005 堕天使ハゲシファーの受難
先週、俺とブッコロが待ち合わせ場所にしたビルは複合商業施設となっており、地下三階には――ブッコロが頭を張っているダンジョンの受付がある。
今日はそのダンジョンの地下一階層で、ブッコロがマシマシラーメンを食う動画の撮影をする予定だ。
勿論、ダンジョン攻略を生業とするダンジョンアタッカーの仕事を邪魔する訳にはいかないので、ダンジョンの入り口、もとい下り階段を二股にし、左に下りたら従来の一階層、関係者以外立ち入り禁止の看板が立ててある右に下りたら、ブッコロが今回の為だけに新しく生やした新一階層にたどり着く様になっている。
「報告にあった通り、ずいぶんと綺麗じゃな」
頭が完全にツルッパゲなマシマシラーメンの会長、王狼さんは、三人のボディーガードに囲まれながら、エナメル加工されたみたくピカピカでテカテカなダンジョンのよくある岩壁に手を触れた。
「まあな、特に除菌は重点的にやらかしたからナ。主に我の【消毒ブレス】デ」
「ほほう、流石はダンジョンボスじゃのう? 見事なもんじゃ」
「ヌフンッ」
得意げに腰を仰け反らせるブッコロを、狼会長の――ダンジョン用の武装をした――ボディーガードの一人が、訝しげな目で見ている。
「コイツ、ほんとにダンジョンボスなんですかね? ただのコスプレ幼女にしか見えませんが……」
「ほう? お主程の者がそう思うか。……ふむ、ならば動画撮影に、お主とあのボスとの試合をねじ込んでやってもええぞ?」
ちなみにこの場に居るのは、割と剣呑な話をしている狼会長とそのボディーガード三人、俺とブッコロと竜崎さん、動画撮影の配線役と撮影役、イベント進行役、以上計十人となっている。
そして、撮影の為の大きなカメラの前には、三つのキャスター付きの長テーブルが四角く配置されており、スープが入っているであろう大鍋が何個もコンロの上に置かれている。
暇を持て余したブッコロが一つの鍋蓋を開け、「なぁにコレェッフェエエエエ!?」と目を輝かせながら叫び、竜崎さんに減点された――その時。
進行役の人が、動画撮影開始の声をあげた。
「はいどうも、司会進行役の――」
撮影がはじまると、進行役の人が今回の企画の趣旨やらなにやらと説明してから、それぞれ自己紹介に入った。
まず最初に狼会長が、次に今回の特別ゲスト枠としてボディーガード三人が短く名乗った。
「――そして、今回の大々々々ウルトラスペシャルゲスト! 日本で三本の指に入るとされる超高難易度ダンジョンのボス! ブッコロ・スーさんでーす!」
長テーブルの下からニョキッと顔を出し、腕を組み仰け反るクソ偉そうなブッコロ。
「どうモグモグ! ご紹介に預かりましたもぐブッコロ・スーでモグモグ!」
チャーシュー勝手に食ってんじゃねえよ馬鹿野郎! しかも三枚まとめて!
そんなの打ち合わせになかったろが!
ほら見ろ狼会長がクソ睨んでるぞ!
「……減点。超減点」
進行役は狼会長の苛立ち具合を少し気にしながらも、イベントを進めていく。
「さて、ブッコロさんはこの通り見た目完全に幼女です! ぱっと見、ただのコスプレツルペタロリでしかありません! 視聴者の方も、彼女が本当にダンジョンボスなのかと疑問を抱く人も多いでしょう! そこで今回!」
ばばん、という効果音と共に、ボディーガードらにカメラがドアップ。
「元最上級ダンジョンアタッカーである、狼会長のボディーガードの方とブッコロさんに試合して頂き、その実力を我らに見せつけてもらいましょう!」
――と、進行役が叫んだは良いものの、辺りはしーんと静まり返ってしまった。
「こほん。試合は撮影の最後に行い、動画編集で自己紹介の後に差し込みますので……」
少々の沈黙でしっかり編集点を作ってから、進行役はさも素晴らしい試合が終わったような面持ちで、カット前提の台詞をクチにした。
「いやあ、手に汗握る素晴らしい試合でしたね! では次は、いよいよブッコロさんラーメンを食べて頂きたいと思います!」
「キャー! キマシタワー!」
俺その言葉教えた記憶ないわ。
あと使い方間違ってるから。
「マシマシラーメンの全メニューをお出しできる様に用意したでな、ブッコロちゃんや、変につまみ食いせず、しっかり味わってな?」
