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陶犬瓦鶏  作者: 猫田たい子
第一章
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第1章 呼牛呼馬 5

5


 映画の撮影期間は四か月で、数か月前から脚本の読み合わせや衣装合わせ、英語のレッスン、武術の習得が必要だった。

 ハリウッド映画の主役に渉と翔が兄弟で決まったことがエンタテイメント・ニュースで報じられると、二人は複数の有名芸能事務所からオファーを受けた。

 美和は大喜びしたが、二人が芸能事務所への所属を望まなかったため、自らマネージメントをする決意を固めた。長年続けたパートを辞め、賞金百万円で中古車を購入し、二人の送迎を始めた。

 最初は慣れないことに戸惑いながらも、毎日の生活には少しずつ潤いが生まれていった。

 美和だってまだ42歳。ハリウッドスターとの接触が増え、社交辞令だと分かっていても「渉くんと翔くんのお母さんはきれいですね」と言われると、心が弾んだ。

 生活に余裕ができると、少しずつお洒落を楽しむようにもなった。


 翌年から本格的に映画の撮影が始まった。

 オッテリーニ監督は、子役たちの労働時間と学習時間に非常に配慮してくれた。平日はなるべく大人達の撮影を中心に、子供達の撮影は、土日祝日に集中的に行われることになった。

 渉にとっては悩みの種でもあった。土日祝日の月に一度、剛と大地と出かけていた小旅行が、撮影のために叶わなくなってしまったのだ。

 平成二十一年(2009年)十二月から運行されている伊賀鉄道の忍者列車に、まだ一度も乗れていない。苛立ちを隠しながらも、渉は翔の夢を叶えるためだと自分に言い聞かせた。

「あなた、いいわね。素人なのに主役の座を取れるなんて……」

 渉に嫌味を言い放ったのは、ドクウツギを食べて食中毒で死ぬ加奈《かな》役の女優だった。

「別に……」

 渉は無愛想に返した。

「食中毒で死ぬだけの役なら、素人でもできるのに……お母さんったら、こんなオファーを断らないから本当に困るわ」

 傲慢に言い放ったが、渉は無視した。

「渉、次のシーンはあっちで撮るって――」

 翔が笑顔で現れた。

「翔くん、元気にしてる?」

 加奈は色気を漂わせた。

「小百合《さゆり》さん、こんにちは」

 翔は深々と頭を下げた。

 渉は不愉快な面持ちで二人を見つめた。

 羽田《はだ》小百合は翔と同い年だが、三歳から芸能活動をしているベテランだった。女子高生から圧倒的な支持を集めている雑誌のモデルや、人気広告のCMにも出演しており、最近では流行の恋愛ドラマにも出演していた。

 真剣に俳優を目指している翔にとって小百合は大御所であり、高嶺の花だった。一年前に日本映画のアカデミズム賞を受賞したため、小百合の母親は、娘のハリウッド進出の足がかりとして、たとえ端役であってもこの映画に出演させたかったようだった。

「翔くん、今度一緒に食事でも行かない?」

 小百合は渉を無視して、翔に話しかけた。

「はい! 喜んで!」

 翔が答えると、渉はムッとした。

 渉は映画のキャスティングが決まった時、小百合の出演を知って興奮していた翔の姿を思い出した。脚本の読み合わせで初めて彼女に会った時も、翔は頬を赤らめながら握手を交わしていた。カッコいい兄がペコペコ頭を下げる姿を見たくなかった。それだけではない。翔が小百合をはじめ、オッテリーニ監督や中川に対しても愛想よく振る舞っているのが気に入らなかった。

 美和が渉に、「この世界で生き残るためには、仕方ないことなのよ」と言ったが、納得できなかった。

「渉、行こうか……」

「翔くん、あんな奴と食事に行かないで」

 渉は歩きながら小声で言った。

「ああ、行かないよ」

「よかった……」

「渉、一緒にこの映画を成功させような」

 翔に優しく言われると、渉はもう頑張るしかないと思った。

――翔くんの夢のため……翔くんの……。

 渉は唇を強く結び、心の中で繰り返し誓った。

 そのためには、いろんなことを我慢しなければならなかった……。


「ごめん、剛……その日は撮影だってお母さんが……」

 渉は電話越しに残念そうに、剛に告げた。

 映画に出演すると決めたのは中学一年の九月で、三か月後には伊賀鉄道の200系忍者列車が運転を開始することになっていた。

 渉は剛と大地と三人で三重県伊賀市に行くつもりだったが、レッスンがあるからと美和に止められた。

 今回は翌年二月二十八日の日曜日に発売される、限定二百枚製作の伊賀焼で作られた、直径十八センチのお皿型の『お皿きっぷ』を買いに行く予定だったが、それも止められた。

「撮影が終わったら、いつでも忍者列車に乗りに行けるでしょう」

「でも……剛と約束していたのに……」

「お兄ちゃんのために、今は我慢して……」

「でも……」

 渉が美和を見つめると、母親の顔ではなくなっているように感じ、「……お母さん、いつもと顔が違う」と口にした。

「渉ったら……お母さんはいつもと同じよ」

 慌てて顔を逸らした。

 美和は渉が稼いだお金で、少しずつ美容整形を施していた。

 撮影現場で知り合った小百合の母親の真似をして、身につけるものも次第に派手になっていた。高級ブランド物のバッグに手を出した時、徹から注意を受けたが、二人は顔を合わせる度に口喧嘩をするようになっていた。

「渉の分も『お皿きっぷ』を買ってくるから、安心しな」

 電話越しに剛が明るく言ってくれたお陰で、渉は少し元気を取り戻した。そんな気がした……。



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