015 狂四郎への説明とラーメンが食いたくなる呪い
時は現在に戻り、大学を終えた放課後。午後二時半。
狼会長が用意してくれたハイヤーに乗り、マシマシラーメン本社へ。
通されたのは、ブッコロがダンスレッスンしていた一室。
中に入ると、狼会長やボディーガードとその他数人のスタッフがいそいそと、誰かの子供の誕生日パーティーでもするのか?ってレベルの飾り付けをしていた。
折り紙の鎖とか久しぶりに見たわ。
「おお、包君! すまんが、とりあえずこれ持って部屋の扉の脇で待機しとってくれんかの!」
「ブッコロの件の説明を先にしてくれません!?」
朝、ブッコロのVTuberデビューを知ってすぐ竜崎さんに連絡したんだけど、事情は狼会長が話すからって今までずっと待たされたこっちの身にもなってくれませんかねえ!?
ハイヤー頼んでくれたくらいじゃ、俺の苛つきはおさまりませんよ!?
「本人がすぐ来るから、その時に説明するでの! ブッコロが入ってきたらこのクラッカーを鳴らしとくれ!」
狼会長に無理矢理押し付けられたのは、パーティー用のクラッカー。
……仕方ない。
竜崎さんならともかく、狼会長がこう言ってるんだ。
説明を後回しにするそれなりの理由があるんだろう。
だとしたら、ここは大人しく従っておこう。
ひとまず俺は「分かりました」と不承不承言う事を聞いて、部屋の出入り口脇で待機すること体感五分。
すっとぼけダンジョンボスが扉を開け姿を現した――瞬間。
ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱん。
俺とボディーガードとその他スタッフが一斉にクラッカーを鳴らした。
「ハヴァアアアアアアッ!? ナニゴト!? クセモノ!? デアエデアエ!?」
突然の事態に驚いたブッコロは尻餅をつき、周囲をキョロキョロ見回している。
何事?はどっちかっていうと俺の台詞だよ馬鹿野郎。
「これより、コンプライアンス研修修了証授与式をはじめる! ……ごほん。ブッコロ・スー君!」
「は、ははははハ! ……ハァイッ!」
ブッコロは尻だけで器用にジャンプし宙返りした後、しゅばっと軽やかかつ素早く片手をあげ、狼会長に向かって一歩踏み出した。
「修了証。ブッコロ・スー殿。あなたはマシマシラーメンコンプライアンス研修において、すべての課程を終了した事をここに証します」
本文を読み上げ、最後に日付と自分の名前を言ってから、証書をブッコロに差し出した会長。
ブッコロはブッコロで、右手から左手の順で証書を掴み、恭しく受け取った。
「オッフォウ、これが賞状。……カッチョエエ」
ブッコロは証書を何度か傾け、金箔の枠が反射する光を眩しそうに目を細めた。
後ろに居る竜崎さんが「よかったわねえ」とブッコロの頭を撫でた。
「よくぞ、言いつけ通り包君にVtuberの件を話さずに今日までやってきたの。偉いぞ」
……おいちょっと待て。
狼会長この野郎。俺に黙ってたのアンタの仕業か。
「という事は、もうキョーシローに言っていいノ!? オッケ!? 情報解禁キタコレ!?」
「勿論良いぞ? 存分に報告するがいい」
「ウッヒョウ! キョーシロー! 見て見て見て見テ! コレコレコレコレコレ見テ!」
「……なんだよ」
ブッコロはスマホを取り出し、まるで超レアなキラカードを見せつけ自慢するような輝かしい瞳で報告してきた。
「我、昨日VTuberデビューシタ! しかももうチャンネル登録者数八万人! 初配信が既に五百万再生超エ! ドウ!? 我めちゃすごナイ!? 天才デハ!?」
そこまでは知ってんだよその前の話が聞きてえんだよ俺はよ!
という突っ込みが喉元まで出かかったけど、喜びまくってるブッコロに浴びせる言葉じゃないからとりあえず我慢我慢。
「ああ、すごいすごい。本当にすごいな。あまりにもすごい。流石ダンジョンボスだな。……で? デビューを俺に黙ってた理由は? 納得のいく説明、してくれるんだろうな? あ?」
「エット…………ナンダッケ?」
「そこで竜崎さんに振るんだお前!?」
「コンプラ研修の最終試験に、ブッコロちゃんが狂四郎君に一番伝えたい事を我慢させる。そこまでやってはじめて使い物になる、でしたよね?」
竜崎さんはブッコロの証書を黒い筒の証書入れに仕舞いながらそう説明してから、会長に視線をやった。
「うむ。すまんが、最後の仕上げに包君を利用させてもらった。今後ブッコロを一人で配信させるにも、言ってはいけない事を本当にクチにしないという最低限の確認が必要だったでな」
その理屈は分からないでもない、というか滅茶苦茶分かるから反論できねえ!
「いやだからといって、どうしてVTuberをやらせる事になったんですか!?」
VTuberというよりボスチューバ―と言った方が正しいんだろうけど。
Virtual BossTuberだろうから、略称はBTuberってとこか?