何気にチクッと刺した会長だったけど、当然ながらブッコロはノーダメージ。
「大丈夫、チャーシュー程度朝飯前ダ」
「……そうかい」
絶妙に成り立っていない会話を終えると、会長はおもむろに立ち上がり、あらかじめ温めておいた丼にスープを注ぎ込んだ。
「ソレ、気になってたヤツ!」
「お主、撮影前から興味津々じゃったからな。順番的にはあまり良くないが、まずは豚骨からいこうの?」
「豚骨、オデ、覚エタ」
「……一人称、我じゃなかったんか?」
ノリで喋るブッコロに若干戸惑いつつも、会長は次に、麺を茹でていた取っ手付きの深いザルを握り――ぱしんっ。
麺を湯切る――天空落しの――軽快な音が響いた。
「ウワア゛ー! それ我もやりタイやりタイやりタイのタイ!」
「それじゃあ、もし二杯目に行けたらその時にでも頼もうかね? ……絶対無理じゃろうけど」
チャーシューの一件から絶対あんまり気に食わないだろうに、好々爺然とした微笑みをブッコロに向ける大人な狼会長。
「フワオウ! もう我慢できねエ! 手が勝手にイイイイイイイイッ!?」
竜崎さんから更なる減点を食らっているのに気づかぬまま、ブッコロは麺を茹でている途中であろうザルを手に取り、見様見真似で一気に振り下ろした。
――じゅばんっ。
あまりもの振り下ろし速度に、麺がザルの網目状に切られ、そのまま床にびちゃりと落ちてしまった。
「……なん、だト」
その場で膝をつき、無残にも微塵切りっぽい感じになって床に倒れ伏した麺を、虚無顔で見つめるブッコロ。
「バカモン! ワシの許可を得ず勝手に器具に触れるでないわ!」
「麺ガ……」
怒鳴られてんのにそっち気にしてるヤツがあるか!
「お主ワシの話聞いてないじゃろ!?」
「聞いてル聞いてル。気を取り直して次の湯切りやってイイ?」
「反省しとんのかお主!?」
「チッ、反省してマース」
「日本文化に造詣が深い分よりムカつくのう!?」
「はいこれエンタメ! エンタメですからね皆さん安心して下さいね!? では実際に、ブッコロさんにラーメンを食べてもらいましょう!」
焦り過ぎて生放送用の台詞を吐く進行役。
狼会長は「しょうがないのう」とため息交じりに、豚骨醤油スープの入った丼に麺を投入した。
「マシマシ! マシマシハ!?」
「はいはい、分かっとるよ」
更にその上に、気が狂ったかの様な量の刻みニンニクや、厚切りチャーシュー、今日からお前は富士山だと言わんばかりに、モヤシやキャベツをモリモリゴリゴリ盛っていく。
「ブッコロちゃんや、これがマシマシラーメン特製、麺硬めニンニクヤサイアブラマシマシ大盛り豚骨醤油ラーメンじゃ」
「フォォォオオオオオオオオオッ!? こ、これが、これが夢にまで見タ……」
ブッコロの顔より広い丼の上には、椅子に座る彼女の顔をまるまる隠してしまう程、野菜が高々と、それでいてどっちゃりと積み重ねられている。
「……なんと神々シイ…………」
コイツがラーメンを食いたいと言い出して、苦節?四ヶ月くらい?
当時は俺がまだ必死こいて受験勉強してたし、合格したらしたで卒業旅行とかあったし、結構待たせちゃって悪い気がしなくもない。
「アナタが神カ……」
マシマシ豚骨醤油ラーメンを前に五体投地しているブッコロ。
…………いやそこまでの事かお前!?
「ならばワシは神の遣いかの? ふぉっふぉっふぉ」
「神の遣いなのに地上に居るという事は……、堕天使ハゲシファー?」
「誰がハゲじゃやかましいわ早う食え!」
禿頭天使ハゲシファー会長の苛立ちもなんのその、ブッコロはすっとぼけた顔で割り箸を綺麗に割って食べ始めた。
「ウッヒョウ! 麺が見えてコネエ!」
「いやじゃがお主、食うの妙に早くないかの!?」
「野菜は飲み物ナンデ!」
せめてチャーシューは飲まずに噛めや馬鹿野郎。
「これはすごい! すごいすごいすごーい! マシマシラーメンの大盛り、しかも野菜も極限までかさ増しした豚骨醤油ラーメンをなんと、三分で食べきったー!?」
進行役も撮影役も会長もボディーガードも、俺と竜崎さんを除いた全員がブッコロの化物じみた食いっぷりに驚いている。
「……お代わりハ?」
「お主まだ食えるんか!?」
「フフフ、我が胃袋は穴の空いた宇宙ダ!」
我が家のエンゲル係数がガチで怖くなってきた瞬間だった。




