029 ゴミはグシャポイ
「ところで、お前の用事はいいのカ? 祇園でなにか予定あったんじゃないのカ?」
バスよりも早く、新幹線よりもクソ遅な車内。
気遣いの出来る我をファンに見せるという、超絶ファインプレーをかましてみた。
「いえ、ただ祇園で天ぷら食いにきただけなんで、問題ないです」
「ホント? ダイジョブソ? ならいいんダケド」
こういう時は、一旦断る様子を見せておいたほうが、相手の印象が良くなるらしい。
ホーコ直伝の技だけど、おっとっと?
効果が速攻で出て来た出て来た出て来ちゃった。
「……動画で見る以上に可愛いんですねブッコロちゃんって」
「デッショウ?」
女芸能人はリアルで見ると細いとか可愛いとかよく聞くし、今の我ってば、魅力度300倍くらいいっちゃってんじゃないの?
「…………やめてください可愛すぎて運転乱れそうです」
【なんとも罪な女よ】
ニーチャに突っ込まれた――瞬間。
さっきから我の身体に響く車の気持ち良い振動が、瞼を強制的に引きずりおろしてくれた。
「……スヤア」
今日はめっちゃ朝はやかったし新幹線では寝れなかったし車の中は心地良いし、寝ても仕方ないよな☆
「いやマジで可愛すぎだろオカシイって絶対この子……」
おぼろげに聞こえて来る男の褒め言葉。
うむうむ、よきにはからえ。
【何言ってるか分からんが、同意しておこう】
我が眠っているうちに、車はとある五階建てマンションの地下駐車場に入った。
男の部屋は最上階にある、……あらやだウチとおんなじ3LDK!
「この家の広さ、……お前、誰かと一緒に住んでるのカ?」
別になんの意味も無い質問だったのに、男の顔が一瞬で曇った。
「……そう見えます?」
「初対面の我にめちゃ優しいし、見えない方がおかしくネ?」
今度は一気に元気な笑顔になった男は、スマホを手に「今から出前を取ります」と言い出してくれた。
「ラーメン何杯までならいけます? いくらでも食っていいですよ?」
「マジェエエエエエエエエエエエエッ!?」
【罪な女よ】
我はまごう事なき――遠慮の塊。
京ラーメンは、たった三杯で失礼させて頂こう。
「ア、悪いけど、スマホ充電させて貰ってイイ? 駄目なら断ってくれてもいいヨ?」
マジでもうバッテリー切れ寸前。
この男の器のデカさによっては、コンビニに行くことも検討しなきゃいけなくなる。
「どうぞどうぞ! 充電くらいバンバンしてって下さい!」
「ほんとゴメンネ?」
男に充電ケーブルの場所まで案内され、スマホに差した。
……ここまでなんでもハイハイ受け入れられると、ちょっと申し訳なくなってくるな。
「ソウダ! 京ラーメンのお詫びに、マシマシブッコロチャンネルのボツOP、お見せしちゃおうカナ!?」
「なんですかそれ!? 是非お願いします!」
喜色満面の男に応えるべく没案を思い出していたら、後ろから服の裾を軽く引っ張られた。
引っ張り犯のニーチャは、えらくつまんなさそーな顔でクチを開いた。
【……レジェンド、ミーはどうすればいい? 暇なんだが】
【スマホでレースゲームでもしててクレ。差さってるケーブルには気を付けてナ?】
【オーケーレジェンド。了解した】
気を取り直して、わざとらしく「ゴホゴホゴホゴホエッフォンフォン!」と咳をしてから、ファンサに入った。
主にデスボイスで。
