028 文化遺産ダンジョンの兆し
清水寺の入り口。
仁王門の金剛力士像に目を奪われたニーチャが、なかなか先に進もうとしてくれない。
【グッレエエエエエエイトッッ! こ、これがまさしく阿吽の呼吸を体現しているとされる仏像! ヲヲ、なんたる事か! 古に作られたというのに、今にも動き出しそうなほどの絶対的な躍動感――素晴らしいっ! アイディアル! パーフェクト! イッツアワールドワイド!】
【ヨカッタネー。そろそろ先いこうネー】
清水寺の門で十五分消費してから、一人200円払って本堂へ。
そのまま清水の舞台へゴーゴゴーゴゴゴゴー。
【……エレガント。清水の舞台、ここは、釘等といった固定に必要な材料を一切使わず、木材をただ格子状に組み合わせて作ったらしいが、実物を見ても未だに信じられんな】
【エ!? マジデ!?】
もしかしてお前、金剛力士像もそうだけど、昨日けっこう詳しく調べたりした?
うーん、我が思ってたよりはるかに、マジで京都観光を楽しみにしてたっぽい感じだったりする?
とは言っても、なるたけニーチャの気持ち優先で動いてあげたいけど、時間には限りがあるからな……。
……じゃあ、時間制限だけ伝えて、残り時間が少なくなってきたら、あと何分で出るからなって教えればいいだろう。
そうだそうだ、それでいこう。
これで我らもウィンウィンというヤツになれる。
【近年、屋根の葺き替え工事が行われたと聞く。しかも、その工事の中で行われた檜皮の切り揃え作業には、職人スキルが必要だったが、所持者が少ないとかなんとか】
お前、いったいどこまで予習したんだ? 京都好き過ぎか?
というか日本文化好き過ぎか?
既に、なんか我より日本人っぽいみたいな感じがするのなんなんなん?
【ふむ、古き良きモノを残そうとせんとする者達の情熱を感じるな……】
その場でしゃがみ、床に手をそっと置いて、しみじみーとした顔で分かった様な事を言うニーチャ。
【ソ、ソソソ、ソレナー?】
とりあえず合わせとこう。
ニーチャが理解してるっぽいのに、一緒にいる我が何も分からない風だと、ちょっと興ざめかもしれないしな?
【ミーたちは半永久的に生きる存在。だが、ニンゲンは違う。一瞬の瞬きの間に、未来の者を、将来の世界を慮って生きている、それがなんとも、なんとも――てえてえ】
その表現で合ってるのか? なんか違くね?
【しかし……】
舞台の端まで行き柵に手をかけて、ちょっと遠くの地面を見下ろすニーチャ。
そっと背中を押してやりたくなったが、ぐっとボス我慢。
【そういう名所だと言われると、飛び降りてみたくなるものだな】
気持ちは分からんでもない。
キョーシローに今日はラーメン禁止とか言われたら、是が非でもこっそり夜中にラーメン食っちゃうもんね。
【……やったら騒ぎになるゾ?】
けど、家と外じゃ状況が違う。ここは公衆の面前だ。
やっていい事とやっちゃ駄目な事をしっかり考えて行動しないといけない。
それを伝えてやるのも、人間社会人三か月の先輩の役目だろう。多分。
【姿を消してやるのはどうだ?】
【それは、どうだろウ……】
確かに、姿を消して、なんなら音も消せば誰にも見つからないし、騒がれる事もない。
でも多分、キョーシローならやめろ馬鹿野郎って言うだろな。
バレなきゃ犯罪じゃないを地でいくな、バレなきゃ人殺ししてもいいっていうのかお前は、とかまで言いそうではある。
【あのなニーチャ? 日本にはこういうことわざがアル。郷に入っては郷に従エ。周りをみてミロ】
我は、菩薩の様な心でニーチャの説得を試みた。
すると、言った通りきょろきょろと周囲を見渡しはじめた。
しかもよく分からないけどめっちゃ狼狽してるしてる。
【誰も飛び降りようとなんてしてナイ。ただ単にこの場を楽しんで――ど、どどど、どしたのイキナリ!?】
我のありがたーいお説教中だっていうのに、突然膝を折ったニーチャは、自分の顔を両手で隠し、悲痛な叫びに似た声で反省反省超反省した。
【リフレクション! ミーともあろう者が、文化遺産で遊ぶような真似をしていた! 今、それに気が付いてしまった! なんと、なんとミーは浅はかで、愚かなのだ!】
いや、遊ぶのは別によくね?
ただ、周りの人間に合わせろってだけの話でさ?
【ウップス! 恥ずかしくてこれ以上ここに居られない! 他の所を案内頼むぞレジェンド!】
【……アッ、ハイ】
がっくし肩を落とすニーチャの背を押しながら――壁画を見て即全回復したけど――礼堂を見て、三重塔もちょっと見て、そしたらもう午前十時過ぎ。
後ろ髪を粘着テープでぐいぐい引かれてるレベルのニーチャを清水寺からひっぺがし、スマホでマップを見ながら、ねねの道、八坂神社を経由して、ゆっくりまわりを眺めながら歩いて祇園へと向かう。
【グシャグシャポイッ】
ニーチャは、持参した水のペットボトルを飲み切ると、ホーコと我の教育通りグシャポイしてくれた。
捨てる場所がないので、おつまみパンを全部食い切ってほぼ空になった我のリュックサックに、グシャポイボトルを仕舞う。
【……良き景色を見ながら歩き、たまに立ち止まり水分補給】
ざあっと、一陣のやわらかな風が我らを包んだ。
なんとなーく良い雰囲気になったのは、さっすがの我でも分かる。
【心地良い疲労感により、若干間延びする時間間隔、それに酷く似合う古風な、だがしかと整備された道や建物たち――ハッ!? これが風流!?】
【カモネー?】
キョーシローの言ってた通りだ。
コイツ、自分が興味ある事だけは、極みまでの到達が恐ろしく早い。
なるほど、要求にちゃんと答えてあげたくなるキョーシローの気持ち、分かる分かる。
【あ、あああ、あれはまさか!? まさか!?】
午前十一時ちょい前。
昭和の文豪でも住んでそうな、モカ色っぽい建物ばっかりな祇園に辿り着いた。
すると前から――舞妓さんが優雅に歩いてきてるううううううううううううっ!?!?!?!?!?!?!?!?
