013 日系モンスター街道を突き進むダンジョンボス
「フワオゥ。黙って仕事をこなすの超絶カッチョイイ……」
「お前はまず、黙ってマナーに従う所からはじめろな?」
「……リョウカイ」
ハードボイルド映画は、想像以上に効果テキメンだった。
我ながら良い騙し方をしたもんだ。
「フフフ、信号守る我、カッチョイイ。これこそが強者の余裕というものヨ……」
映画鑑賞の翌日。
横断歩道の赤信号に待たされている最中、低い声で呟いてアピールしてきやがった。
……仕方ねえ、ここは付き合ってやるか。
「うわー、あまりにもカッコよすぎるなー。憧れちゃうなー」
「……手なんかあげちゃったりシテ?」
青信号になるなり、寸足らずな手をスッパアアアン!と素早く華麗に振り上げてから歩き出したブッコロ。
そこですかさず竜崎さんが追加攻撃。
「きゃー! 素敵ー! ブッコロちゃんてばいつの間にそんなにカッコよくなっちゃったのー!?」
「フフフフフ、落ち着けよ二人トモ。ハードボイルドに、行こうゼ☆」
ニヒルな笑みを浮かべるブッコロがクソうぜえ。
でも、今の所は上手くいってるから良しとしておこう。
「ラーメンは啜るのがベストオブベストマナー!」
「スープが飛び散って……いや、なんでもない」
そして、家に帰ってからの昼食時。
ブッコロは獅子舞のごとく首をグネグネくねらせながら麺を啜り上げている。
……くそっ。今はとにかく色んなマナーを教える段階だ。
ラーメンマナーが完全に間違ってる訳じゃないから、ここで変に指摘するより一旦泳がせておいて、他のマナーに意識を向けてもらった方が長期的には良い筈だ。
だから堪えろ、堪えるんだ俺! 今怒鳴ったらきっと逆効果だ!
「ア! キョーシローもホーコもちゃんと啜れてナイ! バッドマナー! カッチョ悪イ!」
「うるせえ黙って喰え!」
怒りのまま食事マナー講座に突入。
そして信号や電車の他にも、挨拶、正しいゴメンナサイの仕方、近所の人の家に招かれた時の最低限の作法等を教え続け――週二程度で狼会長の所にコンプラ研修に通いつつ――1ヶ月が経過したある日。
「……アレ? マナー守ってるの、我だけじゃなくネ?」
赤信号の横断歩道前。
ふと周囲を見回したブッコロはとうとう、なるべく気がついて欲しくなかった真実に辿り着いた。
「わ、我だけカッチョイイ訳じゃないのデハ!?」
「そうだな」
「やっと気が付いたのね……」
まるで油の差さっていないブリキ人形みたいなぎこちなさで、俺を見上げるブッコロ。
「我だけカッチョイイんじゃないなら、マナーを守る意味ガ……」
「へえ? だったらお前一人だけ、赤信号で横断歩道を突っ切ってみるか? でも、そうするとお前はどうなる? 他の人から見て、お前はどう映ると思う?」
数秒間、ブッコロはぽかんアホ面をした後、眼とクチを大きく開け、愕然とした表情で身体を小さく震えさせた。
「……………ハッ!? そ、そそそそ、それやると、わわ、我、我ダケ――」
ブッコロは両手で頭を抱え、その場にうずくまりながら叫んだ。
「――我だけカッチョ悪くナル!?」
これ以降、ブッコロはよく周囲を見る様になった。
そして、この馬鹿ご所望のゲーム機を電気屋まで買いに行った帰りの電車内。
ブッコロは座席に座って寝ている人を手の平で指しつつ、驚きのウィスパーボイス絶叫をかました。
「ウエエエエッ!? アイツっていわゆる外国人ダヨナ!? 我より日本人らしくネ!? 佇まいがあまりにもジャパニーズ!」
座席の端に座り壁に頭を預け、足をしっかり閉じて寝ている外国人男性。
彼が日本生まれの日本育ちである可能性も否めないけど、そうじゃないのなら大したもんだよな。
この馬鹿が驚くのも納得だ。
「あれこそが、郷に入っては郷に従えの体現だな」
「……ナニソレ?」
「その土地のやり方、というかまあ、……日本人じゃないのに、日本の習慣にちゃんと寄り添って生きてるって意味だよ」
「それ我もやってるヤーツー! めっちゃ寄り添いマクリー!」
「……落第生もいいとこだけどな」
「ウッソ!? ドコガ!?」
「それ私たちの台詞だからね?」
「流石にヒドナイ!?」
クソボケブッコロのマナー学習に付き合っているうちに、七月も二週目に突入した。
本日は水曜日。今週も残り四日。
面倒な事に、再来週の月末は――大学の前期試験だ。
来週になったら流石に試験勉強しないといけない。
「……うん? なんだ?」
大学の門をくぐって、一限目の講堂に向かう。
しかし妙な事に、さっきからやけに視線を感じる。
それと、気のせいだろうか、妙にひそひそ噂をされている様に思えなくもない。
実は、ブッコロが単独で大学に来た後、竜崎さん、というか自衛隊経由?政府経由?で、大学学長を説得してもらった。
内容は以下の通り。
1、教員も生徒も、包狂四郎を最強テイマーではなく、単なる無名の一般学生として扱う事。
2、ダンジョンアタック部に、包狂四郎の勧誘を禁止させる事。
3、今後、もし包狂四郎の名声があがるような出来事が起こったとしても、むやみやたらと騒がない事。
この三ヶ条が成立してからというもの、俺の大学生活は実に穏やかなものだった。……なのに、なのにだ。
どうして今日はこんなに騒がれてるんだ?
いや、むやみやたらの文言には触れない程度だからいいっちゃいいけど……。
「お、包来たな? お前またやらかしやがって、目立ちたくないんじゃなかったのか?」
「……は? どういう意味?」
目当ての講堂に入ると、いつもカフェテラスで一緒に昼食を摂っている友人が変な事を言い出しやがった。
一体なんだってんだ?
……まさか、またブッコロが近くに来てるとかじゃねえだろうな!?
とりあえず急ぎスマホを確認してみたけど、……別に誰からもスタンプ送られてないし、竜崎さんからの連絡も無し。
「お前、まさか知らねえの?」
「だから何が?」
首を傾げると、マジかよと呟きながらスマホを取り出し、画面を見せてくれた。
《ドモドモー! こんボスー! バーチャルボスチューバーの、ブッコロ・スーデース!》
まったく想像していなかった展開に思考停止してしまい、たっぷり十数秒経ってから、公衆の面前もはばからず大声をあげてしまった。
「……なんだこれえええええええええええええっ!?」




