017 モンスター外交官に拒否権は無い
あれから十数分後、大学の図書館前。
自衛おじがハンドルを握る、停車中のジープの助手席。
俺は、手渡されたタブレットで、ひとつの動画を見せられていた。
【レジェンド・ブッコロが、呪うほどオススメしていたマシマシラーメンを所望する! ミーに日本のマシマシを寄越せ! 今すぐ調達できないなら、ミーを日本に連れていく方向でもいい! とにかくマシマシだ! マッシーマシ! あそーれマッシーマシ! ハリーハリーハリーハリーマッシーマシ!】
動画を撮影しているであろうカメラ?を掴んだ、一匹のショタっぽいモンスターがマシマシマシマシと、うるっせえくらい叫んでいる。
しかも多分、場所は地上。明らかにダンジョン内じゃない。
「これって、何て言ってるんだい? マシマシラーメンくらいは分かるんだけど」
「ええとですね……」
言語交換アプリでブッコロから学んだモンスター語。
まさか翻訳する機会があるとは思わなかった。
「なんとなくそんな気はしてたけど、やっぱりか……」
モンスターの言葉を日本語変換して伝えると、自衛おじはスマホを取り出し電話をしはじめた。
「もしもし、統島です。ええ、はい。今、包狂四郎君に翻訳して貰いましたが――」
自衛おじの本名は、統島隼人。
これからは脳内でも統島さんで統一しておく。
電話を終えた統島さんは、至って真面目な顔で無茶ぶりに近い台詞を吐いてきやがった。
「――よし、狂四郎君。悪いけど、今から君を海外に派遣する事になりました」
「…………はい!?」
これから海外!? 冗談じゃねえよ!
来週からは試験勉強だってあるのに、付き合ってられねえって!
「仕事内容は、海外のダンジョンボスとの交渉。マシマシラーメンを諦めさせるか、あるいは日本に来て食べたいのなら、最低でも地上にいる間は人を殺したりしない事。最低限、これを約束させてくれたら良い」
「いやいやいやいやいやいやいやいや! 何勝手に話進めようとしてんですか!? 俺、行くなんて一言も言ってませんよ!?」
「本当に申し訳ないんだけど、この仕事は君にしか頼めないんだよね。だって、モンスター語を喋れる人間なんて他に居ないんだから」
そうかもし、……いや、ワンチャンあの人に頼めねえかな!?
「俺じゃなくても、霧夢さんとかどうですかね!?」
「そこは、竜崎君が雑談の中で確認済みさ。彼女はギヴ君に日本語を教えただけで、モンスター語は一切習得していないみたいだ」
クソが! ギヴをあんだけ甘やかしてんだったら言葉も寄り添っておけよ!
とか思っちゃうのは八つ当たりだから駄目なんだけどド畜生!
「な、なら、ブッコロを海外に派遣す………………飛行機に乗せたらアイツ何やらかすか分かんねえ!」
俺の仕事を早く終わらせる為とか言って、善意でエンジンにバフかけたり、その延長線上で飛行機が飛びやすい様に天候を変えたり、パイロットに眠気を飛ばす魔法をかけたり、海外に着いたら着いたで一人で勝手に出歩いて迷子になりそうだし……、どう考えたって連れていけねえ!
メリット以上にデメリットが大きすぎる!
「そうなんだよねー。そこが一番の問題なんだよねー」
統島さんは何度も瞬きしながら苦笑いした後、流れる様な動きでしれっと車を出した。
「過去に、動画のボスに挑んで、かつ無傷で逃げ出した経歴のある、あちらの国の元最上級アタッカーの、まあ今は軍人をしてる女性が居てね? その人に護衛してもらえるから、命の心配はしなくていいよ? 最悪、身を挺して君を守って貰う様に話はつけてあるから」
「俺よりその人の命の方が軽いんですか!?」
「そりゃそうだよ。なんせ君は、世界でたった一人の――モンスター外交官なんだから」
「初耳ですけど!?」
なんなら総理大臣より重要な要人だよ?と追加でほざきやがった。
その割に俺に選択権が無いのはなんなんですかねえ!?
「ア! キタキタ! キョーシロー!」
駐屯地の小さな会議室みたいな所に通されると、そこには竜崎さんとブッコロの姿があった。
……なんで?
ラーメンが食いたくなる呪いは無事解呪成功したって連絡があったから、どこに居てもいいっちゃいいんだけどさ。
「出立前のお別れの挨拶に来たゾ! 向こうでも頑張ってネ!」
「俺が長期間帰ってこねえみたいな言い方すんなや!」
あと腕に抱き着いて頬を擦り付けてくんな!
小動物かお前は!
「最低でもまる一日くらいは狂四郎君と離れる事になるって言ったら、しょんぼりして泣きそうになってたのよ? そんな邪険にしないであげて?」
「それ言っちゃダメなヤツウウウウウウウウウー!」
コンプラ! コンプラ違反! と竜崎さんのクチを手で塞ぐブッコロ。
「楽しくお話ししてる所悪いんだけど、出発まで大して時間が無いんだ。ブッコロちゃん、竜崎君から聞いてるよね? お願いできるかな?」
「ラジャ!」
ビシっと敬礼を決めたブッコロ。
……え? この馬鹿に何お願いしたんですか?
首を捻る俺に、竜崎さんが説明してくれた。
「海外ボスとの交渉に護衛をつけるとはいっても、それだけじゃ安心しきれないでしょ? だから、ブッコロちゃんから狂四郎君に加護を与えてもらおうと思ってね?」
なるほどそういう話か。
そうだよな、どんだけボケナスだろうが、コイツは腐ってもダンジョンボス。
他人に何か加護を授けるくらいの能力があってもおかしくはない。
……なんなら人間社会で日常生活を送って金稼いでラーメン食ってる方がおかしいまである。
「恥ずかしながら生きて帰って来てネ?」
「そういうボケはいいからさっさと加護寄越せ」
時間ねえっつってんだろうがよ。
「オッケオッケ。じゃあ――【我が名は、スー族のコロ家が一人、ブッ。今こそ貴様に、暗き深淵に揺蕩う魔の海より、一縷の糧を与えン】」
無駄にそれっぽい台詞をモンスター語で言い放ってから、俺の額に人差し指を押し当てた。
すると、俺の身体が淡い紫色の光りに包まれ――
「…………エ!? ナンデナンデ!? ドボジデ!? 加護与えただけなのにキョシロー倒れちゃっタ!」
「ちょっと!? ブッコロちゃんどんなスキルあげたの!?」
「エエト、物理・魔法・スキル攻撃完全無効と、無効効果無効と、無効効果無効効果無効と、無効効果無効効果無効効果無効と、状態異常完全耐性だけダガ!?」
「素人相手に過剰搭載だからねそれ!?」
――意識は急速に、暗闇へと溶けていった。