ドボジヨ!? 我もなんかめっちゃ緊張する!
今回の観光の一大メーンイベントだからか!?
と、ととと、とにかく! 舞妓さんに迷惑かけないってだけは念をおしとかないと!
【オイ、絶対に話しかけるナヨ? 横目でチラっとみて通り過ぎるだけダ。これは絶対ダカラナ? イイナ?】
【了解ッッ】
昂ぶる精神を抑える為か、ニーチャはギリリと歯を食いしばった。
そのままこれまでのペースで歩き続け、華麗に自然にするっとお互い通り過ぎてから――体感で十秒後。
またまたずっどーんと膝を折ったニーチャ。
【ウワオウッ! ま、舞妓さんの、な、ななな、なんというあどけなさ! そして、まるで一輪の華とも言わんばかりの可憐さよ! しかし、あの真白に彩った肌は、そう、演出。……いや、あの顔つき、歩き方、服装のなにもかもが演出なのだ。あの、いといけな少女たちが日銭を稼ぐための武装なのだ】
へー、そなんだー?
我は全然そこんとこ知らんわー。
きょーみ? あるあるー。
【……嗚呼、あの少女たちから感じたこの、懸命に生きようとする命の美しさと儚さ、そして古来より伝えられてきたであろう外装の強度――ハッ!? こ、これがもしや、…………寂しさと、……侘しさ?】
初見の癖に、どこをどうみたらそんな答えに着地するんだろな。
我めっちゃ不思議だわー。
【すごい考察ダ。凄いねキミ。キミスゴイネキミ】
感受性の違いを身をもって感じた。
恐ろしい程に。
【ザッツライト! そうだ、国に帰ったら、ミーのダンジョンも国の文化として扱ってもらえるようにしてみたい所だ!】
なーに言っちゃってんのかなー?
我にはマジで意味不明ー。
【ダンジョンを一般公開し、観光ルートをいくつか設ける! 見学料を取るのは、ミーとボスたちの部屋だけ! もしまだモンスターと戦いたい者がいるのなら、負けたら身ぐるみはがされて出口までお届けされるという、ダンジョンアタック体験が出来る場として――そう! ダンジョンアタッカーチュートリアルダンジョンとして調整! ……フフフ、悪くない、実に悪くない!】
ソダネー。
悪くないかもかもねー?
【イーンジャナーイ? それより、昼飯どうすル? なにか食べたいのとかアル?】
【そうだな……いや、なんでもいい、今は胸がいっぱいだ。今は、他の事にあまり頭が回らない。レジェンド、食事に関しては頼んでいいか?】
【ヘイヘイ】
…………げっ。
それより大問題発生。
ゲームが裏で起動しっぱなしだったっぽい。
しかもマップも動かしたまんまここまで来たから、それもあってもうちょいでバッテリーが切れそうだ。
となると、コンビニで充電するしかないか?
いやでも、せっかく京都に来たんだしさ?
ここに来るときに経由した八坂神社境内で屋台が出てたし、そこで食べるのもどう――オワアアアッ!?
「あいっつつつつつつ……」
多分、我が歩きスマホしてたせいだ!
見知らぬ男とごっちんこ! ぶつかって尻餅つかせちまった!
「だ、だだだ、ダイジョウブデスカ!?」
「ああ、うん大丈夫だから心配し………………あれ?」
男は仕方なさそうに笑いつつ手を小さく振ると、何かに気が付いたかのように、我の顔をじーっと見つめて来た。
「…………ブッコロちゃん?」
ホゲエエエエエエエエエエエエエエエエッ!?
ナシテ!? ナシテバレタ!?
ホーコ直伝超絶変装シテルノニ!?
「わ、わわわ、我がブッコロだって言える証拠って誰ダヨ!?」
【慌てすぎだレジェンド】
ニーチャに溜息を吐かれた。解せぬ。
「やっぱりブッコロちゃんだ! …………あ、いやまずいなこれ」
完全に我を大人気ボスチューバーのブッコロ・スーだと見抜いた男は、横目でどこかを見ている。
その視線を追いかけると、こちらを気にしてかチラチラ見てくる人間が数人。
「あの、騒ぎになる前に一旦逃げましょう。多分、考えてたのは飯ですよね? 京ラーメンご馳走しますんで、うちに来ませんか?」
「……ホヘ?」
逃げるのはともかくとして、なんでお前んちに?
そっちに何のメリットがあんの?
モンスターは飲食店立ち入り禁止なもんで、京ラーメンははなっから諦めてたから正直お誘いにはめっちゃくちゃ乗りたい乗りたい乗りたいのたいのたいのたいではあるけどおおおおおおおおおおおお!
「いやいやいやいや! もちろん別に強制じゃないんですけどね!? 誘拐でもないですし! 単にブッコロちゃんにお布施したいだけで!」
「マジデ!?」
我の大々々々々ファンのお願いであるのならば、お布施されてやらんこともない。
ニーチャも同行する前提である事を受け入れてくれた男についていき、駐車場に止めてあった車に乗り込み移動を開始した。




