007 ピンポン押すのが怖い善意の天災
およそ一週間ほど前。
ダンジョンでの動画撮影が終わるなり、撮影係はブッコロに期待の眼差しを向けた。
「ブッコロちゃんさん、配信の適性ガチでありそうですね! 良ければまた今度何か撮らせてくれませんか!?」
このボケナスのどこに才能を見出したんだかは知らんが、何やら興奮気味のご様子だった。
「ウ~ン…………アッ! 我あれやりタイ! 絵のガワ被って配信するヤーツ!」
「VTuberですか? 初期費用と準備期間の長さが問題ではありますが、マシマシラーメンには公式マスコットキャラクターが居ないので、その枠に後々入れるのも考慮して、……ええ、悪くないですね!」
「準備期間? すぐは無理なのカ?」
「流石に今月中は無理ですねえ。色々用意するモノありますし……」
「用意カ……」
ブッコロは辺りを見回してから、己の手の平を叩いた。
「じゃあラーメン修行配信とかどうダ!? 我、店でラーメン食えないシ! 用意も今あるので出来るくネ!? 師匠はハゲシファーでいいシ!?」
「ふむ、なら今日撮影した動画が100万再生でもしたら、ワシが直々に修行をつけてやろうかの?」
あんだけ迷惑被っても、実利がありそうな事ならやってのけようとする狼会長マジ商売人。
「もし本当にやるなら、ブッコロちゃんさんとはまったく違ったタイプの、出来れば話の通じるモンスターの方と競い合って、という形がベストですけどねえ。ですが、日本語を習得しているモンスターなんてブッコロちゃんさん以外に居る可能性は低いですし、流石に無茶な提案でしたね。忘れて下さい」
相変わらず自己解決が早いのうと狼会長が突っ込んでいる中、ブッコロはぼけーっと斜め上を眺め、ちょっと考えた素振りを見せてから、人差し指を立てた。
「…………人員に心当たり、あるガ?」
ブッコロを抱き抱え急ぎ大学から出て、近場のショッピングモールで――ブッコロを入り口で待たせて――迅速に買い物。
購入した商品は、角を隠す為の深い麦わら帽子2990円。テイムの首輪を隠す為のマフラー1490円。目の赤さを隠す為のハート型サングラス220円。
合計4700円の急な出費が痛えけど、致し方なし。
大学以外でブッコロのマスターだなんだのと騒がれても嫌だからな。
「ウヒョー! 我ってば芸能人ミタイ! これお忍ビ!? お忍びスタイルナ!?」
「いやだからお前は黙ってろバ…………ごほん」
何の為に変装させてんだ馬鹿野郎!とひっぱたきたくなったが、多分それじゃ効果が無い。
恐らく、何を言っても「ナシテ!?」と困惑するだけだろう。
なのでとりあえず、ブッコロの気持ちに寄り添った言葉をかけてみる事にした。
そう、近所のガキを相手にするかの如く。
「お忍びなのに、そんな大声出していいのか?」
「ハッ!? ……シーッ」
唇の真ん中で人差し指を立てるブッコロ。
よーしよしよし、そうだそれでいい。
《おしゃべりするなら念話デ! ッシャオラアアアアアイ!》
「クソうるせえ!」
「シーッ!」
「困ったヤツを見るような目してんじゃねえ!」
本当はこのまま家に帰りたい所だが、ブッコロ曰く「今日はラーメン修行の相方の紹介をするうってつけの日」に急遽なったらしい。
そんな日になった理由を聞いても「説明しようにもインフルエンサーの病気とかで、詳しくは我も分からナイ。でもとにかく緊急らしいから、現場についてから本人から教わるでヨイ?」と返された。
全然良くねえし、講義を放ってまでやるべき事じゃねえ気はするが、今日はもう大学に戻りたくないから、とりあえずブッコロの指示に従いバスに乗る。
二人用の座席で隣り合って座り、走り出したバスの窓から見える景色に目を輝かせるブッコロ。
《で? お前なんで一人なんだ? 竜崎さんはどうした? これくらいは説明できるだろ?》
ちなみにこの念話はテイムの首輪の効果であり、二十五メートル範囲内という距離制限はあるものの、テイマーがモンスターへ指示を飛ばす事が出来る便利機能だ。
