021 萌え外交の代償
ご褒美に目覚めたニーチャとの交渉は難なくスイスイ進んだ。
ニーチャの要求は以下の五つ。
一つ目、日本でマシマシラーメンが食べたい。
二つ目、残りのハラキリ、カミカゼ、サムライ、ニンジャ、ゲイシャ、ワビ、サビを体験したい。
三つ目、満足するまで日本に滞在したい。
四つ目、飽きたらすぐ帰りたい。
五つ目、出来ればレジェンド・ブッコロの家に滞在したい。レジェンドの迷惑になるなら断ってくれてかまわない。
以上だ。
ハラキリとカミカゼは体験不可能なので、内容を説明して、体験ではなく本の読み聞かせで妥協して貰った。
ハラキリはダンジョンに戻ったら勝手にやってくれて構わないがな。
サムライ、ニンジャに関しては、体験する施設はあるが、本物は居ない。居たとしても子孫が残ってるだけに近い。
体験するにも、ある程度日本文化を知らなければ楽しめないので、本、というか漫画を読む所からはじめるべきかもしれないと言ったら、そんなものかと頷き納得してくれた。
そして、残るゲイシャは京都観光で、ワビ、サビについては東京の茶道体験でなんとかなる筈だと説明した。
【グレイト! それだけでも十分だ! ミーは東京と京都観光を所望する!】
【まてまて。その前に、こっちの要求も呑んでもらうぞ? 全部】
【ワッツ!?】
こちらの要望は、以下の通り。
一つ目、人間や動物、建物その他全てにおいて暴力を振るわない事。
二つ目、人を含む生物を殺さない事。
三つ目、テイムの首輪を形式的にだが、嵌めてもらう事。
四つ目、俺等の近くに居る人間の指示に、ちゃんと従う事。
五つ目、モンスターと人間の常識はまるで違うのを念頭に入れて行動する事。
以上だ。
『……え!? アメリアさんも日本についてくるんですか!?』
あの後、迷惑をかけたなとニーチャが少佐に激レアアイテムを渡したり、アメリアからのお兄ちゃん呼びを執拗にせがんだり、シャワーとベッドを気に入りダンジョンへの持ち込み検討したりとなんやかんやあり――その晩、こちらの時間で午後八時。
『モンスター語はネットでアンタから教われば良いのは確かなんだけどさ、ニーチャがこの国に帰った後、相手するのアタシなのよ』
ああ、それはそれは、……御愁傷様です。
『だから、可能な限り一緒に居て、関係を深めて、それと同時にアンタにモンスター語を教えてもらう。その為に同行させてもらうって感じかしらね?』
という訳で、アメリアさんとニーチャの一人と一匹を加え、日本へ帰国する事になった。
【インタレスティング。これがヒコーキか……】
輸送機の椅子に座り、周囲を見渡しそわそわしているニーチャがなんとも怖い。
【おいニーチャ、大人しく座ってろ。変な事すんなよ?】
【むう、シロー。ミーはキッドではないぞ?】
不服気なニーチャ。
いやでも、なんか信用できねえんだよな。
【ブッコロがガキみてえだから、お前もなんとなく何やらかすか分かんなくて怖えんだよ】
【シロー! レジェンドを侮辱するな!】
ずごん。
ニーチャは手すりを叩いた。すると、手すりがポッキリ折れてしまった。
【ワッツ!? 脆すぎないか!?】
ガチでおどろいてる様子のニーチャ。
【あーあ。暴力振るうなって言ったよな? それなのに、いきなりこれかよ】
【呆れた顔をしないでくれ、シロー。これでも加減したんだ】
声と態度から察するに、本当にそうらしいな。
だが、やっちまった事実は変わらない。
【……努力は認めるが、罪には罰が必要だな】
ぱちん。
俺が指を鳴らすと、アメリアさんがとろっとろの舌っ足らなずな日本語をニーチャにぶちまけた。
「お兄ちゃん、だいっきらい!」
【グギャアアアアアアアッ!?】
元最上級ダンジョンアタッカーの攻撃をご褒美扱いしていたダンジョンボスが、妹の繰り出すたったひと言で悶絶していた。
【言葉の意味はまるで分からない! だ、だが、……む、胸が、胸が張り裂けそうだ! な、なんだこの、圧倒的罪悪感は!】
額にそんな脂汗掻くほどの事か?