「ではイクゾ! ……ヴォオオオオオオオオオオオー! ラーメンラーメンラーメンラーメンラーメンラーメンラーメンラーメン豚骨豚骨豚骨豚骨豚骨豚骨フワオウッ! フワオウッ! ラーメンラーメンラーメンラーメンラーメンラーメンラーメンラーメン豚骨豚骨豚骨豚骨豚骨豚骨フワオウッ! フワオウッ! ラーメンラーメンラーメンラーメンラーメンラーメンラーメンラーメン豚骨豚骨豚骨豚骨豚骨豚骨フワオウッ! フワオオオオオオオオオオオオオウッッ!」
万歳しながらばっちりキメると、男は輝かしい瞳で盛大に拍手してくれた。
うむうむ、お前はファンの鏡以外の何者でもない。
「これこのように、ラーメン、豚骨、フワオウ、この三つのワードをデスボイスで延々と繰り返すOPが予定されてイタ。映像は、獅子舞みたくラーメンをすすりあげる我の姿を一画面、二画面、四画面と、フワオウする度にどんどん画面が増えていく感じダ」
ホーコ曰く、インパクトは強いけど、入り口が豚骨バリに濃厚すぎて新規ファンを獲得し辛くなるかも、との事だった。
「えええええー? 今ので良かったのになんで没に? ……いや、でも確かに、採用されたOPのマシマシダンスの方がシンプルで可愛くて、それでいて中毒性があるのか」
「ソユコト」
正直そこんとこはよく分からないけど、多分ホーコの戦略が当たってるんだと思う。
なんて、そんな話をしているうちに、京ラーメンが到着した。
「ウマシウマシウマシウマシ! あーまーりーにーも――ウマシッ!」
「ブッコロちゃんが食べてるの見てると、食欲がガンガン湧いてきますねえ!」
【レジェンドの食事は、見てるとたまにゲンナリするな……】
ファンなのかそうでないのかの違いをガッツリ見せられること、十分後。
食事を終えた所で、我はお別れの餞別ファンサをする事を思いついた。
「もうそろそろお暇させてもらうけど、最後に……リアルマシマシダンス、見ル? 撮影してもいいけど、ネットにあげちゃ駄目ヨ?」
「分かってます! お願いします!」
流石はファンの鏡! その心意気や良し!
「ブッコロブッコロマシマシブッコロ♪ マシマシマーシシマッシマシ♪ フワオウッ!」
ドヤ顔を作り、両拳を腰に当てた状態でリズムに乗りながら腰を振る。
フワオウしたら、軽く回転ジャンプして、着地と共に相手に背中を見せてから、ドヤ顔を維持したまま振り向きつつ腰振り。
またフワオウしたら小ジャンプで正面を向いてドヤ顔のまま腰振り。以下エンドレス。
三回だけループしてから、ラストファンサを終了させて頂いた。
「す、すげえ! こ、こここ、これ、一生の宝にします! ありがとうございました!」
「フフフ、おおげさダーゼッ☆」
ウィンクしてからの両手で銃をバッキュン打つマネをしたら、男が悶絶して倒れた。
胸を両手でおさえてて苦しそうだけど、どちらかというと嬉しさが勝ってるみたいだからまあいっか。
【おい、そろそろ出るゾ?】
トドメに転がる男のおでこをなでなでして萌死させてから、食後もずーっとゲームしてたニーチャに声をかけた。
時刻は既に午後一時を少しだけ過ぎてる。
最後の観光場所、北野天満宮をちょっとだけ見ようとおもったけど、少し立ち寄るだけにした方が良さそうな時間になっちゃった。
基本的に、午後六時にはキョーシローのおうちに着く予定ではあるけど、時間がオーバーしそうならホーコに連絡をすれば問題は無いだろう。
【さっき充電しはじめたばかりだが、スマホは大丈夫か?】
さっき? もう一時間は充電したぞ?