《今それどころじゃナイ! 見ろキョーシロー、外がめっちゃ早く動くゾ!?》
《ああはいはい、良かったな》
終点まで行く必要があるらしいので、しばらく放っておいてやろう。
自衛隊の車に乗った事はあっても、その時は目隠ししてたし、バスだって初めてのはずだ。
初体験はなるべく大切にしてやるべきだろうからな。
《……ハフゥ》
しばらくすると、ブッコロは景色に飽きたのか、席に深く座り直した。
そろそろ事情を聞いても良いだろうと、再度念話で話しかけてやる。
《それで、お前なんで一人で大学まで来たんだ? 竜崎さんはどうした?》
「…………スヤァ」
《寝てんじゃねえよこのクソ馬鹿野郎おおおおおおおおおおおおおっ!》
「オワアアアアアアアアアアアアアッ!?」
ドシタ!? ナニヤツ!? クセモノ!? と飛び起き騒ぎ散らかすブッコロのクチを手で押さえ、周囲に頭を下げてなんとか事なきを得た。
時間的な関係だろう、乗客が全員お年を召していたからか、いいのよーと暖かく許して頂けたのが実にありがたかった。
《で!? お前なんで一人なんだよ!? 竜崎さんはどうした!?》
《エート、お昼食べた後、ホーコがウトウトしてて疲れてそうだったから、ぐっすり眠れる魔法かけて我一人で出て来タ》
《だから善意やめろや!》
お前の親切心はさっきからマジで迷惑が過ぎるんだよ!
悪意じゃないだけ質が悪いまである!
《善意と空気読みで動くのが日本人じゃないのカ?》
《なにをやるにしても報告連絡相談が先だアホ! 大学来るならせめて前もって電話くらいしろ!》
《……エ? でも電話していい時間帯か分からなかったから、とりまスタンプだけ送信したんだけど、駄目だっタ? 既読ついたら電話していいか聞こうかなっテ。しかし待てど暮らせど既読つかないから、しかたなく単独で大学までおっとり刀でしゅばばばバ?》
《畜生、俺が悪かったパターンかよこれ!》
そういやお前からスタンプ送られてたっけな!
でも未読無視でここまで大事になるなんて予想つかねえよ流石によお!
《ナンダ、やっぱり我悪くないんじゃン? 悪いのキョーシローじゃン?》
《そうかもしれませんねえ!》
《悪い事したら、どうするんだっケ?》
母性に満ち溢れたつもりのそのツラがクソムカつく!
《ごめんなさいねえ! 俺が悪かったですうー!》
《全くもう、キョーシローったらまだまだ子供なんだかラ》
《お前が竜崎さんを眠らせたのがそもそもの原因だからな!?》
言い争いもそこそこに、俺の膝を枕にブッコロが寝る事数十分。
終点に辿り着きバスから降りてすぐ、一旦自衛おじに電話で事情を説明しておいた。
ブッコロがよかれと思って竜崎さんを寝かせた後、大学に居た俺と合流し、バスに乗って今に至るという事を。
竜崎さんの仕事は監視だから、今俺たちと一緒に居ない理由くらいはせめて上に報告しておかないとマズイだろうからな。
自衛おじは「知らせてくれてありがとうねえ、助かるよ」と優しく俺をねぎらってくれた。
ああ、周囲の大人たちがある程度まともで本当に本当に本当にこちらこそ助かる。
「……コッチ! こっちだキョーシロー!」
「だからシー!」
「シ-! そうだった我ら忍びじゃっタ。抜き足差し足忍び足……」
「芸能人設定どこいったお前」
スマホのマップをちらちら見ながら歩くブッコロについていき、徒歩数分。
若干塗装が剥げている団地の最上階に辿り着いた。
ブッコロが顔を向けているドア上のネームプレートには、霧夢の二文字。
「ピンポン押すの、なんか怖くネ?」
「お前なんでこういう所だけは小市民なの?」
「……アッ! 菓子折り持って来るの忘れタ! 買いに戻った方がよさゲ!?」
「いいからはよインターホン押せや!」
「やだやっぱ怖い嫌ダ! キョーシロー押しテ!」
「おいボスモンスター」
仕方なく代わりに押してやると、すぐにドアが開かれた。
奥から出てきたのは、まるで生まれたての小鹿のように震えながらドアノブにしがみついている、はだけたパジャマ姿の若い女性だった。