【なにかやらかす度にこれ聞かせるからな】
【オーマイゴッド! デーモンかシローは!】
仏陀に誘惑かましたマーラよりかは大分優しいと思うけどな。
【逆に良い事したら、お兄ちゃん大好きとか言ってもらえるぞ?】
【シャラップ、シロー! ミーのはじめてのお兄ちゃん大好きを奪うな!】
やっべ、悪い悪い。
そうだよな、はじめてのお兄ちゃん大好きは、アメリアさんに言って欲しいよな。
【……ザッツライト! はじめてといえば、リア! ミーの膝の上に乗るか!? はじめてのお兄ちゃんの膝だぞ!?】
【嫌だキモいふざけんな死ね、だってよ】
滅茶苦茶渋い顔しておられる。
美人さんが台無しになるレベルで。
【オウイエスッッ!】
罵倒すらご褒美になるアホと共に輸送機に揺られること九時間。
その間、本当は寝てたかったけどニーチャが何やらかすか不安で、なんだかんだずっと起き続け――日本時間、午後六時。
ようやく、日本の自衛隊の駐屯地に無事着陸。
そこから少しだけ手続きっぽいのをやってから、統島さんが運転するジープで我が家へ。
「……あれ? ブッコロと竜崎さん、いないみたいですね」
電気がついてなかったからそんな気はしてたけど、どこいったんだアイツら。
日曜とはいえもう陽も落ちてるのに、こんな時間まで何やってんだろう?
「そうみたいだね。……竜崎君に少し引き継ぎがあるから、少し待たせて貰ってもいいかな?」
なら電話でもした方が良いかな? とスマホを取り出そうとしたその時、ニーチャがアホな事言い出した。
【レジェンドは居ないのか。……シロー、この部屋で壊しても大して問題ないのはどれだ?】
【ねえよ、そんなも――】
ふらり。
家に帰ってこれて、少し気が緩んでいたんだろう。
唐突に目眩を覚え、かすかな浮遊感の後、ワンテンポ遅れて体勢が崩れかけている事を自覚した。
『あら、大丈夫?』
ぱふん。
……………………無罪だ。
俺は無罪だ!
アメリアさんの方へ倒れたのは不可抗力!
彼女の胸に顔を埋めてしまったのも不可抗力!
というかアメリアさんの方からクッションになりに来たし!?
「す、すす! すみませ――」
『おっと、待ちなさい』
何故か俺の頭を押さえてくるアメリアさん!
いやチカラ強っ! 無理矢理逃げようとしても、頭がまったく動かせない!
『ねえツツミ、この程度で何を恥ずかしがってるの?』
『この程度じゃないでしょう!?』
顔面でバーベキュー出来そうな羞恥レベルですけど!?
『この程度よ? アタシ、アンタより六つも上なのに? 年齢不相応にベイビーフェイスなアンタやクソガキダンジョンボスの腹に乗って、「お兄ちゃん」とか口走る羞恥プレイを、大勢の軍人の前でやったのよ? それに比べたら、この程度でしょ? 何か間違ってる?』
そんなに恥ずかしかったのアレ!?
俺からしたら全然ピンと来ないけど!?
『しかも、今後はクソガキが何かやらかしたら、大嫌いはともかく、大好きとかまで言わなきゃいけないのよ? ねえ、どう? アンタのこの状況、それより恥ずかしいの? 年増が年齢不相応な無茶するよりキツイの? というかむしろ、これこそご褒美なんじゃないの?』
めんどくさ!
どうして欲しいかさっさと言えや!
なんて突っ込める訳もなく。
『じゃあ俺なんかにこんな事してるのは恥ずかしくないと!?』
『ちっちゃい弟にやるようなもんだし、全然?』
『六歳差しかないですけどね!?』
俺がアメリアさんと口論してるというのに、統島さんはさっきから微笑ましそうなモノを見るような表情を向けてきやがる。
「いやあ、狂四郎君。ずいぶんとアメリアさんに気に入られたねえ?」
これ、気に入られたって判断で本当に合ってます!?
「そんな事言ってないで助け――」
ばたん。
廊下の先にある玄関の扉が勝手に開かれた。
「――あ、ブッコロ!?」
リビングから遠目で見てもすぐわかる、性格をそのまま表したかの様なアホ面ダンジョンボス。
「ちょうど良かった! この人引きはがし――」
俺が言い終わる前に、ブッコロは顔を真っ赤にして、被せ気味に叫びやがった。
近所迷惑も甚だしい。
「ダレよその女ァ!?」