……でも、ああ、そうだな。
我らボスモンスターにとって、一時間も一年も大差ないのは理解できる。
お前はまだ、その感覚のまま今を生きてるんだな。
【日本の科学力を舐めるナ。光の速さで一足おさきダ】
【そうか。光の速さで充電できるのなら、確かに問題ないか】
ケーブルからスマホを抜いて、リュックに入れてっと。
あとは、ちょっとトイレだけ借りてから家を出ますよーっと。
「あの、最寄りの駅まで車で送りますよ?」
こいつは本当に良いヤツだ。
だからこそ、こっちからばっちり遠慮してやらないといけない。
他者に気を遣ってこその日本人なのだから。我は八割日本人なのだから。
「いやいや、流石に世話になりすぎタ。それに、駅の位置は教えてもらったんダ。腹ごなしに歩くとするヨ」
ちょっと急いではいるが、このまま甘えてばかりではボスチューバーとしての沽券にかかわるしな。
「とにかく、ありがとナ。お前みたいなヤツがファンで、我は誇らしイ」
我は本音を言っただけなのに、男はどえらく感極まった様な表情で大声をあげた。
「一生ブッコロちゃんを推していきます! ええ、もう絶対に!」
随分と良い金づるが出来た所で、さよならバイバイ。
「これからもマシマシブッコロチャンネルをよろしくネー! 謹慎中だけドー!」
お互いの姿が見えなくなるまで手を振り合い、そこからは普通にてくてく歩いてく。
帰りの新幹線でもニーチャにゲームをやらせるべきだから、必要以外のスマホ消費は控えるべきだろう。
そう思って、とりあえずあの男の言ってた道順を、記憶を頼りに辿っていく。
話によると、十分くらい歩けば着くらしいんだけど――。
「…………ここ、ドコ?」
【まさか迷ったのかレジェンド!?】
ハイソウデス。
……しゃあない、スマホでマップアプリ立ち上げ――え? あれ?
ちょっ、ちょっとまった!?
スマホが起動しても、すぐシャットダウンする!
え、ちょ、まじで!? なんでなんでなんでなんで!?
明らかにバッテリー切れてるんじゃねコレ!?
【どうしたレジェンド?】
【いや、なんつうカ……】
こいつ、自分専用のスマホ持ってないし、バッテリーが切れたとか言ってもきっと分からないよな。
【……スマホ、使えなくなっタ】
【ワッツ? どれ、ちょっと貸してくれ。確かデンゲン?をオセ?ばいける筈だ】
【いやそれは、……うん、まあいいや、はいドウゾ。電源ここネ】
後で知った事だけど、このニーチャ野郎。
男の家で充電しながらゲームしてた時、いつの間にかケーブルが取れてて、それを知らずに昼食を摂ったみたいで。
しかもその後、我がマシマシダンスしている間にバッテリーが切れて、それでやっとケーブルが差さってない事に気が付いて急いでプラグイン。
たった数秒充電した所で、我が男の家から出ると宣言した、という流れらしいぞ本当この野郎。
【ジーザス。なるほど、まるで使えそうにない】
【デショ? ほらはい、もういいから返しテ。とりあえず人に道を聞いテ――】
我がニーチャに手を差し出した――瞬間。
【グシャグシャポイッ】
目を疑った。
いや、というかむしろ、我が脳髄は現実逃避の波に乗った。
このボケナスニーチャがしでかした事が、まったく理解できずに、ただただ思考がフリーズしてしまった。
【空のペットボトルと一緒に保管でいいな? あとでスーパーに捨てるんだものな?】
ニーチャの手のひらには、見事に真横のUの字を描いて横たわる、我がスマホの遺体。
【…………ひゅーっ、ひゅーっ……】
多分この時、ちょっとばかし過呼吸になってたんだと思う。
めっちゃ苦しかった、吐きそうなくらいキッツかった。
【ワッツ? レジェンド? どうした?】
でも、ニーチャの悪気の無い、それでいて心配そうな顔で正気に返った我は、強引にスマホを奪い返しながらも、思わず絶叫してしまった。
【オ゛ワ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーッ゛!? お、おおおおお、おま、なにしてんノオオオオオオオオオオオオオ!?】
こ、こここ、これ、キョーシローとの、思い出の、品……。
【……パードゥン? 不要物はグシャポイしてスーパーに捨てる、だろう?】
こんのっ、バッカヤロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!




