016 呪いはネットの海を越える
「ソンナ!? 一ヶ月謹慎!? ナシテ!? ドボジデ!?」
「その程度で済んだと逆に感謝してほしいもんじゃがの! ほれ、これから謝罪動画を撮影するぞ! 終わるまで帰れんと思え!」
「ホゲエエエエエエエエエエエッ!?」
昨日初配信をしたばかりのボスチューバ―がいきなり謹慎処分となり、ラーメンが食いたくなる呪いも含めてネットでは大騒ぎとなった。
そして、撮影を終えて帰宅するなり、竜崎さんが予想外の事を言い出した。
「再来週からテストがある狂四郎君には申し訳ないんだけど、明日から引っ越し作業に入るわね。大丈夫、明日明後日のうちに済む様に手配はしてあるから。あと、家賃は全額補助になるから気にしなくていいからね?」
「全額補助はマジで助かりますけど、なんでいま引っ越しする必要が!?」
「理由は色々あるんだけど、ほら、五月の末あたりだったかしら? ブッコロちゃんが私を眠らせて単独で大学に行った事あったじゃない? あれが一番の要因かしら」
その要因からどうすれば引っ越しに結びつくのか、なんとなくは想像出来るけど、はっきりとした事は何も思い浮かばない。
「といいますと?」
「狂四郎君なら分かるとおもうけど、監視対象が単独行動って基本的には駄目なのよ」
まあ、俺の隣で「ホヘ?」とか言いながら大口開けて小首を傾げているブッコロ以外なら誰でも理解出来るでしょうね。
「でも、私って普段、靴箱ダンジョンで生活してるじゃない? だから、外から私の動向を常に見ている別の監視役を設けて、私が何か行動不能になった際、その人物が迅速にブッコロちゃんの監視または対応等に動く仕組みを作ろうとしても、現状無理があるのよね。たとえ私と狂四郎君達の生活スペースを交換しても、このワンルームは窓が一個だけだし、外からの監視にはあまり適さないし」
「あー……なるほど、理屈は分かりました。でも、引っ越すなんて今まで一言も無かったですよね。どうしてこんな急に?」
「本当は狂四郎君のテストが終わってからの予定だったんだけど、今日かなり大事になったじゃない? しかもそれで余計ブッコロちゃんが滅茶苦茶有名になっちゃったから、近隣住民の動向にも今まで以上に気を回さないといけなくなる。だから、自衛隊の関係者だけが住める官舎に引っ越して、せめて日常生活はなるたけ平穏に過ごせるようにしたいのよね。君の為にも」
うーわ、そういう事か。
竜崎さんひいては政府側のこの対応、実に有難い。
「お気遣い感謝します」
そんなこんなで、翌日より引っ越し準備がはじまった。
早めに起きて、今必要な物以外の荷物を段ボールに詰めて、大学に行って帰って来たらまた再開して。
俺が不在の間も竜崎さんはブッコロの相手をしながら荷造りを進めていて――ブッコロは作業に向いてないのでずっとゲームさせてたみたいだけど――結果的に、一日で準備が完了した。
「フゥウウウウウワッホーイ! 新居めちゃ広イ! なんだっけコレ! えっと、確か、ソウ! リビングデッドキッチン!」
「リビング、ダイニング、キッチンだボケナス」
更に次の日。
今年の三月末に入居したワンルームとお別れし、自衛隊の官舎にやってきた。
ちなみに官舎とは、公務員が利用する為のマンションみたいなもんだ。勿論国等が管理している。
いわば社宅の公務員版と言っても良い。
しかも、間取りは3LDK。
今までは俺とブッコロは同じ部屋で暮らしてたけど、これからは各一部屋設けられるって訳だ。
お互いのプライバシーが尊重される様になって実に素晴らしい。
「……お前、何やってんだ?」
「エ? ご挨拶だけド?」
「………………偉いわね」
家の広さに喜んでいたブッコロは、唐突に部屋の隅をじっと見つめはじめた――と思ったら、何故か「宜しくお願いしまス」と言いながらお辞儀をした。
しかも、俺とブッコロに振り分けられた部屋とトイレと風呂以外の所で何度かペコペコしていた。
「フウ、これでお家との挨拶も終了ダナ」
「家自体に挨拶する意味あったか?」
「あったんじゃない? じゃあそろそろお昼にしましょうか。食べたらマシマシラーメン本社行くわよ? 今日こそラーメンの呪い解かなきゃだし」