「元々、ブッコロがVTuberをやりたいと言っていたというのもあるが、その他に二つほど理由がある」
確かに、はじめて動画撮影をした終わり際、撮影係とVTuberの話してたっけな。
「ひとつ。ラーメン修行を破門させたまま何もせんのは、ワシの評判に関わる。主にリスナーからの」
「そこなんですか!?」
ひいてはマシマシラーメンの株価が下がる恐れがあるわね、と補足してくれた竜崎さん。
「ふたつ。ブッコロが定期収入を欲しがっとる」
ああ。そういえば先月終盤、ギヴのラーメンを自分の稼ぎで、しかも一人で食いに行くとか宣言してたもんな。
「説明は以上となるが、納得してくれたかの?」
ここらで勘弁してくれないかの?とでも言いたそうな顔してますね。
「俺が、ブッコロのデビューを反対するとか思わなかったんですか?」
「欠片も思っとらんかったが?」
きょとんとした顔で言う事じゃねえだろこのハゲ!
「嘘でしょ!? 俺にだけこんな騙し討ちみたいな事しておいてよく言えますね!?」
「ブッコロが本気でやりたがってるのに、お主が反対する理由がどこにある? 百歩譲って反対したとしても……おーい、ブッコロ」
会長に呼ばれたブッコロが、俺の前で哀しそうな顔を作りやがった。
しかも両手を股に挟んで気持ち前かがみになりながら上目遣いまでしてやがる。
「キュルルンッ♡」
「これでイチコロじゃろ?」
「一発殴っていいですか?」
駄目ダ! ハゲシファーは我のスポンサーだゾ!と、ブッコロにガチ止められたのはともかくとして。
今日はブッコロのコンプラ研修終了と、初配信五百万再生のお祝いの場だったみたいで、ブッコロは狼会長のラーメンやらクソデカホールケーキやら二リットルのペットボトル入りコーラやらお菓子やらと、大いに食って食って食いまくった。
そんな中、部屋の扉がノックされ竜崎さんが扉をあけると、秘書っぽい感じのする女性がお辞儀をして入って来た。
そして、狼会長にひそひそと耳打ちした。
「…………ほ? 今日になって昼前に閉店してる店舗が多くなっとるじゃと?」
「はい。現時点において、都内のマシマシラーメン店の一割以上が、材料切れを理由に営業終了しています」
確か、マシマシラーメンは都内に四十店舗くらいあった筈だ。
都内の店なら材料切れを起こして営業終了とか頻繁にあるらしいけど、それは夜九時あたりでの話だ。
一割、つまり四店舗だけと言えども、昼前は流石に異常過ぎる。
「なぜそのような事になったか調査を………いや待て」
狼会長は、ジト目でブッコロを見た。
「昨日はお主の初配信じゃったな。生放送じゃから多少のアドリブは許したが、まさかとは思うが、変な事はしとらんじゃろうな?」
「ホヘ? …………ゴックン。ウン、変な事はしてないシテナイ。ちゃんと最初に名乗ったし、予定通りタグ決めもしたし、締めの挨拶もしたし、アドリブなんて一回しかしてないシ」
「まだアーカイブをちゃんと確認しておらんから分からんが、どんなアドリブをしたんじゃ?」
ブッコロは椅子から立ち上がり、片足立ちでウィンクしつつ、両手で作ったハートを前に押し出した。
「マシマシラーメン食べてくれないと呪っちゃうゾ! という最後の定型文挨拶ニ――」
ごくり。
生唾を飲む狼会長。
「――ラーメン食いたくなる呪いを付与してミタ!」
「なにしとんじゃお主はああああああああああああ!?」
魔法でやってるのか知らないけど、謎のハートのエフェクトと共にめっちゃ良い笑顔をしているブッコロ。
思わずひっぱたきたくなる。
「エ? VTuberの初期費用とパソコンと周辺機器代、あと今までのダンスレッスン費用とか色々そっち負担ダロ? だからなるべく早く回収させてあげたいなーと思ってやったんだけど、駄目ダッタ? アーカイブにも呪いが乗る様に威力マシマシの付けといたんだケド」
アーカイブ見てもラーメン食いたくなる呪いって意味が分からねえ。
「魔法で他人の意識を操作するのは駄目に決まっとろうが! 今すぐ呪いを解いてこい!」
「呪いマシマシにしちゃったから、解呪に一日の魔力チャージ必要カモ。早くて明日になるけど、イイ?」
「かまわんからさっさとチャージに入らんか!」
「ラジャッ! この度は誠に申し訳ございませんデシタ!」
「丁寧だとより一層ムカつくのお主の謝罪は!」
「ナシテ!?」
常に自分の力を魔法で制御している事をすっかり忘れていたブッコロは、結局二日間、魔力をチャージする事になった。
その間、本当ならアーカイブを非公開にするべきだったんだが――
「アーカイブが非公開にできんじゃと!? ブッコロお主、どんだけ強めに呪いをかけたんじゃ!?」
「…………サア?」
「さあじゃないわ馬鹿者馬鹿者馬鹿者馬鹿者おおおおおおおおおおおおっ!」
――という訳で、マシマシラーメン公式ホームページやSNSでブッコロの初配信を視聴しないよう呼び掛ける程度しかできなかった。
この二日が――俺を地獄に叩き落とした。




