第1章 呼牛呼馬 6
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オッテリーニが監督したこれまでの映画には、残虐なシーンが毎回取り入れられるわけではなく、むしろ人間の身体の動きや顔の表情、何気ない仕草から観客に不安と恐怖を感じさせる映像が多かった。
今回の映画『駒鳥』では、離島の美しい四季折々の自然に加え、ドクウツギの赤色を不気味に表現した。台詞は少なく、人を疑う視線だけで恐怖を感じさせる、写実的な手法が取り入れられた。
オッテリーニは渉が映画に出演するのを好まないことを理解していたからこそ、忍者のように自由に走り回っていいと伝え、渉が崖を飛び回る躍動感溢れるシーンをふんだんに盛り込んだ。
飛び回って疲れきった渉が息を切らせながら沈む夕日を眺めるシーンは、島に取り残された晃の孤独感を巧みに表現する映像となった。
渉と翔は素人ながら、オッテリーニの期待を上回る演技を見せてくれたお陰で、映画の撮影は順調に進んだ。
中学の終業式が終わり、渉と翔は春休みに入った。映画の撮影も残り少なくなり、春休み中に終了する予定が組まれていた。
次の撮影に入る前に、渉には三日間の休暇が与えられた。
「やっと明日、忍者列車に乗れる!」
渉は剛の家で大の字になり、喜びの声を上げた。
「渉と一緒に旅行するのは久しぶりだな!」
剛もワクワクしながら言った。
大地は楽しそうな二人を見て、満面の笑みを浮かべた。
「今からそんな興奮していたら、明日疲れてしまうぞ」
「お父さんも渉が一緒で嬉しいくせに」
剛はクスクス笑いながら言った。
「もちろん、嬉しいよ」
渉は剛と大地の優しさに心が温かくなった。ここ数か月、自宅では美和と徹が顔を合わせる度に口喧嘩を繰り返し、家の中の空気は重くて辛かった。
翔は渉を無視することはなかったが、スマートフォンに夢中になり、誰かと頻繁に連絡を取り合っていた。それを怪訝そうに見つめると、慌ててスマホを隠しながら、優しく声をかけてきた。
「どうした、渉?」
「翔くん、彼女でもできたの?」
「彼女なんていないよ」
「じゃあ、いつも誰と連絡を取り合っているの?」
「――俺、カレン・中川さんに英語を教えてもらっているんだ」
「中川さんに? どうして?」
「実は……中学を卒業したら、アメリカへ行こうと思っているんだ」
「アメリカに?」
渉は驚いた。
「『駒鳥』もハリウッド映画だけど、やっぱり本場でアクションとかやってみたいんだ……」
翔は照れ臭そうに言った。
まだ中学三年生にもなっていない翔は、すでに大人の階段を一歩ずつ上がり始めていた。
渉は少し取り残されたような気持ちになったが、剛の家に一歩足を踏み入れると、不安な気持ちはすぐに吹き飛んだ。
「二人とも、夕食前にお風呂に入ったらどうだ?」
大地ははしゃいでいる渉と剛に言った。
「うん、分かった!」
二人が元気よく答えた時に、玄関のチャイムが鳴った。
大地が玄関のドアを開けると、派手な格好の美和が立っていた。
「すみません、大地さん。明日、渉の取材が入ってしまって……」
「でも明日、渉くんは剛と旅行に行くって」
大地が戸惑っていると、渉と剛がひょっこり顔を出した。
美和は渉に気づいて言った。
「渉、悪いけど明日の旅行はキャンセルよ」
「嫌だ。明日、絶対に忍者列車に乗る」
「駄目よ。明日、翔と一緒に雑誌の取材を受けるの。さあ帰るわよ」
美和は嫌がる渉の手を引っ張った。
「嫌だ!」
渉は手を振り払った。
「渉! お母さんの言うことが聞けないの!」
「岸部さん、渉くんが嫌がっています。
大地が二人の間に割り込み、厳しく注意した。
「大地さん、横から口出しをしないでください!」
「渉くんが嫌がっているのが分かりませんか?」
「あなたに関係ないでしょう! この子は私の息子なんですよ!」
「岸部さん、冷静になってください」
「私は冷静ですよ!」
二人の言い争いを目の前にして、渉は右腕を掴んでいる剛の手が震えていることに気づいた。ここへ引っ越しする前、剛は母親の再婚相手から暴力を受けていた。自分のわがままのせいで、剛がトラウマになった出来事を思い出したかも知れない……。
――僕が我慢をすれば、争いが収まる。
「僕、帰るよ……」
渉は二人の間に割り込んで言った。
「渉くん……」
「分かればいいのよ、渉」
美和は得意げに大地を見て言った。
渉はいつものように唇を強く結んだが、頬の痙攣が収まらなかった。剛と大地に気づかれたくなくて、思わず顔をガクンと伏せた。
美和が渉を連れて出て行くと、玄関の鉄扉が鈍い音を立てて閉まった。
「お父さん、渉……大丈夫かな?」
「翔くんがいるから大丈夫だと思うよ……」
大地は剛の肩に優しく手を回して言ったが、確信はなかった。
この時から美和は意地悪な言動を見せるようになり、渉と剛の仲を引き裂こうとした。
「お父さんの給料だけでは、生活が厳しいの。渉、家族のために頑張ってね……」
美和は渉に呪文のように家の経済状況を繰り返し聞かせた。
翔が高校には進学せず、家を出てアメリカに行くつもりだと言っていたので、渉も中学を卒業したら家を出ようと心に誓った。
それまでは、美和の操り人形として我慢するしかない――と思った。




