第1章 呼牛呼馬 7
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中学二年生になった渉は、中川の勧めで翔と一緒に芸能コースのある三学期制の中学校へ転学した。
映画のPRが世界中で大々的に展開されていたため、撮影後も渉と翔は「兄弟セット」として多くの取材を受ける日々が続いた。
二人の収入によって生活が豊かになった岸部家は、団地からマンションへと引っ越すことになった。
美和は家にあった家具のほとんどを業者に依頼して処分させたため、渉と翔は学校の帰りに、身一つで新居へと移ることになった。
新居で渉は一人部屋を与えられたが、翔と長年使っていた二段ベッドが処分されたと知ると、少しがっかりした……。
渉は剛と大地にきちんと別れを伝えられなかったため、美和に内緒で手紙を出したが、返事は来なかった。
二人が通う中学校には小百合の姿があった。翔は彼女と同じクラスになったが、挨拶しても無視されたらしく、「やっぱり、住む世界が違うな……」と美和にぼやいていた。
撮影中に滞在していたホテルで、小百合が深夜に人目を気にしながら翔の部屋に入っていくのを見たと、美和が徹に話しているのを渉は廊下で偶然耳にしてしまい、翔に裏切られたと酷く落胆した。
新居に越してからは、翔とは挨拶を交わす程度の関係になった。前の家で二人の間をつないでいたのは、もしかすると――二段ベッドだけだったのかもしれない。
映画はお正月の観客動員数を狙い、十一月上旬からの公開が決まった。
「二人には飛び切りの衣装を用意しないと……」
まだ一学期も終わっていないのに、美和ははしゃいでいた。
渉と翔は映画の宣伝も兼ねて、一か月間の夏休みをアメリカ・LAで過ごすことになった。もちろん、美和も同行した。
三人はホテルではなく中川が手配したコテージに滞在したが、映画スタッフが頻繁に出入りするため、くつろげる空間とは言い難かった。そのため取材以外、渉はほとんど部屋に閉じこもって過ごしていた。
美和は翔を売り出すために必死で、ステージママのように振る舞っていた。
映画でアメリカ人一家を演じた役者たちが、家族を連れてコテージを訪れた。中は人で溢れ返り、賑やかになった。
翔は英語で会話を楽しんでいたが、渉は軽く挨拶を交わすと、自分の部屋へ戻ろうとした。ところが、ナンシー役の女の子(渉よりも大人っぽいため、女性と言うべきかもしれない)に部屋の前で呼び止められた。
「何?」
素っ気なく答えると、彼女は部屋に入り込み、渉に突然キスをした。
映画の中でも二人のキスシーンがあった。渉にとって生まれて初めてのキスだったが、十四歳になった今、初めてキスをした相手と特別な関係を持った。
ナンシーの本名はミシェル・グリントで、アメリカで活躍する十六歳の女優である。イギリス出身だが、十歳の時に両親が離婚し、父親の親権に伴って弟とともにアメリカへ移住した。すぐに子役としての仕事を始めたため、イギリス英語が直らず、同年代の子役たちによくからかわれることもあって、次第に心を閉ざしていった。
ミシェルも渉と同じで無理やり映画に出演させられ、日本での撮影期間中は終始不貞腐れて誰とも口をきかなかった。久しぶりに再会した渉は少し背が伸び、大人びており、彼女は小悪魔的な気持ちで誘惑してみようと思った。身体は反応したものの心はここにあらずで、ミシェルはそんな渉を気に入った。
渉が日本へ戻るまでの間、二人は何度も身体を重ねた。
渉と翔が日本に戻ると、すぐにCMの撮影が入った。取材も次第に二人ではなく、渉だけが起用されることが増えていった。翔は半年後に日本を去るつもりでいたため、渉への嫉妬は次第に和らいでいた。
「お前、ミシェル・グリントと寝ただろ?」
翔が渉に意地悪っぽく尋ねた。
「兄貴も小百合と寝ただろ」
渉は澄ました顔で返した。
翔は渉に小百合との関係を知られたことに驚いたのではなく、「兄貴」と呼んだことに驚いた。弟を見ると、背丈は同じになり身体つきもがっしりしていて、いつの間にか大人の男になっていた。もう「翔くん」と呼んでくれないことに複雑な気持ちになったが、今まで弟を邪険に扱ってきたせいだと、どこかで感じていた。
映画公開が近づくにつれ、渉の休息はほとんどなくなった。
「あら、このスーツ、もう入らないのね。買ってからまだ一年も経っていないのに……」
美和は渉の目の前で残念そうに呟いた。息子の成長を喜ぶよりも、新しいスーツを買わなければならないことが我慢ならない様子だった。
「そうだ、翔のがあるかも!」
美和は翔の部屋へ向かった。
渉はマネキンのようにじっと立っていたが、数日前から続く片頭痛に苦しみ、眉間に皺を寄せていた。
「それは俺が試写会で着るスーツだ!」
翔は無断でスーツを持って出た美和を追いかけながら言った。
「翔は買いに行く時間があるでしょう。渉は今から雑誌の取材があるのよ」
美和はスーツを渉に当てながら、言い聞かせるように言った。
「全く……」
翔は諦めたようにぼやいたが、顔色の悪い渉に気づくと、「おい、渉、大丈夫か?」と声をかけた。
渉は眉間に皺を寄せたまま黙って翔を見た。
「渉は大丈夫よ」
代わりに美和が答えた。
翔は渉を少し気にかけつつも、自分の部屋へ戻って行った。
「さあ、渉、仕事よ!」
美和は張り切って声をかけた。