「ア! 我ラーメンライスデ! サイドメニューに餃子求ム!」
「これから外出って時にニンニク食おうとすんな馬鹿野郎!」
ブッコロが家に挨拶してる時、若干竜崎さんが渋い顔してたけど、……多分、気にしない方がいいか。
竜崎さんが何も言わないんだから、下手に聞かないのが安牌の筈。
「……エ? ナニコレ!? これ目に入れろってノ!?」
「そうそう。なあに、大丈夫大丈夫。慣れたら簡単だから、ね? ほら、お手本見せてあげるから」
「オヒョーッ!? 人がやってるの見るだけでもコエエエエエエーッ!」
昼食を摂った後、ブッコロに碧のカラコンを渡した竜崎さん。
当の本人は見様見真似で、手をぷるぷる震わせながら初のコンタクトに挑んだ。
「ウッソ!? これも被るノ!? 誰の髪の毛か分からない代物ヲ!?」
「嫌でも絶対付けてもらうからね? でないと外出の許可は出せないから」
「マジェエエエエッ!?」
「ほら、手伝ってあげる。こっち来なさい?」
「愛いヤツめ、ちこう寄レちこう寄レ」
「お前が寄れ」
更に、栗毛のウィッグをブッコロに付けさせた竜崎さん。
しかも、角が生えている所からツインテールに結った為、髪を纏めているリボンで見事に角が隠れて良い感じだ。
「…………アレ? 我ってば、可愛いが過ぎるのデハ? この可愛さは流石に罪デハ?」
姿見に映った自分を見て、本気の自画自賛をするブッコロ。
「きゃー! めっちゃかわいー! ブッコロちゃんは何でも似合うわねえー!」
「フフフ、よせヤイ」
「まんざらでもねえ顔してんじゃねえよ」
とどめにシックな色合いのストールでテイムの首輪を隠し、見た目が普通の可愛い外国人幼女になったブッコロは、そのまま竜崎さんと共にマシマシラーメン本社へ。
俺は今日講義さぼっちまったんで、友人にノートを書き写させてもらう為に大学へ向かった。
「お前、マジ大変だよな……」
「分かってくれるか」
大学の図書館内。
時間がなければ、代金は払うからノートのコピーを取っておいてくれと言っておいたが、割と暇があるとの事で、今実際にノートを書き写させて貰っている。
「……書き終えたら何か飲み物奢ってやるよ」
「俺がお前に奢るんじゃなくてか?」
「苦労してんだろ? 友人として、せめてそれくらいはさせてくれ」
「やばい、ちょっと泣きそうかも」
「お前どんだけ疲れてんの!? 大丈夫か本当に!?」
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ、ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ、ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ、ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ。
ポケットに入れてるスマホが急に振動しはじめた。
着信相手は、自衛おじか。
……いやな予感がする。
まさかとは思うが、ブッコロのあの馬鹿、解呪に失敗したとかじゃないだろうな?
いや、それなら竜崎さんから連絡来るか。
だったら、一体何の電話だ?
怖すぎて正直出たくない、けど出ない訳にもいかない。
「悪い。ちょっと外出て来るわ」
「…………ノートの続き、書いておいてやろうか?」
「……頼む。ありがとな」
一旦図書館の外に出て、電話をかけ直す。
すると、ワンコールもしないうちに通話が開始された。
《いきなりだけどごめん! 狂四郎君、今どこに居るのかな!?》
声から察するに、かなり焦った様子だ。
この人がここまで狼狽してるのは初めてかもしれない。
「大学の図書館ですけど、何かあったんですか?」
《実際に君に確かめて貰うまで分からないけど、先日のブッコロちゃんの呪いが――》
先を聞くのが嫌過ぎて、とっさに電話を切りそうになったがなんとか堪えた。
《――海外のダンジョンボスにまで影響を及ぼしてるみたいなんだ!》
俺は思わず顔を片手で覆い、その場にしゃがみ込んだ。
そして、自衛おじへの配慮さえも忘れたまま、深々と深々と深々と、今までにない程の大きな大きな溜息を吐いてしまった。




