002 ニンニクマシマシ取り調べ室(上)
およそ半世紀前、世界中にダンジョンが発生した。
不可思議なその現象に人々は困惑したものの、モンスターが確定でドロップする魔石が、半導体の上位互換や新エネルギー源となったりと、ありとあらゆる代替物になる事が判明した。
それをきっかけに、ダンジョン攻略を生業とする新職業【ダンジョンアタッカー】が成立する様になった。
今はダンジョンバブルの真っ只中と言われており、誰もがダンジョンアタックに夢を持っているらしい――が、俺はそんな危ない仕事に興味はない。
大事な命をベットして一攫千金なんて、リスク・リターンが合ってるとは到底思えないからだ。
この世で一番コスパがいいのは、恐らく英語。
英語を覚えてグローバルな人間になれば食いっぱぐれない可能性が高い。
そう思った俺は、中一の分際で言語交換アプリに手を出した。
とは言っても、ぶっちゃけ外国人と喋るのは少し怖い。
だから最初は、とにかく異文化コミュニケーションに慣れる事からはじめようと思った。
本命は英語だけど、まあAI翻訳を噛ませればなんとかなるから、習得言語は関係無しに、とにかく見た目なんとなーく話しやすそーなヤツを探した。
そうしているウチに、母国語記入欄が文字化けしている、ビジュアル極まった外国人を見つけてしまった。
角が生えてて目が赤いコスプレ美少女? うーわなんか面白そう! 話してみたい! という馬鹿げた理由のみでコンタクトを取ってしまった。
そんな流れでお互いよちよち歩きで歩み寄り言葉を教え合い――現在。
「バス内ではお静かニ、用法用量を守って正しくお使い下さイ」
「おー。日本文化をよく知ってるねえー?」
「何気に間違えてますけどね!?」
コスプレ美少女改めダンジョンボスと共に、目隠し状態で自衛隊のバスに揺られている。
そのままバスで数十分、降りて歩いて数分後。
椅子に座らされてから、ようやく目隠しが外れた。
ゆっくりと目を開けるとそこには、刑事ドラマとかでよく見る取調室っぽい景色が広がっていた。
鉄格子付きの窓一つ無いのがなんか微妙に怖いけど。
「さてさて。それじゃあ二人とも、改めておじさんにお名前教えてくれるかな?」
俺達の前で、四角いテーブル越しに座りそう言う自衛隊のおじさん。略して自衛おじ。
「……エ? ラーメン屋じゃなイ!?」
自衛おじを無視するかのように、周囲をキョロキョロ見回しながら目を丸くしている美少女ダンジョンボス。
「ヒミツのラーメン基地に行くのではなかったのカ!? ここで食えるのはせいぜいカツ丼程度だろウ!?」
「お前話聞いてた?」
さらさらさらさら。
自衛おじは、胡散臭い笑顔で俺たちを眺めつつ、クリップボードになにやらメモしている。
よく分からないけど怖い怖い怖い怖い!
「とりあえず名前言おうな? 俺は、包狂四郎です」
「はいよくできました。では次に、そちらのお嬢さんのお名前をお伺いしても?」
ダンジョンボスを手で指す自衛おじ。
「フザケルナ! 見ず知らずのニンゲン風情に我が名を教える義理などナ――」
ごとり。
いつの間にか入ってきていた女性自衛官が、ダンジョンボスの目の前に――1杯のラーメンを置いた。
「こ、ここっ、これハ……」
立ちのぼる湯気に、眩しそうに目を細め、全身を激しく震えさせている。
「ラ、ララララ、ララ――」
顔面から突っ込む気か?というレベルで、油の浮いたスープに顔を近づけ、痙攣する両手を、丼の前に置かれた割り箸に伸ばした。
「――ラーメンッ!?」
ずばんっ。
目にも止まらぬ早さで割り箸を抜き放ち、綺麗に割った。
「マシマシ! マシマシハ!?」
「はい、ニンニクと野菜追加ね? 麺は硬めにしてあるわよ?」
「フオオオオオオオオオオオオッ!?」
山のように野菜が盛られた自衛隊特製マシマシラーメンに目を輝かせているクソバカ野郎。
「よしキョーシロー! 我が名をそいつに教えてやレ!」
「食うのに集中してんじゃねえよ!」
ずるずるうるせえヤツの隣で、俺はため息を吐いてから自己紹介の代理をこなした。
「こいつは、ブッコロ・スーです」
「ずるずるスー族のずるずるずるずるブッコロずるずるでもずる可ずるるるる」
「食うか喋るかどっちかにしろ!」
あと汁こっちに飛んでるから! せめて大人しく食え!
「ふんふん。それで二人は、実際に会うのは今日がはじめてなんだよね? にしては随分と遠慮がないのはどうしてかな?」
「ああ、それは言語交換アプリで長年やりとりしてたんで」
勿論コイツとだけじゃなくて、英語圏の外国人とも多少は言語交換してた。
会話のノイズになりそうだから、そんな補足説明はしないけど。
「言語交換アプリっていうと、あれかい? 海外の人と母国語を教え合うってヤツ?」
「その通りです。俺は日本語を、ブッコロはマンスター語を教え合ってました」
マンスター?と、首を傾げメモを取る自衛おじ。
「ずるるる……。誤魔化してたけど、そろそろハッキリさせとくカ。我がキョーシローに教えてたのハ――」
ブッコロは何故か女性自衛官を見上げ、期待の眼差しでひと言。
「――替え玉ハ?」
「ごめんなさい。それ一杯で終わりなの」
「なん、ダト……」
「愕然としてねえで早く言えよお前! 俺に教えたの何だよ!?」
自分の欲望に素直になってばかり居るんじゃねえ!
「げえっプ。……お前に教えたの、モンスター語」
「くっっっっさ! お前マジでぶっ飛ばされたいのかもしかして!?」
「まあまあ。ところで、狂四郎君は先月から大学生だよね? どれくらい間、ブッコロちゃんと言語交換してたんだい?」
苦笑いしながらクリップボードで自分だけ仰ぐ自衛おじ。
モンスター語を教えられてたの割と衝撃的だったんだけど、あっさり流されたなおい。
でもまあ、とりあえず呑み込んどくか、空気的に。
「中学に入ったはじめの週からだったので、まる六年ですね」
「なるほど。かなり長い期間付き合いがあった訳だ? なら、今日会おうと思ったきっかけはなにかな?」
「我らのプライバシーに関わる事柄をむやみやたらと聞こうとするナ! 替え玉も無いくせニ!」
ことり。
小さな皿に乗った半円型のバニラアイスが、ブッコロの前に着陸した。
純白に輝くアイスに、ブッコロは目をぐるぐると回している。
「こ、ここここ、こんなモノで我が、我ガ……」
女性自衛官が差し出したアルミのスプーンを、ブッコロは震える手で無言で受け取り、恐る恐るといった様子ですくって食べた。
恍惚とした瞳で激しく仰け反り、ビックンビックンずだばだずだばだと、大きく震えるクソ馬鹿ブッコロがクソ迷惑。
「……オッフォウ。…………キョーシロー、話してヤレ」
「お前ここにいる意味あるかなあ!?」




