲食禁止ダロ!? いーけないんだーいけないんダー!」
「人を指さすな! おクチ強制チャックだこの野郎! 静かにしろ!」
焦り散らかした俺は、迅速にブッコロのクチを手で塞いだ。
「ハブブゥ~……」
ブッコロに指摘された、若干遠くに居るサラリーマンに「すみません」と頭を下げつつ謝罪すると、苦笑いしながら首と手を軽く横に振ってあっさり許してくれた。
うわー、相手が普通の人でマジ良かった。変に騒ぎにならずに済んで助かったわー。
なんてほっと胸をなでおろしている間、竜崎さんは抱き上げたブッコロに知識をひとつ授けた。
「あのねブッコロちゃん、コーヒーくらいは別に普通車両で飲んでもいいのよ?」
「ウッソ!? 文無し車両もルールねじ曲げいけちゃうノ!?」
ウィスパーボイスで叫ぶブッコロ。
まあ、うるさくはないから声量については良しとしておこう。
「あのな? 電車は飲食が禁止されてる訳じゃなくて、ただ他人に迷惑かけなきゃある程度許されるって話なんだよ。……んー、いや、迷惑かけるかけないって言われても、お前にゃ分からねえか」
「ウン」
「ドヤ顔で頷くなボケ」
これは、どうしてやればいいのかね。
狼会長と約束した手前、ある程度しっかり教えておくべきなんだろうけど……。
いや、ちょっと斜め上の結果に収まったとしても、それっぽくマナーを抑えられてる感があればいいだろう。
その程度で許してくれ会長。
「ブッコロ、ちょっと質問だ。満員電車で立ってコーヒーを飲むのは基本駄目なんだけど、多分そうなってもその人に、駄目だって誰も指摘しないんだよな。……なんでだと思う?」
「ウ~ン…………分からン。駄目なら、普通に教えた方が良くネ?」
本当悪いな狼会長。
多分、普通に教えても効果無いと思うから、こっち方面でいかせてもらうわ。
「…………その方が、カッコイイからだ」
「……ホヘ?」
「狂四郎君?」
眼を見開いて、何言ってんの?って顔をする竜崎さん。
別に適当に発言してる訳じゃないので安心して下さい。
コイツ、自分自身の事を可愛いって分かってるというか思い込んでるんで、逆に言えば格好良いっていう評価も欲しい筈なんですよ。
それを逆手にとってやろうってだけです。
「想像してみてくれ。目の前に間違った行動をしているヤツがいる。でも、お前だけは正しい行動をしている。お前が、お前だけが正しい行動をしているんだ」
「フムフム……」
よし、このありえない状況設定をそのまま飲み込んだな?
今だけは、ブッコロがクソ馬鹿な事がマジで救いだわ。
「間違ってるからやめろ、とは言わずに、余裕たっぷりの表情で相手を見逃す、常に正しいお前の姿を想像してみてくれ」
「我だけ正しくて、目の前の奴が間違ってて、余裕たっぷりでお相手見逃し、………ハッ!?」
ようやく合点がいったのか、全身を小刻みにぷるぷる震えさせながら、両手の先をクチに添えた。
「……カ、カッチョイイ?」
よっしゃかかった!
「そうだカッチョイイんだ。お前もモンスターなら何度かあったんじゃないか? 相手が取るに足らないから見逃してやる、みたいな事が」
「アッタアッタ! めっちゃアッタ!」
ウィスパーボイスを忘れて普通に大声でうんうん頷くブッコロ。
うるっせえ静かにしろ!と言いたいのを堪えるんだ俺!
この勢いのまま騙くらかして無理矢理納得させるんだ!
「人間におけるマナーとは、モンスターとしての強さを、そして余裕の事を言う」
「マァアアジデエエエエエエエエ!?」
俺の割と無茶な詐欺理論がおかしいのか、あるいはブッコロの騙され具合が面白いのか、竜崎さんはずっと笑いをこらえている。
お願いですから、せっかく整ったこの場を笑いで台無しにしないで下さいよ?
「余裕があるヤツは、カッチョイイ、よな?」
「ソレハソウ!」
「人間もそうだ。マナーを覚えて、余裕しゃくしゃくで不届き者を見逃す。……ああ、あまりにもカッチョイイ」
ノリで自分の身体を抱きしめてみた。
……やっててちょっと恥ずかしくなってきた。
「我、マナー覚えル! 人間のマナー覚えて我もカッチョ良くなりタイのタイのタイのタイ!」
両手をあげてその場でぴょんぴょん飛び跳ねているブッコロ。
五月にリアルで出会って以降、はじめてお前が可愛いと思えたよ。
よし、じゃあ人間のカッチョイイをもうちょっと覚えてからマナー講座にいくとするか。
「その前に、お前にはハードボイルドってモンを知ってもらおう。帰ったら映画見るぞ?」
「映画? ナシテ?」
「……見れば、お前は更にカッチョ良くなる」
「エッ!? それなら見ル見ル!」
格好良さって、馬鹿につける薬だったのかもしれない。




